東方迷子伝   作:GA王

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表_十語り目

??「あっははは、それは災難でしたね」

 

 仕事は終わった。今日ほど何をしていたのか覚えていない日はない。何かしでかしていなければいいが……

 

??「もう、姐さんのせいで首が元に戻りませんよ」

私 「だ、だからさっきも謝ったじゃないか」

 

 そのまま真っ直ぐ花見へと行ってもよかったのだけど、一度風呂にも入りたいし「遅れて行って手ぶらで行くのもなんだかな」って気がして、首が傾いたままの弟分と手土産の材料を買いに肉屋『和』へやって来た。つまりここは——

 

??「あ、今度勇儀さん力比べして下さいよ。あれからまた筋トレしたんで」

 

 筋トレマンの実家。昔は店番をかったるそうに茶をすすりながらやっていたけど、今や父親の後を継いでこの店の主。それでも暇さえ見つけては鍛錬に励んでいるみたいで、その成果の確認として私に挑んでくる。しかもその鍛錬というのが、一歩間違えれば大怪我では済まされない方法なんだと、いったいどんな鍛錬をしているのやら。

 

私 「ああ、今度な」

筋ト「約束ですよ? あ、ラッシャイ。何にしましょう?」

 

 さてと買う物も買えたし、次の客の邪魔をしては悪いから、

 

私 「じゃあまたな」

筋ト「はい、またのお越しを」

 

 行くとするか。それにしても……。

 

筋ト「あ、奥さんお目が高いですねぇ。これいい肉なんですよ」

私 「くくく」

鬼助「なにかおかしいんで?」

私 「いや、なかなか様になってきたなと思ってね」

 

 子供は成長する。鬼も妖怪も人間も皆。老いる事も成長だとするならば、時は生きる者全てを成長させるという事だろう。立ち止まってしまった者は死んだも同然、あの日から止まってしまっている私は……いい加減成長しないとな。

 私は星熊勇儀、これは私の実体験だ。あれ、お前さんは確か……。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 先手は打たれた。宣言が終わるや左腕を頭上高く(かか)げて薄紫色の球体を作り出す美しき術者。膨らみ続ける球体は麗人の力の結晶、集合体、そのもの。やがて余りある力は穴の開いた水風船の(ごと)く母体の球体から勢いよく飛び出し、螺旋(らせん)を描きながら()り所を求めるツルの様に身構える少女の下へ。

 怪異、勇力、悖乱(はいらん)、鬼神。理屈では説明できぬ不可思議な力が今、彼女に襲いかかる。

 

彼女「追跡型——」

 

 彼女の見極めは早い。これも同様の面倒事を解決して来たが(ゆえ)、何度も何度もスペルカード勝負をして来たが故。察するが早いか、いとも簡単に避けながらその場から離れる。

 だが彼女は知らない、植物はいずれ()れる事を、美しく花咲くものほど鮮やかに散る事を。

 

麗人「さあて、どうだろうねぇ」

 

 麗人(れいじん)が咲かせた花は()り所を失ったまま赤みを帯び、その変化はやがてツルへも。そして自身が存在していた(あかし)残すために、次なる世代へと(つな)げるために、原型を失いながらも落ち葉の(ごと)く柔らかな風にのって(ただよ)い始める。

 彼女は見切っていた。これは自分を追いかけて狙って来る追跡型であると。果たしてそうか、

 

麗人「次、いくよ」

 

 そこへ咲き出す第二世代。先代の志しと存在の証をそのままに、少女へとツルを伸ばしていく。だがここでも少女を捕まえられずに散り行く。強い意志は親から子へ、子から孫へと引き継がれ、先代は、先々代はその影を少しずつ色あせながら後世へと繋げていく。それはさながらこの世の習わしを表しているかのように。

 

彼女「ふーん、封鎖(ふうさ)型だったわけ」

 

 封鎖型、それは標的にむけて直接放つものとは異なり、周囲を取り囲んで動ける範囲を徐々に狭めていに被弾を狙うもの。そう、彼女は見誤っていたのだ。だがそれでも平常心を崩さない。これもスペルカードルール・グランドチャンピオンたる余裕からくるもの、彼女は知っているのだ。その対抗すべき手段を。

 札を数枚手に取り、念をこめて目前に(せま)る光弾へ放ち相殺を狙う。進むべき道は己で切り開けばいいだけの事、彼女はそう考えていた。これまで通りに、いつも通りに。

 

彼女「え……」

 

 だがここで不測の事態が生じた。彼女はまたしても見誤っていたのだ。今彼女が相手をしているのは力のある種族『鬼』であるということを、そしてその鬼の中でも神をも(おびや)かす能力の持ち主であるという事を。

 

彼女「きゃーッ」

 

 投じた札は全てかき消され、勢いづいた光弾は姿を失うことなく彼女の下へ。そして彼女に触れるや煙を上げて弾け飛び、白く冷たいクッションがひかれた地面へと叩き落とした。

 これまで一打も浴びる事なく進んで来た彼女、立ちはだかる者を片っ端から成敗して来た彼女、博麗の巫女である彼女、

 

彼女「いっつぅ……」

 

 ここに来て初の被弾。

 

麗人「なんだい、こんなものなのかい?」

 

 

◆     ◆     ◇

 

 

 ヤマメにキスメ、ヤツまでを短時間に突破して来たからどれ程の強者かと思っていたら、

 

私 「(こんなものなのか?)」

 

 なんてことのない、取るに足らない相手だった。正直、拍子抜けだった。まあ、実際は違ったんだけどな。そんなの知らなかったし、そう思ってしまうのも無理はないだろう。だからつい心の声が表に出てしまっても仕方がないというもの。

 

私 「なんだい、こんなものなのかい?」

 

 地面に不時着した彼女を見下ろしながら、頭には『勝利』の二文字が薄っすらと浮かび始め、絶対的なものへと変わろうとしていた。そんな時だった。

 

彼女「なに勝った気でいるのよ」

 

 起き上がった彼女の目は、

 

私「(やめろ)」

 

 似ていた。

 

彼女「ちょっと油断しちゃっただけなんだから」

私 「(そんな目で私を見るな)」

 

 「絶対に負けない、一泡吹かしてやる」そんな目だった。

 

彼女「私は異変を解決しなくちゃいけない」

私 「(そんな目をされたら……)」

 

 だからどうしても思い出してしまった。

 

彼女「だから鬼だろうが化け物だろうが——」

私 「(キスメ、ヤマメ、パルスィ、お燐、さとり嬢。それと——)」

 

 影を重ねてしまった。

 

彼女「負けてしっぽ巻いて逃げるわけにはいかないの」

私 「(大鬼。すまない)」

 

 数年前のアイツと。力の差が分かっていながら、小遣い欲しさに何度も何度も(あきら)めずに挑んで来たあの頃と。無鉄砲でいて真っ直ぐだったあの頃と。

 

彼女「絶対この先に進ませてもらうから!」

私 「気に入った! もっと(たの)しませてあげるから——」

 

 あの瞬間、地底世界の危機の中、私は……

 

私 「(少し遊ばせてもらうぞ)」

 

 内なるうずきに勝てなかった。

 

私 「駄目になるまで着いて来なよ!」

 

 きっと彼女を誘い出すという第一目標は達成していたから、安心をしていたせいもあるだろう。

 サラシの内側にしまっておいたアイツからの(おく)り物を取り出し、私の飲みかけだった酒瓶を拾い上げて注いでいく。分量はいつもと同じ、(さかずき)の半分まで。

 

彼女「あんたと酒()んでく気は無いんだけど」

私 「あっははは、飲み比べしようってんじゃないよ。別にこっちはそれでも構わないがね。なーに、ちょっとしたお遊びに付き合ってもらうおうと思ってね」

彼女「お遊び?」

 

 ルールも一緒、そのまま。

 

私 「どんな手を使ってもいい、三分以内にこの盃に注がれた酒を少しでも(こぼ)す事が出来たらお前さんの勝ち、その時は黙って先に通してやるさ。けど負けたら回れ右をして地上へ帰りな」

彼女「ずいぶんと腕に自信があるみたいね、それとも私の事を甘く見てるの?」

私 「その両方さ。自信があるし、人間の小娘一人に全力なんて出すわけないだろ?」

彼女「そう、すぐに後悔させてあげる!」

 

 そうしてお遊びは始まった。分かりやすく怒りながら一直線に向かって来る彼女を、私はアイツとやっていた時のように避けて、転ばせて、拳を彼女の顔の直前で寸止めして。それで体術では勝てないと思ったんだろうな、今度は札と釘をやたらめったら放って来て。けどそれも当たった時に多少の痛みを感じる程度、バランスを崩す事はなかった。すると今度は体術と飛び道具の混合でやって来て。がむしゃらに、考えるよりも体を動かして。

 

私 「(いいねこの感じ)」

 

 アイツとやり始めた時、最初の頃がそんな感じだった。倒されてはすぐに起き上がって向かって来て、また倒したと思ったら足にしがみ付いて来て、投げ飛ばそうものなら手首を取って返そうとするも、私の力に敵うわけもなくそのまま投げられて。

 

私 「(懐かしいや)」

 

 でも思い出に浸っていられたのも

 

私 「(な、何で今!?)」

 

 三分も経たない束の間だけ。

 

私 「(大きな葛籠(つづら)と小さな葛籠?!)」

 

 正面から札を放ちながら突っ込んで来る彼女を(かわ)し、背後へと回った時に飛び込んで来た景色に思わず頭が真っ白になり、足を止めてしまった。それを彼女ときたら——

 

彼女「スキありっ!」

 

 和紙が連なった棒をここぞとばかりに振るって来やがって……

 

私 「あぶなっ! いきなり何するんだい!?」

 

 あの日の苦い経験が無かったらやられているところだった。おまけに、

 

彼女「は? 余所見する方がいけないんでしょ?」

 

 アイツと同じようなことまで言いやがって。

 

私 「コノヤロー……、つくづく嫌気が差す」

彼女「別にあんたに好かれようとだなんて思ってないから」

私 「……似すぎなんだよ」

彼女「は?」

私 「だから誰かさんとそっくりで、黙って話を聞けないのかって言ってるんだい」

彼女「何のことだか知らないけど、どんな手を使ってもいいって言ったのはあんたの方でしょ?」

 

 彼女はそう言葉を交わしながらも私に挑み続け、私は彼女の相手をしながらも頭の七割がさっきの事で支配されていた。ヤツの身に何が起きているのか、いったいなぜこのタイミングでなのか。そこから思い浮かんだ未来は、やがて現実となって訪れることとなった。

 

 

◇     ◇     ◆

 

 

 「みんなで休憩」となった『かまってちゃん』。さぞ寂しさから発狂しているのかと思いきや、

 

彼女「それにしても、さっきは本体が空を飛べなくて助かったze☆」

人形「''よく気が付いたね"」

 

 通信の途絶えた人形と会話中。そう、()()()()()()()。もちろん人形にそんなハイテク機能が隠されていたわけでもない。つまり——

 

彼女「だろー? なんか片方だけがずっと下にいたから不思議に思ってたんだze☆」

人形「"うんうん、それでそれで?''」

 

 これは正真正銘彼女の一人芝居。動かぬ人形を真正面に向け、声色を変えて己に問いかける。彼女は「お人形ごっこ」の真っ最中なのだ。

 

彼女「それであのミシミシ音の鳴る古くさい橋の上に誘い込んだってわけだze☆ そしたらまんまとだze☆ ミシミシってな。つまりチェックメイトだったのは魔理沙ちゃんの方じゃなくて、あの緑目の方だったってわけだze☆」

彼女「"さすが魔理沙ちゃん! すごーい"」

 

 ついには自分で自分を称え始める始末、これはもう発狂どころの騒ぎではない。いよいよもって末期、一言で言うなら「ヤバイ」。と、

 

人形「とうおるるるるるるるる」

彼女「うをぅ!?」

 

 再び荒ぶり出す人形、そして一気に現実に戻る彼女。これまでの自分を客観的にながめて恥ずかしさを覚えたのだろう。瞬く間に顔を赤く染め上げ、勢い任せに人形に話しかける。

 

彼女「あ゛ーッ?! なんだze★!」

 

 だがそんな彼女の事情なぞ、向こう側の者達が知るよしもない。当然驚く。しかもそれが小心者となると——

 

人形「{ひぃぃぃい、ごごごごめん}」

 

 (おび)えて自分に非を感じ、謝罪に出る。そしてこの声で彼女は向こう側の相手が誰なのか悟った。

 

彼女「あー、アリス? もういいのze★?」

人形「{あ、うん}」

 

 たったそれだけの短い返事ではあるが、長い付き合いの彼女にはすぐに分かった。「元気を取り戻したんだな」と。しかし喜んでばかりもいられない。

 

彼女「まだいけそうか?」

 

 彼女が先に行くとなれば、また神経を、多大な魔力をする重大な役を勤めさせなければならないのだから。しかし心配する気持ちとは裏腹に早く前へと進みたい彼女、二つの心はぶつかり合い葛藤(かっとう)していた。と、そんな彼女にとって喜ばしいお知らせが。

 

人形「{パチュリーが魔力の補助をしてくれるって}」

 

 ここに来て『動かぬ大図書館』がようやく重い腰を上げ、サブバッテリー役をかって出たのだ。

 

人形「{勘違いしないで、アリスに手を貸すだけだから}」

 

 しかもこちらの方が大容量、もう燃料切れの心配は——

 

人形「{ケホケホ、こう冷えると持病が。あ、暖炉はこれ以上()かないで。(けむ)たくなって余計に(せき)がケホケホ}」

 

 ないとは言い切れない。ほんの少しばかりの不安が残されているが、とにもかくにも彼女、

 

彼女「そんじゃ全速前進、直進あるのみだze☆」

 

 再出発の時である。愛用の(ほおき)にまたがると魔力を集め始め、視線を真っ直ぐ前へ。地上の者達も彼女に何かあればすぐにサポートが出来るように各自の配置へ。技術者はモニターの前でコントローラーを握り、人形使いは瞳を閉じて精神集中、紫モヤシは人形使いの背中に手を当てて力を注ぎ込む。準備はできた。いざ……

 

彼女「お、あれは……」

 

 と、突然スタートダッシュを中止する彼女、

 

彼女「へへ、とうとう追いついたみたいだze☆」

 

 箒から降りて歩き出す。イタズラな笑みを浮かべながら、箒を片手でクルクルと回しながら。

 

彼女「手こずってるみたいだな霊夢」

 

 異変解決組の常連、霧雨魔理沙。

 

彼女「手ぇ貸すze☆」

 

 今、満を持して

 

霊夢「魔理沙……」

 

 合流。




ついに場は整いました。

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