東方迷子伝   作:GA王

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COVID-19が世間を騒つかせています。
しかしここで忘れていけないのがインフルエンザ。
今猛威をふるっております。
なったら大変です。いや、ホントに大変でした。
皆さん手洗いは念入りにした方がいいですよ。
もちろん栄養も。


裏_十三語り目

 これはその場にいた方々から聞いた話です。

 ある方は言いました「あれは白い光だった」と。

 

??「さっきの金髪はー……?」

 

 またある方は言いました「あれは男だった」と。

 

??「って、ここって——」

 

 またまたある方は言いました「あれは屈強(くっきょう)な身体をした大男だった」と。

 

??「ま、まままさか……」

 

 しかしその一方で、

 

??「なんでこっちに来てるの?!」

 

 「あれは黒い影だった」と語る方、

 

??「関わりたくないのに関わりたくないのに……」

 

 「あれは女だ」と語る方もいれば、

 

??「何でどうして何でどうして何でどうして」

 

 「あれは花車(きゃしゃ)で見るからに弱そう」と語る方もいて。挙句の果てには「あれは獣だった」と語る方もいたり、「巨人だった」と語る方もいたり、「スライムだった」と語る方もいたりで、その方の最初の印象は皆さんバラバラでした。

 

夢子「そこを——」

 

 では正解を発表しましょう。筋トレマンが真っ二つに切断されなかった理由とは、

 

夢子「どきなさい!」

 

 前触(まえぶ)れもなく突如(とつじょ)現れたその方によって助けられたからなんです。剣が振り下ろされるタイミングで夢子さんの背中にのしかかり、姿勢を崩されたんです。そのおかげで剣の軌道が外れ、即死を間一髪のところで逃れることが出来たんです。

 

医者「鬼助急げ!」

鬼助「早くしないと和鬼が」

医者「そんなの分かっておる。——そこを退け」

 

 けれど命の危険に(ひん)していた事に変わりはありません。身体の内側までに達する斬撃と開かれた傷から血液が止めどなく流れ続ける深刻な事態に、一刻を争うと悟った長老様の指示で彼の兄貴分さん、そしてそこの彼が筋トレマンの下へと駆けつけます。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ミツメは語り続ける。あの日の記憶を。

 

??「大鬼そこを退け!」

 

 それがついにここまで。

 あの日起きたことは全部、今でも鮮明に覚えている。

 丸つけを頼んだのに解答を忘れて話をはぐらかしたミツメのことも、(うる)んだ赤い瞳をゆっくりと閉じながら近づいて来たお燐の表情も、いつも(ゆる)んだ顔をしていたのに口調も顔つきも全くの別人へと変わってしまったお空の凄味も、自分のしでかした事の大きさを殴って教えてくれた鬼助の言葉も、いつも通り不気味に笑いながら「任せろ」と言ってくれたキスメの頼もしさも、普段と変わらない優しい顔で安心させてくれたヤマメの強さも、日常以上に爆発したパル公が当たり前のように投げ飛ばされる姿も、見えなくなるまで見送ってくれた姐さんの大きな笑顔も。そして——

 

自分「和鬼、和鬼!」

 

 血の色に染められた悲惨な光景も。

 

鬼助「急いで薬を——」

医者「ダメじゃ、こんな状態では飲ませても吸収できん。縫合(ほうごう)が先じゃ」

??「おじいちゃん!」

??「それ和鬼?! 何これどういうこと?」

医者「ヤマメとパルスィか。事情は後回しじゃ、今は事を急ぐ。ヤマメ、大鬼の時のように——」

ヤマ「うん!」

医者「パルスィは薬を」

パル「分かった」

 

 擦り切れた服、黄色い髪に絡まった砂利、頬に付いた焦げ跡。そんな格好で二人は駆けつけて来れた。と同時に分かった。博麗の巫女を止める事が出来なかったんだって。「博麗巫女は今何処に? 誰が相手をしている? その先の作戦は?」そう頭をよぎったのは確か。けどそんな事を尋ねられる雰囲気ではなかったし、自分も尋ねられるほど余裕なんてなかった。

 指先から透明な糸を出し続けるヤマメとその糸を使ってアイツの傷口をいつになく深刻な顔で(ふさ)いでいく長老に、その場を張り詰めた空気が覆っていた。そして自分は……

 

自分「和鬼聞こえてんだろ!? 目ぇ開けろよ!」

鬼助「落ち着けって、お前に何が出来るんだよ! 今出て行っても邪魔になるだけだろ!」

 

 何も出来なかった。吠えるだけだった。羽交(はが)()めにしてくる鬼助を振り解こうと暴れ回りながら。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 しかし裁きは終わってなどいません、始まったばかりです。

 

パル「パッ!?」

彼 「!? 鬼助後ろ!」

鬼助「げえええッ!」

夢子「裁きを続行します」

 

 そこへ執行人の夢子さんが容赦(ようしゃ)なく剣を振りかざします。

 

夢子「!」

 

 ですが、幸いなことに振り下ろされた剣が彼らへ届くことはありませんでした。

 

??「手ぇーがぁー、しぃびぃれぇるぅー」

 

 先が三つに分かれた矛に救われたんです。そしてその矛を(にぎ)っていた方こそ夢子さんの背後から現れた方であり、最初の目撃証言がバラバラとなった方。でもそれはどれも正しい証言なんです。

 ざわついていますね。もうみなさんもお気付きでしょう、今この場にいないのが残念ですね。その方は見る方によって姿が異なる『正体を分からなくする程度の能力』を持つ

 

彼 「えっ、ぬえ?」

 

 封獣(ほうじゅう)ぬえさんです。

 他人を助けるなんて珍しい? けど彼らを助けるために惨状したのは事実です。ただの気まぐれだったのかもしれませんがね。

 それとこれは余談ですが、皆さん覚えていますか? 村紗さん達が彼の下に駆けつけたきっかけの事を。

 

ぬえ「かかか勘違いしないで。人間なんて、大ッキライなんだから」

彼 「なんでそれを……。だったらどうして?」

ぬえ「けどあんたは……あんた達は!」

 

 はい、そうですね。

 

ぬえ「じ、時間を……だだだからムキムキを」

 

 外から「大変だ」と叫ぶ声が聞こえたからです。それがぬえさんの仕業だったのではないかと。なんでも話によると、ぬえさんは少なからずある程度の事情を把握している雰囲気だったそうなんです。とは言っても私の憶測ですから、本当のところはご本人に直接尋ねてみないと分かりません。

 

夢子「どうして邪魔を? あなたには何の罪もない、罪を犯す前に立ち去るというのなら見逃してあげてもよくてよ?」

ぬえ「そそそれはうう嬉しいけど……」

夢子「断るというのね?」

ぬえ「ここここいつらららも……」

夢子「それは無理な相談ね、連中は罪を犯し過ぎた。なぜそこまで肩入れを?」

ぬえ「いいい一緒に冒険とかとかとかか……」

夢子「なるほど『仲間』というわけね」

ぬえ「……たぶん」

 

 続きを語る前に、ここで皆さんに知っておいて頂きたい事があります。それは長老様が持っておられた傷をたちどころに回復させる薬の残量です。この騒ぎで大活躍してきましたが、度重なる負傷者にこの時にはもう残すところニ人分だったそうです。その内の一人分は言うまでもなく筋トレマンへ使われました。そして残りはあと一人分に。

 

夢子「仲間、同胞、友人を守るため。その心には敬意を表します。けれど、それなら蔵匿(ぞうとく)の罪であなたも罪人と見なします。どうかお覚悟を」

ぬえ「かかかかってこここ来い」

夢子「……震えているようだけど?」

ぬえ「ううううるるうるさい!」

 

 では続きです。打ち鳴らされる連続した金属音はお二人の実力が拮抗(きっこう)している証。かと思いきや、

 

ぬえ「ひぃいいいッ」

 

 戦況はぬえさんの防戦一方だったとか。なおも高速度で移動し、前後左右から襲いかかる夢子さんの剣を受け止めるだけ。反撃もままならずいっぱいいっぱいのように写っていたそうです。さらにそこへ、

 

夢子「スターメイルシュトロム」

 

 魔力の弾幕が加わりぬえさんの姿は立ち所に爆煙に飲まれていったのだとか。

 小説やドラマではピンチの時に登場したヒーローが状況を(ひるがえ)す。それがセオリーであり、この時も旧都民しかり一輪さん達しかりでした。

 だからでしょうね。登場してばかりだというのに、やられっぱなしで見せ場のないぬえさんに、その場の方々はこう思ったそうですよ。

 

  『(終わり?)』

 

 とね。やがて爆煙が吹き抜ける風に流され、そこには無茶をした者の末路が……

 

ぬえ「けほけほッ、ぬえーッホ。目が、目が〜! 目に小石が〜!」

 

 かと思われました。なんとぬえさんは無事だったんです。傷一つ負っていなかったんです。全弾避け切った? そう当時の夢子さんも皆さんと同じことを考えたでしょう。

 

夢子「上手く避けたようね、なら——」

 

 だからより強力でいて、より速く、より逃げにくい魔法をぬえさんに放ったんだと思います。

 

夢子「魔法銀河系」

 

 その魔法はぬえさんのみならず辺り一帯に飛び交い、瀕死の筋トレマンの治療を行なっていた長老様達をも襲いました。

 

ヤマ「パルスィ!」

パル「あーもう! エネルギーチャージ出来てないのに妬ましい! みんな下がって」

鬼助「うわととと、無差別かよ!」

彼 「放せってば! 次来てるんだって!」

鬼助「そういう事は先に言えよ!」

 

 それを彼らは全力で阻止していたそうです。長老様の手が止まらないように、(かすか)に残された灯火が消えないように、その身を犠牲にしてまで。

 

鬼助「なんでオイラァァァ?!」

 

 渦巻く風の様に放たれる魔力の光線は幾度となく彼らを襲撃しました。まるで彼らの想いを阻止するかのように。

 

夢子「ハァ、ハァ、これなら」

 

 やがて夢子さんの息が上がるまで続けられた弾幕も終わりを迎え、辺りが粉塵(ふんじん)のベールに包まれました。果たしてぬえさんは無事なのか、誰にも止められない夢子さんは何処にいるのか。影さえ映さない厚い煙に多くの方が不安に()られていたことでしょう。

 と、そこへ——

 

??「ぬええええええん!」

 

 泣き声です。大音量の泣き声が響き渡ったんです。

 

ぬえ「ぬぇッぐ、ぬぇッぐ、ヌ゛エ゛エ゛」

 

 そうです、なんとぬえさんは無事だったんです。ペタンと腰を抜かして泣きじゃくりながらも、同じ位置で真っ黒になりながらも、村紗さんや一輪さんを完膚(かんぷ)なきまでに沈めた夢子さんの魔法を受けておきながらも。

 ところで霊夢さん、地底と魔界の境界線だった扉にはお札が貼られていたのですが、そのお札ってどれくらい強力なんですか?

 

パル「もうムリ、もう限界。何なのあの殺戮(さつりく)人形、勇儀に匹敵する威力なんだけど」

 

 先代がやった事だから知らない? 

 

パル「で、そっちは?」

 

 紫さんに聞けって、引継ぎしなかったんですか? ……それでは紫さんにお尋ねします、どうなんですか?

 

鬼助「キ、キスメが突っ込んで来た時以上にヤバイ」

 

 平凡な妖怪の群れを一掃出来るって……それ本当ですか? だとしたらさすがですね。なんでも聞いた話によると、ぬえさんはそのお札に触れてしまったことがあるそうで……。

 

鬼助「それにしてもよ、今のをモロに食らって泣くだけって……」

 

 その時もやはりボンバーヘッドで大泣きしただけだったそうですよ。

 

パル「う、うん。彼女——」

鬼助「アイツ——」

 

 でもそうですよね。能力で正体を眩ませてみても真の姿はイタズラ好きな女の子、その上人見知りで臆病。けれど彼女は言わずと知れた大妖怪の『(ヌエ)』そのもの、私など足下にも(およ)ばない力を持っている方なのですから。

 

  『(実はすごいんじゃないか?)』

 

 何処の誰だかは知らないが彼女は只者ではない。この事実が立ち込めていた暗雲を|(つらぬ)く一筋の光となって差し込みました。これは旧都民にとって急死に一生を得る、千載一遇(せんざいいちぐう)の大チャンスです。再び望みが(ただよ)い始めたんです。それをあのお二人が()ぎつけないはずがありません。

 

??「誰だか知らんがおっさん達も手を貸す!」

??「えらく冷静じゃねぇの」

ぬえ「ぬぇッ!?」

 

 彼の師と親方様です。

 

師匠「冷静なものか、頭も(はらわた)も煮えくり返ってんだよ!!」

親方「珍しく意見が合ったな、ワシもだ」

ぬえ「誰ッ?!」

  『鬼の怒りを思い知れ!!』

 

 お二人とも最高潮の大噴火、彼の師にいたっては大切な(おい)を斬られたわけですから、怒りもさることながら恨みも計り知れなかったと思います。

 そこからです。彼の師と親方様、そしてぬえさんによる怒涛(どとう)の反撃が始まったのは。

 

親方「大江山颪ィィッ!」

 

 親方様は掌底(しょうてい)から生み出されるご自慢の衝撃波で、

 

ぬえ「だ、『弾幕キメラ』!」

 

 ぬえさんは主に光弾を放ちながら、

 

ぬえ「伏せて!」

夢子「またあなた——」

 

 攻められつつも向かって来る夢子さんからお二人を守っていたそうです。

 

師匠「おっさんの前で足を止めたな」

 

 三人対一人、数的にも戦術的にも圧倒的に優位です。引っ込み思案で秘められた実力を出し切れないぬえさん、そこに加わる(いにしえ)より鍛え抜かれた百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の力強いタッグ。戦況の天秤は一気に旧都民に傾きました。

 

師匠「柔をもって剛を制す——」

夢子「しまっ——」

師匠「『背負い:()割剛鬼(わりごおり)』!」




【次回:表_十三語り目】

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