通称メッセージプレート。
これは幼い頃は喧嘩の火種でしかなかった…。
《前回までのあらすじ》
新装開店したあゆみの店。そして、いよいよ彼女念願のケーキ屋として歩き始めた。しかしショートケーキの人気は低く、他の商品が売れていく中、再び現れた謎の客小傘。彼女こそ、あゆみの店の火付け役。そんな彼女に、あゆみはショートケーキの営業を依頼するのだった。
--2時間後--
再び賑わいを見せる店内。客の殆どが小傘の営業によるもの。店員達は、一気に押し寄せて来た客の対応に追われ、息つく暇もない。客が多くとも買う物が限られていたので、接客がスムーズにいく筈だったのだが。
あゆ「はい、ショートケーキ2個で〜す。
保冷剤を一つ入れておきますね〜」
客A「ホレイザイ?」
あゆ「氷みたいな物で〜す。
食べれないので気を付けて下さいね〜。
それと次回来て頂いたときに〜、
保冷剤を持って来て頂いたら〜、
お値引きしま〜す」
輝夜「何処まで持って行くの?」
客B「なんでそんな事聞くの?
あっ!もしかして…」
輝夜「保冷剤の量を知りたかっただけでーす」
客B「へ?何それ?」
てゐ「ありがとうございましたダニ」
客C「これずっと冷たいの?」
てゐ「そのうち溶けて袋の中身が液化するダニ。
そうなったらまた凍らさないと駄目ダニ」
あゆ「カットとホール、どちらにしますか〜?」
客D「何が違うの?」
あゆ「大きいのがホールで〜、
小さいのがカットで〜す」
幻想郷の人々は『保冷剤』『ホール』『カット』の言葉に馴染みが無い様で、彼女達は訪れる客達に都度説明をしていたのだ。これが原因で回転率が落ち、もう間も無くで閉店時間だというのにも関わらず、客が溢れ、店の外まで行列が出来ていたのだった。
そして、ドーナツとシュークリームはいつもの様に売り切れ、残ったのはカットのショートケーキが一個とホールのケーキのみとなった。結局、あゆみ達が用意したホールのケーキは2個とも売れず、あゆみの貴重な反省材料となった。
あゆみが店内にいる最後の客の対応を終える頃には、閉店時間を優に過ぎており…。
てゐ「あ!人里のお店が全部しまっちゃうダニ!
急いで材料の補充に行って来るダニ!
永遠亭に荷物置いてから来るから、
遅くなるかも知れないけれど、
後で迎えに来るダニ!」
輝夜「あー…、つっかれたー。
私は一足先に帰ってるわね」
あゆ「うん、わかった〜」
激務を終え、店長を1人残して店を出て行く店員達。
そして1人になったあゆみは、
あゆ「…った
やった…、
やった、
やった〜!」
両手の拳を高らかに掲げ、確かな手応えとその余韻に浸っていた。それもそのはず、新装開店初日、ケーキ屋としての初日は見事大成功だったのだ。
いつも協力を惜しまない永遠亭一同と妹紅、店の売り上げに貢献してくれた小傘、この店を無償で改装してくれた鬼達、そして彼女が作るスイーツを求めて買いに来る客達。あゆみが出会った数々の人達の協力があったからこそ、今この喜びを堪能できていた。あゆみはその事を充分過ぎるほど理解していた。
あゆ「ありがとう」
そして感謝の言葉を一つ呟き、いつか世話になったこの世界のみんなのために、恩返しをしようと心に誓うのだった。
いつもより遅い時間になってしまったが、今日の営業は終了。店の看板もしっかりと【CLOSE】の文字が出されていた。そして、気持ちを入れ替えたあゆみは、店内の片付けをしていた。
あゆ「これでおしまい。
チビウサギちゃんまだ来ないのかな?」
片付けを一通り終えたあゆみだったが、てゐがまだ迎えに来ていなかった。大人しく待つ事を考えたあゆみだったが、今の彼女は気持ちが高ぶり、じっとしていられなかった。そして、てゐが迎えに来るまでの間、店の奥で明日の下準備をすることにした。
あゆ「うん、ここまで出来ればいいかな〜」
明日の準備まで終わらせてしまったあゆみ。体を反らせ、大きく伸びをするのと同時に、大きな口で欠伸をした。あゆみの今日一日を振り返ると、朝は萃香と輝夜を相手に弾幕ごっこをし、その後レティへ保冷剤生産の依頼。更にその後は、店で出来上がったショーケースに大はしゃぎし、ケーキ作りと大勢の客の対応。あゆみにとって、密度が濃くて充実した一日だった。
そんな彼女は今、ようやく緊張の糸が切れ、体力と気力共に限界を迎え、
あゆ「う〜…、眠い〜。頭がボーっとする〜」
瞳を閉じればそのまま眠れてしまいそうな程疲労していた。あゆみが眠い目を擦りながら、最後の気力を絞って片付けを進めていると…。
カランカラン。
扉を開ける音が店内に響いた。あゆみは「てゐがようやく迎えに来てくれた」とほっとし、顔を出して店頭を確認した。しかし、そこに居たのはてゐではなく、あゆみと同じくらいの年齢の青年がいた。あゆみは「店の看板を【CLOSE】にした筈なのに」と思いながらも、
あゆ「は~い、いらっしゃいませ~」
せっかく来てもらったのだからと、客の対応をする事にした。
あゆ「あ~、ちょっと~、
待っててもらえますか~?」
疲労のせいか、いつも以上に緩い口調のケーキ屋の店長。急いで片付けを済ませ、店頭へと向かった。
あゆ「お待たせしました~。
片付けの~途中だったんで~」
疲れきった体でいつも通りに対応する店長。しかし目は虚ろで、思考も覚束無い状態だった。
??「あ、えと、ケーキを3つ」
あゆ「どのケーキにしますか~?
3つとも同じですか~?」
完全に夢見心地。『どのケーキ』と聞くも、今あるのはショートケーキだけ。
??「あ、はい」
あゆ「じゃあ~、今は~このホールの
ショートケーキしかないから~」
??「じ、じゃあ、それで」
あゆ「なにか~、メッセージ添えますか~?」
??「あ、えと、みんないつもありがとうって」
あゆ「は~い、
『みんないつもありがとう』ですね~」
突然来た迷惑な客の注文を必死の笑顔で聞き終え、ショーケースからホールケーキを取り出し、作業をする為に店の奥へと向かうあゆみ。
小さな冷蔵庫から板チョコを取り出し、言われたメッセージを入れようとした時、ある事に気付いた。その途端、彼女の全身に電流が走り、眠気が一気に飛んでいった。
あゆ「私…、あの人に何の説明もしてない」
今日一日嫌と言う程客に説明してきた『ホール』という言葉の意味。しかしそれは会話の流れで察した可能性があった。だが、彼は『メッセージを添える』、これに関して何の疑問も持たなず、当たり前の様に、ケーキ屋に注文する様に答えていた。
あゆ「もしかして…」
あゆみの中で生まれたその疑惑を確かめるため、メッセージを添えたケーキを持って、遅れてやって来た客の下へ。そして、
あゆ「お待たせしました~。こちらになりま~す。
お持ち歩きのお時間は~、
どれくらいですか~」
敢えて外の世界のケーキ屋の店員と同じ様に振る舞い、様子を伺うあゆみ。
??「えと、$%¥#です」
しかし彼の口から出た言葉を理解する事が出来ず、寧ろ日本語なのかすら疑っていた。そして首を傾げ困った表情を浮かべ、
あゆ「ん~?」
伝わっていない事を合図した。
??「えと、すぐそこです」
今度は聞き取れた様だ。そしてその返事から、彼はこのやり取りが初めてではないと察したあゆみ。目的地が近くであれば、本来は必要の無い物なのだが、どうしても確かめたいあゆみは、最後の切り札をさり気なく差し出した。
あゆ「じゃあ~保冷剤一つ入れておきますね~。
お会計はこちらで~す」
また様子を伺うあゆみ。彼の第一声を待つ。
??「あ、はい。え?安っ!」
あゆ「売れ残りのですし~、半額でどーぞ~」
やはり彼は『保冷剤』について何も聞かず、疑ったり怪しんだりといった表情もせずに、自然に受け入れた。彼女の疑惑はほぼ確信へと変わった。
??「あ@がと#ござ$ます」
あゆ「ん~?あー、どういたしまして~」
また所々聞き取れず、首を傾げるあゆみだったが、なんとなく伝わったみたいだ。
あゆ「またよろしくお願いしま~す」
カランカラン。
遅れて来た客を見送り、また1人になったあゆみ。先程あゆみが仕掛けた数々の罠は、
見事に隠れていた彼の素性を露わにしていった。しかしそれは余りにも突然で意外過ぎる事実に、あゆみは未だ半信半疑だった。
あゆ「あの人も外来人さんかな~?
私以外にもまだいるんだ~」
カランカラン。
あゆみが店内に片付けたテラス用の椅子に腰を掛け、独り言を呟いた時、再び店内に鐘の音が響いた。
てゐ「迎えに来たダニ」
あゆ「あー、チビウサギちゃんありがと~。
だけど~、その語尾はダメだよ~」
てゐ「でもコレはしっくりきてるダニ」
あゆ「でもそれだと~、出番減るよ~」
てゐ「メタいダニ…」
あゆ「いつものままの方が可愛いよ〜……」
てゐ「そ、そうかなぁ…。
じゃ、じゃあ戻す…ウサ。
うん、やっぱりこれが一番ウサ」
自分を見失い、彷徨い続けたてゐだったが、あゆみのアドバイスで本当の自分を取り戻す事が出来た様だ。
てゐ「あゆみ、ありがとうウサ」
頬を赤くしながら笑顔で感謝をするチビ兎。
あゆ「…」
てゐ「あゆみ?」
返事のないあゆみを不審に思い、顔を覗き込むと…
てゐ「あれ?寝ちゃったウサ。
ふふ、嬉しそうにしちゃって」
Ep.2とリンクした回でした。
Ep.2を書いてる時にこの構想を思いつき、
今ようやく出せて満足しています。
次回:【Menu⑬:◯◯◯ケーキ(考案)】