棟梁「では今日の議題はこれくらいでしょうか?」
『…』
棟梁様の締めくくりの言葉と共に、静まり返る地霊殿の会議室。
棟梁「他にはありませんね?」
鬼①「そうですね。祭の事は例年通りですし」
皆の意見を代弁する1人の鬼。
会合は滞りなく終わりを迎えようとしていた。この日の会合は定例的な連絡事項のみ。平和な会合となった。もう会合は終わりと知り、大きく伸びをする者、欠伸をする者、肩の凝りをほぐす者。皆がリラックスしていく中…。
さと「あのー…」
ここで屋敷の主人であり、地底妖怪の代表が申し訳なさそうに挙手した。
棟梁「なんでしょうか?」
そんな彼女に微笑みながら「遠慮するな」と、表情で語る町の最高権力者。
さと「そのお祭りの事なのですが、私達は本当に
何もしなくてよろしいのでしょうか?」
さとりは鬼主催の祭について、疑問に思う事があった。
鬼達が開く祭は力強く、勢いがある。町の大通りを主に脇道に至るまで屋台が出店し、その店の品を肴に
それを毎年同じ者がやっているという事が、新参者の彼女にとっては不思議でならなかった。
棟梁「ええ、いいのです。
これは決まった事ですから…」
棟梁様は彼女の問いに苦笑いで答えた後、哀しそうな表情を浮かべた。
親方「手伝いは歓迎ですぞ。
でもさとり殿達はここに来てまだ数年。
まずは祭を楽しんでくだされ」
親方様からの粋な計らいだった。ただ無下に断れば、彼女を傷つけてしまう。そう思っての自然な言い回しだった。
さと「はい…。ありがとうございます」
遠慮がちな笑顔でその好意に甘えることにした覚り妖怪。
さと「でもなぜ娘さんとそのご友人達が?」
覚り妖怪の言葉がついに核心を突いた。その言葉に周りの者達がバツの悪い表情を浮かべ、彼女と視線を合わせぬよう俯いた。
このタイミングで第三の目と能力を使えば、その理由は容易く知る事が出来た。
しかし、さとりはそれをしなかった。先程の棟梁様と親方様の好意もあり、折角築き上げた信頼関係を崩したくなかったのだ。それ故、どうしても鬼達の口から直接聞きたいと思っていた。
重々しい空気に包まれる会議室。そんな中、棟梁様は覚悟を決め、ゆっくりと口を開いた。
棟梁「罰です。娘は仲間を脅迫したのです」
さとりはその言葉に
三カ条にもある様に、鬼は仲間の事を大切にしている。ましてや棟梁様と親方様の娘。
さと「(よほどの事がない限りそんな事…)」
この時彼女は気付いた。その原因となり得る存在に。
さと「あの『人間』と何か関係が?」
さとりの言葉に出席者達は「気付いたか」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
棟梁「ごめんなさい。これ以上は…」
申し訳なさそうに地霊殿の主人に言葉を残す棟梁様。
しかしこの時彼女は自分の左胸を人差し指で2度叩いていた。それはさとり以外に見えないようにひっそりと。小さく。
さと「あはは…。こちらこそ野暮な事をお聞きして
申し訳ありません。ただちょっとだけ
気になってしまっただけなので。
さとりは棟梁様の合図を見逃さなかった。苦笑いを浮かべ、口から中身のない言葉を発しながら、第三の目で棟梁様の心の文字を速読した。
そして彼女は知った。あの日の出来事を。彼女がボケっ子と呼んでいた人間の身に起きた悲惨な事故を。そして彼を助けるために棟梁様の娘達が取った行動の真意を。また、それを知っているのは、この中でも極一部でトップシークレットであると。
棟梁様の心を読み終わった彼女は、読み終えた事を合図した。と同時に内から込み上げてくる物。彼女はそれを表情で悟られない様に必死に耐えた。
棟梁「…それでは、今日はこれで」
会合を終える言葉。それと共に、
ドドドドドドドド…
バンッ!!
黒豹「ガーーッ!」
屋敷を揺らす地響き。そして会議室の戸を勢いよく開け、飛び込んできた一匹の黒豹。
さと「いきなり入ってきたら危ないじゃない!」
黒豹「(ご主人様助けて下さい!)」
ワニ「(私達には荷が重過ぎます!)」
続いて、やはり慌てて飛び込んで来たワニ。
この動物達はさとりのペットであり、大事な家族。彼女はその能力からペット達の気持ちまでも見る事が出来るのだ。
現れたペット達の心の文字は一応に助けを求める物だった。一体何事かと彼女が不審に思っていると、
獅子「(申し訳…ありません。さとり様…。
我々では…あの小僧は手に負えません)」
部屋に入って来るなり「バタリ」と倒れ込む百獣の王。彼が残した心の文字。主人ははっきりとその文字を見た。
さと「今何処!?」
黒豹「(一階のロビーです)」
さと「皆さんすみません、お先に失礼します!」
来客者達を残し、慌てて会議室を飛び出して行く主人。
親方「部屋に飛び込んで来たと思えば、
今度は飛び出して行って。
さとり殿も苦労されてますな」
棟梁「お前さん。他人事じゃありませんよ」
医者「カッカッカ。大鬼じゃろうな」
『でしょうね…』
皆薄々察していた。
さと「もー!お燐は何してるのよ」
少年の面倒を見るように頼んだペットへの愚痴を零しながら、現場へと急ぐ主人。
そしてその現場へと到着した。
お燐「フニャー……」
黒猫の姿で目を回して床に倒れ込んでいるお燐。それと同様に累々と横たわる屍。皆息はあるが、力尽きていた。そしてその中心には、
蛇「(ギャーーッ!助けてー!!)」
大鬼「11…12…13…」
泣き叫ぶアナコンダで楽しそうに二重飛びを披露する少年。異常な光景に目を見張る主人。しかし今は家族の救出が最優先。腕を組んで少年の前に立ち、
さと「何してるのかなぁ?」
優しく声をかけた。しかし、その表情は額に血管を浮かせ、沸点寸前といったご様子。
大鬼「あ…」
さとりの登場と共に縄跳びを中断する少年。彼女の怒りを堪える表情に気付き、笑顔だった少年はバツの悪そうな表情を浮かべた。
さと「取り敢えずその子を離してくれる?」
少年の両手に握られた大蛇を指差し、優しく「離せ」と命令する主人。
その命令に少年は返事をし、縄から手を離した。その途端、縄は急いで主人の下へ這い寄り、泣きついた。
蛇 「(ご主人様ぁ、助かりました)」
さと「なんでこんな事に?」
蛇 「(それはあの小僧が…)」
??「待つニャ!」
蛇の言葉に割って入ったのは、先程まで黒猫の姿でのびていたお燐だった。
お燐「大鬼君は悪く
原因を作ったのは寧ろ蛇達ニャ」
蛇 「(余計な事言うな!)」
さと「どう言う事?ちゃんと聞かせて」
お燐は主人と別れた後の出来事を着色する事無く、事実のみを話していった。
お燐は少年に館の中を見せて回っていた。それと同時に、出会ったさとりのペット達を紹介し、仲間を増やしながら屋敷の中を散歩していた。この時に出会ったペットは兎、羊、ハシビロコウといった大人しい者達。そして一通り屋敷の案内を終えた後、少年とお燐は出会った仲間達と「かくれんぼ」をして遊んでいた。
その時だった。少年が隠れた先にいたのは、巨大な蛇、アナコンダ。少年を見るなり獲物と認識し、襲いかかった。少年の体を締め付けていく蛇。
アナコンダの締め付ける力は強いものであれば、1トンにもなる。人間の骨など易々と粉々にしてしまう。ましてや子供など…。
少年を締め付けていく蛇。徐々に力を強くしていく中、蛇は違和感を覚え始めていた。骨が枝の様に折れる心地の良い音、振動がいくら力を入れてもしないのだ。そればかりか内側から押し返されていた。広がっていく渦の中心。蛇は遂にその力に対抗できなくなり、獲物を逃がしてしまった。
その獲物は「スルッ」と抜け出ると、蛇の事を凍りつく様な視線で見下ろした。この瞬間、蛇は悟った。自分が獲物になったのだと。
一方小さなハンター。最初こそ驚いたものの、巻きついてくる蛇に「戯れにきた」と錯覚していた。そして攻守交代。「今度は自分の番だ」と、アナコンダに対しヘッドロック。
囚われた蛇は恐ろしい馬鹿力の前に身動きが取れず、助けを求めた。
そこに現れたのが、ワニと黒猫と獅子だった。少年を落ちる寸前の蛇から引き離そうと、牙を剥き威嚇をした。怒りを露わにした猛獣3匹を前にすれば、その威圧感から萎縮し動けずにいるか、尻尾を巻いて一目散に逃げ出すだろう。三匹の猛獣もそうなると思っていた。それが当たり前だと信じていた。
だがこの少年はあろう事か満面の笑みを浮かべ、彼らに近づいていった。それは正に新しい玩具でも見つけた様な眩しい笑顔で。予想外の反応に後退りをする3匹の猛獣だったが、食物連鎖の上位ランクの者としてのプライドがあった。目の前の未知の恐怖に3匹同時に立ち向かっていった。
そこからは見るも無残。少年の思うままの遊び相手…いや、文字通りの玩具にされ、やがてボロ雑巾となっていった。そんな3匹に同情したお燐達が止めに入ったのだが、暴れ回る3匹と少年の巻き添いをくらい……。
そして今に至る。
さと「事情は分かりました…。お燐ありがとう。
それとみんなもご苦労様」
結果だけを見ると酷い有様ではあるが、主人は少年と平和に過ごそうとしたお燐を評価した。そして、お燐と共に必死な思いで仲間を救おうとしたワニ、黒猫、獅子を含めた他のペット達に労いの言葉を掛けた。
さと「けど…」
そう言うと主人は「クルッ」と蛇の方を向き、
さと「あんたは別よ!朝ごはん食べたでしょ!?
それなのに獲物だと思って襲った?
ふざけるんじゃないわよ!お客様なのよ!
怪我をさせたらどうするのよ!」
感情をぶつけながら説教を始めた。主人の本気の怒りに緊張が走るペット達。
さと「怪我だけじゃない、下手したらあなた…」
「取り返しがつかない事になっていた」その場の誰もがそう思った。それは蛇にも痛い程伝わっていた。項垂れて主人の説教を聞く蛇。反省しての事でもあるが、今は主人の顔を見る事が出来なかった。
蛇 「(さとり様はきっと…)」
さと「バカ!あんたなんて…」
ぎゅーっ…
突然少女は背後から何者かに抱きつかれた。小さな手だけが涙で溢れた彼女の目に映った。
大鬼「もう許してあげて…。
ボク…大丈夫だから。
それと、ごめんなさい」
ズキューーーーン!
アナコンダで二重跳び。
昔読んだ好きな漫画のワンシーンです。
パワフルな子供と言えば、
真っ先に彼を思い出します。
次回【三年後:張り切り過ぎたかも…】