東方迷子伝   作:GA王

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世間を騒がせているコロナさん。
きっとその影響で近所の花見の名所は今年「ガラガラなんだろうなー、だったら行ってみたいなー」と思ってみたり。でも結局「行かないんだろうなー」が現実なんだろうなー。


【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補大本命_そして花見へ ver.海斗

 時刻は間もなく日没を迎える。家に帰る時間、夕食の香りが漂う時間、命蓮寺で鐘が突かれる時間である。

 

  『え゛ええええっ!!』

 

 と、ジャストタイミングで代わりに鳴り響く驚きに満ちた声。何があったのか、そもそもの話は昼時にまで(さかのぼ)る。

 主人(あるじ)様が翌日の手土産を作るので手一杯になっていた事もあり、「昼食は人里で簡単に蕎麦(そば)でも」となったはいいものの、執事(しつじ)は名前を呼ぼうが叫ぼうが無反応のまま。すっかり波に乗った掃除を中断する様子もなく、我を忘れ一心不乱に職務に没頭(ぼっとう)していたそうな。

 そこへ追い討ちをかける大主人(おおあるじ)様の「おーなーかーすーいーたー」が始まり、渋々執事を残して人里へ出かける事になった。

 食事を終えたら直ぐに帰宅するつもりの主人様だったが、久々に大主人様と女子二人きりという状況もあり、あれこれ店を(めぐ)った上に、茶屋にもしっかり立ち寄って優雅(ゆうが)なティータイムまで過ごしていた。

 だが楽しい時間ほど過ぎ去るのは早いもの、気が付けば「いけない、もうこんな時間!」となり、急ぎ足で戻って来たところ——

 

 

ピッカピカー☆

 

 

 なんという事でしょう、歴史ある白玉楼(はくぎょくろう)は新築同然までに光り輝いていたのです。

 

海斗「妖夢様、いかがでしょう?」

幽々「すご〜い、お屋敷が生まれ変わったみたい。ね?」

 

 「どうぞご覧下さい」と仕事の出来栄えを丁寧に披露する執事に、決してお世辞などではない本心を送る大主人様。株価は急上昇である。

 一方肝心な主人様はというと、

 

妖夢「ふんッ!」

 

 大主人様から同意を求められても首を縦に振ることなく、険しい表情で視線を外してその場を後にするのだった。

 

 

––執事消沈中––

 

 

 従者たる者、いついかなる時でも最高の料理を提供すべし。

 そしてとうとうやって来たオタク執事の最難関。大主人様の(おお)せのままに、主人様と肩を並べて仲むつまじく夕食の支度へと取り掛かる。

 

【基礎中の基礎:包丁を使う時は——】

妖夢「反対の手は猫の手です」

海斗「妖夢様、こうですかニャン?」

 

 左に(にぎ)り拳を作って「ニャンニャン」とじゃれてみる執事、だがそんなものは相手をするだけ時間の「無駄ァッ!」ということで、

 

妖夢「それでいいので食材を切ってて下さい」

 

 主人様はバッサリと切り捨てて自作の漬物を取りに外へ。

 

 

トン、トッン、トン……

 

 

 業務を命じられ一人取り残された執事、静かになった台所ではまな板と包丁のぎこちないリズムと時間と食材達が刻まれていく。おぼつかない手付きながらも、ノロノロとしながらも、たまに切り損ないながらも。

 さっきまで余裕有り気にしていた執事が、今や口を閉ざして表情は真剣そのもの。そこへ……

 

 

ソロ〜リ

 

 

 と忍びよる影が。

 

海斗「ふぁっ!?」

 

 オタク執事、突如視界を奪われた。さらに背中がムギュッとした柔らかな感触に襲われ、鼻孔(びこう)がフワッとした桜の甘い香りに束縛(そくばく)され、耳がこそがゆい吐息(といき)にノックアウトされ、

 

??「だ〜れだ?」

 

 と。そんなもの、聞くまでもない。

 

海斗「ゆゆゆゆゆっこ様?!」

 

 そして案の定執事、ガチガチに固まる。一見(うらや)ましい光景ではあるが、包丁を手にしている時に予告なく、仮にあったとしても背後から伸し掛かり目隠しなど言語道断。故にそれは必然的に起きた。

 

海斗「イッテェーッ!!」

 

 カランと音を立てて床に落ちる凶器、足にザクリと突き刺さらなかったのが不幸中の幸い。だがオタク執事の左拳にはくっきりと一の字が刻まれ、サラサラとしたトマトソースが腕を伝い、一滴一滴速度を上げて(ひじ)からドリップされていた。

 目を見開く大主人様、犯した過ちを悔いて救急箱を取りに行こうとした矢先、

 

??「待ってください!」

 

 主人様がご帰還された。彼女は大主人様に駆け寄り「見ていて下さい」と(ささや)いて執事に注意を向け始めた。

 やがてそれは二人の主人の瞳にしっかりと焼き付けることとなる。

 始まる逆再生、こぼれ落ちたトマトソースは床から浮き上がると一滴一滴あるべき場所へと帰っていく。さらに全てのソースが戻ったところで深く刻まれた一の字は、まるでチャックを閉めるが(ごと)く出口を(ふさ)ぎ、ついにはその姿を消したのだった。何事もなかったかのように。

 言葉を失い目を皿のようにして驚愕(きょうがく)する大主人様。そして当の本人は……

 

海斗「なんじゃこりゃぁあ!!!」

 

 と沈んだ太陽にほえる。当然の反応である。

 しかしこの場で一人だけ異なる反応をみせる者がいた。主人様である。決して(あわ)てたり驚いたりする仕草は見せず、ただ静かに冷静にこの不可思議現象を見守っていた。

 

??「……り」

 

 やがて(こぼ)れ落ちる本心は小さな小さな独り言だった。

 

幽々「やっぱり?」

 

 だが大主人は一字一句聞き逃していなかった。

 そこからおかっぱ頭は語り始めた。彼女が体験した悲劇とグロテスクな現場、そして心臓が止まりかけた奇跡を。

 

妖夢「以前にも似たような事があったんです。守谷神社へ行った時に……」

 

 ザックリとオブラートに包んで。

 

海斗「そう言えばそんな事を言ってたですわねぜ」

妖夢「それなのに……それでもう一度だけあれが幻ではないと確かめたくて今朝……」

海斗「あー、それで本気で斬ってきたのですねぜ。峰打(みねう)ちで」

妖夢「()()()ですけどね。でも次に海斗さんを見た時にはもうすっかり元通りでした」

海斗「ハートは満身創痍(まんしんそうい)だったぜ?」

妖夢「ふんッ、自業自得です」

 

 何はともあれ、

 

海斗「けどよ、つまりそれって……もしかして……」

 

 この瞬間お調子者は正式に

 

妖夢「海斗さんの能力なんだと思います」

海斗「いよっしゃーッ、能力開花キタコレ!」

 

 超能力を自覚したのである。幻想郷(この世界)の出身ならまだしも、外の世界からやって来た普通の男子高校生。それなのに何故、どうして、どうやって? 疑問は尽きないが()ずは——

 

海斗「『怪我がすぐ治る程度の能力』はストレート過ぎるか、『再生する程度の能力』はなんか違う気がする、『死なない程度の能力』はモコたんとモロ被りだな」

 

 生まれたものへ名前を。

 

海斗「ってか、俺の能力『蓬莱人(ほうらいじん)』と一緒じゃね?」

 

 『蓬莱人』とは、飲めば不老不死の能力と驚異の再生能力を手に入れられる夢のような薬(蓬莱の薬)を服用した()()の呼称である。そして現在幻想郷には蓬莱山(ほうらいさん)輝夜(かぐや)藤原(ふじわらの)妹紅(もこう)、そして薬の製作者である八意(やごころ)永琳(えいりん)の三人がいる。

 そんな事情はとっくにご存知の幻想郷オタク執事、生まれたばかりの能力が酷似(こくじ)している点から「もしかして俺も蓬莱人に!?」と期待を寄せているようだが、

 

妖夢「ええまあ、でも少し違うような気も……」

 

 よく知る者は彼女達とオタクを比較して違和感を覚えていた。と、

 

幽々「——える程度の能力」

  『へ?』

幽々「ううん、なんでもないの。おじゃましてごめんさいね」

 

 何やらポツリと(つぶや)いて「オホホホホホ」とその場を後にする大主人様。この素振りに首を傾げる二人の従者だったが、悩んでばかりもいられない。時刻はとっくに夕食の時間を過ぎているのだから。(ぜん)は急げと慌ただしくも要領よく、教え教わりながらも迅速(じんそく)に食事の支度が行われていくのだった。

 

 

--執事準備中--

 

 

 そうして出来上がったこの日の夕食は、見栄えも量も味付けも大主人様の基準を満たせる物ではなかったが、そこは小粋な情によりギリギリスレスレの合格をもらえたそうな。

 で、

 

幽々「あっ…あん…あっ」

 

 今はまもなく一日が終わりを迎える頃。

 

幽々「ふぅっ…うん♡」

 

 夜、寝る前にやる事といえば

 

幽々「はうぅ〜♡」

 

 一つだけ!

 

海斗「はい、いかがでしょう?」

幽々「あん、もう最高♪」

 

 そう、マッサージ!!

 

海斗「足りないところはございますか?」

幽々「ううん、私はもう充分。ありがとう」

 

 従者たる者、常に主人を慰労(いろう)すべし。という事で、オタク執事が次にターゲットとしたのは……

 

海斗「ではでは」

 

 言うまでもない。「お揉みしますよ」と悪意のない(さわ)やかな笑顔で言い放つが、

 

妖夢「イヤです。結構です! 近付かないで下さい!!」

 

 主人はこれを険しい表情で完全拒否。それもそのはず、彼女に迫る指が表情とは裏腹に、まるで取り()かれたかの様にワキワキと暴れているのだから。

 

海斗「まあまあ、そう言わずに」

 

 部屋の角から角へ逃げる主人様とジリジリとその距離を詰めていくエロ執事、両者の追いかけっこは部屋を飛び出し、屋敷中にまで土俵を広げ、ついには幻想郷中を舞台とし、そのまま夜明けまで——

 

幽々「海斗ちゃん上手なのに〜、もったいないな〜」

妖夢「……」ピクッ

幽々「みょんちゃんがやらないなら〜、私がもう一回お願いしようかな〜?」

妖夢「……」ピクピクッ

 

 かと思われた。

 早朝から鍛錬と食事の支度。その後は掃除、洗濯と続いてまた食事の支度。おやつも用意し、て買い出しから帰ればまたまた食事の支度。そこに自由気ままな執事の監視役まで。勤労、苦労、疲労から来るストレスが蓄積されぬはずがない。

 部屋を飛び出して廊下へ一歩踏み込んでいた主人様、大主人様の新鮮かつリアルな口コミで

 

妖夢「……いやらしいこと、しないで下さいよ?」

 

 揺らいだ。

 

海斗「それはフリと(とら)えても?」

妖夢「それは白楼剣で斬られたいと捉えても?」

海斗「それは勘弁して頂きたい」

 

 

--主人按摩(あんま)中--

 

 

 エロ執事に導かれ、用意された座布団に座りマッサージを(ほど)こされる事になった主人様。だが強い警戒心が消え去るはずもなく、初めはかえって肩に力が入り、リラックスとは程遠い状態だったそうな。

 しかし意外にも腕前が良かったようで、緊張とコリはあれよあれよと(ほぐ)され、いつしか……

 

妖夢「(——)」

 

 無我の境地へ。

 

妖夢「(ハッ! 今意識が——)」

 

 いつからウトウトしていたのかは定かではない。開始からものの数分かもしれないし、ついさっきかもしれない。しかし(いたわ)る握力が弱くなっていることから、終わりが近づいていると彼女は悟っていた。そして——

 

妖夢「(ま、まあお礼くらいは……ね)」

 

  と感謝の想いが芽生え始めた直後、

 

妖夢「えっ……?」

 

 それは訪れた。

 彼女の襟元(えりもと)が執事を受け入れてしまったのだ。いともたやすくスルリと服の内側へ侵入した手は柔らかな小高い丘を一直線に目指し、

 

妖夢「イヤァアアアアアッ!」

 

 さらにビリビリと荒々しい音を立て、彼女をあられもない姿へと豹変(ひょうへん)させたのである。人前で、第三者の目の前で、しかもそれがよりにもよって大主人様の目の前で。

 これはさすがに寛大(かんだい)な大主人様でさえもお怒りに……

 

幽々「きゃー、海斗ちゃんだいた〜ん♡」

 

 ではなく、鼻息を荒くしてVIP席から拝見できるであろう男女の「XX(チョメチョメ)』にワクテカしていた。だがそんな桃色妄想劇は

 

 

ドシン……

 

 

 と静かに上がる音によって打ち(くだ)かれる。

 

妖夢「は?」

 

 (あらわ)になった前を腕で隠しながら、点になる彼女の目に映ったのは、

 

海斗「レィ……スィンジィ……ァスカー……」

 

 無茶した者のポーズで寝息を立てる執事の姿だった。

 

妖夢「そういえば昨夜も寝てないって……」

幽々「ふふふ、おまけにお昼ご飯なしでね。それなのに慣れない事を頑張っていたから疲れちゃったのね」

 

 時刻は日付けの境界を超え、深夜と呼ばれる時間帯へ。執事と主人様の体験日は終わりを迎えて執事はお調子者へ、主人様はおかっぱ頭へと普段通りの関係に戻っていく。と、忘れてはいけない。

 

幽々「それで? 採点は?」

 

 お調子者の命運を左右する判定を。しかし本当の主人様が優しく微笑んで尋ねてみるも、おかっぱ頭は引き裂かれた服の端を握りしめて(うつむ)くだけ。返事はない。

 

幽々「すご〜く行きたがってたな〜」

妖夢「……」

幽々「心配?」

妖夢「……はい」

幽々「どうして?」

妖夢「だって……」

幽々「……」

妖夢「……」

幽々「本当に一緒に行きたくないの?」

妖夢「……だったら迷いませんよ」

幽々「頑張った従者にご褒美を上げるのもご主人様の勤めよ?」

 

 放たれた決定打。そしてこの瞬間お調子者の数奇な運命は、大きなため息に乗せて

 

妖夢「まんまと。ですか?」

幽々「さ〜、それはどうかしらね?」

 

 「加速する」と決定したのだった。

 

妖夢「ところで幽々子様」

幽々「な〜に?」

妖夢「そういう事でしたら私もご褒美を頂きたいです」

幽々「いいわよ、何でも言ってね」

妖夢「では家計がピンチなのでおかずを二品減らさせて下さい。それだけで私は大助かりです」

幽々「ヤダヤダヤーダー、それはイーヤーダーッ!」

 

 

--主人説得中--

 

 

 そして夜が明けた。

 

海斗「んー……ッ」

 

 来るべき時が来た。

 

海斗「いい天気だぜ」

 

 時は満ちた。

 

海斗「まさに花見日和!」

 

 両手に大量の手土産を持ち向かう先は……。

 

海斗「レッツ博麗神社へ!」

幽々「おーっ」

妖夢「ふん、今回は特別ですからね」

 

 そして彼はそこで知る。

 

??「海斗くん!」

 

 唯一無二の親友もこの世界に来ていると。

 そして出会う。

 

??「なんだなんだ? 優希の知り合いか?」

 

 師と呼び心の底から崇拝(すうはい)する者と。

 そして再会する。

 

??「きゃーッ! あの時のイケメンさんだ~!」

 

 苦手とするタイプの少女と。

 そして、ついに、ようやく見つける。

 

海斗「マジかよ……」

 

 大本命を。

 

海斗「フラーーーーーーーン!」

 

 これまで彼がアタックを仕掛けた者の数は早いもので二桁にもなる。その反応と結果は、失敗・無理・撃沈・困惑・保留・気絶・無視・歓喜・逃亡・疑惑・逃避と実に多種多様。だが一様にして言えることは『実りがない』ということ。

 それでも……いや、それ故に彼はこれからも止まらないのだろう。この世界にいる限り、この世界の住人と出会う度にサムズアップで己を指し、キメ顔でこう尋ねるのだろう。

 

「嫁にならない?」

 

 と。幻想郷をこよなく愛するイケメンお調子者が始めた『嫁捕獲作戦』は序章を閉じるだけ。

 

フラ「んー、フランはあなたの事イヤだなぁ」

 

 終わりはまだまだ迎えそうもない。

 

 

嫁捕獲作戦_十二人目:フランドール・スカーレット【拒絶】




合間合間で投稿させて頂いた彼のエピソードもこの時を迎えることが出来ました。毎度のことではございますが、ここまで読んで頂き心から感謝しています。貧弱メンタルの主がここまで来れたのも、みなさんのおかげです。ありがとうございます。

で・す・が、彼の物語はまだ終わりではありません!
というかこれからです!

嫁、見つかるのでしょうか?
彼が抱いた疑惑、その真実は?
仕掛けた罠の行方は?

このエピソードで散らばった未解決のフラグは、
今後明らかになっていくことでしょう。
これからも東方迷子伝をよろしくお願いします。





あ、次回予告です。

【次回:表_十五語り目】

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