東方迷子伝   作:GA王

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体育の授業、マット運動、跳び箱はそこそこでしたが、
球技系、鉄棒が苦手でした。
鉄棒に関しては小学校卒業するまで
逆上がりが出来ずでした。
でも休み時間にグライダーで遊んでいた記憶があります。
今思うとアレ怖いです。



8時間目 体育   ※挿絵回

 寺子屋では体育の授業も行います。

 でも体を動かすものだけではなく、生徒個々の能力開発を目的としたものまで。

 では何故そこまでするのか。理由は至ってシンプル、生徒の親御さん方の強い希望なのです。

 幻想郷に暮らす人々はそれぞれなんらかの能力を持ち、その能力を活かせる職業に就いて生活をしています。例を上げると鍛冶屋であれば『金属を加工する程度の能力』、料理屋なら『美味しい物を作る程度の能力』といった具合に。

 

??「おや、これも違いましたか。それでは大妖精さんは次に——」

 

 寺子屋(ここ)に通う生徒は皆成長途中の子供、ほとんどの者がまだ自身の能力を花咲かせずにいる。あらゆる可能性を考えて花咲くチャンスとなる場を提供してあげる、それが寺子屋の役割。とは言ってみるけど、若いっていうのはいいな。無限の可能性に満ちている。

 

??「ヒマリどうした?」

 

 多くの生徒が試行錯誤をして取っ掛かりを探す中、既に能力を開花させている方もいます。その生徒達を更に成長させるべく、専属で担当して頂いている方が、

 

【屋外】

??「チルノ、もっと力を(おさ)えろ」

 

 毎度お馴染みの藤原妹紅さんです。

 

チル「これでも抑えてるよ……」

妹紅「(てのひら)全体でやってたらいつまでも弱くならねぇよ。掌のド真ん中、そこだけを意識しろ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 口調はアレなんですが……

 

妹紅「リグル、虫達への指示が雑すぎる。シンプルなのは良いが、お前の意思をちゃんと伝えろ」

リグ「簡単に言うなよ……」

 

【挿絵表示】

 

 

 うーん……。

 

妹紅「ルーミア、お前の周りだけ闇で(おお)ったら、そこにいるってモロバレだぞ」

ルー「そーなのかー?」

 

【挿絵表示】

 

 

 いやはや……。

 

ミス「〜〜〜〜♪」

妹紅「ミスティア、まだ声出せるだろ? もっと腹から声を出せ、離れたら全然聞こえないぞ」

 

【挿絵表示】

 

 

【屋内】

ヒマ「私達も能力が使える様になったら、妹紅さんに教えてもらう事になるの?」

??「……そうなるな」

大妖「でもきっと大丈夫だよ。妹紅さんは優しい人だから」

 

【屋外】

妹紅「だーかーらーッ、何回言わせるんだよ!」

 

【屋内】

大妖「……たぶん」

ヒマ「私、能力なくてもいいかも……」

大妖「ヒマリちゃん……」

 

【挿絵表示】

 

 

 ふーむ、これはよろしくないですね。もう少しで授業は終わりますし、放課後にお話ししてみましょう。

 

 

——生徒授業中——

 

 

妹紅「あ? 生徒が怖がってるだ?」

 

 そう(にら)まないで下さい。ご機嫌が斜めのようですし、ここは一つ下手(したて)に下手にお願いしてみましょう。

 

??「もう少しだけでいいので、口調を柔らかくして頂けないでしょうか?」

妹紅「けっ、わーったよ。じゃあまた今度な」

??「ええ、また次回もお願いしますね。お疲れ様でした」

 

 悪い方ではないんですけどね。約束もしてくれましたし、次回はきっと大丈夫でしょう。

 

 

——数日後体育——

 

 

 チルノさんは先日の続きをしているみたいですね、さてさて様子はどうでしょうか。

 

チル「どう?」

妹紅「悪くはないけど……うーん。じゃあ今度はその状態で目一杯力を出してみ」

チル「わかった」

 

 チルノさんは(うなず)いて深く息を吸い込むと眉間(みけん)に力を込め始め、やがて「えいッ!」と掛け声を上げると、白い小さな手からバラバラと小さな氷が噴水のように放出されました。これは成功——

 

妹紅「あーもう……掌のココ、一点集中! 出す時も形状維持!」

 

 ではないようですね。

 

チル「えー、アタイそれ好きじゃなーい」

 

【挿絵表示】

 

妹紅「じゃあ聞くが、お前が日頃から(うら)みを抱えている白黒魔法使いいるだろ? あいつのスペルがなんで強いのか答えられるか?」

チル「うーん、八卦炉(はっけろ)のおかげ?」

妹紅「まあ正解だ」

チル「さっすがアタイ」

妹紅「原理を説明すると、アレは(ふく)らむ魔力を一点に集中させて()()()上げているからあそこまでの威力が出せるんだ」

チル「ミツドー?」

妹紅「……つまり今のお前はただ闇雲に力をばら()いているだけって事」

チル「でもアタイ天才だからそれでもいい!」

 

 ぶつかり合うお二人の視線の間に火花が飛び散り、静かな寺子屋に気不味い雰囲気が漂い始めました。すると反発的な態度を取るチルノさんに(あきら)めてしまったのか、妹紅さんは「ああそうかい」とだけため息まじりに(つぶや)き、それ以上は何も語らず歩き出してしまいました。

 その行き着いた先というのが——

 

妹紅「あそこにあるボールを取って来い。ただし虫達だけでだ」

 

 『虫を操る程度の能力』のリグル、どうやらあの位置から20メートル程離れた場所に置かれたボールを取って来させるつもりみたいだ。間には障害物となりえる物はない、こんなもの彼女にとっては——

 

リグ「そんなの朝飯前じゃん、お前達行って来い」

 

 だろうな。

 リグルの号令と共にボールに向かって一直線に飛んで行く虫の群れ、それらは目的地に到着するや獲物の下で厚みのある影を作り、即座に主人の下へと貢物(みつぎもの)を運んで行く。その光景たるや……お世辞にも素晴らしいとは言い(がた)い、正直おぞましい。直視を避けたい程に。

 

リグ「へへーん、ざっとこんなもんよ」ドヤッ

妹紅「なら次は——」

 

 先程ボールがあった位置とリグルさんの間に三角コーンが等間隔で置かれていきますね。その数が五個目になったところで——

 

妹紅「ここをジグザグに進ませてボールを落とさずにさっきの場所に戻して来い。虫の量はボールをギリギリ運べる程度に抑えろ」

 

 と。ふむ、これはグンと難易度が上がりましたね。果たしてリグルさんはこの課題を見事クリア出来るでしょうか?

 

リグ「へへーん、なんだそんな事か。よし、お前達行って来い」

 

 再び号令と共に飛んで行く虫達、でも今度は赤いボールを一丸となって運んで行きます。そして最初の一本目のコーンに差し掛かった所で、

 

 

パカッ

 

 

 と見事に二分化。そのおかげでボールは地面をコロコロと転がりリグルさんの足下へ。これは分かりやすい失敗ですね。

 

リグ「お前達もっと息を合わせろよな」

虫 「$%€#」

リグ「その場その場で判断しろよ」

虫 「%¥〆!」

リグ「はぁ!? なんだよその言い草!」

 

 虫達の言葉は分かりかねますが、おそらく「しっかり導いてくれ、人任せにするな」とでも言われたのでしょう。

 

妹紅「リグル、今のはお前の指示が雑なのが原因だ。『行って来い』だけじゃ右から行くのか、左から行くのか分からないだろ」

リグ「右からとか左からとか選ぶ状況なんてないよ。だいたい最終的に目的を達成果出来ればそれでいいじゃん」

 

 …ふふふ、リグルさんの言い分も一理ありますね。妹紅さんは結果主義のリグルさんに「過程も大切だ」とでも伝えたかったのでしょうか? それとも何か別の目論見(もくろみ)でも……。

 などと考えている間に妹紅さんはチルノさんの時よりも浮かない表情で別の所へ、残されたリグルさんの視線がチクチクと背中に突き刺さっている事など気にもせずに。

 

妹紅「よし、ルーミアやってみろ」

 

 今度はルーミアか、リグルやチルノの時のようにならなければいいけど……。

 

ルー「いくのだー!」

 

 突然視界が黒一色に染められた。外の景色はおろか、そばにいた生徒の姿でさえ今や何処にいるのか見当もつかない。瞳を閉じているのか開けているのかも疑いを持つ。これがルーミアの生み出した闇……。生徒達の(おび)えた声が聞こえるあたり、どうやら私だけではないらしい。範囲はこの部屋までを……いや、もしかしたら寺子屋全てを飲み込んでいるのかもしれない。

 

??「みんな、大丈夫だから。その場を動かないように」

 

 今の私に出来ることはこんな事くらい。向こうの事は彼女に任せると決めたのだから。

 

妹紅「いいじゃないか、この前とは段違いだ。それで私に触れることができたら文句なしだ」

ルー「こっちなのだー」

 

 

ガーーーン!

 

 

 金属が激しく衝突する音が響き渡り、日常の光が元気よくご帰還されました。やはり明るい方がいいですね。でも日差しのテンションについていけない(まぶた)が再び暗闇を求めしまい、視野はいつもの半分に。やがて小慣れてきた頃、最初に目撃したのは——

 

??「きゅー……」

 

 地面で仰向(あおむ)けになって目を回しているルーミアさんでした。頭には小さいながらも存在を主張するコブが痛々しいですね。そして次に目撃したのは、そのそばで尻餅(しりもち)をついて額に手を当てる妹紅さんの姿でした。

 

妹紅「いっつぅ……頭が割れるかと思ったぞ」

 

 と言っておられますが、無傷なんですよね。相当頑丈とお見受けしました。

 

妹紅「お前見えてないだろ、今のは触った内にカウントしないからな」

ルー「なのかー……?」

 

 ともあれ、ルーミアさんの介抱(かいほう)が先決ですね。

 

??「チルノさん氷をお願いできますか?」

妹紅「こっちも頼む……」

チル「オッケー任せて」

 

 チルノさんから(にぎ)り拳サイズの氷を受け取ると、妹紅さんはルーミアさんを私に預け、患部に氷を押し当てながら最後の生徒の下へ。反対の手にはワイングラス……でしょうか?

 

妹紅「ミスティア、このコップを声だけで割れ」

ミス「えー、そんなの無理ですよ〜」

妹紅「命蓮寺の犬は出来るらしいぞ?」

ミス「響子ちゃんの声量と一緒にしないで下さい……」

 

 

--放課後、寺子屋--

 

 

??「今、よろしいでしょうか?」

妹紅「なんだよ?」

??「開花組の生徒にハードルの高い課題を出されているようですね」

妹紅「……だったら何だよ?」

??「妹紅さんの事です、何か理由でもお有りなのかと」

妹紅「アレくらい出来ないと。特にチルノなんかは……」

 

 やはり妹紅さんは生徒達の事を思ってされていたようです。では何故課題を力や精度を求めるような難易度の高いものにする必要があるのか。

 

??「ほお、それはどうしてですか?」

妹紅「じゃないと——」

 

 その答えを知る間も無く、私と妹紅さんに緊張が走りました。鼓膜(こまく)を突き破り脳を直接振動させる甲高い悲鳴によって。けれどそれは透き通っていて心地良くて、思わず聴き入ってしまいそうです。私達はすぐに理解しました。

 

??「今のは!」

妹紅「ミスティアか!?」

 

 彼女が危ないと。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ここは人里から少し離れた森の中。幻想郷(この世界)に住む者達はこの森を『魔法の森』と呼び、獣や妖怪やイタズラ好きの妖精達がいる事から非力な人間は滅多に立ち入らない危険地帯である。そんな森を行く

 

??「妹紅の課題難し過ぎるんだよ」

 

 不機嫌極まりないゴキ——もとい(ほたる)の妖怪、

 

??「それはさ……」

??「アタイ嫌われてるのかなー?」

 

 背中を丸めてすっかり自信を失ってしまった自称天才、

 

??「そうじゃないと思うよ」

??「2人はまだいいよ。私なんて芸人みたいな事させるんだから~」

 

 (あき)れ顔でため息混じりに愚痴(ぐち)(こぼ)夜雀(よすずめ)

 

??「ミスチーならきっと割れるよ」

??「痛いのだー」

 

 頭に絆創膏(ばんそうこう)を貼って傷をさする「そーなのかー」妖怪、

 

??「ルーミアちゃん大丈夫?」

 

 そして一人一人を丁寧に(はげ)ますしっかり者の妖精。

 そう、ここは寺子屋に通うこの二人の妖精と三人の妖怪達の通学路でもある。

 

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リグ「大ちゃんは未開花組だから分からないかも知れないけど、妹紅の教え方ってさ、上から目線で一方的なんだよ。こっちに来たらきっと後悔するよ」

大妖「そう言えばヒマリちゃんもこのままでもいいかもって……」

リグ「ヒマリが来たら大変だろうな。多分泣くよ」

チル「アタイも泣きたくなる時が……」

ルー「なのだー……」

大妖「妹紅さんも何か考えがあっての事だと思うから元気だそ」

 

 と、この様に開花組四名が鬱憤(うっぷん)をもらし、未開花組の優等生が(なだ)めるのは今に始まった事ではない。体育の授業がある日、特に能力育成プログラムの日の帰り道は決まってこの光景が訪れる。それが平和な日常。

 

大妖「ね?」

 

 だがこの日はいつもと違っていた。

 

??「大ちゃん危ない!」

 

 真っ先に気が付いたのは蛍の妖怪だった。優等生の背後に忍び寄る黒い影の存在に。

 

大妖「えっ、キャー!」

 

 地面へと倒れる優等生、タイミングは間一髪。蛍の妖怪が察知していなければ、知らせるのが出遅れていたら、

 

リグ「頭が三つ……こいつケルベロスだ。こんなヤツ森にいなかったぞ!?」

 

 彼女は(しげ)みから現れたこの猛獣の餌食(えじき)になっていた。

 

チル「アタイも初めて見た……」

ルー「な、なのだー」

 

 だが安心はしていられない。低い(うな)り声で恐怖心をあおり、口から(よだれ)を垂らす獣の視線は彼女を捕らえて放さない。そこへ惨状(さんじょう)が重なる。

 

大妖「うぅ……」

 

 足首を抑えて涙ぐむ優等生、逃れる際にあらぬ方向へ曲げてしまっていたのだ。おまけに(すく)んでしまい立ち上がれない。それはトラバサミにかかった小動物と同意、彼女の脳裏に血塗られた自画像が描かれていた。

 そんな時だった。夜雀が駆け寄り救いの手を差し伸べてくれたのは。彼女の脇下(わきした)へ腕を通し強引に立ち上がらせようとする。

 

??「大ちゃん立てる? 私に捕まって」

 

【挿絵表示】

 

 

 しかしそれが(あだ)に。狩る側からすれば獲物がもう一匹増えただけに過ぎないのだから。

 日の傾いた薄暗い森に恐怖に満ちた叫び声が響き渡り、鋭い牙が不気味に光る三つの口が二人に襲い掛かる。

 

チル「大ちゃんとミスチーを食べるな!」

リグ「お前達いけッ」

 

 そこへ「そうはさせない」と氷の妖精は自慢の(つぶて)を、蛍の妖怪は群れをなした下部を仕向けるが、無情にも獣は二人の攻撃を「鬱陶(うっとう)しい」と身震い一つで弾き飛ばし、怒りを全開にして今ゆっくりと標的を

 

チル「へ?」

リグ「おっとこれは……」

 

 邪魔者へ。

 

 『うわあああぁぁぁ……』

 

 ()えながら追う獣、懸命に走る二人。珍獣 vs (あやかし)による命が賭かった鬼ごっこの行方は――

 

チル「お、追いつかれるー!!」

 

 珍獣に軍配が上がり始めていた。前を行く二人をしっかりと射程範囲に入れ、飛びかかろうとしていたのだ。絶体絶命の大ピンチ、絶望的な状況、フラッシュバックする楽しい思い出の数々。

 そして彼女らは強く願った。生き長らえたいと、格好よく登場してくれる救世主を。その願いを聞き入れたのは神々しい光を放つ正義のヒーローとは程遠い――

 

??「なのだー!」

 

 深い闇を操る幼い少女の姿をした妖怪だった。

 

【挿絵表示】

 

 突如(とつじょ)視界を奪われ足を止める獣、首を振って払い除けようとするも闇は三つの頭を根本から丸ごと飲み込んで放れようとしない。

 

リグ「ルーミア、サンキュー」

チル「あ、危なかったー」

ルー「そーなのかー?」

 

 九死に一生を得た二人は「今のうちに」と、少女と共に離れてしまった友人達を目指して駆け足で来た道を戻って行く。

 一方、彼女らの友人達は心配と不安に押しつぶされそうになりながら、祈る想いで三人の帰りを待っていた。「大丈夫か、うまく逃げられたか」と。

 そこへ無傷で生還を果たした三人が。お互いの無事を確認すると緊張の糸が解かれた表情を作ってその距離を縮めていく、その矢先だった。

 

ルー「な、なのかー!?」

 

 闇に(とら)われたままの獣が唸りながら彼女達の間に現れたのは。

 ケルベロスは三つの頭を持つ犬の妖怪、嗅覚が抜群に優れているため視覚を拘束されていながらも、彼女らの位置を正確に特定していのだ。

 そして先に狩ると決めた邪魔者三人に狙いを定め、逃亡を計る間も与えずに真っ直ぐ飛びかかった。次の瞬間、木々が()れ森全体がざわめいた。

 

??「イヤァーーーーーーーーーーーッ♪!」

  『ミスチー!?』

 

【挿絵表示】

 

 

 小さな発射口から放たれるソニックブームは

 

リグ「うわっ、頭が割れそう」

 

 大気を激しく震わせ、

 

チル「アタイも頭が痛いー」

 

 どこまでも広がっていく。

 

ルー「な〜の〜だ〜」

 

 耳に(ふた)をして頭痛と眩暈(めまい)悶絶(もんぜつ)する妖の少女達。彼女達を襲った症状はこの程度で済んだが、人間の四倍の聴力を誇る生物にとっては脳を激震させる痛烈な破壊音に等しい、犬型の猛獣は意識を失ってその場で倒れ込んだ。

 

リグ「ミスチー凄いよ!」

チル「アタイびっくりした」

ルー「なのだー」

ミス「えへへ〜♪ 私も響子ちゃんみたいに大声出せるなんてビックリしちゃった〜♪」

 

 感謝、次ぐ感謝、感謝に次ぐ感謝、その渦の中心で夜雀は照れくさそうに(ほほ)を赤らめ、助けられた少女達の顔からは自然と笑顔がこぼれていた。

 ただ一人だけを除いて。

 

大妖「う、うしろ……」

 

 血の気が引いた真っ青な顔で小刻みに震える指が示す先、そこには倒れたはずの獣が起き上がり一歩ずつゆっくりと彼女達に迫っていたのだ。

 夜雀達は悟った。この恐怖からは逃れらないと、『無』の広がる暗く冷たい未来を受け入れるしかなかいと。

 だがこの二人だけは諦めていなかった。

 

リグ「一点集中だからな、私達で動きを止めるから」

チル「アタイ天才だからそんなの余裕、リグルこそしっかりやりなよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 怯える夜雀達を背後に置き、牙を()き出しにして詰め寄る獣を正面にして構える。その瞳に確固たる信念を映して。

 

リグ「お前達行けッ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 先手必勝と口火を切ったのは蛍の妖怪だった。一度敗北を味わっているのにも関わらず、虫の大群は主人のいつもと変わらない命令で一斉に、一直線に獣に向かって飛び出す。と、

 

リグ「外から回って後ろ右足!」

 

 流れが変わった瞬間だった。先頭を行く虫達が(かじ)を左に切ると、うごめく黒い激流はシンカーの軌道を描いて獣の後ろ足を飲み込んでいった。一匹も軌道(きどう)()れることなくまとまったまま。

 一匹一匹は確かに非力、例え群れをなしたとしても個々がバラバラに動いてはケルベロスのような化け物には致命傷はおろか、傷一つでさえ与えられない。だが全ての虫が息を合わせ、一か所だけをターゲットとしたのなら――。

 

リグ「よしッ」

 

 この結果は吉と出た。獣に足枷(あしかせ)をはめることに成功したのだ。そして小粒な戦士たちが戦っている間に

 

リグ「チルノ今のうちだ!」

 

 氷の妖精が準備に取り掛かっていた。獣に向けられた手には顔の大きさ程の力の結晶が生み出され、眩い光を放ちながら急速に範囲を狭めていく。

 

チル「うぎぎ……」

 

 だが掌サイズとなったところで収縮がピタリと止まった。歯を食いしばり苦い表情を浮かべる氷の妖精。「このままではいけない、もっと小さくしなければダメだ」と分かっていながらも、その先になかなか進めない。そうこうしてある間にも獣は足掻(あが)き続け、小さな戦士達を数匹、数十匹、数百匹と蹴散らしていく。そしてついに足枷が外れ自由の身に。

 

??「『凱風快晴飛翔脚(がいふうかいせいひしょうきゃく)』」

 

 その時辺りが熱気と炎に包まれた。自由を手に入れた獣は次の動作に移る間も無く業火に焼かれながら宙を舞い、悔し涙を浮かべる氷の妖精の目に映し出されたのは翼を広げた不死鳥……いや、

 

チル「妹紅?!」

 

 問題の体育教師だった。

 

【挿絵表示】

 

 

妹紅「お前達無事か!?」

大妖「妹紅さんどうして——」

妹紅「ミスティアの声が聞こえた。それとリグル、よく捕まえててくれた」

 

 驚きながらも生徒達に笑顔が戻った。それは安心感が生んだ安堵の表情、しかし危機は過ぎ去ってなどいない。炎に包まれたはずの獣が消火に成功し、全身から煙を上げながらも立ち上がって来たのだから。

 追撃を放とうと構える問題体育教師。しかし彼女は背後へチラリとだけ視線を向けると、あろう事かその構えを解いたのだ。そして——

 

妹紅「チルノ、あいつにキツイのを一発かましてやれ」

チル「え、でもアタイ……」

 

 困惑を見せる氷の妖精の隣で膝を曲げると、そっと力んだ小さな肩に手を添えてこうささやいた。

 

妹紅「落ち着いて意識を掌に集中させろ」

 

 相変わらずの命令口調で。けれど氷の妖精はそれが嬉しかった。マゾっ気があるから? ノー。耳に触れる吐息に快感を覚えたから? そんなわけがない。命令口調でありながらも、そのトーンが穏やかだったから? 少し惜しい。正解は、いつもダメ出しばかりで認めようとはせず、怒号ばかり放つ彼女の温かな本性に触れられたから。

 

妹紅「焦らなくていい、お前なら必ず出来る」

 

 その言葉は氷の妖精に喜びと勇気と自信を与えた。

 

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 全神経を、思考を、心を掌へ。そして収縮活動を再開する力の結晶、さらに輝きを増しながらみるみる小さくなっていき、その大きさがついにビー玉サイズまでに。

 

ケル「ガアアアアッ!!!」

妹紅「今だおもいっきりぶつけてやれ!!」

チル「バッカヤローッ!!」

 

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 押し込まれていた冷気は飛び出し口を見つけるや、たちどころに極太ビームへと姿を変え、すぐそこまで迫っていた獣を瞬く間に氷漬けにし、(はる)彼方(かなた)へと吹き飛ばした。

 危機は去った。誰も大きな怪我をする事もなく、少女達は自分達の力で完全勝利を手にしたのだ。

 

大妖「凄いよチルノちゃん!」

リグ「何だよ今の……今のまるで——」

ミス「魔理沙さんのマスタースパークみた〜い♪」

ルー「なのだー」

チル「は、ははは……」

 

 今のは現実か、はたまた夢や幻か。自身の秘められた力に小刻みに揺れる手を眺めながら引きつった笑顔を作る氷の妖精、やがてそれが(まこと)であると自覚したところで、友人達の方へ振り向き確認してみる。

 

チル「もしかしてアタイって——」

  『天才!』

 

 それは間髪入れずの、食い気味の、綺麗に調和した回答だった。

 長く険しい道のり、ここまで長かった。(ほこ)らしげに自称してみても雑にされて、頭にきて勝負を挑んでも完膚(かんぷ)なきまでに返り討ちにされて、身も心もボロボロで大ちゃんに(なぐさ)めてもらう。そんな日々にはもうおさらば、アタイは本物になったんだから!

 と、天才は思ったそうな。

 

チル「ついに、ついにアタイの時代が……」

 

 さらに胸元で拳を握りしめて泣きながら歓喜。とそんな時、ドサリと何かが崩れ落ちる音が辺りに響いた。少女達がそちらの方へ視線を向けると、そこには(ひざ)を地に付けて項垂(うなだ)れる体育教師の姿が。

 

妹紅「ごめんな、私が慧音(けいね)達みたいに教えられてさえいれば、もっとみんなを成長させてさえいればこんな事には……。全部私の所為(せい)だ、本当にすまなかった」

 

 その言葉は心からの謝罪、力強く握られた拳は自分への苛立(いらだ)ち、食いしばる歯は後悔の念、そして目に薄っすらと浮かぶものは断念だった。

 しかしそう考えているのは――

 

チル「何言ってるんだ?」

 

彼女だけ。 

 

チル「アタイ達妹紅のおかげで助かったんだぞ?」

妹紅「え?」

 

 老いる事も死ぬ事もない彼女、

 

ミス「私、妹紅さんに腹から声出せって言われていなかったら、あんなに大きな声なんて出せませんでしたよ~♪」

 

 長い長い歴史の中で

 

リグ「私も指示は丁寧にやれって言われたから」

 

 平穏に終わりのない時間を過ごす中で、

 

ルー「なのだー」

 

 心から他人を(うらや)んだのはいったいどれくらいあっただろう。

 

妹紅「お前達……」

 

 そしてその自分に気が付いてしまったのは——

 

大妖「私はまだ未開花組ですけど、開花したらその時はよろしくお願いしますね」

 

 彼女が足繁(あししげ)く寺子屋へ通う理由、それは……。

 

大妖「妹紅先生」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

【翌日寺子屋にて】

妹紅「ってな事があったんだよ」

??「ケルベロス、何でそんなものが……」

妹紅「さあね。里周辺の警備、厳重にした方がいいかもな」

 

 彼女は昨日の出来事を話してくれた。そして全て語り終えたところで、ボンヤリと手を眺めながらポツリと呟いた。

 

妹紅「仕留められなかった……」

 

 と。そこへ近付く複数の足音が。

 

リグ「妹紅、ちょっと見てくんない?」

チル「妹紅、ちょっとこっち来て」

ミス「妹紅さん、コップにヒビが入りました〜♪」

ルー「少し見える様になったのだー」

??「ふふふ、すっかり人気者ね」

妹紅「ったく、うるせぇな」

 

 ここは幻想郷唯一の寺子屋、

 

妹紅「いっちょ揉んでやるか」

 

 口が悪くも心優しい体育教師が生徒達に大人気です。

 

【挿絵表示】

 

 

 




次回:「9時間目 放課後」
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