鬼①「うおっ!?なんじゃこりゃ!」
親方「ありゃりゃ、コイツは酷い」
鬼②「大丈夫かのぉ…」
医者「カッカッカ。
大鬼のヤツ派手に暴れた様じゃな」
続々と現れる会合の出席者達。多くの者が目の前に広がる悲惨な光景に驚き、立ち止まる中、屋敷の主人の下へ慌てて駆け寄る1人の鬼が。
棟梁「古明地さん、本当にごめんなさい。
大鬼がとんだご無礼を…」
少年の頭を鷲掴みにし、強引に一緒に頭を下げさせる棟梁様。少年とさとりは既に一定の距離を保ち、少年がさとりの背を眺める様にして立っていた。
棟梁様の謝罪に反応を示さず、ただ俯いて直立したままの覚り妖怪。
棟梁「古明地さん?」
なかなか反応しない覚り妖怪を不思議に思い、もう一度声をかける棟梁様。すると今度は気付いた様で棟梁様の方へ振り向き、
さと「大丈夫ですよ。みんなで仲良く遊んでただけ
みたいなので。みんなこんな感じですけど、
ちゃんと元気ありますから。
まだまだ遊びたいとも言ってますよ」
『⦅いやいや、それは流石に…⦆』
棟梁「でもかなり参っている様に見えますけど…」
『⦅そうなんです!⦆』
さと「そんな事無いですよ。大鬼君が満足するまで
遊びたいって言ってますよ。ね?みんな?」
「お気になさらず」と着色して答えた後、再びペット達の方へ振り返った。同意を求める鋭い視線で。
『⦅えーーーっ!?⦆』
主人が何を考えているのか全く理解出来ない彼女のペット達。だがその目は本気。逆らえば本気で狩られる。彼らはそう本能的に察知した。ここは安全第一。全員の意見が一致した。
ニンマリー…
姿勢を正し、笑顔の仮面を被るペット達。
棟梁「はー…、そうですか…。
でも今日はお暇いたします。
皆さんありがとうございます。
大鬼ももう十分でしょ?」
大鬼「え?あ、うん…」
『⦅助かったー…⦆』
棟梁様からさとりのペット達への配慮。ペット達も「これでゆっくり休める」と、心から安堵した。全てが丸く収まった。誰もがそう思っていた。
さと「え…、そんな…」
その結果に物足りなさそうな表情を浮かべる主人。すると主人は続けて、
さと「大鬼君さえ良ければ…」
『⦅おいおいおいおい⦆』
またとんでもない事を言い始めた。その後に続く言葉を予期した彼らに寒気が走った。だが、
さと「…ムグッ!?」
「それ以上いけない」と主人の口を塞ぐ者が。
お燐「大鬼君さえ良ければまたおいでだってニャ。
またみんなで遊ぼうニャ」
さと「ンーッ!ンーーッ!」
主人の言葉を代弁するお燐。主人の様子から嫌な予感がして、背後でスタンバイしていたのだ。そして腕の中で彼女を睨みつけながら暴れ回る主人。お燐の言葉は主人のいうよりもどちらかと言えば…。
大鬼「うん!また来るね」
『⦅取り敢えず助かった…⦆』
少年と次回遊ぶ事を約束し、その場を平和的に沈めたお燐。「ホッ」とため息を一つつき、主人を解放した。
さと「お燐!あなたなんて事を!私そんな事…」
お燐の方へ振り返り顔を近づけ、彼女だけに聞こえる程の小さな声で話し始めた。
さと「私は…」
お燐「さとり様。これ以上引き止めると逆に不審に
思われるニャ。ここは次に会う約束をしてお
いた方が賢明ニャ」
そんな主人に作戦を耳打ちする賢いペット。主人は彼女の意見に「それもそうか」と納得し、小さく頷き口を開いた。
さと「大鬼君、また来て下さいね。
何なら明日でもいいですよ」
『⦅どうしてそうなる!?⦆』
さと「美味しいおやつと飲み物用意しておくから」
『⦅いやいやいやいや待て待て待て待て⦆』
笑顔で大鬼との再会を、明日にセッティングしようとするせっかちな主人。それはせっかちと言うよりも、もはや暴走。周りが見えず、一人突っ走る主人をペット達は止める事が出来ずにいた。
棟梁「ふふ、古明地さんは大鬼の事が
余程気に入った様ですね」
棟梁様の言葉に彼女はふと我に返り、初めて気付かされた。
出会ったばかりの大っ嫌いな子供に、
気にしている事を大声で言われたムカつく子供に、
ボケっ子と呼んでいた子供に、
背後から泣きつく様に抱きしめられたこの子供に…
心を踊らされていると。
さと「えーーーっ!!」
火照った顔を覆い隠し、その場で縮こまる少女。気付いてしまっては、もう彼の事を直視出来なかった。
さと「(ちがう!ちがう!そんなはずない!)」
必死に理性で自分の気持ちに抵抗する少女。頭を左右に振り、あり得ない感情を捨て様としていた。
棟梁「えっと、古明地さん?」
様子がおかしい地霊殿の主人に、恐る恐る声をかけてみる棟梁様。
さと「はひっ!?」
棟梁「せっかくのご好意ですが、
明日はちょっと予定がありまして…」
さと「え…」
棟梁様からの丁寧な断りに再び残念そうな顔を見せる主人。しかしそれだけでは無かった。
棟梁「それに大鬼がまたこちらに来れるかは…。
ご存知の通り大鬼はその…」
棟梁様の言葉に、はっと気付かされた。大鬼はこの屋敷の前で事故にあっている事を。それがトラウマになっている事を。
今日は頑張って立ち向かって来れた。しかし深い心の傷は一度や二度で克服出来る程、容易い物ではない。それは覚り妖怪である彼女がよく知っていた。
そして、彼女の気持ちは大きく動かされた。
さと「その件ですが、私に任せては頂けませんか?」
少年の力になりたいと。立ち上がって真っ直ぐに棟梁様を見つめる覚り妖怪。
棟梁「それはいったいどういう…」
覚り妖怪の提案の意味が分からず首を傾げる棟梁様。そんな彼女に覚り妖怪は真剣な顔で答え始めた。
さと「私は覚り妖怪です。心を読む事ができます。
そしてその能力の発展で、トラウマを思い起
こさせる事も出来るんです。それでこの力を
使って、大鬼君を治してあげたいんです」
棟梁様から視線を外さず「必ず治す」と瞳で決意を語る覚り妖怪。とそこに、
医者「カッカッカ」
お馴染みの笑い方で入ってきたご老体。
医者「ええんじゃないか?大鬼どうじゃ?
また一人でここに来れるか?」
大鬼「え?一人で?」
医者からの問いに、目を泳がせて不安な表情を浮かべる少年。
またここに来なければならない、しかも一人で。正直自信が無かった。
医者「ならワシの所でやるか。
嬢ちゃん場所は分かるか?」
さと「へ?あ、はい。分かります」
地霊殿の主人を嬢ちゃんと呼ぶ診療所の医者。慣れていない呼ばれ方に、一瞬自分の事だと気付かず反応が遅れる主人。
大鬼「え…、またなの?」
医者「カッカッカ。そうなるの」
「ガクッ」と肩を落とし、背中を丸める少年。
不味くて苦い薬を卒業した少年だったが、ある事がきっかけで、数ヶ月前まで診療所へ通っていた。それも最近ようやく落ち着き、もう診療所へは行かなくて済む。そう思っていた矢先の通院延長のお知らせだ。ショックを通り越して飽き飽きといった様子の少年に、
医者「それと大鬼、そろそろ来るぞ」
謎の予告。
さと「来るって何が…」
医者の言葉の意味が分からず、彼に聞き返そうとした時、
大鬼「うわーーーーっ!」
突然少年が体を痙攣させながら悲鳴を上げ、
大鬼「いてててててててっ」
その場にうつ伏せに倒れ込んで悶絶し始めた。
少年の急変に驚きを隠せない地霊殿一同。
お燐「大鬼君!?大丈夫かニャ!」
獅子「(小僧!どこが痛いんだ?)」
蛇 「(おいおい…)」
ペット達は慌てて少年の下へ集まり、心配そうに見つめ始めた。そしてそれは主人も同じ。
さと「どうしたの!?どこか怪我を…」
一気に焦り出す主人。
先程、蛇に巻き付かれた事で「やはり怪我を負わせてしまっていたのでは?」と彼女は思った。すると彼女の隣にいた鬼が口を開いた。
医者「あー、筋肉痛じゃよ」
『へ?』
医者から語られた症状。筋肉痛。その言葉に呆気に取られ、目を点にする地霊殿一同。そんな者達に説明を加える。
医者「大鬼のヤツ、馬鹿力使ったじゃろ?
まだ体が出来てないからの。
反動がでかいんじゃ」
さと「そんな事って…。それに人間の子供に
何でこんな力が…」
そこまで話して覚り妖怪は思い出した。さっき棟梁様の心を読んだ時の当時の出来事を。
そんな彼女の様子を鋭い視線で見つめる当時の被害者。そして口を開いた。
医者「そうか。嬢ちゃん知ってしまったんじゃな」
さと「何故そう思うのですか?」
彼の言葉に冷静を装って言葉を返す覚り妖怪。
心を読めない者に、自分の考えている事が分かるはずがない。そう思っていた。
医者「ワシにも嬢ちゃんと似た能力があってな。
脈拍、呼吸、体温が一目でわかるんじゃよ。
嬢ちゃん今動揺して脈拍が早くなっとるよ」
この年老いた鬼の能力『診る程度の能力』。これによって彼はウソ発見器の様に、覚り妖怪の考えていることを見抜いたのだ。
詰めが甘かった。覚り妖怪はそう思った。と同時にこの時初めて気が付かされた。
隠し事が出来ないとは、こんなにもやり辛いのかと。心を読める彼女は駆け引き等では、常に優位な立場にいれた。
それが今、目の前の御老体によって立場を逆転されたのだ。
さと「うぐっ…」
これ以上ボロを出すのは危険と悟り、覚り妖怪は口を閉ざした。
医者「カッカッカ。そう身構えんでええよ。
だからと言って、どうこうするつもりも
無いんでな」
さと「はー…」
医者「取り敢えず嬢ちゃんの力、
どんな感じか見せてくれるかの?」
御老体の指示に覚り妖怪は返事を返し、床で寝転がっている少年に歩み寄った。そして、その場にしゃがみ込み、胸元の第三の目を掌に乗せて少年の顔に近付けた。
さと「大鬼君、この目をジッと見てて」
見つめ合う少年と第三の目。程無くして、覚り妖怪は呪文を唱える様に呟いた。
さと「『テリブルスーヴニール』」
少年の苦い思い出を浮かばせる覚り妖怪。
数ある物の中から、色濃く残る当時の事件の記憶を見つけた。「コレがそうだ」と彼女が確信した。とその時。
さと「(ん?あれは…)」
更に深い所にある
バーン!
高電圧の電気回路がショートしたかの様な衝撃と、目に焼きつく様な火花が。それと共にその記憶は跡形も無く消え去った。
次回【三年後:またね】