東方迷子伝   作:GA王

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三年後:負けない ※挿絵有

 少年の目に映るのは、この町の風景に場違いな洋館。彼の夢の中で幾度と苦しめられた忌々しき館。少年を見下す様に聳えるその洋館は、彼の行く手を阻んでいた。

 館の門前に辿り着いた少年。まだ敷地の外だと言うのに、いざ目の前にすると、萎縮し、先程のまでの勢い・決意も歪んでしまうのだった。

 

大鬼「ぐっ…、ぅぅっ」

 

蘇るトラウマ。疼く古傷。少年は体を抱きしめ、蹲りながら震えていた。そこへ、

 

 

バンッ!!

 

 

背中を何者かに強く叩かれ、前方へと吹き飛んだ。足を前に出し、必死の思いで踏ん張る少年。自身の勢いは殺せたが、背中は徐々に熱を帯びていき、脳に伝達信号が到達し、

 

大鬼「いっっったー!!」

 

堪らず叫んだ。振り向いて…犯人を見つけた。

 

親方「がははは!痛かろう?」

 

大きな声で笑う親方様(じぃじ)。いや、犯人。親方様(じぃじ)は丸くなった少年の背中に、その大きな手で気合を入れたのだ。巨大な鬼による闘魂注入。少年の背中は服で見えないが、掌の跡…いや、全面が真っ赤になっているのが容易に想像できる。親方様(じぃじ)が何故叩いたのか、意味が分からない少年。

 

大鬼「痛いなーっ!何すんのさっ!」

 

当然、激怒である。少年は親方様(じぃじ)を睨み付け、怒鳴った。

 するとそんな少年に親方様(じぃじ)は、腕を組んでほくそ笑み、堂々と胸を張って、

 

親方「今痛いなら、お前は今『ここ』におる!」

大鬼「…」

 

名言を…いや、迷言を残した。言いたい事は少年に伝わっていた。そして、親方様(じぃじ)が自分を元気付けてくれ様としている事も。しかし、少年はそれを認めるのは釈然としなかった。

 

大鬼「…何それ……」ボソ

 

誰にも聞こえない様に呟いたつもりだったが、

 

親方「ん?分からんか?つまりだな…」

 

聞かれていた。しかも迷言の説明までする始末。正直ダサかった。でもそのダサさが、迷言以上に救いだった。そして少年は笑った。

 

大鬼「クスっ…。じぃじ、もういいよ」

親方「そうか」

 

話すのを止め、笑顔の少年を見て安堵の表情を浮かべる親方様(じぃじ)。少年の前に立ち、忌まわしき洋館に向かって先陣を切って立ち向かって行く。

 

親方「じゃあ、行くぞ」

 

今少年の目に映るのは、大きくて広くて勇ましい親方様(じぃじ)の背中のみ。少年は黙って頷き、頼れる男の背中に付いていく。そしていよいよ敷地の中へ…。

 

 

 

 

 

 屋敷の前に広がる広い庭。そこは曾て屋敷の建設中の時に、少年が勇儀の帰りを待っていた場所だった。しかし工事を終え、今はその面影はすっかりなくなっていた。屋敷からの距離と自分の記憶を頼りに「あの辺りだったかな?」と、3年前に何度か通った場所を眺めて当時を懐かしんでいた。

 思い出されるのは、一度は憧れた勇儀とその仲間達の勇ましい姿、石灰で引かれた白い線、そして…。やはり忘れる事ができないあの日の出来事。

 親方様(じぃじ)に元気付けられたものの、やはり怖かった。本当は我慢していた。

 だが、ついに…。

 

 

 

 

 

あの日の、

 

 

 

 

 

あの時の、

 

 

 

 

 

あの場所。

 

 

 

 

 

 少年は瞬時に全身で悟った。「ここだ」と。

 さっき以上に拒絶する体。古傷の疼きは生々しいあの日の痛みへと変貌し、少年の目には蘇るガラスの雨。

 

大鬼「イヤだーーーっ!!」

 

真っ青な顔で涙を流して泣き叫ぶ少年。

 少年の強がりはもう…………………限界だった。

 

親方「大鬼ぃーーーっ!!」

 

少年の叫び声を打ち消す様な、突然の親方様(じぃじ)の怒号。それは悪夢の中にいた少年を『今』へと連れ戻してくれた。

 

親方「負けるんじゃねー!」

 

親方様(じぃじ)からの力強い応援。そう、これは少年と忌々しいこの館…、彼自身の記憶との一騎打ち。今少年が戦っているのは、あの日の自分『ダイキ』。

 

親方「男だろうが!大きな鬼だろうが!」

 

『ダイキ』ではなく『大鬼』として少年の名を呼ぶ親方様(じぃじ)

 勇儀がいつだか少年に話した名前の由来、「どんな事にも怯えない大きな心を持って、鬼にも負けないくらい強くなって欲しい」その想いを少年は思い出していた。

 

大鬼「ユーネェ、萃香ちゃん…」

 

少年の大好きな者達の名を呟き、

 

親方「大鬼!お前は『鬼』だ!勝て!

   勝ってここまで来い!」

 

親方様(じぃじ)からの最後のエールを貰い、右足を一歩、力強く踏み込んで、

 

大鬼「うわぁーーーっ!!」

 

目の前の悪夢を打ち壊す様に勢いよく前へと走り出した。

 その瞬間、少年の中で

 

 

バリーン…。

 

 

何かが割れる音ともに、深い闇に覆われていた景色は、舞い散る花びらの様に崩れていった。

 

 

 

 

 

 少年は『ダイキ』に勝った。

 

 

 

 

 

 歯を食いしばり、走り続ける少年。それをしゃがんで両手を広げて待ち受ける親方様(じぃじ)。少年は親方様(じぃじ)のすぐ目の前。あと5歩程踏み込めば、親方様(じぃじ)の下。ゴールだ。

 

あと4歩…。

あと3歩…。

 

 

 

 

 

 

だが突如ここで少年は「カクーン」と素早く、抜き去る様に進行方向を右へ45度変えた。

 その先には、

 

大鬼「ばぁば!!」

 

親方様()の隣で事を見守っていた棟梁様(ばぁば)。ゴールにしがみ付く少年。

 

棟梁「えっ?えっ?えっ?」

 

目を丸くして少年と親方様()を交互に見る棟梁様(ばぁば)

 あのまま親方様()の腕の中へ…。そう思っていた。涙の準備もしていた。しかし、予想していた展開とあまりに違い、ただただ困惑していた。が、一先ず勇気を振り絞ってここまでやって来た少年に、

 

棟梁「えーっと…。大鬼よく頑張りましたね」

 

優しく声を掛け、頭を撫でてやる事にした。

 そして少年にフラれた親方様()は…、

 

親方「………グスン」

 

先程と同じ姿勢のまま泣いていた。哀れな親方様()の姿に、

 

棟梁「どうしてこちらへ来たのですか?」

 

「理由ぐらい聞いてやるか」と気を使い、少年に尋ねた。

 

大鬼「じぃじは絶対イヤ!」

 

更に正式にフラれた。

 

親方「そんなぁー…」

 

少年の一言に目から滝の様に涙を流し始める親方様()。しかし、少年の攻撃はまだ続く。

 

大鬼「だってじぃじ、すぐにほっぺスリスリして、

   チューしようとするじゃん!」

 

 親方様(おやかたさま)は少年の事を実の孫の様に溺愛していた。それ故、屋敷では少年が彼に近付こうものなら、抱きつき、頬擦りを仕掛けていた。その様子は獲物を捕らえる食虫植物。正にハエトリグサ。

 

棟梁「あはははっ。それはお前さんの日頃の行いが

   祟りましたね」

 

口を手で隠しながら上品に大笑いする棟梁様(とうりょうさま)。こんな時でも気品を失う事なく、凛として美しい。

 

親方「この時ぐらい、いいじゃないかよー…。

   せっかくの両手が寂しいぞ…」

 

いつかは少年が来てくれると信じて、姿勢を戻さない親方様(おやかたさま)。しかし痺れを切らして、手を握っては開いてを繰り返しながら、アピールし始めた。その可愛らしい姿に、「仕方ない」とクスリと一笑して歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

棟梁「お前さん。格好良かったですよ」

 

赤面する親方様(おやかたさま)

 彼は今その大きな頭を最愛の人に抱き締められ、耳元でこの上ない慰めの言葉をもらっていた。

 

 

ガチャッ…。

 

 

 そこへ屋敷の扉が開く音…。その音に気付いたのは、2人の鬼を冷ややかな視線で見ていた少年だけだった。

 

大鬼「…?」

 

音はすれども、それまで。少年は一向に開かない扉を不審に思い、注意深く観察していると、扉が少しだけ開いている事に気が付いた。それは3cm程の僅かな隙間。少年はその隙間の前に立ち、屋敷の中を覗いた。

 

大鬼「!!」

 

驚いて身を反らす少年。

 

大鬼「(誰かいる)」

 

少年が中を覗いた瞬間、何者かと目が合った。しかしそれは瞳ではなかった。赤い大きな火の玉の様な、一つの目玉…。

 

【挿絵表示】

 

 自分の見間違いを疑い、恐る恐る再び隙間を覗き込む。

 

大鬼「?」

 

今度は紫色の2つの瞳と目が合った。その瞬間少年は思った「誰?」と。

 

??「古明地さとり」

 

中から少女の声が聞こえた。

 

 

 




ようやく、さとり様ご登場です。

次回【三年後:地霊殿の主】

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