東方迷子伝   作:GA王

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【里のケーキ屋】はこの回で最終話になります。
一先ずご挨拶を。

ここまでお付き合い頂きありがとうございます。


Menu⑯:花見へ ver.あゆみ  ※挿絵有

《前回までのあらすじ》

花見の手土産『巨大なケーキ』を作る事になったあゆみ達。途中予期せぬ来客があったものの、無事に作り終えた。しかしそこで「どうやって持って行くか」という問題が浮上。迎えに来た永琳達に知恵を借り、スキマ妖怪『八雲紫』の協力を得ることが最善となった。と、そこへ噂の彼女が現れ…。

 

 

 

 何も無い空間からハイテンションで、予告なく姿を現したレディー。鼻の頭まで開いた扇子で覆い、目元までしかその表情を確認する事が出来ない。

 

【挿絵表示】

 

 突然現れた人物に、

 

あゆ「…」

てゐ「出たウサ!」

輝夜「油断も隙も無いわね…」

妹紅「本当に出て来るなよな!」

鈴仙「えーっ!どの辺りから聞かれてました!?」

永琳「紫…」

 

うろたえる一同。その状況を楽しむ様に、

 

紫 「うふふ、それは察して頂戴ね」

 

と、唯一表情を伺える顔のパーツ、目だけで笑顔を作り、答えるスキマ妖怪。しかし「それでは面白くない」とでも思ったのか、一度天を見上げた後、

 

紫 「そうね…、でもそれについてお困りなのは

   聞いてたわよ」

 

余裕のある笑顔で巨大ケーキを指差しながらヒントを…いや、もはや答え。

 

てゐ「もう全部ウサ…」

輝夜「一番聞かれて欲しくないところを…」

紫 「私を甘く見ないで頂戴ね」

鈴仙「申し訳ありませんでした」

 

一同を代表し、誠心誠意で頭を下げて謝罪をする鈴仙。ここでスキマ妖怪の気を悪くしてしまっては、あゆみ達の頑張りが水の泡となってしまう、と思っての事だった。

 その誠意が届いたのか、それとも鈴仙の考えを見抜いたのかスキマ妖怪は、

 

紫 「頭を上げなさい。安心なさい。

   そんな事で怒ったりする程小さくないわよ」

 

頭を下げている鈴仙に和かに、柔らかい口調で語った。そして「ふふっ」と軽く笑った後、更に続けてその場の全員に、

 

紫 「私も甘い物には目がなくてね。里で噂の

   ケーキ屋の渾身の作品を食べてみたいの。

   喜んで協力させてもらうわ」

 

和やかに協力する旨を伝えた。こうして、巨大ケーキの問題は全て解決することができた。

 

紫 「それじゃあ、私も出発の準備があるから、

   これで失礼するわね。じゃあまた花見で♡」

 

皆に一時の別れを告げた後、スキマ妖怪は空間を引き裂き、その闇へと消えて行った。

 

てゐ「いきなりでビックリしたウサ」

輝夜「妹紅がフラグ立てるからでしょ!」

妹紅「私のせいかよ!」

 

再び始まった妹紅と輝夜の睨み合い。また永琳が2人を止めに入るかと思いきや、

 

永琳「…」

 

彼女は八雲紫が消えて行った方を無言で、鋭い目付きで睨んでいた。

 

あゆ「……」

 

 そして、未だに反応を示さないあゆみ。「よっぽど驚いたのだろう」と思った鈴仙は、

 

鈴仙「あゆみちゃん驚いたよね?

   今の人は八雲紫さんって方で………」

 

ここまで説明してあゆみの異変に気付いた。

 

鈴仙「あゆみちゃん!?大丈夫!?」

あゆ「はぁはぁはぁ…」

 

あゆみは顔から血の気が引き、体を小刻みに震わせ、胸を押さえて苦しんでいた。

 

てゐ「どうしたウサ!?」

妹紅「あゆみ?」

輝夜「え!?」

 

皆の声で気付いた天才薬師。急いで駆けつけ、あゆみの背に手を当てながら、ゆっくりと座らせた。

 

永琳「あゆみちゃん!

   ゆっくりと大きく息を吸って!」

 

あゆみに聞こえる様に大きな声で呼びかけた。永琳の声が聞こえたのか、あゆみは大きく吸い始めた。意識ははっきりとしていると悟った天才薬師は、

 

永琳「そう、ゆっくりとね」

 

今度は優しく囁いた。あゆみが目一杯息を吸い込んだところで、

 

永琳「はい、止めて……………。

   いいわ、さっきよりもゆっくりと吐いて」

 

一瞬止めさせた後、あゆみに合図を送る様にゆっくりと背を押しながら、呼吸を促した。

 

永琳「鈴仙、脈を」

 

瞳に患者を映したまま弟子に指示を出す永琳。

 

鈴仙「はい!てゐカウントと記録!」

てゐ「わかったウサ!」

 

そして、それぞれの本職を全うする為、動き出す弟子達。いつもあゆみと一緒にスイーツを作っていたてゐだが、本来は彼女も鈴仙同様、永琳の弟子であり助手なのだ。

 永琳があゆみを介抱し始めてから数分後。あゆみの呼吸は落ち着きを取り戻していた。

 

てゐ「28…、29…、30ウサ!」

鈴仙「38、安定してます」

 

あゆみの脈を計り終えた鈴仙。そしてその後ろで等間隔で30を数えるてゐ。手に紙と鉛筆を持ち、これまでの鈴仙が数えていた脈拍の記録も取っていた。

 

永琳「見せて」

 

てゐから記録を受け取り、そこに記載してある数値を眺める師匠。

そして、

 

永琳「一先ず安心ね」

 

ほっとため息を吐いた。だが、雪の様に白いあゆみの顔は、更に白く、青みがかった色をしていた。

 

鈴仙「まだ気分悪そうですね。

   あゆみちゃん、お水いる?」

 

鈴仙の気遣いに黙って頷くあゆみ。

 あゆみが返事をしてまもなく、てゐがコップに水を入れて持って来た。

 

てゐ「あゆみ、今日は帰った方がいいウサ。

   私も一緒に戻るウサ」

 

あゆみにコップを手渡しながら、一緒に永遠亭へ戻る様に促すてゐ。

しかし、

 

あゆ「イヤ!私も行く!」

鈴仙「私達みんな行くのやめるから…」

あゆ「イヤ!!」

輝夜「あゆみ、休んだ方がいいわよ」

あゆ「イヤ!!!」

 

皆があゆみの事を思い、優しく声をかけるも本人は「イヤ」の一点張り。まるで駄々をこねる子供。そんなあゆみが頭に来た妹紅。

 

イラッ!

 

妹紅「いい加減にしろよ!」

 

しかし、いつもと違った。彼女はあゆみに近付き、胸ぐらを掴んで睨み付けた。

 

妹紅「みんなお前の事を心配して言ってるんだ!

   宴会なんてまたやる。

   望めば直ぐにでもやってくれる。

   また次まで我慢すれば良いだろ?

   だから今日は大人しく帰れ…」

 

だが、最初こそ鋭い眼光ではあったものの、それは徐々に優しさを取り戻していき、言い終わる頃には穏やかな物になっていた。

 それでもあゆみには充分なダメージ。目を潤ませ、唇を噛み必死に涙を堪えていた。そして口を開いた。

 

あゆ「あのケーキをみんなが笑顔で食べてるところ

   を見たいの!それにあれは特別なの!

   私、楽しみなの!」

 

ケーキにかけた情熱を語るあゆみ。

 妹紅もそれは分かっていて、何も言い返せなかった。そんな彼女にあゆみは駄目押しの一言を放った。

 

あゆ「私、レティさんに『またね』って、

   『お疲れ様』って言ってない!」

 

堪えていた涙は限界を超え、頬を伝い、妹紅の拳にまで到達していた。

 他のメンバーは黙ってただその状況を見守るしかなかった。

 

妹紅「あーもう!勝手にしろよ!」

 

吐き捨てる様に言いながら、あゆみから手を離し、背を向ける妹紅。

 

あゆ「モコちゃん、怒ってる?」

 

そんな彼女に恐る恐る尋ねるあゆみ。

 

妹紅「あたり前だ!次倒れたら首根っこを掴んで、

   引き摺ってでも連れて帰るからな!」

 

真剣な顔で答えた妹紅だったが、その光景を想像すると酷く滑稽。

 

輝夜「ぷっ、何よそれ?」

 

輝夜は思わず吹き出し、

 

鈴仙「ふふふふ、昨日それ見たばかりよ」

てゐ「あはははは、それじゃあカイトと同じウサ」

 

既に目の当たりにしていた2人は、腹部を押さえて笑いだした。

 

妹紅「カイト?誰だそいつ?」

 

てゐの上げた単語に覚えがない妹紅は、眉をひそめ、首を傾けた。

 

てゐ「昨日の『あの男』の事ウサ」

 

『あの男』で分かったのか、

 

ゾクゾクゾクゾク……。

 

拒否反応。妹紅の全身に悪寒と共に鳥肌が立った。

 

妹紅「頼む、思い出させないでくれ…」

鈴仙「名前聞いたの?」

てゐ「あゆみが聞いたみたいウサ」

輝夜「今度会ったら許さないんだから!」

 

妹紅の時同様、苦い経験をさせられた輝夜は、右手に拳を作り、左手の掌に怒りと共にぶつけた。

 

妹紅「珍しく気があったな」

輝夜「ふん!あなたの事はどうでもいいわよ!

   でも、アイツに関しては…」

  『許せない!』

 

幻想郷きっての犬猿の仲の2人。永遠に気が合わないと思われていた2人。その2人が『カイト』という共通の敵を持ち、今…。

 

妹紅「手を組むぞ!」

輝夜「乗った!」

 

バチンッ!!

 

ロータッチを交わし、協定を結んだ。

 

鈴仙「姫様と妹紅が…」

てゐ「あり得ないウサ…」

 

目の前で起きた事が、信じられない、といったご様子の2人の兎。

 

妹紅「いってーなぁ!」

輝夜「はあ!?そんなに強くしてないでしょ!?」

 

だが、完全に仲直りをした訳ではなさそうだ。

 

あゆ「あの〜、行っても…いいんだよ…ね?」

 

 完全に蚊帳の外に置かれていたあゆみ。

永琳に抱えられ、まだ弱々しいが、その緩い口調は少しずつ戻りつつあった。

 

永琳「あゆみちゃん、医師としてはあまり勧められないわ」

 

しかし、ドクターストップがかかった。その言葉にあゆみの表情はまた暗くなっていった。

 

永琳「でもね、八意永琳としては…」

 

しばらく考え、医師としてではなく、1人の人としての気持ちをあゆみに伝えた。

 

永琳「次はダメだからね」

あゆ「はい…」

永琳「気分が悪くなったらちゃんと言うのよ?」

あゆ「はい…」

 

「次気分が悪くなったら帰る」という条件付きで、予定通りあゆみも一緒行く事に。皆あゆみの強い思いに根負けした結果となった。

 

 

 

 

 

 

輝夜「『神宝:ライフスプリングインフィニティ』」

 

 ショーケースの装置にスペルカードを投入し、宣言する輝夜。これまであゆみ達が試してきたスペルカードの中で、彼女のこのスペルカードが一番運転出来る時間が長かった。低い音を上げながら中を冷やして行くショーケース。それを見届け、

 

輝夜「これで大丈夫よね?

   忘れ物は…ない、かな?」

 

周囲を見渡す看板娘。今店に残っているのは輝夜1人。他の者はあゆみと共にゆっくりとした足取りで花見の開催地、博麗神社へと向かっていた。

 

輝夜「あ゛ー、疲れたー…」

 

店内に置かれたテラス用の椅子にもたれる様に座る姫。朝から慣れないケーキ作りの手伝いをし、突然現れたスキマ妖怪に緊張し、そして、あゆみ…。

 

輝夜「どう考えても、疲れ…じゃないわよね」

 

あゆみの突然の容体の変化は、明らかに八雲紫が現れた事による物。その場にいる誰もがそう思っただろう。

 

輝夜「ビックリし過ぎたのかな?」

 

自分の中で結論を導き出し、呟いた。ふと外を見れば、笑顔で会話をしながら歩く、店の最初の客、赤蛮奇と今泉影狼。更にその後方には、不機嫌そうな代表者の後ろを、肩を落として淀んだ雰囲気でついて行く店の営業担当、多々良小傘を含めた命蓮寺一同。皆向かう先は同じ。博麗神社。もうまもなく花見は始まる。

 

輝夜「私もそろそろ行こうっと」

 

椅子から立ち上がり、

 

カランカラン。

 

外へ。戸締りをして、いざ!

 

輝夜「あー…歩くのしんど…」

 

ここに来て輝夜節を披露し、空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

一方、先に神社へ向かったあゆみ達。今のあゆみを歩かせるのは酷だ、という事になり…。

 

あゆ「チビウサギちゃん…、重くない?」

てゐ「ぜーんぜん。寧ろ軽いくらいウサ」

 

てゐがあゆみをおぶっていた。あゆみに負担を掛けぬ様に、ゆっくりと、揺らさず、静かに歩を進める。

 

てゐ「あゆみは肌が雪みたいに白くて、

         羽みたいに軽いウサ」

あゆ「ふふふ、ありがと〜」

 

あゆみに笑える程の元気が出てきた様だ。

 

妹紅「やっと笑ったか」

鈴仙「もう大丈夫そうですね」

 

前の2人の様子を見て胸をなでおろす妹紅と鈴仙。

 

永琳「2人共、ちょっといい?」

 

更にその後方から、あゆみには聞こえない様に、小さな声で妹紅と鈴仙を呼ぶ天才薬師。その表情は険しく、身に纏う雰囲気は張り詰めていた。呼ばれた2人は永琳の雰囲気から「ただ事ではない」と悟り、歩くスピードを落とし、永琳と肩を並べる様に歩きだした。

 

鈴仙「…何でしょうか?」

妹紅「…」

 

鈴仙は小声で返事をし、妹紅は視線で返事を送った。

 

永琳「八雲紫をあゆみちゃんに近づけさせないで」

 

それは2人も予期していた指示。黙って頷き、天才薬師の次の言葉に身構えた。

 

永琳「気付いてると思うけど、

   さっきのは間違いなく八雲紫が引き金。

   極度に驚いたとかではないわ。

   あゆみちゃんは彼女の事について、

   何か知っている。ほぼ間違い無く。

   そして、それがあゆみちゃんのトラウマに

   なってる」

 

己の見解を淡々と述べていく永琳。そして両隣の2人と…。

 

永琳「恐らく彼女はその事には気付いていないわ。

   それを知られたら、あゆみちゃんに

   危害を加えるかもしれない。

   あゆみちゃんの側から離れない様にして。

   いいわね?てゐ、聞こえてたら合図して」

 

鈴仙と妹紅は黙って頷き、前方を行く小さな兎は、「クルッ」と両方の耳を回して、後方に合図を送った。だが、この合図が仇となった。

 

あゆ「えっ?えっ?えっ?今の何?

   チビウサギちゃん、もう一回やって〜」

 

変なところに興味を持たれた。てゐはため息をつき、あゆみのリクエストに応えるべく、再び耳を回した。それはの両側に取り付けられたプロペラの様に大きく一回転した。

 

あゆ「おもしろ〜い。チビウサギちゃんの耳って

   どうなってるの〜?」

 

目の前のてゐの耳に触りながら、じっくりと観察をするあゆみ。しかし、耳はてゐの weak point。

 

てゐ「はうぅっ!はぁ〜…」

 

高く、か細い声を上げ、ビクビクと体を小刻みに震わせながら、

 

てゐ「はぁ…はぁ…」

 

呼吸が荒くなっていった。てゐとしては、今すぐにでもあゆみを下ろしたかった。しかし、元気が出て来たとは言え、本調子ではないあゆみに気を使い、

 

てゐ「ぐぅ…。頑張れ私…ウサ」

 

耐えた。その状況を

 

妹紅「アイツ少し調子戻ったか?」

鈴仙「耳はやめてあげて欲しいかなぁ…」

永琳「てゐ…、頑張れ」

 

後ろから哀れみの視線で見守る3人だった。

 

 

 

 

 

 いよいよ博麗神社の長い階段までたどり着いたあゆみ達。ある者はこの階段を上りきったところで、息が切れ切れ、汗はダラダラ、喉はカラカラ、足はパンパンになった程の、長く傾斜のきつい階段。その階段を小さな兎は、あゆみをおぶりながら上っていた。

 

てゐ「うー…。耳…」

 

しかも耳を掴まれたままで。階段を上る前にあゆみに「危ないからしっかり掴まれ」と、指示を出したところ、どういうわけか耳をしっかりと掴まれたのだ。その時てゐは誓った。

 

てゐ「(元気になったら仕返ししてやるウサ)」

 

と。そして、てゐにとって待望の瞬間が。残す階段はあと一段。彼女達の後方にいた鈴仙は、労いの気持ちを込めて。

 

鈴仙「ファイトーッ!」

てゐ「いっぱーーつ!ウサ!」

 

てゐもその応援に応えた。

 

 

 

 

 




てゐ「あゆみは肌が雪みたいに白くて、
         羽みたいに軽いウサ」

縦に読むと「ゆきはね」。
挿絵であゆみのイメージモデルとして使用させて頂いているので、ちょっと遊ばせて頂きました。
このトリック。以前にも使いました。
気付いて頂けていたら嬉しいです。

そちらの答え合わせは近い内にします。




次回:【蕾】
つぼみ、と読みます。

次回、花見回へ突入します。

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