東方迷子伝   作:GA王

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近所の桜は既に満開、春爛漫です。
春、来ちゃいましたよー。
お話はまだ真冬ですよー。



裏_十五語り目

 (にら)み合い、と呼ぶべきなのでしょうか? 夢子さんと彼の間には物音一つ許されない緊迫(きんぱく)感が(ただよ)い、互いにしばらく微動だにしなかったそうです。

 やがてその硬直状態が解かれ、二人は激しく衝突するのですが、その事を語るよりも前に——

 

医者「——28、29、30!」

 

 筋トレマンの救出劇をお話しさせて下さい。

 

ヤマ「ふぅーッ!」

 

 段取りが悪いのは重々承知していますが、大切な事ですので。

 筋トレマンの傷は内側までに達するとても(ひど)いものだったそうです。どんな傷でもたちまち回復させる不思議な薬が、その即効性を失うまでに。薬が全身に行き渡り、効力を発揮するまでの間、筋トレマンは生死の境を……いえ、実際心臓が止まっていたそうです。

 

パル「彼女連れて来た」

村紗「カズ君! って、あんた何やっんのよ!?」

ヤマ「人工呼吸!」

 

 長老様達は(あきら)めませんでした。必ず蘇生させようと心臓マッサージを続けました。でも——

 

村紗「ぐぅ……、代わって! それは私がやる!」

医者「ワシが三十数えたら和鬼の鼻を摘んで口から一気に息を吹き込むんじゃ。しかしコヤツ……」

 

 修行の成果がこの時ばかりは障害となりました。長老様の全体重を乗せた程度の圧迫(あっぱく)では、簡単に()ね返してしまう分厚い胸筋のせいで、効果が低くなっていたんです。

 

村紗「カズ君目を開けて!」

 

 時は無慈悲(むじひ)です。待ってなどくれません。筋トレマンの反応がないまま刻一刻(こくいっこく)とリミットに近付いていきます。長老様にも残酷な結末が見え隠れしていたでしょう。

 

医者「戻らぬか!!」

 

 まさにその時です! 救世主が現れたのは。

 後に長老様はこの時の事を「ワシに若き頃の力があれば、筋トレマン(和鬼)を苦しませずに済んだのにのぉ」と悲しそうに(おっしゃ)っていました。

 

??「コノ——」

 

 筋トレマンを三途の川から連れ戻したのは、

 

??「男が女を泣かしたままにすんじゃねぇよ!」

 

 みんなの弟分、鬼助さんだったんです。

 

  『肘鉄(ひじてつ)ゥ?!』

 

 飛び上がって肘に全体重を預け、加算される重力と共に筋トレマンの胸へグサリと突き刺したんです。なお、その瞬間ボキリ、ミシリ、ギシリと痛々しい音が……っと、語るまでもありませんでしたね。

 

村紗「ふっざけんなッ!」

鬼助「ゴッ」

 

 もちろんそんな事すれば怒る人はいます。

 

医者「殺す気か!」

鬼助「ベッ」

 

 制裁は当然あったでしょう。

 

パル「妬ましいわ!」

鬼助「ンナ゛ッ」

 

 手厚いまでに!

 

ヤマ「信じられない!!」

鬼助「ザーイッ」

 

 けどこの時の鬼助さんの機転のおかげで、

 

筋ト「ガハッ」

 

 筋トレマンは今日も筋トレの日々を送れているのです。

 

ヤマ「は?」

パル「パ?」

医者「なんと!」

村紗「カズ君分かる? 私だよ」

筋ト「ミ……ナ……?」

 

 しかも目の前には涙を(こぼ)しながら微笑(ほほえ)む恋人が、というおまけ付きで。小説であればこの後の展開は抱き合って熱い口付けを交わし、生への喜びを分かち合う場面だったでしょう。ですが、二人にそんな甘く感動的なシーンは訪れません。なぜなら次に筋トレマンが見たものが、

 

筋ト「な、なあ。アレ……」

村紗「うん、そうだよ」

 

 異様な雰囲気を放つ、様変わりしてしまった幼馴染(おさななじ)みの姿なのですから。

 それから直ぐだったそうです。まるで筋トレマンが息を吹き返すのを待っていたかのように、彼と夢子さんの激闘の幕が切って落とされたのは。

 先手を取ったのは——

 

??「お覚悟をッ!」

 

 夢子さんでした。剣を()りかざし、あっという間に彼を射程範囲に収めたんです。

 

  『大鬼!!』

 

 危ない、避けろ、かわせ。そんな想いから彼の名を叫ぶ声が上がったと思います。そして三度(みたび)繰り返されてしまう光景に、(たまら)ず目を背けた方も多かったはずです。

 しかしながら、夢子さんの刃が彼に達する事はありませんでした。避けもしないで、かわしもしないで、ましてや受け止めもしないで。ただその場で変わらぬ姿勢のまま立っていたと。

 

夢子「なっ!?」

 

 剣の刃が溶けて無くなっていたそうです。彼に触れるや、フライパンの上で熱せられるバターの様に、グツグツと音を立てて。

 この予想外の結果に夢子さんはさぞ仰天(ぎょうてん)されたでしょう。目を見開き、目を疑い、受け入れられなかったでしょう。

 けどそれで終わりではありません。手を出されたことで彼女を改めて敵と認識したのでしょう。彼は雄叫(おたけ)びを(とどろ)かせて夢子さんに腕を伸ばしていたそうです。

 想像しただけでゾッとしますよ。触れただけで金属を瞬時に消してしまう程の超高熱で、もし腕でも(つか)まれたらと考えると。火傷はおろか、焼き切られて吹き出る血でさえも蒸発してしまうでしょうからね。

 しかしながらそこは夢子さんの反応が一枚上だったようで、触れられるよりも先に、後方へと大きく距離を取っていたそうです。

 これが彼と夢子さんの『ファーストアタック』、両者とも成果を上げられないまま元の位置に戻りました。でも、それで充分過ぎたんです。

 

夢子「この者——」

 

 一輪さん達を()()せ、筋トレマンに実力の差を見せつけ、彼の師と親方様とぬえさんの三名でも止められない程のバトルセンスを持つ、夢子さんを本気にさせるには。

 

夢子「脅威(きょうい)に値する!」

 

 そうでもしなければ、自分が無事では済まないと思わせていたんです。

 

鬼助「あんなの洒落(しゃれ)にならねぇぞ……」

パル「みんな早くここから離れて!」

 

 それは夢子さんが頭上高く手を(かか)げた途端(とたん)に現れたそうです。

 

村紗「カズ君私に捕まって」

筋ト「うぐぅ……。わりぃ、肩借りるわ」

 

 輝きを放つ無数の剣が、まるで夢子さんに翼を与えたかの様に。しかもその全てが先端を彼に向けていたと。

 

鬼助「長老、ヤマメそっちは危ねえ!」

医者「いや、こっちでいいんじゃ」

ヤマ「和鬼君の叔父さんが『親方様はまだ息をしてる』って」

鬼助「本当か?! パルスィ、和鬼こっちだコッチ!」

 

 しかし夢子さんの本領(ほんりょう)はそれだけに(とど)まりません。かざした手には、いつの間にか光をまとった大剣が(にぎ)られていたそうです。硬い金属の刃を芯とした光の剣を生み出していたんです。私が予想するに、この光の正体は魔力。おそらく夢子さんは彼に触れられないと知り、実態のない魔力で応戦しようと考えたのではないかと。その目論(もくろ)みの成果は——

 

ヤマ「キャプチャーウェブ!」

 

 手にした大剣の先が彼へと向けられた直後に現れました。

 

ヤマ「みんな急いで!」

パル「鬼助行くよ」

鬼助「長老早く背中に! この網もいつまで持つか分かんねぇ」

 

 翼を(かたど)っていた剣が一斉に放たれ、

 

村紗「あなたも逃げなさい!」

ヤマ「大鬼君!」

 

 野獣の様に()えながら夢子さんへ立ち向かって行く彼に——

 

ヤマ「そっちはダメ-——」

 

 突き刺さっていったんです。彼の影を隠す様にギッシリとひしめき合って。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

自分「え……?」

 

 自分の腹から飛び出た刃だった。それとポタポタと(したた)り落ちる血。焼かれるように熱く、呼吸をする度に激痛に襲われていた。それなのに「()されたんだ」と自覚したのは、おぼろげだった意識が完全に戻ってからだった。

 

自分「あ……あ……」

 

 『死』の文字が頭をよぎった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 『剣山』文字通りのものがそこに出来上がっていたそうです。そして(わず)かな隙間から(しずく)となって落ちる物。この事から放たれた剣の一本一本にも魔力が込められていたのは明らかです。不本意にも夢子さんの目論みは的中してしまったんです。

 

棟梁「どうか、どうかこれが……——」ドサッ

  『棟梁!?』

 

 誰もがその時は突きつけられた光景から目を(つぶ)り、崩れ落ち、(なげ)いたでしょう。

 

店員「いつつぅ……店長、棟梁様は?!」

店長「心配ねぇ、気ぃ失ってるだけだ。限界だったんだろうな」

店員「私等(あっしら)どうなっちまうんでしょう?」

店長「さぁな、それはワシにも分からねぇ。やれる事といえば、あの時助けた小僧に望みを()けるだけだ」

 

 しかし至る所から上がる悲嘆(ひたん)の声に反し、彼はその姿を再び現したんです。剣の森を業火で焼き尽くし、炎の色に染まった滝を全身に浴びながら。

 私もその話を聞かされた時は耳を疑ったくらいです。大袈裟(おおげさ)に着色された作り話ではないかとね。しかしながら私の第三の目に映る心の文字は、それが(まぎ)れもない事実であると(しる)していました。当時あの場にいた方々は、常識と想像を超えた光景の連続に、幻ではないかと疑っていたでしょうね。

 

蒼鬼「おっさんは夢でも見ているのか?」

筋ト「叔父貴(おじき)?」

蒼鬼「和鬼!? 和鬼なんだな? 本物だよな?!」

筋ト「本物だって、頼むから揺らさないでくれよ。(あばら)に響くって」

蒼鬼「よかった、ホントによかったよぉぉぉ。おっさんもう死ぬんじゃないかって」

筋ト「ま、まあ一応死んだらしいけど……」

蒼鬼「ガぁズぅギぃ〜、よぐ戻っでぎだぁ」

筋ト「分かったから出てるもん()けよ……」

パル「お取り込み中失礼、ヤマメがお義父様の近くで防御壁を作るからもっと寄れって」

蒼鬼「そうだアイツ、コウの容体は?!」

村紗「超頑丈な肉体と能力のおかげでカズ君程ではないそうです」

パル「けど油断出来ないみたいで、急いで縫合して、それから薬を投与するって」

村紗「カズ君、私あっちで倒れてる一輪を連れて来るね」

蒼鬼「その方がいい、水橋も一緒に行ってやれ」

パル「だったらすぐに。今は運良く反対側向いてるけど、また剣が飛んで来たら大変」

筋ト「運良く……か?」

 

 そんな中でも唯一、夢子さんだけは違いました。そうなると悟っていたんです。彼の頭が見えた時には既に大剣が届くまでに詰め寄っていたんです。

 

夢子「やはり、ね」

 

 けど彼には通じない?

 

神綺「夢子ちゃん……」

 

 いいえ、それは違います。彼には通じてしまうんです。つい先程ご説明しましたが、彼が剣の豪雨に襲われ際、軽傷ながらも血を流していたんです。つまり魔力でコーティングされた刃では全てを防げなかったんです。それで確かな手応えを感じ、速攻に出たのしょうね。

 

神綺「引きなさい」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 直に伝わってくる温かさが、

 

自分「そ、ん……な……」

 

 恐怖となって押し寄せて来た。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

夢子「(もらった)」

 

 と、夢子さんは勝利を予感していたでしょう。

 しかし偶然や奇跡なのか、直感や本能がそうさせたのか、はたまた目覚めた神の力が導いたのか。彼は(せま)る大剣を小さく身を横に()らせて避けたんです。風に全てを(ゆだ)ねて舞い落ちる、この桜の花弁(はなびら)の様に。ふわり、ゆらり、ひらりと。

 それが彼の一歩目でした。

 

夢子「まだ——」

 

 続く二歩目、彼を捕らえ損なった大剣を手放し、瞬時に新調した光の大剣で水平方向に斬りつける夢子さんへ——

 

夢子「!」

 

 足払いを。

 しかし彼の足は夢子さんに届きません。寸前にバックステップで大きく回避されたんです。いえ、そうせざるを得なかったのでしょう、我が身の安全を考えれば。誰だって片足を失うのは避けたいですからね。緊急回避だったと思います。

 そして緊急と呼ぶからには、想定外の事象が起きた、という事でもあります。

 つまり彼の反射神経、瞬発力、身のこなしが夢子さんの想定を超えていたのではないかと。優れた身体能力を持つとはいえ、卓越(たくえつ)した戦闘スキルを持つとはいえ、魔界トップクラスの実力を持つとはいえ、確かな予感を(くつがえ)されれば驚きます、動揺(どうよう)します、(あせ)ります。そう、夢子さんは焦っていたんです。その所為でミスを犯しました。それは——

 

夢子「マズイッ」

 

 彼女の取った行動が『ファーストアタック』の時と全く同じだったことです。

 自我を失い、敵を狩ることしか頭にない野獣と化したとはいえ、立て続けに同じシーンを見せられれば、真新しい記憶と重なれば、学習します。彼は夢子さんの後を電光石火で追いかけたんです。

 そしてこの時の事を多くの方が「二人の姿は追えなかったが、彼が通ったであろう道には一筋の光が残され、それはあたかも黄金色に輝く龍の様だった」と語っていました。それが彼の三歩目の始まりです。

 

鬼助「ヤマメ、パルスィ達が戻った」

ヤマ「キャプチャーウェブ(ドーム型)!!」

パル「なんとか間に合ったー」

村紗「一輪急いで!」

一輪「あと少し、あと少しで……」

筋ト「師匠、今薬を作ります!」

親方「そんなもん無くても……」

医者「(しゃべ)るでない。まったく、師弟そろって針が通り難いったらありゃせんわ。そのおかげで内臓が無事だったのが不幸中の幸いかのぉ」

親方「へ、へへへ。(きた)えに鍛え抜いた自慢の筋肉だからな」

蒼鬼「あ? 積もり積もった贅肉(ぜいにく)の間違いだろ?」

親方「はぁ!?」

蒼鬼「あぁ!?」

  『やんのか!?』

パル「お義父様そんなに力むと——」

親方「グハッ!」

医者「大人しくできんのか!」

 

 二人が姿を再び現した時、彼と夢子さんは急接近していたそうです。しかも彼の腰元には左拳が構えられていたと。そこから繰り出されるものは例の力任せの衝撃波、多くの方がそう予感していたそうです。

 しかし、この時放たれた物は全くの異質な物でした。彼の手から放たれたのは——

 

彼 「ヴォヴォヴェヴャマ゛ヴォロォジ!!」

 

 高密度に押し集められ、開放と同時に空気と結びついて起きる大爆発、バックドラフトだったんです。夢子さんはその炎に(おお)われ、爆発の衝撃で後方へ飛ばされたそうです。が、決定打には届かなかったようで、地面に触れる前に体勢を立て直し、着地と同時に再び彼に向かって行っていたのだとか。そして彼もまた、それに応える様に怒号を上げて向かって行ったと。

 その先の戦況は誰にも分からないそうです。なんでも二人ともスタートを切るや姿を消してしまい、そのまましばらく現れなかったのだとか。ただ激闘の(すさ)まじさはヒシヒシと伝わっていたそうです。

 

鬼助「なんだよこの音」

村紗「剣の先が見えてるよ!」

ヤマ「うぅ……こんなバケツをひっくり返したみたいに……」

筋ト「こうなりゃオレが出て——」

蒼鬼「バカ野郎! それをおっさんが許すと思うか!?」

パル「どれくらい耐えられる?!」

ヤマ「まだ頑張れるけど、ずっとこのままだと……え?」

医者「よせ動くな、傷口が開く!」

親方「もう充分だ。(しの)いでやるよ、大江山颪でよ」

 

 炎弾と剣の豪雨が降り続け、

 

夢子「(攻撃が重い……)」

 

 大気を()らす爆発音が上がり、

 

夢子「(あの細い腕のどこからこんな力が)」

 

 地底の壁を破壊しては土砂崩れを起こし、

 

夢子「(その上この者の思考が掴めない)」

彼 「ウォオオオッ!!」

 

 二人が衝突したであろう後には突風が生まれていたと。

 

医者「無茶じゃ、立つのだって辛いはずじゃ」

筋ト「そんなお身体で大江山颪なんて——」

親方「んなこたぁねぇ、ワシはお前の師匠だぞ? ゔぐぅッ」

パル「お義父様せめてこの薬を——」

鬼助「いってえッ、コイツ貫通して来やがった!」

ヤマ「補強が追いつかない……みんな(かが)んで!」

村紗「一輪!」

一輪「雲山行って!!」

雲山「ぬぅううん! 復活じゃあぞい!」

 

 夢子さんとその時の彼の実力はおそらく五分。

 

夢子「(また避けられた!? こうも素早く動かれては……ならば——)」

 

 攻める、守る、避ける、跳ね返す。相手の真理を先読みし、本能で危機とチャンスを感じ取る。

 

夢子「動きを封じるのみ! 『魔法銀河系』!!」

 

 引いては前へ、前へ出ては引いてと、お互い寸分も(ゆず)らない鍔迫(つばぜ)り合いを繰り広げていたことでしょう。

 

彼 「ヴァアアアッ」

夢子「今、裁きを——」

 

 それだけに彼の勇姿を語れないのが残念ですね。

 

夢子「実行します!」

彼 「散歩必殺(ザンボビッザヅ)!」

 

 そして旧都民がようやく二人を瞳に映した時、誰もが目を疑う光景に言葉を失ったそうです。決着です!

 




【次回:表_十六語り目】

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