鬼 「勇儀!そこの木材をあっちに運んでくれ」
勇儀「あいよー。よっと」
軽く返事をし、木材の山をいとも簡単に担ぎ上げ、指示された場所へと涼しい顔で運んでいく女鬼。
ダイ「すごーい!」
今までとは違う彼女の勇ましい姿に、少年は目を輝かせ、その姿を焼き付けるように見つめていた。
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!
ギーコ、ギーコ、ギーコ、ギーコ!
シャーッ、シャーッ、シャーッ!
初めて見る道具、初めて聞く音。その全てが少年にとって新鮮で魅力的だった。見回せば他の鬼も皆同様に、真剣な表情で各々に課せられた使命を全うしている。それは少年の目には戦士・英雄のように映り、「いつか自分も彼らのようになりたい」と胸を躍らせていた。
--1時間後--
ダイ「あきた」
しかし尊敬の眼差しはそう長くは続かなかった。
ダイ「ひとりだとつまらないなー……」
??「ふふ、退屈そうだね」
少年がぽつりと呟くと、それに答えるように何処からともなく女の子の声が。
ダイ「え?だれ?」
突然聞こえて来たその声に少年は驚き、慌てて振り返る。が、誰もいない。一応頭上も確かめる。が、やはり誰もいない。
ダイ「ん〜? だれかいるの?」
??「ここだよ、ここ♪」
正体不明の声に少年が首を傾げていると、突如目の前に黒い帽子を被った薄緑色の髪の少女が姿を現した。
ダイ「えっ? わぁっ! 今いなかったよね!?」
少女「んーん、私はずっとここにいたよ♪ ねぇ、今退屈だった? 誰かとお話ししたいって思ってた?」
しゃがみこんで少年と同じ目線で、真っ直ぐに見つめながら尋ねる謎の少女。あまりに唐突な彼女の登場にたじろぐ少年だったが、
ダイ「う、うん…」
「暇をしていた」と合図を送るように頷いて答えた。その言葉を聞くなり少女は、にこりと微笑むと、
少女「じゃあ私とあそぼ♪」
2人で遊ぶ事を提案。しかし少年は彼女の事が今一つ信用しきれずにいた。と言うのも、彼女はこの場の者達とは明らかに違う服装をしていたからだ。
ダイ「でもユーネェがココは『かんけーしゃいがいたちいりきんし』って言ってたよ。ここにいていいの?」
故に少年は幼いながらにも、彼女を関係者とは認識していなかった。
少女「一応、関係者かなぁ〜?」
ダイ「じゃあ、お仕事しないでいいの?」
少女「ん〜、私は見守るのがお仕事かな~? だから今も仕事してるよ♪」
ダイ「?」
「自分は関係者で今も仕事中だ」と語る少女に、少年、首を傾げ、眉をひそめる。
すると少女はそんな少年に「くすっ」と笑うと、立ち上がり、少し離れた所を指差して、
少女「あのね、あっちに廃棄角材置き場があるの♪ そこで少し貰って来て、それで遊ばない?」
笑顔で「一緒に行こう」と少年を誘った。
ダイ「ハイキ?カクザイ?え?」
少女「ついておいで♪」
突然現れた謎の多い少女に、ただただ困惑するばかりの少年だったが、「悪い人では無さそうだ」と悟り、上機嫌に先を行く彼女の後ろをなんとなくついて行く事にした。
--小僧移動中--
少女「ほらあそこ。木がいっぱい積んであるのが見える?」
目的地に着くと少女は正面の離れた所にある、小さな角材が積み重なった場所を指差して、少年に尋ねた。
ダイ「うん、アレがどうしたの?」
少女「あそこから木を貰っちゃお♪」
ダイ「でも、このセンには……」
そう言いながら少年は足元に視線を落とし、石灰で描かれた白線を見つめていた。
少女「そう、入ってはいけません♪ そういう約束だもんね? えらい♪ さあ問題です♪ どーすればあそこの木を貰う事ができるでしょうか?」
いきなり出された少女の問題に困惑する少年だったが、彼にはその答えが分かっていた。ただそれは、これまで一緒にいた大人達が請け負ってくれていた事。少年自身がとなると初めての事だった。
少女「もう、正解分かってるよね? じゃあ頑張って
ダイ「お、お姉ちゃんやって」
少女「本当はそうしてあげたいんだけど、私じゃダメなんだ……。気付いてくれないの」
ダイ「え? 気付かれないの?」
少女「そう、だから君にお願いしたいの」
少女からのお願いに少年は激しい鼓動と共に、これまでに感じた事のない重圧から身動きができなかった。
暫く時間だけが過ぎ去り、少女が「まだ早かったか」と諦めかけたその時、少年が白線へと近づいて行った。その少年の表情を見た少女は「やっぱり男の子だな」と感心し、事の成り行きを温かい眼差しで見守る事にした。
少女が見守る中、少年は白線のギリギリと所で立ち止まると、深呼吸をして再び大きく息を吸った。
ダイ「スミマセーン!!」
少年の全力を注ぎ込んだ声は、廃棄角材置き場の近くにいた一人の鬼に届いた。彼は少年に近づくと、少し不機嫌そうな表情を浮かべた。
鬼 「あー? どうした? 何か用か?」
威圧するような言い方と視線で、少年に声を掛ける鬼。少年の心臓は先程よりも大きく波打ち、降り注ぐ重圧の記録も瞬く間に更新されていた。
ダイ「あ、あそこ。木! くくください!!」
少年は息苦しい中で木材の山を指差して、目の前の見知らぬ鬼に声を絞り出すようにして頼んだ。それは聞き取り辛い震えた声だったが、その鬼は少年の指の先に視線を移し、
鬼 「おおアレか、どれくらい欲しいんだ?」
その思いを汲み取った。
ダイ「え? ど、どれくらいって……」
少年は声に出して頼むのに精一杯で、そこまでは考えていなかった。予期せぬ質問に慌てていると、少女が少年の耳元で小さく囁いた。
少女「たくさんって言って♪」
ダイ「た、たくさん? ほしい」
鬼 「沢山か、ちょっと待ってろよ」
そう言い残すと鬼は
少女「良く言えました。エライ、エライ♪」
ダイ「ドキドキが止まらない」
少女「でも大丈夫だったでしょ? ご苦労様♪」
少女が一仕事を終えた少年の頭を撫でながら、「よくやった」と労っていると、先程の鬼が一輪車いっぱいに大小様々な角材を入れてやって来た。
鬼 「ここに置いとくから好きなだけ持っていけ」
鬼はそう言うと、少年達のいる方へ一輪車をひっくり返し、木材の山を作り出した。
少女「おお〜♪ 大収穫だ♪」
期待以上に運ばれてきた量に少女は目を輝かせ、
ダイ「ありがとう!」
少年は持って来たもらった鬼に感謝の言葉を口にした。まだ幼い少年がここまでできれば、満点とはいかないまでも合格点だった。しかし少女は少年の前に手で三角形を作り、
少女「ん〜、今のは△だよ♪ こういう時は『ありがとうございます』だよ♪」
満点の回答を指導した。
ダイ「あ、ありがとうございます」
鬼 「へへ、いいって」
少年の言葉に気を良くした鬼は、照れ臭そうに微笑みながら振り返り、また自分の持ち場へ戻って行った。
さて、目的の物をもらう事ができた少年達は、各々が持てる分だけを持ち、元の場所へ戻ってきた。
ダイ「これで何をするの?」
少年が尋ねると少女は適当な木材を手に取り、
少女「見てて。コレとコレを重ねて、ほら家♪」
小さな作品を作り出した。少女がやっているのは
ダイ「じゃあ僕はここをこうして、船!」
少女「へー、これ船なんだ。私が知っているのと大分違うなぁ。ねぇ、もっと色々教えて♪」
ダイ「うん! あとは……」
--少年積木中--
ピーーーーーッ!!
休憩を知らせる笛の音が辺りに響き、屋敷の方から汗を拭いながら鬼達がゾロゾロとやってきた。少年はその中に勇儀の姿を見つけると、約束の線まで走って行った。
ダイ「ユーネェおかえり!」
勇儀「聞いたぞ、ダイキ。
ダイ「それは、アレ?」
勇儀「すごいじゃないか。これから昼休みなんだ。鬼助と一緒に飯食いに行こう。何がいい?」
ダイ「蕎麦!」
--少年が去った工事現場で--
少年と2人の鬼が並んで歩く後ろ姿を見つめる少女。
少女「ダイキ君っていうんだ。またあとでね♪」
再会を誓い、お楽しみの……
少女「私もお弁当たーべよ♪」
お弁当時間。さてその中身は……。
少女「今日のお弁当当番は……」
焼き魚が主役の幕の内弁当。その中身を見た瞬間、少女は直ぐに誰が作った物か覚った。
少女「お燐か♪」
--全員昼食中--
食事を終え、町中を歩く2人の鬼と1人の少年。その歩は少年に合わせてゆっくりとしたものだったーー
鬼助「布団なら実家に余っていると思いますよ」
勇儀「本当か!?」
何気なく鬼助にダイキの布団が無く、2人で1つの布団で寝ている事を話したところ、思わぬ言葉が返ってきた。
鬼助「えぇ、弟が一人暮らしを始める事になりまして、『布団はこれを期に新調したい』とかで、持って行かなかったんです。つい最近の事ですし、まだ実家にあると思いますよ。今日仕事終わったら実家に寄って、姐さんの家に持って行きます」
勇儀「悪いな。私の寝相が悪いせいで、ダイキを布団から追い出しちまうんだ」
ダイ「昨日は蹴られた。その前は足がドンって」
鬼助「あははは、じゃあ今夜からはぐっすり眠れるな」
弟分のお陰で布団問題を解決出来そうだ。このまま放置していたら、ダイキを押し
腕を組んでもう一つの問題について悩んでいると、
鬼助「ところでダイキ」
弟分が親しげにダイキを呼んで肩に腕を回すと、顔を近づけて耳打ちを始めた。
鬼助「姐さんの……って……だろ? どうだったんだ?」
瞬く間に赤くなっていくダイキ。もう何を言われたのか察した。
バコッ! ガンッ! バキッ! ドコッ!
勇儀「お前さんはダイキに何を聞いてんだ!!」
鬼助「ね、姐さんず、す゛み゛ま゛せ゛ん! つ、つい出来心で。も、もう許して下さい。これ以上は仕事ができなくなります。その高々と上げた拳をどうか収めて下さい」
勇儀「ダイキ、このバカが言ったことはキレイサッパリ忘れろ」
ダイ「う、うん」
仕事場へ戻り3人揃って腰を落とし、食後の休憩。私は近くの木に
ピーーーーッ!!
そうこうしていると、昼休みの終わりを知らせる笛が鳴った。大きく伸びをして、再び仕事の私へと気持ちを切り替える。
鬼助「オシ、じゃあなダイキ。オイラと姐さんはまた仕事に戻るぜ」
ダイ「うん、いってらっしゃい。頑張ってね」
勇儀「おう、ありがとうな」
ダイキに背を向けて、私と鬼助は持ち場へと歩き出した。
鬼助「姐さん、『いってらっしゃい』って良いですね」
勇儀「あぁ、本当だな」
--30分後--
ダイ「あきた」
少年は午前中遊んでいた積み木の続きをしていた。さっきはあんなにも楽しかった事が、なぜか今となってはあっと言う間に飽きてしまっていた。
ダイ「なんでだろ?」
少年の心にぽっかりと空いた穴。その正体が少年自身にも分からなかった。何かが足りない。それだけは分かるがその何かが分からない。ぼんやりと建設現場を眺めていると、
??「ご、ごめぇ〜ん。お昼寝しちゃってた~♪」
またどこからか女の子の声が聞こえてきた。
ダイ「え? だれ?」
少年が尋ねると、目の前にゆっくりと霧が晴れる様に少女が姿を現した。
少女「忘れちゃった? 悲しいなぁ♪」
彼女の登場に少年は目を丸くするも、心の穴が徐々に塞がっていくのを感じた。
ダイ「あ、さっきの……。何で急にいなくなっちゃったの?」
少女「お昼ご飯♪ お弁当を食べてたの♪ 食べ終わったら眠くなっちゃって、お昼寝しちゃってたの♪」
ダイ「お弁当美味しかった?」
少女「うん♪ 今日はお燐が作ったから、凄く美味しかった♪ お燐は私の家族で料理が上手なんだよ♪」
少年と少女は暫くその様な話しをしていた。少女の口から語られたのは、他にも多くの家族がいるということ。頼れるしっかり者の姉がいるということ。そして……。
少女「ここが私達の新しいお家なの♪」
ダイ「えーっ! そうだったの!?」
少女「だから時々お姉ちゃんに頼まれて、見に来てるんだよ♪」
ダイ「大きな家だね。部屋どこなの?」
少女「私の部屋は2階のあの辺りになる予定だよ♪ そうだこの角材で作ってみようか♪」
そう言って少女はもらって来た角材で、建設中の屋敷の間取りを作り始めた。
少女「ここの広い部屋がお姉ちゃんの部屋で、こっちがお燐だったかな? それでここが私の部屋になる予定♪」
少女は少年に優しく丁寧に説明していき、少年もまた彼女の話しを夢中になって聞いていた。
並べる角材が足りなくなっては再び2人で貰いに行き、また少女が角材で間取りを描いていく。そんな奇妙な遊びを続けていき、気付けば少年の周りにはいくつもの屋敷の間取り図が散らばっていた。
ダイ「この部屋は? 凄く広いね」
少女「うん……ここはちょっと、ね」
少年は自分の質問に浮かない表情を作った少女が気になり、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。目が合う少年と少女。すると彼女はニコリと微笑み、
少女「そうだ今度はお絵かきしよ♪ ここの地面描きやすそうだよ♪」
次の遊びを提案した。
ダイ「うん! じゃあ面白いやつを教えてあげる」
ピーーーーーーッ!!
今日一日の仕事の終わりを知らせる笛の音。その音はあたりに木霊し、町中に夕暮れ時を知らせてもいた。やがて響き渡っていた音も消えていき、その頃には屋敷の中から鬼達が続々と雑談をしながら外へと出てきたーー
鬼助「あーっ、ちぃー」
勇儀「おう、鬼助お疲れ」
鬼助「姐さん、お疲れ様です。今日例の部屋やらされましたよ。暑過ぎですよあそこ」
勇儀「あはは、そいつは災難だったな」
鬼助「この屋敷どんなヤツが住むんでしょうね」
勇儀「さぁな、地上の妖怪らしいが、偉そうにしている奴らなんじゃないか?」
鬼助と話しをしながら歩いていると、午前中と同じ場所で地面と向き合っているダイキに気がついた。「何をしているんだ?」と疑問に思い近づいてみると、
ダイ「地球が一つありまして〜♪ お豆を……に置いたとさぁ〜♪」
歌を歌いながら地面に絵を描いていた。しかも至る所に同じ絵が描いてある。
勇儀「おい、ダイキ。この絵はなんだ?」
ダイ「あ、ユーネェ。お姉ちゃんが面白いからって、アレ?」
勇儀「お姉ちゃん? 他に誰かいたのか?」
鬼助「ちょっと、姐さんコレ!」
鬼助の慌てた様な声に驚きそちらを見ると、そこには角材で描かれた建設中の屋敷の間取り図が至るところにあった。
勇儀「ダイキ、お前さんコレをどこで?」
ダイ「お姉ちゃんが作ってくれた」
勇儀「ってことは誰かこの屋敷の関係者がお忍びで来ていたって事だな。挨拶ぐらいしていけばいいだろうに……」
--工事現場からそう離れていない所で--
右へ左へと、誰の視線にもとまらず、フラフラと歩く少女。
少女「ふふ、ダイキ君楽しかったよ♪ 今度はいつ会えるかな? また遊んでくれるといいなぁ♪ 地球が一つありまして〜♪」
彼女は気に入った覚えたての歌を歌いながら、家族の下へと帰って行った。