東方迷子伝   作:GA王

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人生初めてのバイト。
緊張の2文字でいっぱいでした。

失敗してもいいんです!
後々上手になれればいいんです!



初日

カラカラ……

 

 

 店長さんに勤務時間などの説明を一通り受けた後、足りない食材とお酒の仕入れに行く事に。当面の間は仕入先に顔を覚えてもらう事と、食材の選び方を学ぶため、店長さんと一緒に行く事に。

 店長さんは足を怪我していたので、僕から「荷物持ちは僕がやります!」と提案した。僕だってやればできます。ドヤドヤ。

 まあ……とは言っても、その実態は「ボ、ボクッ……二ッ、モツモツ、マス……」みたいな怪文書ちっくだったんだけど……。店長さんには通じたみたいで、笑顔で「よろしくな!」と言われました。店長さんはいい人です。

 それで僕が仕入れ用の荷車を引いて行く事になったのはいいのだけど……

 

店長「兄ちゃんそこ右だ。そしたら真っ直ぐ行って3軒目だ」

 

 なにこれ? 人力車? 荷車じゃなくて人力車なの? そこに乗るとは聞いてないですよ? しかも通り過ぎる人達からくすくすと笑い声が……凄く恥ずかしいです……。それとも僕の頭で笑われてた? どちらにしても恥ずかしいです……。

 

店長「よし、ストップ。まずは酒の仕入れからだ。次に野菜、最後に肉、魚だ。鮮度が命な物程後回しだ。覚えておけよ」

 

 酒 → 野菜 → 肉・魚。覚えたぞ。肉と魚はどっちが先だろ?

 未解決の順序に若干頭が困惑。そんな僕を他所に、店長さんは酒屋さんの暖簾(のれん)を潜ったところで、

 

店長「おーい、サケマルだ! 仕入れに来た。頼んでおいたいつものと、良いもん入ってるか?」

 

 と威勢のいい声を上げると、店の中から酒屋の店主さんらしき人が、そろばんを持って出てきた。そして、ここに来て初めて知る真実。あれサケマルって読むんだ……。

 

酒屋「焼酎は◯島を3つと酒は×祭を2つ。それとビールを樽で3つと。今回は特に変わった物は無いな、また次回に期待しててくれ」

 

 そろばんを弾きながら、商品を確認していく酒屋さん。その間に僕、「いつもの=◯島、×祭、ビール樽。いいのがあれば仕入れる」と、店長さんの注文をおさらい。覚えたぞ。

 

酒屋「今回はざっとこんなもんだ」

店長「おう、じゃあ支払いするから、兄ちゃんはそこの酒を荷車に積んでおいてくれ」

優希「は、はい!」

 

 「店長さんから任された初仕事。頑張ります!」と、一人で気合を入れていると、酒屋さんが

 

酒屋「ん? 人を雇ったのか?」

 

 ようやく僕の存在を確認。「紹介される」と瞬時に察し、緊張が全身に走った。すると、

 

店長「まあ、こんな足だからな。顔だけでも覚えてやってくれ」

 

 案の定

 

酒屋「いい頭してんじゃねーの。名前は?」

 

 その時が。

 

優希「優希デス……ヨロシク……オネガ……イシマス……」

 

 名前はしっかり言えた。けどその後が……。結局ガチガチに固まり、竜頭蛇尾。そして、何故かこの頭を気に入られました。

 

店長「ちなみに頭は俺がやった!」

 

 店長さん、腕を組んで誇らしげにドヤドヤ。よかったですね。僕は内心複雑ですが……。

 

酒屋「そうかい、よろしくな。じゃあ支払いはこっちで……」

 

 酒屋さんの案内と共に、店長さんはお店の中へ。取り残された僕。袖をたくし上げ、いざ荷物積み!重そうな物から積んだ方がいいよね?じゃあまずはこのビールの樽を……

 

 

ズンッ!

 

 

お、重ッ!!

 

 

--オタク仕事中--

 

 

店長「またよろしくな! って兄ちゃん大丈夫か?」

優希「ゼェー、ゼェー……、だぃ……じょ……ぶ……れす」

 

 店長さんが戻るまでに何とか荷物を積み終えたはいいものの、息は切れ切れ、汗はだらだら、腕はパンパン。昨日と同じ状態に……。そして早くも店長さんから、

 

店長「兄ちゃんガタイが良いのにパワー無いな」

 

 

グサッ!

 

 

 ダメ出しが……。

 

優希「す、すみ……ません……」

 

 早くも見切りを付けられ、「クビを宣告されるのでは?」とビクビク。でも……

 

店長「これは鍛え甲斐(がい)があるな。次は野菜だ。ほれ行くぞ」

 

 それは回避。その上、僕を鍛えてくれるとも。僕、心底ほっとしました。

 そして店長さんはそう告げると、さも当たり前の様に来た時と同じ位置へ。やっぱり乗車されるんですね……。

 

 

--オタク車夫中--

 

 

 仕入れた酒類と店長さんを乗せ、一路八百屋へ。そこでは少量の野菜を購入。もうホントに「これだけ?」っていう程の量。なんでも野菜は店長さんの畑で収穫しており、大体がそこで足りるらしく、不足分を補う程度らしい。ただ、購入する野菜は「新鮮且つ良い物を」という事で、その選別方法を教えてもらった。

 そして目指すは最後の目的地。で、到着したはいいのだけど、まさか肉屋と魚屋が隣どうしとは……。

 

肉屋「今日は肉の特売日だよー!」

魚屋「魚安いよー! 新鮮だよー!」

肉屋「魚より肉の方が美味いよー!」

魚屋「魚の方がヘルシーだよー!」

肉屋「はぁ!?」

魚屋「あぁ!?」

  『やんのか!?』

 

 しかもなにこれ? 睨み合ってるんですけど……怖いんですけど……もう来たくないんですけど……。

 そんな僕の気持ちを察してくれたのか、

 

店長「あー、兄ちゃん。気にすんな。いつもの事だから。まずは肉からな」

 

 と声を掛けてくれた。「いつもの事」という言葉に若干の不安を抱きつつも、仕入れる肉の種類と見方を教えてもらっていると――

 

??「こんにちは、豚肉のブロックあります?」

 

 純白のエプロンに、メイドカチューシャ。メイドさんだ。紛れもなくメイドさんだ。海斗くん行きつけの喫茶店にもいるメイドさんだ。この町に相応しくない格好でやたらと目立つ。

 

肉屋「これはこれは、いらっしゃいませ。豚肉のブロック、ございますよ。ご贔屓(ひいき)にして頂いているので、特別価格でご提供致しますよ」

魚屋「お手伝いさん。たまには魚買って下さいよ」

??「私は魚の方が好きなのですが、お嬢様達が好んで食べられないもので……。いつも申し訳ありません。今度お嬢様達に魚を勧めておきますね」

魚屋「よろしくお願いしますよ」

肉屋「そんな事されないでいいですよ。ウチでは美味しいお肉を揃えてますんで」

魚屋「あぁ!?」

肉屋「はぁ!?」

??「ふふ、いつも仲がよろしいですね。じゃあ私はこれで失礼します」

 

 メイドさんは豚肉のブロックの代金を支払いながら肉屋の店主さん、魚屋の店主さんに大人の対応で相手をしていた。それも見事に中立で、どちらの肩を持つわけでもなく。そして自分の用件を済ませた後、丁寧に一礼をして僕達の前から自然に去って行く。それはまさに『立つ鳥跡を濁さず』。絶対に使わないことわざだと思っていたけど……あるんですね。こういう事。

 

優希「本物のメイドさん。初めて見ました」

店長「あの人は()()()のお手伝いさんだ。住み込みで働いているんだとよ。人里には買い物をしによく来るんだ」

 

 つい数時間前に、耳にしたばかりの危険地帯の名称に思わず

 

優希「えっ、紅魔館ッ!?」

 

 大音量で声を上げていた。里の人達、「なんだ?」と僕に視線を集中。

 

優希「ゴ、ゴメンナサイ」

 

 結果「なんでもないんです」と頭を下げて謝罪。その後、店長さんだけに聞える様に小声で続きを。

 

優希「魔理沙さんがアソコ危ないって」ヒソヒソ

店長「だからあそこにいる輩は特別なんだ」

優希「今の人、人間なんですか?」ヒソヒソ

店長「らしいぞ。それよりメイドさんに見惚(みと)れて、説明聞き逃してたりしてないか?」

優希「ぃぇ、ちゃんと聞いてました……」

店長「じゃあ続きからな」

 

 

--オタク学習中--

 

 

 肉屋と魚屋での仕入れを終え、居酒屋『酒丸』に到着。その道中、増えた荷物にヒイヒイ言いながらも、何とか任務を達成しました。その間店長さんはと言うと……言わずもがな。

 戻ってからは渡された白衣に着替え、仕込みと調理を教わる事に。料理の経験が(ほとん)どなく、頑張って作れるのがカレーライス程度の僕にとって、教えてもらう調理方法は未知その物。だから店長さんに「これ知ってたか?」とか「作り方分かるか?」と聞かれても、返す言葉は全て「ごめんなさい。知りませんでした」。結果、「即戦力にはなりません」アピールとなってしまいました。

 でも店長さんは「そっか」と言葉を残した後、「少しずつ覚えてくれればいいから」と。器が大きいです。優しいです。惚れそうです。

 そして「調理はまず分量を覚えるところから」という事で、当面は店長さんが調理を担し、僕は仕込みの手伝いと、注文を聞き飲み物を出す所謂(いわゆる)ホール役を担当する事に。

 で、第1関門。

 

優希「ィラッシャィマセ」

店長「もっと大きな声でだ。吹っ切れろ!」

優希「いぃらっしゃぃませ」

店長「まだだッ! 雇ってくれと頼んで来た時くらいに! 腹から声を出せ!」

優希「いらっしゃいませ!」

店長「そうだ! もう一度」

優希「いらっしゃいませ!!」

店長「元気、威勢が大事だ。今の感覚を忘れるな」

優希「はい!」

 

 大きな声で元気よく発声。よし、覚えたぞ。

 で、第2の関門。

 注文を聞くという事は、「初対面の人と会話をしなければいけない」という事で……、「注文を間違えずに聞かなければならない」という事で……、「何かを聞かれたら、答えられる様にしなければならない」いう事で……、「最大級の難題」という事で……。

 でも店長さんはアドバイス一切無しの「慣れだ」の一言で終わらせてしまった。もう……不安しかない……。焼け石に水かも知れないけど、メニューだけでも覚えておこぅ……。

 

 

--オタク仕度中--

 

 

 そしていよいよやって来た開店時間。心臓はドキドキと強く打ちつけ、全身はカタカタと小刻みに震え、呼吸はフッフーと安定しない。緊張感は人生史上最大のピーク値を記録していた。今のところ人が来る気配が無いのが唯一の救い。「このまま時間が過ぎてくれないか」と淡い期待を寄せていると、

 

 

ガラッ!

 

 

 早くも来客が。僕、「えっ? えっ? もう!?」とお得意の脳内テンパリ。けど、それだけではダメ。ここからが僕の本業。「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」と暗示をかけ、いざッ!

 

優希「いらっしゃいませ!!」

 

 勢い任せの一声。そしてこの掛け声で僕の人生初バイトが幕を開けた。

 

??「はははは! いらっしゃいませだってよ」

??「ふふふふふ……、その頭……」

??「大きな声でビックリしちゃいました」

 

 馴染みのある面々と共に……。ほらね、やっぱり来た。でも……

 

魔理「最初の客が魔理沙ちゃん達で良かったろ?」

 

 ドヤッとした笑顔で語る魔理沙さん。ええ、助かりました。でも言われると少しイラッときます。

 

アリ「ごめんなさい。魔理沙と霊夢が行くって聞かなくて……」

 

 アリスさんならいつでも大歓迎です。

 

霊夢「だって、あなた達が『優希の頭が面白い事になった』って……。ふふふふふ……」

アリ「私はそんな事言ってないわよ!」

霊夢「そうだったかしら? でも、見れば見る程……。タワシ……。ふふふふふふ……」

 

 口を押さえて笑い続ける霊夢さん。口を隠しているけど、笑いを隠す気は無いらしいです。

 そしてここで思い浮かぶある疑問。もしかして……僕の頭を見に来ただけ?

 

魔理「だろぉ~? そうだ優希、とりあえずビール3つと枝豆、あと焼き鳥を3種3つずつ適当に頼むze☆」

優希「あ、はい。ビールと……え? 皆さんお酒飲むんですか?」

 

 魔理沙さんは分かっていた。それっぽい事を言っていたし。「きっと魔理沙さんだけが特別なんだ」と思っていた。そうなんだと信じきっていた。でも……

 

アリ「はい……」

魔理「そりゃそうだろ?」

霊夢「飲み屋に来て飲まない(やから)なんていないわよ」

 

 霊夢さんにアリスさんまでもが「当然」といった表情。逆に僕が変みたいな空気に。ホントあなた達今いくつ?この世界どうなってるの?

 

 

--オタク仕事中--

 

 

 アリスさん達が来てから暫くすると、お客さんが次々とやって来て、店はあっという間に満席近くに。僕は注文を受けるのと、料理やお酒を出すだけで精一杯になり、緊張する間も無くなっていた。

 そしてある程度注文が落ち着き、お客さんの会話にも耳を傾けるくらいの余裕が出来た頃――

 

客①「おい、ちょっとあそこのテーブル見ろよ。アリスと魔理沙と霊夢がいるぞ」

 

3人の噂話が聞こえて来た。

 

客②「お! ホントだ。3人とも可愛いよな」

客①「嫁さんにするならダントツでアリスだな」

客②「オレは霊夢だなぁ。魔理沙は……」

  『ないないないない』

 

やっぱりあの3人は人里でも人気があるみたいです。魔理沙さんも霊夢さんも容姿は良いし、冷静に見れば可愛いんだろうけど……。霊夢さんは隙あらばお金を請求するし、魔理沙さんは家がすごい事になってたし……。けどアリスさんは完璧です! 客①さん、お気持ち分かります!

 

??「ゆ~き〜」

 

 何処からか僕を呼ぶ声が。店内を見回すと魔理沙さんが手を振って「こっちに来い」アピールをしていた。

 

優希「注文ですか?」

魔理「お勘定だze☆ 私達はもう帰るze〜☆」

 

 顔を赤くして目は半開き。疑い様もないくらいの酔っ払い。そして過ぎる不安。僕、今日無事にアリスさんの家に帰れるかな?

 

優希「あ、はい。ありがとうございました。会計は皆さん一緒でいいんですか?」

アリ「はい、戻ったら3人で分けます。魔理沙も霊夢もお財布を持って来ていなくて……」

 

 大きくため息を吐いてそう語るアリスさん。不憫(ふびん)だ……。

 

優希「苦労されているんですね……」

アリ「ええ、否定しません……」

 

 友人に苦労する。そのアリスさんの愚痴に思わず共感。と、その時

 

 

ざわ……

 

 

 突然全身に鳥肌が立った。寒気、威圧、殺意……そう殺気を感じた。しかも一方向からではなく、全身に浴びる様に、突き刺さる様に、無数に。まさに蛇に睨まれた蛙状態。身動きもできず、周りを見るのも恐怖。でも、なんとかして周囲の状況を把握しようと全神経を耳へ。

 

  『……』

 

 無音。誰の声も聞こえない。気の所為(せい)とかじゃない、さっきまで(にぎ)わっていた店内がしーんと静まり返ってる。今までに味わった事のない空気に(おび)えていると……。

 

霊夢「優希、あなた早く終わらせて寄り道しないで帰って来なさいよ。じゃないと私、寝ちゃうからね」

 

 

ざわざわ……

 

 

魔理「魔理沙ちゃんもあまり待てないze〜☆ 早くしないと……いっちゃうze〜☆」

 

 

ざわざわざわ……

 

 

 2人共何でそんなややこしい言い方するんですかッ!? 魔理沙さんに至っては完全アウトですよ!! もう少し言葉を……

 

アリ「じゃあ、私はご飯を作って待ってますね」

 

 眩しい笑顔。そしてアリスさんの手作りご飯のお知らせ。僕、

 

 

ズキューーーーン!

 

 

 簡単に打ち抜かれました。そしてここ一番の殺気が……。

 

 

--少女勘定中--

 

 

優希「あ、ありがとうございました」

魔理「じゃあまた後でなー」

霊夢「ご馳走さまぁ」

アリ「頑張って下さいね」

 

 現在進行形で僕が置かれている環境には全く触れず、満足気に帰って行く渦の中心人物達。僕は無事に神社まで辿り着けるか心配です。夜道で教われないかな? 寧《むし》ろ今すぐ襲われたりしない? etc……etc……etc……。

 

店長「ひゅ〜……、兄ちゃん見た目によらず、結構なプレイボーイだったんだな」

 

 店長さん、何を思ったかそこに爆弾を投下。

 

優希「ちち違います違います! 断じてそんな事は」

店長「あー、隠すな隠すな。オレも若い頃はよくブイブイ言わせてよー。いつも3人はいてよ、夜は……」

 

店長さん……武勇伝はいいんで調理してください。




ブイブイいわせたいです。

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