東方迷子伝   作:GA王

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暦では春、でもまだまだ寒い日が続いていますね。かと思えばポカポカとして訪れを感じる日もあり。
きっとこれくらいの時期なんでしょうね。
「はーるですよー」と告げにくる妖精が現れるのは。


表_十四語り目

 旧都の(はし)くれ。八咫烏(やたがらす)の被害を(まぬ)がれた通りの真ん中で、私はあのスペルを宣言した。

 彼女達に乗せられて頭に血が上っていた事は認める。でも断じて何も考えずに勢いだけで飲んだ訳ではない。彼女達の言う事は筋が通っていたし、何よりそれぐらいのハンデがあったとしても勝てる自信があったからだ。

 

私 「ふー……」

 

 大きく息を吐き出しながら乱れた心を落ち着かせる。リセットされた状態から今度は深い感謝を。

 

私 「(この先の店で初めてアイツの服を買ったんだ。向かいの店では鬼助の歓迎会をしたっけな。それとその先の高級居酒屋では四天王の就任祝いを……)」

 

 次から次へと思い出される明るい記憶達、どの記憶と比べてみても寸分の誤差なく重なる愛すべき旧都へ。

 

私 「(今までありがとうな)」

 

 瞳を閉じる私と構える彼女達の間に流れていた安らかな時間は、やがて訪れる物の前触れってところだった。

 

私 「(よし、いくか!)」

 

 霊夢、残り三枚。魔理沙、残り一枚。対する私は宣言した分を含めて二枚。そうして彼女達との第二回戦は静かに幕を開けたんだ。

 

 

◇    ◇    ◆

 

 

彼女「(冗談(じょうだん)じゃないze★)」

 

 それは麗人(れいじん)の奇妙な行動から始まった。スペルを宣言したかと思いきや目を閉じて微動だにせず、ようやく動き出したかと思いきや目を(つぶ)ったまま右手を前へ出し、さらにかと思いきや今度は左手を()えた腰下へ構えるけったいなポージングへ。

 これには彼女、何が起きるのか予測さえ立てられず頭の中は『?』記号だらけに。だが俗に言う「イヤー…な予感」が働き、自然と(ほおき)(また)がる警戒態勢を取っていた。

 そして、ただなるぬ緊張感が怒涛(どとう)の勢いで押し寄せて来た矢先、彼女は友人と共に開かれた力強い眼差しに閉じ込められ、逃れる間も無く初弾が放たれたのだった。

 

彼女「(あんなのに当たったら——)」

 

 タイミングはまさに間一髪のギリギリセーフ。ビデオ判定を要求したい程に際どいものだった。彼女達の距離が近くなければ、彼女の友人の反応が早くなければ、突き飛ばされていなければ、彼女はその先を見ることも、今苦労を強いられることも、現在進行形で逃げ回ることすらも出来なかったのだから。

 

彼女「(何も残らないze★)」

 

 彼女と友人の間をあっという間に通過し、その先の家屋を大音量で木っ端微塵(こっぱみじん)にした光弾の色、無色透明。その速度、超豪速球。その大きさ、彼女の身の丈以上。加えてその量、

 

??「こんなの無理ゲーだze★!」

 

 機関銃の(ごと)し。

 

麗人「まだ始まったばかりだよ」

 

 右手を突き出しては続け様に左手を突き出す。そしてまた右手を前へ押し出し左手を押し出す。この一連の動作を例えるとしたら「相撲の激しい『突っ張り』」がピタリと当てはまるだろう。

 

麗人「もう泣き言かい?」

 

 麗人、突っ張る。余裕を感じさせるイタズラな笑みで突っ張って、突っ張って、突っ張り続ける。その度に特大の超豪速球が生み出され、直球で彼女達に襲いかかる。

 一方彼女、「まばたき厳禁」と目を見開いたまま風を切りながら、身の危険をヒシヒシと感じながら、生命が(がけ)っぷちに置かれながらもここまで奇跡的に回避して来た。

 

魔理「ひぃいいいッ!」

 

 が、その奇跡もいつまで続いてくれるのやら。

 

麗人「ほらほらほらほらぁ♪」

 

 旧都は今、一部で吹き荒れる(おろし)猛威(もうい)を奮っています。災害レベルは鬼。家屋はなぎ倒され、粉砕され、後には何も残りません。住人の方は迅速(じんそく)かつ速やかに避難して下さい。

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

彼女「魔理沙危ない!」

 

 初弾から彼女は察していた。

 

彼女「やっぱり……」

 

 スペルカードは使用者の心、生き様、精神を具現化したもの。発案者である彼女はそう考えている。それ(ゆえ)に二度見せられた麗人のスペルカードはどれも(はな)やかではあったものの、()()()が欠けていた。

 

彼女「(いよいよ本領発揮ってことね)」

 

 つまりここからが麗人の()()()であり、本当の勝負になるだろうと予感していたのだ。

 しかし、そう悠長(ゆうちょう)な感想を残せたのはその時だけ。今や思いを(めぐ)らせることも、作戦を考案することも、ましてや他人のことまでに気を配ってなどいられない。全神経を()()ませなければ、(つちか)った経験を(かて)としなければ、持ち前の鋭い勘をフルに活かして現実と向き合わなければ、

 

彼女「いっつぅー……」

 

 このありさま。巨大砲弾がゆとりのある(そで)と共に、生娘(きむすめ)柔肌(やわはだ)を強引にむしり取っていく。薄皮を(うば)われた彼女の肩からは(けが)れの知らない筋肉が姿を現し、()(がた)い苦痛から赤い涙を流していた。

 横を通過しただけ、ほんの少し(かす)っただけ、一瞬(わず)かに触れてしまっただけ。されどこの結果。直撃時の威力など想像を絶する。

 

麗人「ほらほらほらほらぁ♪」

 

 しかしそこまで分かっているからこそ、

 

麗人「さっきの威勢(いせい)はどうしたんだい?」

 

 手段を選んでなどいられないと知ったからこそ、

 

麗人「スペルカードを使わないで終わるのかい?」

 

 二人だけでは手に負える相手ではないと確信したからこそ、

 

霊夢「もう背に腹は変えられない……」

 

 開ける道もある。

 

霊夢「あんた達、力を貸しなさい!!」

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 流れが

 

私 「なっ!?」

 

 変わった。明らかに彼女達は苦戦していた。間違いなく私は追い込んでいた。「被弾するのも時間の問題」と勝利を確かなものにしていた。

 それが突然にだ。例えるなら賭博場(とばくじょう)幾度(いくど)と味わされた好機からの大暴落。右肩上がりだった勢いがその瞬間に乱され、巻き返しを図るも転落し続け、挙句(あげく)の果てには手の内がスッカラカン。残されるのは決着のタイミングを見誤った私自身への(くや)しさと(いきどお)りだけ、そんな心境だった。

 

私 「ちぃッ、何だっていうんだい」

 

 そして不可解な現象から(おの)ずと眉間には力が入っていた。そう地面から離れない高さで逃げ回るだけ。避けるタイミングも然程(さほど)変わらず、戦況は依然(いぜん)として私が優位だった。けど、圧倒的に変わっていたんだ。

 

私 「そこっ、そこぉッ、そこダアアアッ!」

 

 光弾を放つ範囲が、土俵の広さが、瞬時に移動する距離が。右から左へ、左から右へと(またた)く間に居場所を変え、私を翻弄(ほんろう)して来た。でも決して目で追えない速さではなかった。だから目標を彼女の進行方向の先に置いて飛ばしていたんだ。

 

私 「コンチクショーッ!」

 

 けどそれでも一手や二手先ごときではまだまだ遅く、三手先……いや、さらにその先の光景を見据(みす)えて選択しなければならなかった。(むか)える事が出来るのか、訪れてくれるのかさえ分からない、数ある分岐(ぶんき)した道の中の正しい道を。そんなの——

 

私 「(母さんじゃなきゃムリだろ!)」

 

 私にはとても真似出来ない至難(しなん)(わざ)だ。

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

 絶対絶命のピンチがウソのよう。打って変わって落ち着き取り戻した彼女、

 

珠 「{これで二度目、毎度ありです}」

彼女「(あや)あんたねぇ……」

 

 こんな会話を交わせる余裕すら取り戻していた。

 

彼女「こんな状況で何ふざけた事言ってるのよ!」

 

 その手に黒い羽を(にぎ)()めて。

 それは彼女が地底世界(ここ)へ向かう直前の事、サポート役となる三名は不機嫌全開で旅立つ彼女に「きっと何かの役に立つだろう」とそれぞれアイテムを渡していたのだ。幻想郷の賢者からは機能を拡張したお馴染みの陰陽珠を、愛用の酒器を片手にいい感じに出来上がっていた鬼からはアクセサリーを、そして『清く正しい』が売り文句のマスゴミからは自身の羽の一枚を。

 なんとこの羽、所持者に鴉天狗(からすてんぐ)の力を一定時間譲渡(じょうと)出来るといった代物で、有効範囲にも優れており、例え遠く離れた地底だろうと(はる)か頭上の天界だろうとノープロブレムなのである。おまけにその使用方法は実にシンプル、「力をよこせ」と念ずるだけ。

 だが有能アイテムだからこそ、あるべきものは当然ある。デメリットだ。それは羽の主であるマスゴミが翌日の朝から激しい疲労に襲われ『動けなくなる』というもの。しかも使用される度にその期間は『二日、四日、八日……』と倍々に増えていくシステムなのである。それ故に彼女は鴉天狗から『ある条件』を付けられていた。その条件とは……

 

珠 「{契約は契約です、二週間分キッチリ頂きます}」

 

 この会話からもご想像出来るように、一回使用するにつきマスゴミが自費出版する新聞を一週間分契約をしなければならないのである。そしてこの天狗は知っていた。

 

珠 「{内容は充実してますし、ちゃんと読んで頂ければお安いものですよ}」

 

 彼女は新聞を読まないと。つまり「読まなくてもいいから金を払え」ということなのである。

 

彼女「くぅ〜……」

 

 参拝客が多く信仰が厚いのならまだしも、(まつ)るべく神が不在かつ曲者(くせもの)、厄介者、魑魅魍魎(ちみもうりょう)達の(いこ)いの場と化している胡散臭(うさんくさ)い神社。おまけに人里から離れており立地条件悪し。余程の事がない限り足を運ぼうなどと思わぬ場所。

 参拝客がなければ収益は皆無、貯金すら底を付き、食事はもっぱら友人か自生する山菜に頼る日々。そんな家計事情で読まない新聞への出費など痛恨の一撃、「なんとしても阻止する」と固く誓うのが通常だろう。

 しかしここで「なら他の二人に頼ればいいのでは?」などと考えてはいけない。なぜなら「だったら私も」的な勢いで見返りにスイーツやらアルコールやらを要求されるのである。彼女を調査に向かわせておきながらである。

 それでも彼女は()ん切った。「助けがいる」と。それ程までに彼女は追い込まれていたのだ。

 

彼女「それよりこれ私だけなの?!」

 

 苦渋の決断の末に手に入れた『幻想郷最速』の力は明日を対価に、今彼女へ追い風をもたらしていた。目前に迫る大砲の弾丸を一つ一つ丁寧に(かわ)しながらも口は会話を(おこた)らず、さらに頭の中ではイメージをする。器用、その一言に()きるがそれも待望の余裕が生じてくれたからこそ。

 そして最後の確認、その返答次第で彼女のイメージは……

 

珠 「{霊夢さんが(さわ)ればその人も——}」

彼女「ナイスッ」

 

 上げられた親指と共に具現化する。

 

 

◇    ◇    ◆

 

 

 一方その頃、白黒シーフの方は……

 

??「{右! やっぱり左!}」

 

 (あら)ぶっていた。

 

??「{うそうそ正面)」

 

 人形が、サポート役が、紫モヤシが。指示は絶え間なく出されているものの、どれも見当違いの的外れ。しかしモヤシとて彼女を混乱させるためにやっている訳ではない、その全てが「彼女を救いたい」と思ってのもの。

 

人形「(……じゃなくて下がって!)」

 

 では何故こんな事態になっているのか。答えは安易にして難儀(なんぎ)。それは紫モヤシに届く情報がリアルタイムではないからである。麗人から発射される弾は大きさと威力もさることながら、その速度が常軌(じょうき)(いっ)しており、サポート陣が映像を見て指示を送る頃には既に通過し終えた後なのだ。

 

彼女「(耳を貸しちゃダメだze★)」

 

 だが紫モヤシは『知識と日陰の少女』と呼ばれるだけあってかなりのキレ者。とっくにその事は承知の上。映像の情報から常に先を読んで彼女を導いていた。が、それでも間に合わない程に弾の速度が驚異的なのである。しかしそれも裏を返せば、

 

人形「{映像処理技術の向上も課題……っと}」

 

 そういう事でもある。

 彼女とサポート陣の間に生じる僅かな『Delay』、それが今彼女にとって大きな障害となっていた。

 

彼女「(魔理沙ちゃん集中だze☆)」

 

 ともなれば残された手段は己の力でこの無理ゲーを乗り越えるのみ。眠る記憶を目覚めさせ、蓄積(ちくせき)された経験値を流れる血に乗せ、全神経・全細胞へと割り振る。さらに「己を信じろ」と暗示をかけ——

 

彼女「!」

 

 だが時既(ときすで)に遅し、彼女がそうこう考えられる時間はもう終了していたのだから。気を(ゆる)めたが最後、集中を切らしたが最後、現実から目を離したが最後の、一瞬一秒を争う時間なのだから。

 

彼女「ZEEEEE!!?」

 




次回、もう一つのエピソードを終わらせます。

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