東方迷子伝   作:GA王

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三年後:ボケっ子 ※挿絵有

 期待の視線を解く事無く、少年の事をジッと見つめ続けるお燐。その熱い眼差しに少年は「覚えていない」とは言えずにいた。それは蛇に睨まれた蛙の様。そんな状況に耐え切れなくなった少年は渋々口を開いた。

 

大鬼「えっと…、覚えて…」

さと「止しなさい」

 

少年が最後の一文字を発しようとした瞬間、それを阻止しようと割って入る覚り妖怪。

 

さと「あなた、()()()()()()()『鬼』なのでしょ?

   三か条忘れたの?それと私の前で隠し事は

   無駄ですよ」

 

三か条。「ウソをつかない。騙さない。仲間を見捨てない、裏切らない」を絶対とした鬼達の鉄の掟。

 決して忘れていた訳では無かった。少年の保護者である勇儀から、何度も何度も口酸っぱく言われ続けてきた。だが、軽んじていたのは事実。少年は未熟者とはいえ、早くもそれを破るところだった。結果的に少年はさとりに救われたのだ。

 

大鬼「ごめんなさい…。本当は…覚えてない」

 

出会ったばかりの少女の言葉に、己の大きな過ちに気付かされ、謝罪をすると共に真実を話した。

 

さと「ふん、チビっ子のクセに気を使うなんて

   生意気です」

 

偉そうに腰に手を当てて、説教垂れる地霊殿の主人。そして、少年の言葉にお燐は寂しそうな表情を浮かべ、

 

お燐「そっか…。ん〜、残念だニャ。

   あれ、ファーストキスだったのにニャー…」

 

いきなりの爆弾発言。

 

さと「はーーーっ!?」

 

過剰に反応する主人と

 

大鬼「?」

 

言葉の意味が分からず「何のこっちゃ」と、首を傾げる少年。

 

さと「このマセガキィ!

   私のペットに何してくれてるのよ!」

お燐「さとり様待ってニャ。

   あたいが勝手にしただけニャ」

 

少年は『チビっ子』から『マセガキ』に降格した。

 自分のペットに手を出された事に、怒りを剥き出しにし、マセガキに襲いかかろうとする主人。その彼女を「そうではない」と取り押さえながら、誤解を解こうとするペットだったが、

 

さと「勝手にって……。なら誘惑したのね!

   そのクセ覚えてない?

   いい度胸してるじゃない!」

 

更にヒートする主人。こうなってしまうと言葉は通じない。そこでペットは行動に出た。

 

お燐「さとり様あたいの心を読むニャ!」

 

主人の胸元にある赤い目…さとりの第三の目を鷲掴みにし、自分の方へ強引に向けた。第三の目を握られた主人。胸元で宙に浮いているとは言え、これは正真正銘、彼女の体のパーツ。『目』なのである。故に、

 

さと「痛い痛い痛い!」

 

握られると物凄く痛い。悶絶する覚り妖怪。そして観念したかの様に、

 

さと「分かった。分かったから離してー」

 

3つの目から涙を流しながら懇願した。

 ペットから第三の目を返してもらった覚り妖怪。目の痛みが引いたところで、頼まれた通りお燐の心を読む。

 

さと「…」

お燐「分かってもらえましたかニャ?」

さと「ええ…。でもこれ、キス?」

 

さとりが見たのは、少年の頬を舐める光景を思い出していたお燐の心の『文字』。彼女は第三の目によって見た者の心の声を文字として見る事ができる。『心を読む程度の能力』の持ち主だ。

 

お燐「キスだニャ♡」

 

猫の姿で顔を舐めた事をキスだと言い張るお燐。だがそれは、主人が知っている()()とは全くの別物。それに、

 

さと「私の顔だって舐めてたじゃない」

 

彼女もコレならば体験済みだった。朝起きる時、夜寝る時、何も無い時、あらゆる場面で幾度となく、お燐に顔を舐められていた。故に、彼女は「ファースト」では無いだろうという意味で、言葉を投げかけた。すると彼女のペットは、赤く染まった頬を掻きながら、

 

お燐「さとり様は(おんニャ)の子ニャ。それに…」

 

ペットの言いたい事はもう分かった。というよりも読んでいた。そして再び内から込み上げる物。握り拳を作り、それに耐えた。だが、話題の中心の彼は…

 

大鬼「???」

 

首を傾け、口は半開き。頭の中は…

 

大鬼「(なんの話?)」

 

 

プッチーン

 

 

さと「あんたの話よ!ボケっ子!」

 

それを覚り妖怪は読んでいた。少年、2度目の降格。

 再び冷静さを失う覚り妖怪。だが、彼女は大事なことを忘れていた。

 

??「さとり様ー。お客様がお待ちですよー」

 

【挿絵表示】

 

さと「いけない!ってお空!?

   あの部屋出ちゃダメじゃない」

お空「うにゅ?何で出たんだっけ?えっと…。

   あ、トイレ行ってきまーす」

さと「もう…。お燐、後お願いね。ボケっ子!

   ちゃんとお燐の言う事聞きなさいよ」

 

慌ててその場を走り去って行く屋敷の主人と『お空』と呼ばれていた羽の生えた少女。

 

 

ポツーン…。

 

 

急に静まり返る地霊殿、そして取り残された2人。

 

大鬼「今の誰?」

 

当然の疑問である。

 

お燐「お空だニャ。あたいの友達で家族だニャ」

大鬼「ふーん…。オモシロイ(面白い)ヒト()ダネー」

お燐「あははは…」

 

この時少年は突然現れた少女の事を「頭悪そう」と早くも悟っていた。そして、お燐はその少年の内なる声をその雰囲気から悟っていた。

 

お燐「それよりもダイキ君大きく(ニャ)ったね。

   カッコいいお兄ちゃんに(ニャ)ったニャ。

   最初あたい分から(ニャ)かったニャ」

大鬼「そう…かな?」

 

「カッコいい」。初めて言われた言葉に、思わず顔がにやけてしまう少年。だらしのない顔を見せまいと俯いて顔を隠そうとするが、そんな表情も見逃さまいと、追う様に覗き込むお燐。必然的に視線が合う。

 

大鬼「な、なんだよ…」

 

顔を赤くしながら視線を逸らし、ちょっとカッコつけてみる。

 

お燐「ふふ、可愛いニャ♡」

 

だが、結局こっちが本音だった。

 男の子にとって「カッコいい」は最上級の褒め言葉。栄誉である。しかし「可愛い」は彼等にとって、芽生えたばかりの『男のプライド』を傷付ける言葉になり兼ねないのだ。それも歳を重ねるうちに、褒め言葉として捉えられる様になり、どこかのお調子者の様であれば「嫁になる?」とまで言える様になる(?)。

 だが少年はまだ子供。それ故、

 

大鬼「ふんっ!」

 

頬を膨らませ拗ねた。それを笑顔で見つめるお燐。少年のそんな姿でさえ、彼女には愛らしく映っていた。だが「これ以上怒らせるのは良くない」と自分の気持ちを抑え、

 

お燐「それじゃあ(ニャに)してようかニャ?

   お屋敷の中案内(あんニャい)しようかニャ?」

 

少年に屋敷を見せて回る事にした。

 

 

--所変わって--

 

 

さと「申し訳ありません。遅くなりました」

 

 来客達が集まっている部屋へと駆け込む地霊殿の主人。彼女以外の者は全員着席し、姿勢を正して険しい顔つきをしていた。それは少年の身内も同様で、随分と長いこと待たせてしまったと覚り妖怪は思った。自分のせいで皆が苛立っている

 

 

クスクス…。

 

 

かと思いきや、周りから鼻にかかる笑い声。

 

??「がっはっはっは!」

 

力強い笑い声。No.2の鬼、親方様だ。

 皆が何故笑い出したのか予測すらできずにいる覚り妖怪。その解を知る為、第三の目で…

 

親方「さとり殿、聞こえておりましたぞ」

 

心を読む前に大声で答えを言う親方様。その言葉に覚り妖怪は後退りし、頬を赤く染め始めた。

 

??「カッカッカ。あいつも言う様になったの」

 

嬉しそうに笑う町の診療所の医者であり、最年長の鬼。彼も町の会合や組合の集まりの常連だった。

 

??「家の者が失礼な事を言って…。後で言い聞かせます」

 

この町のトップ棟梁様。袖で口元を隠し、赤面しながら少年の無礼を詫びた。棟梁様の言葉と表情から地霊殿の主人は「あの事だ」と瞬時に察し、

 

さと「はうぅ~…」

 

奇声と共に頭から湯気を出し、顔を真っ赤にした。

 恥ずかしい。今すぐ何処かに隠れたい。そしてあのボケっ子の頬を再び引っ張ってやりたい。そう思っていた。

 

親方「さとり殿はあまり感情を表に出さない方だと

   思っておりましたが、

   意外な一面もあるのですな」

棟梁「ちょっとお前さん言い方…。

   でも私達はあなたの事を誤解していました。

   これからも遠慮などせず、

   思った事を言ってくださいね」

 

笑いながら話す親方様を注意しながら、優しい微笑みと言葉でさとりへ気を使う棟梁様。

 さとり達はこの町に越して来て日が浅かった。そのため、新参者として周りの者を引き立て、決して目立つような事をせず、本当の自分を押し殺しながら生活して来た。そんな彼女への棟梁様からのありがたい言葉。

 彼女は心から大きな重りが外れ、翼が生えた様に軽くなったのを感じた。

 

さと「いえ、こちらの方こそあなた方様の

   ご家族に大変失礼な事を…。

   出来心とは言え、申し訳ありませんでした」

 

深々と頭を下げて少年への大人気のない対応を詫びるさとり。だが、彼女のある一言に反応した者が。

 

医者「出来心…とな?」

 

眉を釣り上げ、興味深そうに尋ねる診療所の爺さん。

 

さと「はい…。なぜか構いたくなると言うか、

   気になると言うか、ほっとけないと言うか」

 

さとりは少年を見た時に感じた不思議な魅力について、思った事をそのまま伝えた。

 

親方「なんか分かる気がするな」

棟梁「勇儀(あの子)もそうだったのでしょうか?」

医者「それは分からんが…。

   儂も『あの時』似た様なことを思ったよ」

 

皆が口々に少年への感想を述べていく中さとりは、

 

さと「能力…。でしょうか?」

 

その可能性を口にした。

 

医者「カッカッカ。

   そんな大それた物じゃなかろう」

親方「まだ子供だしな」

棟梁「ただ守ってあげたくなるのですよ」

 

しかし少年を知る者達は笑顔で「そうではない」と否定した。

 この時、さとりは来客者達の心をこっそりと覗いていた。浮かび上がる文字は皆、心が温まる物ばかり。彼女も自然と優しい表情になり、こう思った。

 

ボケっ子は「愛されている」と。

 

 




猫の舌って舐められると
意外と痛いんですよね…。
ザラザラって感じで。

次回【三年後:いい子で待ってた】

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