少年の目に映るのは、この町の風景に場違いな洋館。彼の夢の中で幾度と苦しめられた忌々しき館。少年を見下す様に聳えるその洋館は、彼の行く手を阻んでいた。
館の門前に辿り着いた少年。まだ敷地の外だと言うのに、いざ目の前にすると、萎縮し、先程のまでの勢い・決意も歪んでしまうのだった。
大鬼「ぐっ…、ぅぅっ」
蘇るトラウマ。疼く古傷。少年は体を抱きしめ、蹲りながら震えていた。そこへ、
バンッ!!
背中を何者かに強く叩かれ、前方へと吹き飛んだ。足を前に出し、必死の思いで踏ん張る少年。自身の勢いは殺せたが、背中は徐々に熱を帯びていき、脳に伝達信号が到達し、
大鬼「いっっったー!!」
堪らず叫んだ。振り向いて…犯人を見つけた。
親方「がははは!痛かろう?」
大きな声で笑う
大鬼「痛いなーっ!何すんのさっ!」
当然、激怒である。少年は
するとそんな少年に
親方「今痛いなら、お前は今『ここ』におる!」
大鬼「…」
名言を…いや、迷言を残した。言いたい事は少年に伝わっていた。そして、
大鬼「…何それ……」ボソ
誰にも聞こえない様に呟いたつもりだったが、
親方「ん?分からんか?つまりだな…」
聞かれていた。しかも迷言の説明までする始末。正直ダサかった。でもそのダサさが、迷言以上に救いだった。そして少年は笑った。
大鬼「クスっ…。じぃじ、もういいよ」
親方「そうか」
話すのを止め、笑顔の少年を見て安堵の表情を浮かべる
親方「じゃあ、行くぞ」
今少年の目に映るのは、大きくて広くて勇ましい
屋敷の前に広がる広い庭。そこは曾て屋敷の建設中の時に、少年が勇儀の帰りを待っていた場所だった。しかし工事を終え、今はその面影はすっかりなくなっていた。屋敷からの距離と自分の記憶を頼りに「あの辺りだったかな?」と、3年前に何度か通った場所を眺めて当時を懐かしんでいた。
思い出されるのは、一度は憧れた勇儀とその仲間達の勇ましい姿、石灰で引かれた白い線、そして…。やはり忘れる事ができないあの日の出来事。
だが、ついに…。
あの日の、
あの時の、
あの場所。
少年は瞬時に全身で悟った。「ここだ」と。
さっき以上に拒絶する体。古傷の疼きは生々しいあの日の痛みへと変貌し、少年の目には蘇るガラスの雨。
大鬼「イヤだーーーっ!!」
真っ青な顔で涙を流して泣き叫ぶ少年。
少年の強がりはもう…………………限界だった。
親方「大鬼ぃーーーっ!!」
少年の叫び声を打ち消す様な、突然の
親方「負けるんじゃねー!」
親方「男だろうが!大きな鬼だろうが!」
『ダイキ』ではなく『大鬼』として少年の名を呼ぶ
勇儀がいつだか少年に話した名前の由来、「どんな事にも怯えない大きな心を持って、鬼にも負けないくらい強くなって欲しい」その想いを少年は思い出していた。
大鬼「ユーネェ、萃香ちゃん…」
少年の大好きな者達の名を呟き、
親方「大鬼!お前は『鬼』だ!勝て!
勝ってここまで来い!」
大鬼「うわぁーーーっ!!」
目の前の悪夢を打ち壊す様に勢いよく前へと走り出した。
その瞬間、少年の中で
バリーン…。
何かが割れる音ともに、深い闇に覆われていた景色は、舞い散る花びらの様に崩れていった。
少年は『ダイキ』に勝った。
歯を食いしばり、走り続ける少年。それをしゃがんで両手を広げて待ち受ける
あと4歩…。
あと3歩…。
だが突如ここで少年は「カクーン」と素早く、抜き去る様に進行方向を右へ45度変えた。
その先には、
大鬼「ばぁば!!」
棟梁「えっ?えっ?えっ?」
目を丸くして少年と
あのまま
棟梁「えーっと…。大鬼よく頑張りましたね」
優しく声を掛け、頭を撫でてやる事にした。
そして少年にフラれた
親方「………グスン」
先程と同じ姿勢のまま泣いていた。哀れな
棟梁「どうしてこちらへ来たのですか?」
「理由ぐらい聞いてやるか」と気を使い、少年に尋ねた。
大鬼「じぃじは絶対イヤ!」
更に正式にフラれた。
親方「そんなぁー…」
少年の一言に目から滝の様に涙を流し始める
大鬼「だってじぃじ、すぐにほっぺスリスリして、
チューしようとするじゃん!」
棟梁「あはははっ。それはお前さんの日頃の行いが
祟りましたね」
口を手で隠しながら上品に大笑いする
親方「この時ぐらい、いいじゃないかよー…。
せっかくの両手が寂しいぞ…」
いつかは少年が来てくれると信じて、姿勢を戻さない
棟梁「お前さん。格好良かったですよ」
赤面する
彼は今その大きな頭を最愛の人に抱き締められ、耳元でこの上ない慰めの言葉をもらっていた。
ガチャッ…。
そこへ屋敷の扉が開く音…。その音に気付いたのは、2人の鬼を冷ややかな視線で見ていた少年だけだった。
大鬼「…?」
音はすれども、それまで。少年は一向に開かない扉を不審に思い、注意深く観察していると、扉が少しだけ開いている事に気が付いた。それは3cm程の僅かな隙間。少年はその隙間の前に立ち、屋敷の中を覗いた。
大鬼「!!」
驚いて身を反らす少年。
大鬼「(誰かいる)」
少年が中を覗いた瞬間、何者かと目が合った。しかしそれは瞳ではなかった。赤い大きな火の玉の様な、一つの目玉…。
自分の見間違いを疑い、恐る恐る再び隙間を覗き込む。
大鬼「?」
今度は紫色の2つの瞳と目が合った。その瞬間少年は思った「誰?」と。
??「古明地さとり」
中から少女の声が聞こえた。
ようやく、さとり様ご登場です。
次回【三年後:地霊殿の主】