東方迷子伝   作:GA王

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早いもので2月も終わろうとしています。
冬の物語を冬のうちに。
終わりを迎えられたらなー…と。



裏_十四語り目

 これは自分の実体験だ。

 床が一面畳で敷き詰められた十畳の部屋。決して広くはないけれど、二人で鍛錬をするには充分な広さ。そこが自分の通う道場であり、

 

??「で、見つかったのか?」

 

 師匠の自宅だ。宝船を発見してしまった翌日、いつも通りに師匠の下へ訪れた自分に待ち受けていたのは、最悪の結末だった。

 

自分「……」

 

 正座をさせられ、(うつむ)いたまま返事をしない自分を師匠はどんな表情で見下ろしていたんだろう。想像しただけでちびりそうだ。そしてあのヤローにハメられたと悟ったのもこの時。内から込み上げる腹立たしさは自然と拳を握らせていた。

 

師匠「無言ってことはそういうことなんだな?」

 

 だいたい、自分は何も悪い事をしていないっていうのに、正座をさせられている時点でおかしな話だ。その上『(おきて)』があるのにどうやって説明しろって? 下手に(しゃべ)れば勘ぐられるし、誤魔化せばウソになるし……。そんな中で残された手段はたった一つだけ、何を質問されても微動だにせず無言を貫き通すことだった。

 

師匠「まあいい、もう昔の事だしな。だからって今さら気にもしてない。稽古を始めるとしようか」

 

 そうして開始の挨拶(あいさつ)を抜きに、その日の稽古は大幅に遅れて始まった。長時間を耐え抜いた足を片方ずつ宙に浮かせ、準備体操がてらにジンジンビリビリを回復させている時だった。師匠が突然思い立ったように「あっ」と声をこぼしたのは。で、

 

師匠「ちょうどいい、新技を教えてやるよ」

 

 と。

 弟子になってから早数年、初めの頃こそ教えてもらえる技の数々は新鮮で、覚える度に「自分は強くなったんだ」と実感できていた。それがこの頃にもなると真新しい技なんてなく、稽古の内容は覚えた技に(みが)きをかけるか、()びれないように繰り返すだけ。「もうとっくに技なんて出尽くしたのだろう」と思っていただけに耳を疑った。

 

自分「新技? まだ教えてもらえていない技があったんですか?!」

 

 そして「もしかしたら究極奥義かもしれない」と心を(おど)らせてもいた。それが……、

 

師匠「いやな、オッサンの技はどれも後手に回るものだ。相手が何もしなけりゃ始まらない。けどそれじゃあ芸がないし実戦には不向きだと思い直してな。そこで考えてみたんだ。ほら、そこで構えな」

 

 まさかの出来立てホヤホヤだったとは……。けど考えてみれば師匠の技は全て師匠自身が生み出したもの、代々引き継がれる究極奥義なんてあるはずがない。

 

自分「お願いします!」

 

 教えてもらった新技の多くが『投げ』に関するものだった。足をかけて地面に叩きつけたり、裾を掴んでまた叩きつけたり、胸ぐらを掴んではやっぱり叩きつけたり。つまりは習った技の応用編、『守』を『攻』に発展させただけのもの。

 しかしそれが練習であるという事、着地した先が柔らかな畳であるという事、日頃の鍛錬で受け身を習得していたという事。だからこそ「いててて」くらいで済んだ。

 けれど、もしそれが緊迫した戦いの場で本気になった鬼が、ちょっとやそっとでは崩れない硬い地面の上で、何も知らない素人だったとしたら……捕まった瞬間に終わる。何をされたのか悟るまでもなく意識が真っ暗な闇へと叩き落とされる。打ち所が悪ければ五体満足でいられるか怪しい。

 実際に受けてみて痛感した。師匠が()み出した新技は、奥義に値すると。

 

師匠「よし、やってみな」

 

 そして迎えた自分の番。構える師匠の正面から教えてもらった通りに足を運び、手を伸ばし、袖を掴んだ。次の瞬間——

 

自分「え?」

 

 ってなった時にはもう手遅れ、顔面からグシャっと。

 いきなりの不意打ちに声を荒げて抗議したっけ。「ズルイ」だとか「卑怯(ひきょう)」だとか「何しやがる」くらいは言っていたかもしれない。師匠に向かって。頭にきていたとはいえ言葉が過ぎたと反省している。

 けれどそれに対する師匠の言い分が

 

師匠「反撃しないとは言ってない」

 

 って。もうぐうの音も出なかった。

 今思えば気にしていないなんて言いながら、本当は心の何処かで期待していてくれていたのかも知れない。自分達が真相を突き止めるって。

 その時に教えてもらった技が————

 

師匠「『背負い:勝ち割り剛鬼』」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 けどそう思えたのは、ほんの(わず)かな時間だけでした。

 

師匠「があああッ!」

 

 鈍く痛々しい音が上がり、断末魔が響き渡ったと。驚愕(きょうがく)する旧都民の目に映ったのは、肩からダラリと垂れ下がる腕を握りしめて崩れ落ちる彼の師の姿でした。

 彼の師は夢子さんの腕を捕まえるなり投げ技を仕掛けていたそうです。しかし地面へと叩き付ける直前で腕をあらぬ方向へ曲げられてしまい、関節を外されてしまったのだとか。

 

親方「がっ……は……」

 

 さらに親方様はその巨体が浮き上がる程の強烈な拳をみぞおちに埋め込まれ、

 

ぬえ「ぬえええぇぇぇ……☆」

 

 瞬く間に一人となったことで(あわ)てふためいたぬえさんは、回し蹴りをお見舞いされて地底の壁へと吹き飛ばされたのだとか。一見有利に思えた戦況でしたが、戦力は全く届いていなかったんです。

 

夢子「邪魔者は排除した」

 

 ぬえさんという障害が無くなり、再び執行人へと姿を戻す夢子さん。その瞳に映した次なるターゲットは……。

 

師匠「や……めろ……」

 

 片腕が使えなくなった彼の師——

 

棟梁「イヤ……」

 

 ではなく、底知れない恐怖に突き落とされた棟梁様——

 

夢子「お覚悟を」

 

 でもありませんでした。

 

??「がっはっはっ! いよいよ年貢の納め時ってか?」

 

 親方様だったんです!

 

親方「ふっっッざけんじゃネェ! 大江山——」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ()を描きながら広範囲に放たれた光はすぐそこまで迫っていた。

 

自分「放せってば! 次来てるんだって!」

鬼助「そういう事は先に言えよ!」

 

 避けられなくはなかった。けどそんな事をすれば光線の行き着く先は……。治療は止まりアイツは間違いなく助からなかった。だからあの時は、ああするしか方法が無かったんだ。

 

 

ガッ(鬼助の服を掴む音)

 

 

鬼助「なんでオイラァァァ?!」

 

 盾になってもらうしか。けど向かって来る光は後を絶たない。二弾目、三弾目と息つく間も無く押し寄せていた。それでも鬼助のおかげで……

 

————「強く想い描くんだ」

 

 想い描けた。

 

————「守りたいとか、力になりたいとか」

 

 アイツを守りたいって、助けたいって、救いたいって。

 

————「硬い物ほど強くなる。それが……」

 

 強く、硬く。

 

自分「姐さん、力を貸して」

 

————「私の血に秘められた能力だ!」

 

自分「うおおおお」

 

 だから呼び起こせた。

 

自分「おおお大江山颪イイッ!」

 

 流れる力を最大限に。

 

自分「大江山颪、大江山颪ッ、大江山颪!!」

 

 正面をパル公に任せて自分は左右両側から飛来する光に専念した。何回放っただろう。二、三十は優に超えていたかな? 

 

パル「で、そっちは?」

自分「ハァ、ハァ……。なんとかギリギリ」

 

 一先ず窮地(きゅうち)から脱したと、乱れた呼吸を整えながら流れる汗を(ぬぐ)った矢先、

 

??「和鬼君、和鬼君!」

 

 後ろからヤマメの震えた叫び声が聞こえて来て……。

 

パル「和鬼?」

鬼助「長老、薬は?!」

医者「やったが脈が止まりかけておる!」

 

 アイツのことは正直今でもイラッてくる時がある。歳がそう離れてないのに見下して来るし、おまけにヒトの揚げ足とるし、バカにしてくるし。昔からずっとそうだ。

 

医者「傷が深すぎて薬が効きにくくなっておるんじゃ」

鬼助「そんな……ってパルスィ何処行くんだよ。そっちは危ねぇって!」

パル「彼女連れて来る!」

ヤマ「和鬼君目を開けて!」

 

 口論、殴り合い、お互いがボロボロになるまで止まらない喧嘩なんて日常茶飯事だった。その度に謝りに行って「お前のせいで」ってムカついて。

 

医者「いかん止まりおった!」

ヤマ「ダメダメ和鬼君戻って来て!」

 

けどそんなムカつくアイツは、

 

————「ねえ、きみひとり?」

————「だったらなに?」

 

 「コイツにだけは負けたくない」って思わせてくれるアイツは、

 

————「いっしょにあそぼ」

————「……べ、べつにいいけど」

 

 周りは大人ばかりの世界、見上げてないと会話ができない世界、その世界の小さな公園で出会ったアイツは、初めて出来たたった一人の

 

————「ぼくダイキ」

————「カズキだから」

 

 親友。

 

自分「ふざけんなあああ!」

 

 だから怖かった。

 

自分「冗談なんだろ?」

 

 バカみたい笑いあう日々、愚痴(ぐち)をこぼしあう日々、強さを確かめあう日々。

 

自分「フリして驚かすつもりなんだろ?」

 

 一緒に成長してきた日々。

 

自分「もう充分だから起きてくれよ、なあ!」

 

 楽しかった日々をもたらしてくれたアイツが、長老に心臓マッサージを施されるアイツが、ヤマメに人工呼吸を行われるアイツがいなくなってしまうことが怖くて怖くて。そこに——

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 親方様は(あきら)めませんでした。足掻(あが)きました。最強の技をもって。けれど、それが夢子さんに届くことはなく

 

夢子「遅い」

 

 筋トレマンの時のように避けられ背中から……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

自分「……」

 

 声が出せなかった。声にしたら、音にしたら脳が揺さぶられて、受け入れざるおえなくなりそうで。けど皮肉にも(あふ)れていたものが(ほほ)を伝わる感触が悟らせた。

 

自分「……ぅ」

 

 これは現実だと。

 

自分「うあああああッ」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

  『親方あああッ!』

 

 (そろ)った叫び声はその方への信頼の証、筋トレマンに続く二人目の犠牲者がよりにもよって親方様でした。持ち前の明るさから多くの方に親しまれ、どんな者でも受け入れてくれる大きな器から頼られ、そしてその腕っぷしから最強と(うた)われた方が血を噴き出しながら倒れていったんです。

 皆さんに問います。

 

鬼助「チイイイキショオオーッ!!」

 

 あなたには心から頼れる方はいますか?

 

師匠「コーーーッ!」

 

 一緒にいて安らげる方はいますか?

 

パル「お義父様ー!」

 

 上司、先輩、ご友人、恋人。学舎の先生、行きつけのお店の店主、温かく迎えてくれる家主。もしその方がある日突然あなたの前からいなくなってしまったら?

 

ヤマ「いやあああッ!!」

 

 支えを失った旧都民の心境がご想像頂けましたか?

 

長老「悪夢じゃ……、こんな事が起きていいはずがない」

 

 そして、もしその方がご家族やご親族であり、何者かの仕業でいなくなったのだと知ったら?

 

棟梁「あなたーッ!」

 

 悲しみ、怒り、恨み。絶望、怨念、憤怒(ふんど)。心の底からとぐろを巻いて沸き上がる感情が、あなたの中に(ひそ)む鬼を目覚めさせることでしょう。彼のように。

 ここで改めてご紹介させて頂きます。彼は『次期鬼の四天王候補』の一人、『凄腕の大鬼』と呼ばれています。そして、町の長であられた棟梁様と親方様のお孫さんです。

 

彼 「うあああああッ」

 

 彼は泣き叫びました。斬られた祖父の姿を、目に映る全てを、大切なものが失われていく非情な光景を拒絶したくて。自身の非力さを呪って。それが……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 声が聞こえた気がした。「望め」と。その声に何て答えたのか、そもそも答えていたのかでさえ定かじゃない。そこで途切れているのだから。何をしたのか覚えていないんじゃない、知らなかったんだ。その日の翌日に聞かされるまで。

 そして訪れる忘れたくても忘れられないあの記憶。ようやく我に帰った時、瞳に映し出されたのは——

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

  『!!!?』

 

 呼吸をすると胸を焼かれそうなまでに息苦しさを覚える程の突風が吹き荒れたそうです。遠くまで避難していた旧都民が見たものは、遠い昔から目にしていない地上の光……

 

店員「店長、こいつぁ——」

店長「間違いねぇ……」

 

 そう『太陽』でした。地底では決して拝むことのない太陽が小さいながらもそこに現れたんです。さらに太陽の直近にいた長老様方が目にしたのは、

 

長老「な、なんと……」

 

 彼でした。絶望に満ちた悲痛な雄叫(おたけ)びを上げながら、光の中心で全身から炎を吹き出していたそうです。

 

鬼助「うぐぁ、急にどうしたってぇんだ?」

 

 もちろんその日まで彼にそんな力や能力なんて備わってなどいませんでした。ましてや素振りや予兆、小さな可能性の種でさえも存在していなかったはずです。

 

パル「あんたその姿……」

 

 ではそれが何故か。私には分かったんです、話を聞かされた瞬間に。これは他種のペットを飼っているからこそ断言できます。ことわざなんて根も葉もない噂です、デマです、大ウソです、立つ鳥は……跡を(にご)すんです!

 

ヤマ「大鬼……君?」

 

 八咫烏は彼の中からお空の中へと飛び立つ時に僅かな因子を残していたんです。つまり——

 

夢子「この凄味、あなたはいったい……」

 

 神奈子さん、あなたが彼に力を授けてしまったんです。八咫烏……いえ、神の力を。

 

神綺「……危険ね」

 

 鬼の中に眠る神の力、それは決して交わる事のない矛盾しあった力。彼の中で複雑に絡み合った力は、限りなく小さな因子でさえも爆発的に噴火させていたんです。

 これが皆さんが彼から感じた異質な雰囲気の正体、鬼と神が融合した力です。

 

彼 「ヴォオオオ……」

 

 そしてこの先お話しする内容ですが、当時彼は意識を、なくしていたという事をご承知の上で聞いて下さい。

 




【次回:表_十四語り目】

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