東方迷子伝   作:GA王

66 / 229
三年後:いい子で待ってた

棟梁「では今日の議題はこれくらいでしょうか?」

  『…』

 

棟梁様の締めくくりの言葉と共に、静まり返る地霊殿の会議室。

 

棟梁「他にはありませんね?」

鬼①「そうですね。祭の事は例年通りですし」

 

皆の意見を代弁する1人の鬼。

 会合は滞りなく終わりを迎えようとしていた。この日の会合は定例的な連絡事項のみ。平和な会合となった。もう会合は終わりと知り、大きく伸びをする者、欠伸をする者、肩の凝りをほぐす者。皆がリラックスしていく中…。

 

さと「あのー…」

 

ここで屋敷の主人であり、地底妖怪の代表が申し訳なさそうに挙手した。

 

棟梁「なんでしょうか?」

 

そんな彼女に微笑みながら「遠慮するな」と、表情で語る町の最高権力者。

 

さと「そのお祭りの事なのですが、私達は本当に

   何もしなくてよろしいのでしょうか?」

 

さとりは鬼主催の祭について、疑問に思う事があった。

 鬼達が開く祭は力強く、勢いがある。町の大通りを主に脇道に至るまで屋台が出店し、その店の品を肴に彼方此方(あちこち)で宴が始まる。他にも多彩な催し物があり、訪れる者達を飽きさせない。しかしその裏で、祭の役員達は準備や見回りに追われ、祭を楽しむ事が出来ないのだ。しかもその祭の開催期間は長い。その間ずっと役員の者達は働いているのだ。

 それを毎年同じ者がやっているという事が、新参者の彼女にとっては不思議でならなかった。

 

棟梁「ええ、いいのです。

   これは決まった事ですから…」

 

棟梁様は彼女の問いに苦笑いで答えた後、哀しそうな表情を浮かべた。

 

親方「手伝いは歓迎ですぞ。

   でもさとり殿達はここに来てまだ数年。

   まずは祭を楽しんでくだされ」

 

親方様からの粋な計らいだった。ただ無下に断れば、彼女を傷つけてしまう。そう思っての自然な言い回しだった。

 

さと「はい…。ありがとうございます」

 

遠慮がちな笑顔でその好意に甘えることにした覚り妖怪。

 

さと「でもなぜ娘さんとそのご友人達が?」

 

覚り妖怪の言葉がついに核心を突いた。その言葉に周りの者達がバツの悪い表情を浮かべ、彼女と視線を合わせぬよう俯いた。

 このタイミングで第三の目と能力を使えば、その理由は容易く知る事が出来た。

 しかし、さとりはそれをしなかった。先程の棟梁様と親方様の好意もあり、折角築き上げた信頼関係を崩したくなかったのだ。それ故、どうしても鬼達の口から直接聞きたいと思っていた。

 重々しい空気に包まれる会議室。そんな中、棟梁様は覚悟を決め、ゆっくりと口を開いた。

 

棟梁「罰です。娘は仲間を脅迫したのです」

 

さとりはその言葉に愕然(がくぜん)とした。

 三カ条にもある様に、鬼は仲間の事を大切にしている。ましてや棟梁様と親方様の娘。

 

さと「(よほどの事がない限りそんな事…)」

 

この時彼女は気付いた。その原因となり得る存在に。

 

さと「あの『人間』と何か関係が?」

 

さとりの言葉に出席者達は「気付いたか」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

棟梁「ごめんなさい。これ以上は…」

 

申し訳なさそうに地霊殿の主人に言葉を残す棟梁様。

 しかしこの時彼女は自分の左胸を人差し指で2度叩いていた。それはさとり以外に見えないようにひっそりと。小さく。

 

さと「あはは…。こちらこそ野暮な事をお聞きして

   申し訳ありません。ただちょっとだけ

   気になってしまっただけなので。

   ()()()()()()()()()()から」

 

さとりは棟梁様の合図を見逃さなかった。苦笑いを浮かべ、口から中身のない言葉を発しながら、第三の目で棟梁様の心の文字を速読した。

 そして彼女は知った。あの日の出来事を。彼女がボケっ子と呼んでいた人間の身に起きた悲惨な事故を。そして彼を助けるために棟梁様の娘達が取った行動の真意を。また、それを知っているのは、この中でも極一部でトップシークレットであると。

 棟梁様の心を読み終わった彼女は、読み終えた事を合図した。と同時に内から込み上げてくる物。彼女はそれを表情で悟られない様に必死に耐えた。

 

棟梁「…それでは、今日はこれで」

 

会合を終える言葉。それと共に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドドドドドドドド…

 

 

バンッ!!

 

 

黒豹「ガーーッ!」

 

屋敷を揺らす地響き。そして会議室の戸を勢いよく開け、飛び込んできた一匹の黒豹。

 

さと「いきなり入ってきたら危ないじゃない!」

黒豹「(ご主人様助けて下さい!)」

ワニ「(私達には荷が重過ぎます!)」

 

続いて、やはり慌てて飛び込んで来たワニ。

 この動物達はさとりのペットであり、大事な家族。彼女はその能力からペット達の気持ちまでも見る事が出来るのだ。

 現れたペット達の心の文字は一応に助けを求める物だった。一体何事かと彼女が不審に思っていると、

 

 

獅子「(申し訳…ありません。さとり様…。

    我々では…あの小僧は手に負えません)」

 

部屋に入って来るなり「バタリ」と倒れ込む百獣の王。彼が残した心の文字。主人ははっきりとその文字を見た。

 

さと「今何処!?」

黒豹「(一階のロビーです)」

さと「皆さんすみません、お先に失礼します!」

 

来客者達を残し、慌てて会議室を飛び出して行く主人。

 

親方「部屋に飛び込んで来たと思えば、

   今度は飛び出して行って。

   さとり殿も苦労されてますな」

棟梁「お前さん。他人事じゃありませんよ」

医者「カッカッカ。大鬼じゃろうな」

  『でしょうね…』

 

皆薄々察していた。

 

さと「もー!お燐は何してるのよ」

 

少年の面倒を見るように頼んだペットへの愚痴を零しながら、現場へと急ぐ主人。

 そしてその現場へと到着した。

 

お燐「フニャー……」

 

黒猫の姿で目を回して床に倒れ込んでいるお燐。それと同様に累々と横たわる屍。皆息はあるが、力尽きていた。そしてその中心には、

 

蛇「(ギャーーッ!助けてー!!)」

大鬼「11…12…13…」

 

泣き叫ぶアナコンダで楽しそうに二重飛びを披露する少年。異常な光景に目を見張る主人。しかし今は家族の救出が最優先。腕を組んで少年の前に立ち、

 

さと「何してるのかなぁ?」

 

優しく声をかけた。しかし、その表情は額に血管を浮かせ、沸点寸前といったご様子。

 

大鬼「あ…」

 

さとりの登場と共に縄跳びを中断する少年。彼女の怒りを堪える表情に気付き、笑顔だった少年はバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

さと「取り敢えずその子を離してくれる?」

 

少年の両手に握られた大蛇を指差し、優しく「離せ」と命令する主人。

 その命令に少年は返事をし、縄から手を離した。その途端、縄は急いで主人の下へ這い寄り、泣きついた。

 

蛇 「(ご主人様ぁ、助かりました)」

さと「なんでこんな事に?」

蛇 「(それはあの小僧が…)」

??「待つニャ!」

 

蛇の言葉に割って入ったのは、先程まで黒猫の姿でのびていたお燐だった。

 

お燐「大鬼君は悪く(ニャ)いニャ。

   原因を作ったのは寧ろ蛇達ニャ」

蛇 「(余計な事言うな!)」

さと「どう言う事?ちゃんと聞かせて」

 

お燐は主人と別れた後の出来事を着色する事無く、事実のみを話していった。

 お燐は少年に館の中を見せて回っていた。それと同時に、出会ったさとりのペット達を紹介し、仲間を増やしながら屋敷の中を散歩していた。この時に出会ったペットは兎、羊、ハシビロコウといった大人しい者達。そして一通り屋敷の案内を終えた後、少年とお燐は出会った仲間達と「かくれんぼ」をして遊んでいた。

 その時だった。少年が隠れた先にいたのは、巨大な蛇、アナコンダ。少年を見るなり獲物と認識し、襲いかかった。少年の体を締め付けていく蛇。

 アナコンダの締め付ける力は強いものであれば、1トンにもなる。人間の骨など易々と粉々にしてしまう。ましてや子供など…。

 少年を締め付けていく蛇。徐々に力を強くしていく中、蛇は違和感を覚え始めていた。骨が枝の様に折れる心地の良い音、振動がいくら力を入れてもしないのだ。そればかりか内側から押し返されていた。広がっていく渦の中心。蛇は遂にその力に対抗できなくなり、獲物を逃がしてしまった。

 その獲物は「スルッ」と抜け出ると、蛇の事を凍りつく様な視線で見下ろした。この瞬間、蛇は悟った。自分が獲物になったのだと。

 一方小さなハンター。最初こそ驚いたものの、巻きついてくる蛇に「戯れにきた」と錯覚していた。そして攻守交代。「今度は自分の番だ」と、アナコンダに対しヘッドロック。

囚われた蛇は恐ろしい馬鹿力の前に身動きが取れず、助けを求めた。

 そこに現れたのが、ワニと黒猫と獅子だった。少年を落ちる寸前の蛇から引き離そうと、牙を剥き威嚇をした。怒りを露わにした猛獣3匹を前にすれば、その威圧感から萎縮し動けずにいるか、尻尾を巻いて一目散に逃げ出すだろう。三匹の猛獣もそうなると思っていた。それが当たり前だと信じていた。

 だがこの少年はあろう事か満面の笑みを浮かべ、彼らに近づいていった。それは正に新しい玩具でも見つけた様な眩しい笑顔で。予想外の反応に後退りをする3匹の猛獣だったが、食物連鎖の上位ランクの者としてのプライドがあった。目の前の未知の恐怖に3匹同時に立ち向かっていった。

 そこからは見るも無残。少年の思うままの遊び相手…いや、文字通りの玩具にされ、やがてボロ雑巾となっていった。そんな3匹に同情したお燐達が止めに入ったのだが、暴れ回る3匹と少年の巻き添いをくらい……。

 そして今に至る。

 

さと「事情は分かりました…。お燐ありがとう。

   それとみんなもご苦労様」

 

結果だけを見ると酷い有様ではあるが、主人は少年と平和に過ごそうとしたお燐を評価した。そして、お燐と共に必死な思いで仲間を救おうとしたワニ、黒猫、獅子を含めた他のペット達に労いの言葉を掛けた。

 

さと「けど…」

 

そう言うと主人は「クルッ」と蛇の方を向き、

 

さと「あんたは別よ!朝ごはん食べたでしょ!?

   それなのに獲物だと思って襲った?

   ふざけるんじゃないわよ!お客様なのよ!

   怪我をさせたらどうするのよ!」

 

感情をぶつけながら説教を始めた。主人の本気の怒りに緊張が走るペット達。

 

さと「怪我だけじゃない、下手したらあなた…」

 

「取り返しがつかない事になっていた」その場の誰もがそう思った。それは蛇にも痛い程伝わっていた。項垂れて主人の説教を聞く蛇。反省しての事でもあるが、今は主人の顔を見る事が出来なかった。

 

蛇 「(さとり様はきっと…)」

さと「バカ!あんたなんて…」

 

 

ぎゅーっ…

 

 

突然少女は背後から何者かに抱きつかれた。小さな手だけが涙で溢れた彼女の目に映った。

 

大鬼「もう許してあげて…。

   ボク…大丈夫だから。

   それと、ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズキューーーーン!

 

 




アナコンダで二重跳び。
昔読んだ好きな漫画のワンシーンです。
パワフルな子供と言えば、
真っ先に彼を思い出します。

次回【三年後:張り切り過ぎたかも…】

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。