花見の回へそのまま突入します。
ようやくの思いで長い階段を上りきったてゐ。神社には既に何人か来ており、挨拶を交わし、会話を楽しんでいた。
あゆ「チビウサギちゃんありがと〜」
てゐ「お安い…御用…ウサ…」
あゆみに余裕を見せようと、強がりを言ってみるものの、額から汗を流しながら肩で息をし、てゐは疲れきっていた。そして、ついに言った。
てゐ「でも、耳は…握らないで…欲しい…ウサ…」
怒りを堪えながら「いい加減に離せ」と命令するが、
あゆ「え〜でも〜ハンドルみたいで〜」
上の乗客はそれを楽しんでいた。と、そこへ遅れて到着した鈴仙が、あゆみ達の下へやって来た。
鈴仙「耳って結構痛いから止めてあげて…」
女子高生風兎からの本気のお願い。同じ兎として、てゐの今の気持ちが痛い程伝わっていた。あゆみは彼女の言葉に素直に従い、
あゆ「チビウサギちゃん、ごめんね〜」
謝罪した。その言葉にてゐは、
てゐ「もういいウサ」
笑顔で「気にしていない」と答えるのだが……。恨みという物はそう簡単に晴れる物ではない。
てゐ「(あとで覚えてろウサ)」
てゐの真骨頂、イタズラによる復讐を誓っていた。
あゆ「私、もう大丈夫だから〜、
下ろしてくれていいよ〜」
口調がすっかり元に戻ったあゆみは、ここまで運んでくれた礼を言い、小さな兎の乗物から降車した。
鈴仙「あゆみちゃん、立ちくらみとかない?」
あゆ「うん、平気だよ〜」
心配する女子高生風兎に笑顔で答えた。
あゆみ達が話しをしているその間にも、続々と集まる花見の参加者達。ある者達は上空から現れ、またある者達は低空飛行であゆみ達の後ろ、階段から現れた。次々と現れる美しくも、愛らしい者達に感動するあゆみ。でも感動ばかりしてはいられない。
あゆ「そうだ!神社の人に『あの事』を
言っておかないと」
てゐ「それなら、今ちょうど出てきたウサ」
てゐが指差した方向に現れた少女。赤い大きなリボンを頭に乗せ、肩と脇が露出した寒そうな格好の紅白巫女。幻想郷を幾度と救って来た金の猛者。その名も…。
あゆ「あの人が…」
てゐ「博麗霊夢ウサ。ただちょっと…」
鈴仙「機嫌悪そう…」
眉間に皺を寄せ、せかせかと動き回る紅白巫女。明らかに忙しそうである。
するとその紅白巫女は 、鋭い目付きであゆみ達の方を見て、
霊夢「手が空いてるなら
どんどん手伝いに来なさいよ!
これじゃいつまでたっても
始められないわよ!」
「突っ立ってないで手伝え!」と救いを求めた。
鈴仙「じゃあ私手伝いに行くね。
用があるなら、あゆみちゃんも
一緒に行く?」
あゆ「うん!ありがと〜」
前日から手伝いに参加しようと決めていた鈴仙は、迷う事なく挙手し、進み出た。
鈴仙「あ、私手伝います」
??「はいはーい、やりまーす」
鈴仙とほぼ同じタイミングで挙手したのは、緑の髪の少女だった。紅白巫女と似た様な服装をし、彼女もまた別の神社の巫女。名を東風谷早苗。そして、鈴仙と早苗を皮切りに挙手をしたのは…、
「「「「「はーい」」」」なのかー」
小さな子供達だった。皆挙手をするのと同時に紅白巫女の下へと、ワラワラと集まって行く。
あゆ「すごいね〜。
みんな霊夢さんの友達なの〜?」
鈴仙「うーん、友達…。なのかな?」
あゆみと鈴仙が会話をしながら歩を進めていると、鈴仙が前を行く子供達に気が付いた。
鈴仙「あれ?みんな来てたの?」
リグ「あ、うどんだ」
ミス「こんにちは〜♪」
チル「よ!」
大妖「鈴仙さん、こんにちは」
ルー「なのかー」
声を掛けた鈴仙にきちんと挨拶をする出来た子供達。
この子供達は皆、幻想郷唯一の寺子屋に通っており、以前鈴仙は教師として訪れていた。その事を知らないあゆみは、鈴仙に尋ねた。
あゆ「知り合いなの〜?」
鈴仙「うん、随分前にちょっとね…」
頬を掻きながら少し照れ臭そうに答える特別講師。
大妖「先生をしてくれたんですよ」
チル「理科だったっけ?」
ミス「そうだよ〜♪」
リグ「虫の授業だったよ」
ルー「なのだー」
汚れのない明るい表情で答える寺子屋の生徒達。正に純粋その物。皆小さく、愛でたくなる程で、あゆみは今すぐにでも、飛び付きたくてウズウズしていた。しかし、それ以上に気になることが…。
あゆ「今そこの子が『うどん』って…」
真っ直ぐリグルを見て尋ねるあゆみ。聞かれていたのだ。バッチリと。鈴仙にとって最も恐れていた状況になった。
鈴仙「えっとー…。何の事かなー?」
声を震わせながら、何とか話しを外らせ様とする鈴仙。だが、もう手遅れ。
リグ「名前だよ。『鈴仙・優曇華院・イナバ』が
フルネームで長くて面倒だから『うどん』」
ついにあゆみに知られてしまった。しかも『あの呼び方』が直っていないあゆみに。顔を赤くし、焦り出す優曇華。
あゆ「へ〜。そうなんだ〜」
笑顔で受け入れるあゆみ。笑ったり、驚いたりする事もなく、ただ穏やかに。優曇華にとってそれは救いだった。
だが、彼女は今すぐにでも、暴露したリグルを張っ倒したかった。けれど、それは年長者として恥ずべき行為。遣る瀬無い思いをグッと堪えた。そして気持ちを切り替え、状況を悪化させない様にするために考えた。
考えた末、もう残された手段は…。
鈴仙「そ、そうなんだ。長くて変な名前でしょ?
はい、この話はもうお終い。
霊夢さんの手伝いしないと」
手を叩き、話を打ち切る事。あゆみに何も話させない事だった。
あゆみ達が霊夢のいる台所に着いた時には、メイド服を来た2人と、3人の小さな子供達が準備に追われていた。
鈴仙「私霊夢さんの手伝いに行くね」
大妖「私はサニーちゃん達の方を手伝うね」
チル「アタイも!」
ルー「なのだー」
ミス「私はお料理手伝いま〜す♪」
早苗「じゃー私はお料理並べてまーす」
皆が自分に合った職務を見つけ、助っ人に加わっていく中…。
リグ「何しよーかなー」
両手を頭の後ろに組み、気怠そうにしているのは、寺子屋きっての面倒くさがり屋。どうやら進んで来たというよりも、他の者に釣られて来たといったご様子。周囲を見回し、楽そうな仕事を探していると、あゆみと視線が合った。
リグ「そう言えば、あんた初めてだよね?」
あゆ「うん、私あゆみ〜。宜しくね〜」
リグルの問い掛けに、いつものニコニコ笑顔の緩い口調で答えるあゆみ。そんなあゆみに、
リグ「あ、うん。私、リグル。よろしく…」
自己紹介をするも「変な奴」と早々に悟っていた。そして2人の会話はここでピタリと止まった。それでもニコニコとしながら、リグルをロックオンし続けるあゆみ。された方は必死にこの場を逃れようと、無い頭をフル回転させていた。妙な緊迫感が2人を包んでいたが、皆業務に追われ、構ってなどいられなかった。が、これが良くなかった。この状況を打破すべく、リグルが必死に考えた答えは、
リグ「さっきの話の続きだけど…」
再び鈴仙の話をする事だった。
ピクピクッ!
鈴仙の耳はリグルの言葉に反応した。いや、危険を察知したのだ。一度は去った筈の窮地がまた訪れていた。
リグ「あゆみはフルネーム知らなかったの?」
鈴仙が打ち切った筈の話題だった。しかし、リグルにはあゆみとの共通の話題は、コレしか無かったのだ。
あゆ「うん、さっき初めて聞いたよ〜」
あゆみの一声目。それは奇跡的に危機を回避した。だが依然として危険な状況に変わりはない。居ても立っても居られない鈴仙は、
鈴仙「ちょ、ちょっとごめん!通して!」
チル「うわわわわ!」
サニ「わっ!なになに!?」
準備している者達を掻き分け2人に近づいて行った。焦る鈴仙。そんな鈴仙の気持ちとは裏腹に、2人の会話は第2幕を開けていた。
リグ「じゃあ何て呼んでるのさ?」
話題がついに核心をついた。鈴仙の頭を「ヤバイ」「マズイ」が何度もリピートしていた。そして焦るあまり、掻き分けて進んでいた筈が、いつしか押し退ける様に進んでいた。
霊夢「痛っ!ちょっと危ないじゃない!」
鈴仙「ごめんなさい」
早苗「きゃっ!」
鈴仙「ごめんなさい!」
謝罪をするも鈴仙の気持ちは常に前を向いていた。ただならぬ雰囲気の鈴仙に、その場の全員の視線が彼女に集まっていた。
あゆ「ん〜?みんなと同じだよ〜」
ついにあゆみが話し始めた。「それ以上いけない」と最後のスパートをかける鈴仙。あゆみ達との距離はあと5歩分。
鈴仙「あゆ…」
あゆみに声を掛けて話題を外らせ様と試みたが、
ガシッ!
背後から何者かに首根っこを掴まれた。
鈴仙「ちょっ、離して!」
大声で掴んで来た何者かに命令し、視線を後ろへ向けると、
霊夢「あんた、さっきから何してくれてんのよ」
怒りのバロメーターを振り切った紅白巫女がいた。
霊夢「包丁持ってる人もいるのよ!
怪我したら大変でしょ!
暴れたいなら他所でやりなさい!」
霊夢の言葉にその場が「しーん」と静まり返った。鈴仙としてはいただけない結果となったが、なんとか難を逃れた様だ。それならばもう思い残す事はないと、鈴仙は霊夢の手をそっと離し、後ろを振り返って、
鈴仙「どうかしてました。ごめんなさい」
深く、深く頭を下げて迷惑をかけた皆に謝罪した。
リグ「何やってんだか…」
後方から聞こえてきた言葉の主にイラつきを感じるも、またグッと堪える。石を投げれば響き渡る静寂に包まれる中…。
リグ「で、何て呼んでるんだっけ?」
あゆ「『冷麺』ちゃんだよ〜」
『ぶふぉっ!!』
その場の全員が不意を突かれ、吹き出した。
チル「あははは!」
ルー「わはははー」
ルナ「きゃははは」
悪気の無い顔で笑うチルノ、ルーミア、ルナチャ。
大妖「わ、笑っちゃ、し、失礼…ふふふ」
ミス「一文字違いだけなのに…ははは〜♪」
早苗「ぷぷぷー」
スタ「ふっ…ふふふ…」
笑ってはいけない、と必死に堪える大妖精、ミスティア、早苗、スター。
サニ「はいった!はいった!ギャハハハ!」
リグ「ヒー、ヒー…ピッタリじゃん!
『うどん』に『冷麺』」
霊夢「ちょっ、リグル笑わせないで。
お、お腹痛い…」
腹部を押さえ、涙を流しながら大笑いするサニー、リグル、霊夢。結果、鈴仙の努力は虚しく、無駄に終わったのだった。その鈴仙はというと…。
鈴仙「………」
燃え尽きた…真っ白に…。
霊夢「だ、だからアンタ、
あんなに血相を変えて…。くくく…」
横っ腹を押さえ、笑いながら鈴仙に話し掛ける紅白巫女。先程の事が気に入った様だ。
鈴仙「はうぅ〜…」
顔を真っ赤にしてその場で膝を抱えて蹲る優曇華。今は怒りを通り越し、哀しみ、恥じらい、屈辱感から、「穴があったら入りたい」と思っていた。
鈴仙「もー!!あゆみちゃん!
私『れいせん』だってば!」
あゆ「ごめ〜ん、クセでつい…。
もう間違えないから。
れいせんちゃん、
れいせんちゃん、
れいせんちゃん…」
二度と間違わない様に、何度も何度も鈴仙の名を呟き、脳内に一生懸命叩き込むあゆみ。しかし、そのあゆみの一生懸命な姿に、イタズラをしたくなる者もいたりするわけで…。
あゆ「れいせんちゃん、
れい」
リグ「め!」
リグルがここぞというタイミングで割って入った。
あゆ「んちゃん、
れいめんちゃん、
冷麺ちゃん、
冷麺ちゃん……あれ〜〜?」
元に戻っている事が不思議でクビを傾け、『?』マークを浮かべるあゆみに、
『あっははははは』
再び笑い出す一同。
リグ「ははは、あゆみも大概だよね」
今ようやく釣られていた事に気付き、
あゆ「も〜!やめてよね〜」
両腕を上下にバタつかせた。変わった新参者のあゆみではあるが、
チル「面白いヤツはっけーん」
早苗「ふふふ、お友達になれそー」
ルー「なのだー」
早くも受け入れられた様だ。その一方で、
サニ「スター!ルナ!」
スタ「うん、分かってる」
ルナ「優希さんはダメだったから、久しぶりだね」
『獲物だ!』
あゆみをイタズラの獲物とみる者達も。そして一番の被害者は静かに、誰にも悟られない様に、
鈴仙「(後でみてなさいよー…)」
復讐という名の炎を灯していた。
霊夢「はいっ!おふざけもここまで。
みんなちゃっちゃっと動いて!」
手を「パンッ!」と叩き、皆に気持ちの入れ替えを促す紅白巫女。それを合図に再び動き出す一同。
あゆ「あの〜…、霊夢さ〜ん、ご相談が〜…」
指揮を取る紅白巫女の顔色を伺いながら、声をかける里のケーキ屋店長。
霊夢「ん?なに?」
あゆ「実は〜…」
--少女説明中--
あゆみは自分がケーキ屋を経営している事。巨大ケーキの事を説明した。
霊夢「あー。その話なら聞いてるわ。よろしくね」
柄にもない笑顔で答える紅白巫女。どうやら気に入った相手にしか見せない表情の様だ。
霊夢「一度ショートケーキをもらって食べたけど、
すごく美味しかったわよ。あんたやるわね」
あゆみにとってこの上無い言葉だった。誰だかは分からないが、あゆみの店で買ってくれた人が、プレゼントをした相手、霊夢を幸せにしたのだ。
あゆ「へへへ〜、ありがとうこざいま〜す」
珍しく頬をかきながら本気で照れ臭がるあゆみ。
霊夢「それよりもあんた、
顔真っ白だけど、大丈夫?体調悪いの?」
両手を腰に当て、前屈みであゆみの顔を覗き込む霊夢に、一瞬たじろぐあゆみ。
あゆ「元々なんで大丈夫ですよ〜」
強がりだった。本当はまだ本調子ではなかった。しかし、目の前の紅白巫女はあゆみをジッと見つめ、口を開いた。
霊夢「…ふーん。あんたがそう言うなら、
それで良いけど。無理はしないでね」
完全に見抜かれていた。この時あゆみは直ぐに察した。「この人に隠し事は出来ない」と。そして、本当の事を話す事にした。
あゆ「ちょっとストレスで倒れちゃって…」
目の前の紅白巫女か視線を外しながら、『事実』を話すあゆみ。
霊夢「そ。理由は聞かないけどそういうことなら、
裏の温泉浸かって来なさい。
なんか嫌な汗をかいてるみたいだし」
「そこまでバレているのか」とあゆみは感心を通り越して、恐怖を覚え始めていた。
あゆ「そうします…」
俯きながら返事をすると、
霊夢「お風呂は命の洗濯よ。
ゆっくり浸かってきなさい」
なぞられた名言を残し、あゆみに親指を立てて、指示を出す紅白巫女だった。
??「霊夢、この食材勝手に調理していいの?」
と、そこにミニスカートのメイドが声を掛けた。
霊夢「あー、それ?なんかあるみたいよ。
そうだ、あんた悪いんだけど、
表にタワシみたいな頭をした男がいるから、
そいつを呼んで来てくれる?
誰だか分からなければ、
『ユウキ』って言えば反応すると思うから」
あゆみは容赦なく使いを頼まれた。
鈴仙の名前の話の発端は主のタイプミスからでした。
次回:【幻想郷の花見(プロローグ)-開花-】
Ep.4の最終話です。