--翌朝--
蓬莱「ホーラーイ」
優希「おはようございます」
着替えを終えて僕の監視役の人形、蓬莱と一緒に部屋を出ると、
上海「シャンハーイ」
一番に反応をしてくれたのは、人形の上海。両手を挙げて笑顔。たぶん『おはよう』って言ってくれてるんだと思う。
アリ「あ、おはようございます」
次に挨拶をしてくれたのは、今日も眩しい笑顔のアリスさん。エプロン姿で朝ごはんを作ってくれています。
アリ「もうすぐで朝ご飯ができますので、座って待っていて下さい」
優希「あ、はい」
で、
魔理「ふんッ!」
反応はしてくれたけど、腕を組んで顔も合わせてくれず、不機嫌極まりない魔理沙さん。
結局、魔理沙さんはアリスさんの家に泊まる事になり、僕は来客用の空き部屋(最初の部屋)で、アリスさんと魔理沙さんはアリスさんの部屋で、それぞれ寝ることになった。そして、いざ寝るという時に――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
優希「アリスさん、魔理沙さんおやすみなさい」
アリ「おやすみなさい」
魔理「優希! お前絶対こっちの部屋に来るなよ!
アリ「よ、夜這い!? 優希さんそんな事考えて……」
全く考えてもいない事だった。それなのに、魔理沙さんに勝手に決め付けられ、さらにアリスさんまでも僕をそういった目で……。
優希「ませんよ! アリスさん、絶対しませんから! 何があっても、世界が滅びる事になっても、そんな事は絶対にしませんから!」
堪らず超全力否定。「誤解されたくない」そんな思いでいっぱいだった。けど。
アリ「……ハイ」
それが何故かアリスさんの元気を奪う事に。
魔理「だからお前言い方……」
優希「え?」
魔理沙さんから注意されるも、僕の頭の中は『?』だらけ。そんな僕に呆れた様に、魔理沙さんは「はー……」と大きくため息を零すと、
魔理「何でもないze☆ アリス一応見張りに上海か蓬莱を優希の所に置いとこうze☆」
監視役を置く事を提案した。というかアリスさんに命令していた。あれだけ言ったのに、信用してくれなかったみたいです。ショック……。
そしてアリスさんは言われるがまま
アリ「あ、うん。じゃあ上海お願いできる?」
僕の監視役に上海を任命した。そう、この時は上海だった。でも、
上海「シャンハーーーーーーィ!」
その途端、上海が突然の逃亡。しかも猛スピードで。
魔理「何だ? 何だ? どうしたんだ?」
アリ「えっと、実は……」ヒソヒソ
上海を目で追いながら、混乱する魔理沙さんにアリスさんが耳打ち。僕には聞えなかったけど、その内容には心当たりが。この時、既にイヤーな予感がしていた。
魔理「はぁーッ!? 上海のスカートを
魔理沙さんが軽く身震いしながら、本気で距離を置き始めた。確かに、上海に失礼な事をしてしまったのは事実なんだけど、
優希「違うんですって! 魔法で動いていて、自我があるなんて知らなかったんです!」
それは大きな誤解。その誤解を解こうと、本当の事を伝えてみるも、
優希「ちょっと興味が湧いちゃって……」
魔理「ほらみろ! やっぱ興味あったんじゃないか」
魔理沙さんがどうしてもそっちに結び付けようとする。さすがに僕も「何で分かってくれないの?」と、
優希「そ・う・じゃ・な・く・て・で・す・ねぇ」
苛立ちを覚え始めていた。そこに、
パンッ!
手を叩く乾いた音が。
アリ「はい、もうお終い。魔理沙は最後まで話を聞きなさいよ。その事はもう済んでるの。優希さんは上海にちゃんと謝って『もうしない』って約束してくれたの。ただ今朝の事だったから、まだ気持ちの整理がついていなくて、それで逃げちゃっただけなの」
アリスさんは上海が逃げてしまった理由を、丁寧に説明してくれた。それを魔理沙さんはムスッとした表情で聞き、僕は再び上海への罪悪感に
アリ「優希さん、大丈夫ですよ。上海は優希さんのこと、嫌いになった訳ではないですよ」
とアリスさんは微笑みながら声を掛けてくれた。この時、凄く救われました。
優希「そうなんですか。安心しました。嫌われたって思っていました」
アリ「ふふ、それと……」
アリスさんはそこまで告げると、僕にだけ聞える様に、魔理沙さんには聞えない様に手で壁を作ると、
アリ「興味が湧いちゃうって気持ち、少しだけ分かります」
小声で
それでその時の僕はというと、
優希「あ、ありがと……ございます……」
やっぱりガチガチに固まっていました。
その時だった。魔理沙さんが不機嫌になった事の発端となる、心の声が聞こえて来たのは。
魔理「おーい、魔理沙ちゃんが置いてけぼりだze★」
神社での件といい、この時の発言といい、僕の中の魔理沙さんへの疑惑は、確信へと近付いていた。それを確かめるために、ドキドキしながらも今度は僕が
優希「あの、アリスさん」
アリスさんにだけ聞える様に、
優希「魔理沙さんって……」
小声で尋ねた。
優希「『
アリ「え? あはははは、それ当たってる!」
その途端アリスさん、手を叩いてお腹を抱えて大爆笑。始めてみる姿に僕、思わず唖然。そして運の悪いことに、
魔理「おい優希! 聞こえてるぞ! アリスも笑い過ぎだze☆!」
ご本人に聞かれていたという……。
アリ「だ、だって……。あははははっ」
魔理「くー……もういい! 寝る! アリス蓬莱つけておけよッ!」
バタンッ!!
顔を真っ赤にして、アリスさんの部屋へと入って行くご本人。戸を閉めた時に、近くの窓がカタカタと音を立てていた。「やってしまった……」という後悔しかなかった。
優希「怒らせちゃいました……。ごめんなさい」
アリ「大丈夫ですよ。魔理沙は寝ればケロッと忘れますから。それよりも、こんなに笑ったのは久しぶりです」
涙を拭いながらアリスさんはそう話してくれた。なんだか照れ臭かったです。
優希「あ、いえ、あ、はい.……」
魔理沙さんには申し訳ありませんけど……。
アリ「それじゃあ、おやすみなさい。あと魔理沙がうるさいので、蓬莱を渡しておきますね」
蓬莱「ホラッ!?」
優希「いま露骨に嫌そうな顔しましたよ……」
アリ「あはは……。でも根はいい子ですから。仲良くしてあげてください。ではまた明日」
優希「はい、また明日」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なんて事があったのわけで……。「翌朝になれば魔理沙さんの機嫌は元通り」を期待していたのに……。アリスさん、魔理沙さんめっちゃ怒ってません? 「今日送ってやらないからな!」なんて言われたら困るし、僕が原因なのだから謝っておこう。
優希「あの……魔理沙さん」
椅子に腕を組んで座っている魔理沙さんに、声を掛けてみるも、
魔理「……」
ツンとして無反応。しかもこっちを見てくれない。
優希「今、よろしいでしょうか?」
下手に下手に尋ねて
魔理「……なんだよ?」
ようやく反応が。でも依然として顔は向こう側。目だけはジロリと見てくれているけど……。
優希「昨夜は気に触る様な事を言って、申し訳ありませんでした」
頭を下げて誠心誠意の謝罪。すると魔理沙さんは組んでいた両腕を解き、背もたれへと回すと、もたれる様に姿勢を崩し……
魔理「なんだよぉ。結局アリスの予想通りかよー」
と。僕、
優希「は?」
ぽかーん。
魔理「魔理沙ちゃんはそのまま
アリ「だからそんな人じゃないって」
もしかして賭けられてました?
魔理「まあ謝ってくれたし。良しとするze☆ そもそもそんなに気にしてないから、安心して良いze☆」
優希「はい、ありがとうございます」
アリ「2人共、目玉焼きの卵何個にする?」
優希「僕は1個で」
魔理「魔理沙ちゃんは2個だze☆」
ーーオタク朝食中ーー
朝食を食べ終え、一休みにとアリスさんが紅茶を入れてくれた。アリスさんは紅茶好きみたいです。というかコーヒーとかこの世界にあるの? 苦くて飲めないけど……。
3人でお茶を飲みながら雑談をしていると、「僕が仕事に行くまでどうしようか」という話になり――
魔理「午前中、家の片付け手伝ってくれよ。どうせ暇なんだろ?」
優希「仕事の時間に遅れなければ、いいですよ」
アリ「じゃ、じゃあ私も……」
という事になり、3人揃って魔理沙さんの家の片付けへ。
昨日魔理沙さんが作った太い一本道を進んで行くと、一軒の小屋が視界に入ってきた。それは近付くにつれその全貌と被害状況が
小屋の目の前の芝は一直線に
魔理「ここが魔理沙ちゃんの家だze☆」
優希「結構散らかってますね」
悲惨な状況に思わず本音が。そしてふと屋根へ視線を向けると、大きな看板が視界に飛び込んで来た。
優希「霧雨魔法店? お店なんですか?」
魔理「依頼があればなんでもするze☆」
なんでも……だと!?
魔理「……お前、今エッチな事考えただろ?」
ジト目で僕の考えを見透かす魔理沙さん。そう告げられた瞬間、心臓が「ドキッ」と強く脈打った。
アリ「え!? そうなんですか?」
優希「かかか考えてませんッ!」
魔理沙さんこういうの一々鋭い。でも……何故バレたし。
優希「そそそれよりも、こんな森の中にあってお客さんって来るんですか?」
話を
アリ「まあ、滅多には来ないですね」
魔理「何年か前に来てからは全然来てないze☆」
それ、お店としてどうなんでしょうね? 香霖堂もなんかそんな感じだったし、人里でないところで店を開く人達って、あまり商売意識ないのかな?
魔理「んじゃ、ちゃっちゃと片付けやるか。アリスは魔理沙ちゃんと家の中を、優希は外を頼むze☆」
『はーい』
魔理沙監督の指示の下、僕とアリスさんはそれぞれの持ち場へと向かった。
--オタク雑用中--
優希「魔理沙さん、外は片付きましたよ。って、うわー……」
魔理「おう、優希サンキュー。こっちも大体片付いたze☆」
優希「え? これで?」
家の中はフラスコやビーカーといったガラスの容器が机の上に無造作に並べられ、大量の本が床に山積みになって置かれていた。特に本なんかは、ほんの少しの振動で雪崩が起きそうな程に。
アリ「優希さんからも言って下さい。魔理沙、本当に整理整頓をしなくて……。コレがいつも通りなんです」
魔理「いいじゃんかよ。何処に何があるのか分かってるんだから。それに、下手に動かすと分からなくなるze☆」
優希「でもコレじゃあ香霖堂といい勝負……」
アリ「ほら魔理沙、言われてるわよ」
魔理「霖之助の所と一緒にするなよ。アイツは何処に何があるのか把握出来てないんだze☆? それにだze☆? アイツは……」
あー……、いるよね……こういう人。自分は散らかしているんじゃなくて、自分なりの整理整頓なんだって言う人。海斗君の家に行った時も、そんな感じだった気がする。でもフィギュアだけは綺麗に並んでいたっけ? あ、そう言えばフィギュアで思い出した。海斗君が一押しの嫁って言っていた幼女。えっと名前なんて言ったっけ?
魔理沙さんが言い訳をしている間、僕はそんな事を考えていた。そしていつの間にか脳内で考えていた文字が、言葉として出ていた。
優希「フラン…?」
でも、とても小さな独り言。言い放った僕でさえ、ギリギリ聞き取れるくらいの。けれど、この世界の2入はその単語を聞き逃さなかった。
『えッ!?』
同時に驚きの声をあげ、作業をしている手が止まった。顔には緊張が走り、僕は「何かマズイ事を言ってしまった?」と思いながらも、2人に恐る恐る尋ねた。
優希「あ、えっと……、ふ、フラン何とかって子……知っていますか?」
魔理「お前が言ってるの、フランドールの事か?」
優希「あ、そうです。フランドールっていう金髪の女の子です」
アリ「なんで優希さんがその名前を……」
魔理「フランドール・スカーレット、吸血鬼の妹だze☆ 会いたいとか思っているなら止めろよ。冗談抜きで殺されるze☆?」
「殺される」そう語った魔理沙さんの表情は、普段では見せない真剣な顔だった。そしてそれが「冗談抜き」という事場の重みを更に上乗せし、僕に危機感を覚えさせた。
優希「そんなに恐ろしい子だなんて……。全然知りませんでした……」
魔理「『子』って言うのはちょっと違うze☆ もう500年近く生きてるze☆」
そう言えば海斗君もそんな事言ってたっけ?
魔理「何でその名前を知ってるのかはいいとして、忠告だけはしとく。
優希「紅魔館?」
魔理「フラン達がいる館だze☆」
優希「あ、はい。分かりました」
アリ「あっ! 優希さんそろそろ時間!」
優希「えっ!? もうそんな時間ですか!?」
魔理沙さんの家の片付けに夢中になって、時間の事をすっかり忘れていた。お昼ごはん今日も食べれず……。
魔理「悪い、片付け手伝ってもらって。一度アリスの家寄ればいいか?」
優希「はい、お願いします」
アリ「じゃあ、私も……」
魔理「優希、飛ばすぞ!」
優希「安全運転を希望しますーーー…☆」
アリ「もうっ! 置いてかないでよ!」
--オタク郵送中--
魔理「途中アリスの家に寄ってここまで2分! なかなかの好タイムだze☆」
ドヤッと誇らし気に語る魔理沙さんの
優希「ゼェー…、ゼェー…」
地面に手足をつけてorz。
優希「今回は本当に振り落とさられるかと思った。それに『40秒で支度しな!』って……」
魔理「空への冒険のスタートだze☆」
優希「魔理沙さん、それ以上いけない……」
魔理「滅びの呪文も知ってるze☆」
優希「何で知ってるんですか?」
魔理「知り合いに外から来たヤツがいるんだ。今度会わせてやるze☆」
魔理沙さんの言葉に僕は驚かされた。僕以外にも外来人がいる。しかも僕よりも前に来ていると考えて間違いない。「会ってみたい」素直にそう思った。
アリ「やっと追いついた」
そこへアリスさんが。一緒に来てくれたんだ。
魔理「あれ? アリスも来たのか?」
優希「う、うん。ちょっと気になって……」
魔理「良かったな優希。気になってるんだってよ」
アリ「な、魔理沙! そーじゃなくて!」
魔理沙さんからの冗談を必死に否定するアリスさん。大丈夫です、僕は分かってます。
優希「僕がちゃんとやれるか心配なんですよね? そうですよね……。今までバイトもした事ないですし……体力無いですし……気弱で人見知りですし……」
自覚しているとはいえ、それを口に出してみると、どんどん落ち込んでくる。やっぱり即クビになるんじゃ……。
アリ「いえ、優希さん。そういうことでは……」
魔理「お前ホント面倒くさいヤツだな。つべこべ言ってないでとっとと行ってこい!」
ガッ!(優希のケツを蹴る音)
優希「イタッ!」
蹴ったね……。親父にも蹴られたことないのに!
そんな僕の不満は完全に無視。魔理沙さんはスタスタと店へと歩いていき、洗練された無駄のない無駄な動き、The常連の動きで店内へと入って行った。僕とアリスさんもそれに続けて入っていくと、
魔理「店長! 時間通りに連れてきたze☆」
店長「よう、確かに時間通りだな。今日からよろしくな。まずは悪いが働く前に……」
不吉な雰囲気が漂っていた。店長さんが笑顔で構えている物の所為で。
優希「あの、店長さん? その両手に持ってるバリカンとハサミは……」
店長「いやな、髪の毛が長いと飲食店として衛生面で良くないからな。大丈夫、オレはこう見えて結構上手いんだ。カッコ良く仕上げてやるよ」
優希「ギャァァァーーーーーーーーーーーッ!!」
--オタク散髪中--
魔理「ぶわはははははははははッ! いいze☆! 優希似合ってるze☆ ひー……、ひー……あはははは!」
お腹を抱えて涙を流しながら大爆笑。魔理沙さん……笑いすぎです。
アリ「ふ……ふふ……」
僕を見ないように
店長「うん、我ながら良くできた!」
コレで? 丸坊主はなんとか逃れたけど、コレじゃあまるで……
魔理「タワシだ、タワシ! タワシ頭! 腹いてぇッ」
アリ「ふっ……タワシ……ふふふ……」
もう泣いてもいいですか?
店長「ほら2人は帰った帰った。これから兄ちゃんに色々教えたりするんだ。営業時間中に来るなら歓迎するからよ」
アリ「あ、はい。お邪魔しました。優希さん頑張って下さいね」
魔理「またなタワシ! いいもん見せてもらったze☆ 霊夢のヤツにも見せてやりたいze☆」
あの人達絶対また来る気だ。
2人が店から出て行って間もなく、店長さんが
店長「ところで兄ちゃん」
優希「はい?」
店長「どっちが本命だ?」
突然爆弾を投下。
優希「はいッ!?」
しかも、
店長「人形使いの方か?」
ドッキーーーン!
いきなり命中。
優希「ィャィャィャィャ、そんな……のでは……」
店長「じゃあ魔理沙か? それとも霊夢か? 会ったんだろ?」
優希「その2人は……ないです……」
タワシ頭、似合う人はいいですが、
自分がやるとイソギンチャクみたいになりそうです。
次回:「初日」
優希人生初のバイトの日です。