少年の前に前触れも無く現れた『お
さと「お燐このチビっ子の事知っているの?」
屋敷の主人の方が先に動いてくれた。
お燐「
少女から語られる真実。だが、それでも少年には覚えがなかった。少年の記憶ではその頃は『1人で』遊んで勇儀を待っていたという事だけ。
お燐「一緒にお昼寝したのに…。
忘れちゃったかニャ?」
笑顔で少年に尋ねる謎の多い少女。だがその表情はどこか寂し気でもあった。
さと「昼寝…。お燐、あなたその時と今、同じ姿?
それといい加減離しなさい。
もう大丈夫だから」
お燐「あ、ごめん
己の主人からの指示に、慌てて謝りながら主人を解放するお燐。そして主人からの質問に、
お燐「そう言えば、こっちじゃ
手を叩いて1人で納得。そして瞬く間に、
黒猫「ニャーン」
黒猫へ。お燐は黒猫になったのだ。
突然の出来事に唖然とする少年。目を擦り、再び猫を見つめる。
黒猫「ニャーン」
鳴き声を上げながら少年の足に擦り寄る黒猫。
さと「『私だよ、思い出した?』だって」
大鬼「え?え?え?さっきのお姉さんは?」
さと「だからー…、その足下の黒猫。
さっき見ていたでしょ?」
黒猫となったお燐の言葉を通訳し、話を進める屋敷の主人だったが、目の前で起きた現実に頭が追いつかない少年。そんな少年を見兼ね、足下にいる黒猫を指差し、「それがそうだ」と呆れ顔で溜息と共に説明するのだった。
大鬼「えーー!!」
さとりから聞かされた真実に声を上げて驚く少年。再び足下の黒猫に視線を戻し、ジッと観察する。
黒猫「ニャーン」
さと「『お燐だよ』ですって。
お燐、もう一度見せてあげれば?」
主がそう言うと、黒猫は少年から少し距離を取り、トランスフォームを開始した。そしてまたあっと言う間に人の形になり、
お燐「にゃーん!どう?凄いでしょ?」
お姉さんへと変身した。変身を終えたお燐。自信満々の顔で胸を張りながら、目を皿にしている少年に「ドヤッ」と自慢した。
お燐「それでどうかニャ?
思い出してくれたかニャ?」
大鬼「あ…、えと…」
膝に手を置き、少年を覗き込む様に顔を近づけるお燐。その赤い瞳はキラキラと輝き、少年の言葉を待ち焦がれていた。
しかし、当の少年。やはり思い出せずにいた。確かに少年とお燐はこの屋敷、地霊殿の建設中の時に出会っていた。
その日、お燐は建設中の屋敷の様子をお忍びで見守る『臨時当番』の日だった。鬼達にバレないように、近くで屋敷を見られるように、先程の黒猫の姿で訪れていた………
--数年前、お燐臨時当番の日--
心地良い木材を切る鋸の音。テンポ良く釘を打ち付ける金槌の音。勇ましい鬼達の声。
そこへ散歩を楽しんでいるかの様に現れた一匹の黒猫。『関係者以外立ち入り禁止』の金網を易々と潜り抜け、敷地の中へ。近い将来、自分達の住居になる建設中の建物を眺め、
黒猫「ニャーン」
満足気に一鳴き。
建物はもう既にその全貌を現しており、立派な洋館となっていた。残すは内部の工事のみ。誰もがそう思うまでの仕上がり具合。
黒猫は自分の使命を全うするため、屋敷へと近づいていった。この黒猫こそお燐、彼女だった。
お燐が主人から課せられた使命、それは屋敷内部の進捗具合の確認と、重要な部屋の現状確認。お燐の前の『当番』の報告は粗末な物で、要約すると「ただ遊んで帰って来ただけ」だった。そのため、この日の彼女の任務は超重要視されていた。
お燐「(どこから入ろうかな?)」
建設中の建物の中に猫が一匹紛れ込んで来たところで、鬼達は気にも止めぬか、「しっしっ」と軽く追い払う程度だろうと彼女は踏んでいた。とは言え、出来る事なら後者は避けたい。そう考え、一先ず様子を見る為、屋敷の周りをゆっくりと歩いて下見をする事にした。
彼女の目に映るのは、石造りの美しい白い壁。一部屋一部屋に設置された大きな窓。どれも主人の注文通り。出来栄えとしてはそれ以上。
そして彼女は一度立ち止まり、
お燐「ニャーン♪」
また一鳴き。先程よりも上機嫌に。
彼女が立ち止まった部屋。そこが彼女の部屋になる予定の場所。他の部屋とは何ら差は無いが、彼女にとっては特別な部屋。中に入って新生活へのイメージを固めておきたかったが、生憎中から話し声。
??「えーっ!?オイラまたあの部屋ですか!?」
??「ま、鬼助頑張れよ」
鬼助「姐さんあそこ一度体験してみて下さいよ」
??「か弱い女の子にそんな事言うなんて…。
ヒドイ…」
鬼助「…………………か弱い?」
??「何か?文句あるのかい?」
外まで聞こえて来る拳を鳴らすボキボキ音。「この中にはとんでもない鬼がいる」とお燐は本能から察した。そして、鬼達の会話にあった『あの部屋』『暑い』。その部屋こそが、与えられたミッションのメイン。だがそこもこれから鬼達が中で作業を開始する。
今は動かない方が無難と判断したお燐は一旦屋敷から離れ、鬼達が屋敷から出てくる時間まで待つ事にした。
--黒猫待機中--
お燐「ニャ〜……」
大きなあくび。うつ伏せではあるが、これもれっきとした業務。今は待つ事が仕事。だが退屈な上、眠かった。そして彼女はこんな目に合わせた前の『当番』への愚痴をこぼしていた。
お燐「(こいし様も酷いニャ。
お弁当も作ったのに…。
帰って来たら『楽しかった〜♪』って。
それに意味不明な歌まで歌って。
肝心な館の様子は『いい感じ〜♪』って。
もう少しちゃんとやってくれたら、
今日はのんびりできたのに…)」
黒猫の姿で溜まっている
ぎゅーっ!
はずだった。
??「ネコ!」
突然のしかかる重みと子供の声。彼女はまだ見ぬ相手に上から羽交い締めにされていた。
お燐「ニャー!ニャー!ニャー!」
その場から逃げ出そうと「離せ!」と叫びながら必死にもがくお燐。
??「離して?だが断る!」
お燐「ニャニッ!」
断られた。それよりも彼女の言葉…猫語が通じていた。「それなら」と…。
お燐「
??「もう…にげない?じゃー、スリスリさせて」
お燐「
だがそうではなかった。上の子供は腕の中で暴れ回る黒猫の様子から、勝手に解釈しただけだった。
スリ…
何かが背中をなぞる感触。その瞬間彼女に電気が走った。「ビクビクッ」と体が反応し、全身から力が抜けていった。
スリスリ…
再び訪れた刺激に、又しても体が正直に反応してしまう。その後も何度も何度も押し寄せる快感に彼女は…。
お燐「フニャ〜〜……♡」
骨抜きにされた。
??「あれ?寝ちゃった?」
急に身が軽くなった。上の重りが無くなったのだ。この機を彼女は見逃さなかった。
瞬時に前へ駆け出して距離を取り、敵を確認するため後ろを振り向くと、先程の場所に小さな男の子が膝を付いて座っていた。「何故こんな所に」と思ったもつかの間、敵は立ち上がり、彼女へ向かって走り出していた。
お燐「ニャニーッ!?」
迫って来る少年。「捕まってたまるか」と逃げ出そうとした時、
少年「うわっ!と…」
突然止まった。そして敵は頬を膨らませながら、悔しそうな表情で彼女を眺めていた。不思議に思い、恐る恐る一歩少年へ近づく。
が、動かない。
更にもう一歩慎重に踏み込む。
が、やはり動かない。
依然として悔しそうに彼女を見つめ、視線を…。この時、彼女は初めて気が付いた。少年が足下に視線を落とし、気にしている事に。そして、そこに白い線が描かれている事に。
お燐「(ははーん…)」
不敵な笑み。彼女は理解した。少年はあの白い線を越える事は出来ないと。警戒心を解き、軽快な足取りで少年に近づいて行く。彼女が止まったのは白線を隔てて少年の反対側の少し離れた位置。少年が手を伸ばしても届かない位置。
少年「もう…ちょっと…」
白線ギリギリの位置で膝を付いて手を伸ばしてくる少年。
が、届かない。
お燐「ニャーン♪」
ここで勝ち誇った様に一鳴き。
イタズラに前足を差し出す。少年の指先が彼女の手に触れ…
サッ!
る直前に引っ込める。
少年「あっ…」
残念そうな表情で彼女を見つめる少年。その潤んだ幼い瞳にこの猫、
キュン♡
ときめいた。
その表情をもっと見たい。もっとイジワルしたい。そんな想いから、それを何度も何度も繰り返し、彼女が満足し始めた頃。
少年「あーっ!もう!」
触れそうで触れられない彼女の手に、少年は苛立ち始めた。
新しい反応に彼女は
お燐「(おもしろい)」
楽しみ始めていた。
すると少年、徐に立ち上がり、背後の茂みの方へ走り出した。
急に立ち上がった少年に、警戒の構えを取ったお燐だったが、こちらに来ないと知ると、またその場でリラックス。
茂みを漁る少年。もう諦めたのだろうと、邪魔された昼寝を開始しようとした時、
ブチっ!
何かを引き抜く音。そして満面の笑みで戻ってきた。
少年は諦めてはいなかった。
その手には少年のリーサルウェポン、
お燐は呆れた。そんな物で自分を釣ろうと言うのかと。
彼女はもう何年も生きてきた妖怪の猫であり、背後の屋敷に部屋を貰っているセレブな猫。そんな彼女が雑草如きに…
お燐「ニャッ♪ニャッ♪ニャッ♪」
簡単に釣られた。
それは腹を空かした生簀の中の魚の如く、少年が雑草を差し出した瞬間に食いついた。
少年の操るネコジャラシに合わせて飛び跳ねるお燐。無我夢中で獲物を追い回し、白線を超え、先程のいた場所を通り過ぎ…
カシャン…
金網まで。少年が金網に当たった音で我に返った彼女。
お燐「ニャニー!?」
だが目の前の獲物に体が疼いて反応してしまう。今すぐ逃げ出せば、少年は追いつかない。
けれど、アレが気になって気になってしょうがない。
そして、悩んだ末の苦渋の決断。
お燐「ニャー♪」
楽しむ事にした。
目の前で跳ね回る黒猫をネコジャラシで操る少年。ネコジャラシ目掛けて飛んで来る猫を躱し、誘い、また躱す。そしてそのネコジャラシをどんどん自分の方へ…。
ぎゅっ!
再びネコゲット。
だが今度は胡座をかいて座り、黒猫を組んだ足の上へ。また逃走を試みようとする黒猫をネコジャラシで気を紛らわせ、空いた手を黒猫の顎下へ。少年がくすぐる様に指を動かすと、黒猫はゴロゴロと喉を鳴らし、目を細めて大人しくなっていった。続いて今度は耳の裏を優しく揉み解す様に。すると黒猫は大きなあくびを一つして、
お燐「(幸せ〜♡)」
満喫していた。
だがその幸せは突然止まった。不思議に思い見上げると、少年がウトウトと舟を漕ぎ始めていた。この日、少年は『ある出来事』が原因で寝不足だったのだ。そして次第に体は斜めに傾いていき…、
トスン。
少年が地面に接触する直前で、お燐が体を張って受け止めた。間一髪だった。彼女が受け止めていなければ、少年の頭はそこに転がっていたけん玉に激突していた。のし掛かる重みに耐え、ゆっくりと倒れる方向を変え、少年を丁寧に地面に寝かせてやる。少年を眺め、怪我が無い事を確認し、「ほっ」と一安心した瞬間、
きゅーっ。
三度目のホールド。
だが彼女はすぐには逃げ出そうとはしなかった。彼女の目の前には無邪気な寝顔。その閉じた目から流れる一筋の涙。そして…
少年「ママ…」
母を呼ぶ寂しそうな声。
彼女は少年が何か辛い体験をしたのだと理解した。更に、少年は温もりを求めていたのだとも。それならと彼女は少年に自分の体温を感じさせてあげる様に、少年の体にぴったりと寄り添い、頬を流れる涙を拭ってあげる様に
ぺろっ
と優しく一舐め…。
お燐「(!!)」
突然襲いかかって来たプレッシャーに驚き、慌てて逃げ出すお燐。だが少年の事が気になり、物陰から見守る事にした。
??「おい、ダイキ。起きな」
少年を『ダイキ』と呼びながら、揺すり起こす女鬼。この時お燐は少年の名前を初めて認識した。と同時に、名前を呼んでいるあたり、鬼達と面識があるのだろうとも悟っていた。
屋敷の方へ目をやれば、額の汗を拭いながらやって来る鬼達。仕事が終わったのだろう。そしていつの間にか少年と一緒に眠ってしまったのだと気付かされた。
続々とやって来る鬼達。皆、金網の向こう敷地の外へと歩を進めていく。行くなら今。早く行かなければ、目当ての部屋の鍵が閉まってしまう。お燐は急いでミッションを開始した。開いてる窓を見つけ、窓際へ。そして屋敷に侵入する直前で、最後に少年をもう一目だけ…。
少年は眠りから目覚め、女鬼と青髪の鬼と楽しそうに話しをしていた。
お燐「(ダイキ君…。元気でニャ)」
当初はEp.1で書こうと思っていましたが、主の気分的に見送っていました。ようやく書けてスッキリしています。
次回【三年後:ボケっ子】