勇儀「おじゃまします」
「ただいま」とは言い辛く、他人行儀な挨拶で実家へと足を踏み入れ、小僧を抱えたまま
中はあの頃と
久しぶりの実家に思い出に浸っていると、いつの間にか目的地に到着していた。ここでは私が幼い頃、
勇儀「すまない、下りてくれるかい?」
小僧に優しく
広間の
懐かしい小さな芸術作品に思わず苦笑い。お陰で少し肩の力が抜けた。行くなら今。大きく深呼吸をし、気合を入れる。
勇儀「ふー……、よしっ!」
いざ!
勇儀「星熊勇儀です。この度ご相談させて頂きたい事があり、伺いました」
??「お入りなさい」
中から聞き慣れたあの声。いる。この襖の向こう側に。町の最高権力者であり、私の実の母が。
正座をしたまま襖を少しだけ開き、頭を下げて……。
棟梁「外が騒がしいので何事かと思いましたが、やはり勇儀でしたか。久しぶりですね」
勇儀「はい、お久しぶりです。実は今日伺ったのは……」
棟梁「そこの人間の事ですか?」
「やはり」と思った。私の予想通り彼女は町での噂を知っている。
頭を上げ、広間の奥へと視線を向ける。そこには赤い着物を
私は若かりし頃の母さんを知る者から、「顔は母親に似たんだ」とよく言われる。その点
鬼は人間の様に急激に見た目が変わる事はないが、それでも以前より少し
勇儀「はい、実はその事で……」
棟梁「ちょっとお待ちなさい。お前さん、聞き耳なんて立てていないで、こっちで一緒に聞いたらどうです? あなた達もそこで話をするつもりですか? もっと近くまで来なさいな」
横の襖が開き、申し訳なさそうに頭を
私は立ち上がって振り返り、小僧に顔を近づけて語り掛けた。
勇儀「いいかい? もう隠れるのはおしまいだ。堂々と。聞かれた事には素直に答えな」
小僧「……うん」
小僧は小さく返事をすると、下を向きながら立ち上がった。立ち上がった小僧は緊張しているのか、もしくは恐怖からなのか、拳を握り締めて身を震わせていた。震える小さな手。そっと手を差し出し、「大丈夫」そう視線を送ると、小僧はコクリと頷いて手を握ってくれた。そして私達はそのまま、
ギュッ……
小僧が手を強く握ってきた。掌の柔らかな感触、体温と共にその想いが伝わって来た。
ギュッ!
私も同じくらいの強さで返事をする様に小僧の手を握り返した。
私たちが辿り着く頃には
棟梁「では、話してみなさい」
場は整った。
私は昨夜の事を正確に、ありのままを全て話した。突然現れたこの小僧の事。懐かれてしまった事。一晩面倒を見た事を。全てを語り終えた後、頭を深々と下げて頼み込んだ。
勇儀「力をお貸し下さい」
棟梁「……協力しろと? 具体的には?」
勇儀「この子の親を探してあげてください。親も探していると思います。それと、出来ればここで面倒を見てくれないでしょうか? 私一人ではこの子に苦労をかけてしまいます。その時は私もここで一緒に暮らして面倒を見ます」
親方「おい、母さん! 勇儀ちゃんとまた一緒に暮らせるぞ! 父さんは……」
棟梁「お前さんは黙っていてください。勇儀、顔を上げなさい」
言われた通りゆっくりと顔を上げ、
棟梁「変わらないね。スー……、フー~」
私の事を見下ろしながら、ため息代わりに煙管の煙を吐く
そして、とうとう口を開いた。
棟梁「ここでの生活が嫌で勝手に飛び出して、久しぶりに顔を出したかと思えば……。後先考えず情に流されて、拾った迷子の子猫の面倒を一緒に見ろと? あまりに身勝手。全く成長していない」
勇儀「違う! 私はこの子の事を思って……」
棟梁「自分の都合の間違いでしょ? それは坊やと話をして、坊やがそれを望んだのですか?」
勇儀「それは……、でも誰が考えてもそれが最善だと思うだろ?」
棟梁「呆れた……。まさかここまでとは……」
勇儀「何がそんなに気に入らないんだい!? そんなに私が嫌いなのか!? そうだよな!? 昔から私に文句ばかり言っていたもんな!」
親方「勇儀ちゃんも母さんも落ち着いて……」
『
親方「はいっ!」
眉間に皺を寄せ、再び煙管に口を付ける
棟梁「と・に・か・く。今はあなたが責任を持って面倒をみなさい。これは棟梁としての命令です」
冷静を取り戻した表情で下された『棟梁としての命令』。これを言われてしまっては、もう……。私にできる事はただその決定に従う事だけ。
勇儀「くっ……分かりました。でも、この子がここで生きて行くにはあまりにも……」
棟梁「そういう事も含めてという意味です。事が事なだけに私の一存では決め兼ねます。奇遇にも1週間後に組合長との会議があるので、その時に嫌でも議題になるでしょう」
組合長とは
その『組合長』達と話し合いで決める。そう聞いた私は一気に焦りだした。
勇儀「ちょっと待ってくれ! そうならない様にココに相談に来たんだ! そんなところで最悪の結論が出た日には……」
棟梁「それでも従うしかないでしょう。先程も言いましたが、事が事です。それを私一人の判断で決める訳にはいきません」
小僧に「守る」と約束したのにも関わらず、出された結果は最悪な物。私とボロくて狭いあの部屋で一緒に暮らす事になり、1週間後にはもしかしたら……。もしそうなれば、見殺しにするのと同意。
何もできなかった己の非力さにガックリと肩を落とし、
棟梁「ただ、坊やの親を探す事には賛成です。それについては力を貸しましょう。それとこの町で生活するのですから、疫病や健康状態が気になります。診療所へ連れて行き、診てもらいなさい。費用はこちらが持ちます。私からあなた達にして上げる事はここまでです」
絶望の
勇儀「ありがとうございます」
小僧の親を探して貰える。
棟梁「では、今度は坊やに聞きます」
今度は小僧の番。ゆっくり姿勢を戻すと、
棟梁「名を何と言う?」
小僧「……ダイキ」
小僧は真っ直ぐに答えた。数時間ばかり一緒にいたが、今まで小僧の名前を聞いていなかった。ダイキっていうのか……。
棟梁「ではダイキ。どうやってここへ?」
ダイ「わかんない」
首を振りながら答えるダイキと名乗った人間の小僧。私も彼が何を語るのか気になり、熱い視線を送っていた。
棟梁「……それではココに来る前の事、何でも良いです。話してみなさい」
ダイ「ママと……。電車でおでかけ……」
話し始めた途端、それは一粒、二粒とダイキの拳を濡らしていった。その様子に私は
そんな中でも母はじっと真っ直ぐにダイキを見つめ、次の言葉を待っていた。
ダイ「あと、魚買った」
棟梁「魚?」
ダイ「マグロのお刺身とイカ」グスッ……
棟梁「……そうですか。分かりました。ありがとう」
ダイキへの質問が終わり、別れの挨拶をすると、
棟梁「勇儀、
一週間……。『まずは』とは言うが、そこで全てが決まってしまう。ダイキからすれば、それは『猶予』。
勇儀「……はい」
私は小さく返事をし、これからの事について考えていた。
問題は色々あるが、真っ先に思いつくのがやはりと言うべきか、金銭的な事。これまで酒やら賭博で使っていたので、手元にある分だけでダイキと共に一週間を乗り越えられる自信が正直ない。主に食費の面で。
ここに来る途中に立ち寄った蕎麦屋。あの量を思うと、食事については子供と思わない方がいいだろう。もう少しで給料日なのが唯一の救いか……。
頭を掻きながら「どうしたものか」と悩んでいると……。
親方「勇儀ちゃんならきっと大丈夫だ! ダイキもメソメソしとらんで、強くならないとダメだぞ!」
私にだけではなく、
おやおやぁ~? 人間の事が嫌いだったんじゃなかったのか?これは……使える!
私の悪知恵が働いた。私の隣で
勇儀「ダイキちょっといいか?」ヒソヒソ。
ダイ「えっ!?」
ダイキは目を見開き、ソレを拒否する姿勢を見せたが、
勇儀「ほれ、イケ」
私がクイッと
勇儀「まぁなんだ、やれるだけやってみるよ。でも、私が母親代りになるってんだから……」
ギュッ。
ダイキは
ダイ「じ、じぃじ……?」
ズキューーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
見事に打ち抜いた。
そして、いとも簡単に打ち抜かれた
親方「じぃじか、そうかそうか。じぃじだな。折角だから服ぐらい買ってやろうか?」
口元は緩み、頬は赤くなり、その表情は文句なしの満面の笑み。分かりやすい程のデレデレ具合。ふん、チョロいな。
棟梁「お前さん! 甘やかすんじゃありませんよ! それにお前さんの孫じゃないでしょ!?」
しかし、その
私が
棟梁「だいたいお前さんは……ん?」
気付けばダイキが
「おい! そっちは止めておけ! そこまで言ってないぞ!」と叫ぼうとした矢先、
ギュ~ッ。
棟梁「ばぁば、ダメなの?」
やってしまった。最悪だ。『ばばぁ』って……、お前さん死にたいのか!?
棟梁「ま、まぁ服ぐらいならいいでしょ……」
まさかの言葉に耳を疑った。見ると
私はあまりに意外な展開に目を見開き、言葉を失った。いや、期待していた結果ではあるのだが……。割と
勇儀「それじゃあ、ありがたく貰って行くよ」
交渉は私とダイキの勝ち。ダイキの服と日用品を買えるくらいの小遣いを貰える事になった。面白い物も見られたし、自然と上機嫌になる。
棟梁「本当に
勇儀「分かってるって」
足りなくなったらまたダイキを使ってお願いしよう………と一瞬頭に過ぎったが、それは流石に遠慮しておこう。
ダイ「じぃじ、ばぁば。またね」
親方「いや~、何か急に孫ができたみたいだな」
棟梁「いつまで
親方「あぁ、海の生物だな。
棟梁「外来人で間違いないでしょうね」
ここにきてようやく小僧の名前判明です。