ジリリリリ…!
朝だ。枕元との目覚ましの音がする方へ反射的に手が伸びる。
今日は出勤日。ダイキがいるからいつもよりも起きる時間が若干早い。とは言え、早く支度をしないと遅刻してしまう。上体を起こし、大きく伸びをしながら、隣で眠っているダイキへと視線を…。
勇儀「あれ?ダイキ?」
布団にダイキの気配が無い。慌てて周囲を見回し、ダイキの名を呼ぶ。
勇儀「ダイキ!」
台所、玄関、部屋の隅へと視線を送るが、ダイキの姿がない。
勇儀「ダイキ何処だ!?」
??「ん〜…?」
背後から声がした。振り向くとさっきまで私の頭があった位置に、ダイキがうつ伏せになって寝ていた。
勇儀「なんでそんなところで寝てるんだ?」
ダイ「夜にユーネェに蹴られて…」
勇儀「あ、ごめん…」
なんでも夜中に私が布団を占領してしまい、寝る所が無くなったダイキは、再び蹴られる事を恐れて、渋々私の頭上で寝ていたそうだ。だが不運にも私の寝相が相当悪かったようで、朝方には枕と化してしまったらしい。布団問題、早目に解決しなければ…。
−−小僧朝食中−–
『ごちそうさまでした』
昨夜の鍋の残り汁で作った雑炊を食べ終えて、急いで身支度に取り掛かる。夕食分用に白米を多めに炊いていたが、2人で……と言うより、ダイキがあっという間に完食してしまった。ダイキの胃袋には毎回舌を巻く。このままでは食費だけで私の資金が早々に底をついてしまう。食事問題、これも早目に解決しなければ……。
勇儀「うん、似合ってるじゃないか」
ダイ「お祭りに行くみたい♪」
昨日服屋で買った紺色の無地の甚平を着せてやると、ダイキは嬉しそうに鏡の前でその姿を堪能していた。
勇儀「今日行くところは少し暑いから、この格好がちょうどいいよ。ところでそれ何だ?」
ダイキが首から下げている橙色の小袋を指差して尋ねた。一昨日の夜から気にはなっていたのだが、色々とあって聞きそびれていた。
ダイ「お守り。ママが…怪我しないようにって…」
私の質問にダイキの表情はどんどん暗くなっていき、やがて静かに涙を流し始めた。
勇儀「ごめん私が悪かった。我慢してるんだよな。
ダイ「ボク、捨てられた?」
勇儀「そんな事あるもんか! ダイキの様な子を捨てる親なんていないよ。だからもう泣くな。じぃじにも言われたろ? 強くなれって」
ダイキの頭を撫でて励ましていると、外から私を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。
??「姐さーん! いますかー? お迎えに上がりましたー!」
私の部下であり、弟分の鬼助が迎えに来た。鬼助の家から現場に行く途中に私の家があるという事もあり、出勤日が同じ日は決まって、この様に迎えに来てくれる。とは言っても、ただ歩いて一緒に行くだけなのだけど。
勇儀「もうすぐで支度終わるから、玄関に回ってくれ!」
外の鬼助に聞こえるように大きな声を上げ、作業着に着替えて玄関へ。ダイキが不思議な靴を履き終えるのを待ち、外に出ようと扉に手を掛けた時、
鬼助「うわぁ! なんだ、なんだ!? どうした!?」
外から鬼助の慌てる声。「何事か?」と思い、扉を開けると……。
??「グスッ……。グスッ……。グスッ……」
パルスィが膝を抱えて
パル「グスッ2日連続お泊り。妬ましい……。グスッ2日連続勇儀と同じ布団。妬ましい……。グスッ2日連続勇儀に抱かれて。妬ましい……」
勇儀「どこから見てたんだよ!?」イラッ
パル「グスッ勇儀の手作りご飯……。妬ましい……。グスッ勇儀から服の贈り物……。妬ましい……」
勇儀「あのなぁ」イライラッ
パル「人間のクセに…………。人間のクセに……。人間のクセに。人間のクセに! 人間のクセに!! 人間のクセにぃーー!!!」
勇儀「……」イライライライラッ
パル「パルパルパルパルパルパルパルパル……」
ガッ!(パルスィの服を掴む音)
パル「パッ!?」
勇儀「いい加減に……、しろぉぉーーー!!!」
パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。……☆」
勇儀「人の私生活を覗き見するなんていい度胸だ! それと覚えとけ!! 私はメソメソナヨナヨしている奴が
『はいッ!!』
背後から切れのいい返事。振り向くとダイキと鬼助が両足を揃え、真っ直ぐに背筋を伸ばし、美しい敬礼をしていた。いや、お前さん達じゃなくてだな……。
勇儀「バカな事やってないで行くぞ」
ダイ「はーい」
鬼助「え? 姐さんコイツ連れて行くんですか?」
私の後ろをついて行くダイキを指差し、目を丸くする弟分。誰だってそう思うだろう。私はため息を吐きながら、事情を話した。
勇儀「どうしても離れたくないって聞かなくて……。でも他の連中に反対されたら、諦める約束したから大丈夫だよ。な?」
最後にダイキの方を向き、念を押す様に同意を求め、ダイキは私の目を見てコクリと小さく頷いた。
鬼助「えー……、それ守れるんですか? コイツ人間ですよ? 約束なんて守るはず……」
鬼助が小馬鹿にした表情でそこまで言いかけた時、
ダイ「一つ!」
大きな声を出しながら、ダイキが鬼助の前に立ちはだかった。
ダイ「鬼はウソをつかない! 一つ! 鬼は騙さない! 一つ! 鬼は仲間を見捨てない、裏切らない! 絶対守る!」
鬼助「へぇー、小僧言うじゃねーか。名は?」
ダイ「ダイキ! そっちは!?」
鬼助「オイラは鬼助だ。そこまで言ったなら男としても約束守れよ」
弟分の放ったその言葉に私は感心した。種族、年齢は違うけれど、2人は『男』。女の私ではこの様な言い方はできなかっただろう。いつも私の後を付いて来るだけのヤツだと思っていたが、この時だけはちょっと見直した。
勇儀「じゃあ、挨拶ついでに……ダイキ」クイッ
顎で合図を送ると、ダイキもそれが何のことかわかった様で、鬼助へと近づいて行き………
ギュッ。
さて、どんな反応を見せるか……。
鬼助「なんだ? なんだ? どうした? どうした?」
足にしがみついてきたダイキに困惑する弟分。嬉しそうな訳でもなく、ただ突然の出来事に不思議に思っている、そんな感じだ。どうやらダイキの
鬼助「ったく……。そんなに引っ付かれると歩き辛いだろ」
そう言うと鬼助はダイキを持ち上げ、肩の上へと運んでいった。いきなりの事で驚いていたダイキだったが、鬼助の肩に乗せられると嬉しそうに笑った。微笑ましい光景に、思わず笑みがこぼれる。すると、
鬼助「じゃあ、姐さん行きましょう!」
弟分が急かすように声を掛けてきた。
勇儀「そのままで行くのか?」
鬼助「だってダイキの歩く早さで行ったら遅刻してしまいますよ?」
勇儀「もうそんな時間かい!? じゃあ急ごう」
鬼助「ダイキ、落ちない様に捕まってろよ」
ダイ「うん! わかった」
鬼助の忠告にダイキは大きく返事をし、言われた通りしっかりと捕まった。
ギューッ!!
ただし、二本の角に。
鬼助「ギャー! 角はやめろぉ!」
勇儀「あはは、お前さんが掴まれって言ったんだろ? ダイキは何も悪くないよなぁ?」
鬼助「姐さん、酷いです……。鬼です……」
勇儀「鬼だよ」
--小僧移動中--
地底の中心部。そこでは今鬼達によって大掛かりな工事が行われていた。広大な敷地の中に大きな洋風の屋敷の建設しているのだ。平屋が多いこの町で生活をする鬼達にとって、異形且つ大きなこの建造物は、初めての試みでもあった。その上この屋敷には……。
私達が現場に着くと仲間達が今日の朝を堪能していた。世間話をしながら煙管を味わう者、一人でゆっくりと新聞を読みながら茶を
そうやってそれぞれが気持ちを仕事へと切り替えていく。どうやら朝礼前には着く事が出来たみたいだ。
鬼 「勇儀姐さん、おはようございます」
鬼 「姉さん、おはようございます」
鬼 「お嬢、おはようございます」
私も職場の連中と軽く挨拶をしながら、仕事へと意識を移していく。今はもう……現場の私だ。そして、ダイキの事を相談するため、いざ上司がいる小屋へ。
勇儀「ダイキ、ここでちょっと待ってな」
ここから先は関係者以外立ち入り禁止区域。ダイキを金網の外で待たせ、小屋の中へと入っていく。何を言われても受け入れる覚悟はできている。
勇儀「おはようございます」
上司「おう、勇儀。おはよう」
勇儀「突然ではありますが、お願いがあります。今外で待たせている子供を中に入れさせてあげてはくれませんか?」
挨拶を早々に私は上司に頭を下げ、ダイキをココにいさせてくれるように頼んだ。
上司「その子供ってのは、
勇儀「はい……。訳あって今は私が面倒を見ています。危険な所には絶対に近づかせません。仕事の邪魔もさせません。だから……」
ダメと言われれば、ダイキには家に戻って一人で留守番をさせる事になる。約束とは言え、それはあまりにも可哀想だ。避けたい。どうか……どうか……どうか!
上司「オレはいいぞ」
勇儀「え?」
あまりにもあっさりと出された許しに、耳を疑うと共に目を丸くした。
上司「片親は何かと大変だろ? オレもその口で育ったから良く分かる。でも他の連中には朝礼の時に自分で説得しろよ?」
勇儀「はい! ありがとうございます!」
よかったなダイキ。お前さんはなんて強運の持ち主なんだ。
それから私は朝礼で他の連中に事情を話した。「仕事の邪魔をしないのであれば」と皆が了承してくれた。そしてダイキにも簡単に挨拶をさせ、この日の朝礼が終わった。
勇儀「じゃあ、私達は行くから」
鬼助「良かったなダイキ。いいか? あの線には絶対に入るなよ」
鬼助が指した先には白い線が。ダイキのために急遽、地面に石灰で引かれたのだ。これは言わばダイキと私達との境界線。この線から先は危険区域という意味を持つ。
ダイ「うん! わかった!」
ダイキもそれを理解してくれたようで、大きく返事をした。
ダイ「ユーネェもキスケもがんばってね」
鬼助「おい、なんでオイラは呼び捨てなんだよ? 鬼助お兄さんとかあるだろ?」
ダイ「うーん、いいじゃん。キスケで」
勇儀「あははは、諦めな鬼助」
鬼助「えー、そんなー」
『ハハハハハハッ』
他の連中も私と一緒になって笑っていた。いつもピリピリしている現場が小さな人間の小僧の力で、少し明るくなった。
勇儀「よしっ、じゃあ気を引き締めていこう!」