さと「どうかな?」
大鬼「うん…」
医者「気分はどうじゃ?」
大鬼「あまり…」
地霊殿での事件の記憶を断片的に思い出させ、様子を見守る覚り妖怪と御老体。
少年の記憶の奥底にあった物について、彼女は誰にも言わず、自分の心の中に仕舞う事にしたのだった。
さと「でも症状は軽い方だと思います。
時間の経過もありますが、親方様との件で
勇気付けられたのでしょう」
覚り妖怪の見解は正しかった。当時の記憶を思い出させられた少年は、気分こそ優れないものの、以前程の拒否反応は無かった。というより…
大鬼「身体が痛いんだけど…」
ぼそっと「それどころではない」と訴える少年。
大鬼「あとさ…」
そして急に顔を赤くし、視線を横に外してモゴモゴと口を動かし始めた。その様子に覚り妖怪が不審に思っていると、少年は覚悟を決めた様に口を開いた。
大鬼「パンツ見えてる」
『!!』
さと「〜〜〜…っ」
少年の言葉に唖然とする一同。
そして声にならない声を発し、頭から湯気を出して、顔を純度100%の赤色に染め上げる覚り妖怪。慌てて立ち上がりスカートを抑えるも、それはもう手遅れ。
例えそうだったとしても、口に出して言わないで欲しかった。恥ずかしい。この上ない屈辱。今すぐこの場から消え去りたい。彼女はそう思っていた。
そしてそれは次第に少年への怒りへと変貌し…。
さと「見てんじゃないわよ!
ボケっ子が!!もう最低!」
大鬼「べ、別に見たくなんてなかったし!
そっちから見せて来たんだろ!」
さと「はーっ!?私の事を変態みたいに言わないで
くれる!?人の下着見ておいて、
あんたの方が変態じゃない!
変態!変態小僧!エロガキ!!」
お燐「ストップ!ストーーップ!ニャ!」
壮絶なデッドヒートが繰り広げられる中、2人の仲裁に入るお燐。
お燐「さとり様落ち着くニャ。
不可抗力だから許してあげてニャ。
それにみん
一先ず主人の気を宥める事にし、その後に少年を指導する事にした。
お燐「大鬼君も謝ってニャ。
まだ分から
言っちゃダメニャ」
普段から言われている者とは違い、ほぼ初対面の他人からの注意は、少年にとってこの上ない特効薬だった。さっきまでの勢いはみるみる消えていき、
大鬼「ごめんなさい…」
萎れながら謝罪した。その姿は見事な土下寝。全身の痛みで動けない少年が、唯一できる謝罪方法だった。
さと「クスッ…、もういいわよ」
少年の滑稽な姿に思わず笑いを吹き出す少女。しかし、腰に手を当てて少年を指差し、
さと「でも完全に許した訳じゃないんだからね。
今回の件は貸しにいておいてあげる」
「勘違いするな」と念を押した。
場が落ち着いたところで、会議室を提供してくれた地霊殿の主人へ礼を済ませ、館を去って行く来客者達。主人は笑顔で彼らを見送り、残るは…。
さと「騒がしくしてしまい、
申し訳ありませんでした。
それにご家族の方にとんだ暴言を…」
棟梁「いえいえ、そんなそんな。
大鬼が原因ですし、古明地さんには何度も
ご無礼とご迷惑をかけてしまい、
申し訳ありませんでした」
お互い頭を深々と下げ、謝罪しあう代表者達。
親方「ほれ、大鬼。お前からも」
大鬼「ごめんなさい」
歩く事ができず、親方様の肩の上で布団の様に干される少年。
さと「あ、うん…」
少年の謝罪に返事をするさとり。と、その彼女の下にゆるりと現れた大蛇。彼女は蛇をジッと見つめ、口を開いた。
さと「大鬼君、この子が
『すまなかった。それとありがとう』
だって」
大鬼「うん、遊んでくれてありがとう」
蛇の心声を通訳する覚り妖怪。
振り回していた蛇からの意外な言葉に、目を丸くした少年だったが、笑顔で感謝の言葉を返した。
その言葉を聞いた蛇は主人に擦り寄り、「もう一度心を読め」と合図を送った。
そして蛇の心の声を読んだ主人は、
さと「え?本当にいいの?」
そのまさかの言葉に驚いた。間違いではないかと一度確認を取り、蛇はそれにコクリと頷いた。
さと「『また来いよ』だって」
大鬼「うん!一人で来れる様になったらまた遊ぼ。
今度はみんなで『大縄跳び』しよ」
親方「へへ、大鬼良かったな。蛇にも好かれたか」
棟梁「古明地さん、
この今日は本当にありがとうございました」
さと「いえいえ、また来て下さいね。
あ、ソコまで送ります」
お燐「あたいも行くニャ」
挨拶を交わし、屋敷を出て行く来客者と主人、ペット達の代表。
そして、屋敷に残されたペット達は、
『⦅つっかれたーー…⦆』
一斉に脱力。
黒豹「(とんでもない小僧だったな)」
兎 「(でもいい子だったよ)」
ワニ「(俺たちが本気を出たのはいつぶりだ?)」
羊 「(みんな揃ってね)」
地霊殿に越して来て…いや、その前から思い返してみても、上位になる程の大騒動。しかも皆が一致団結するなんて事は、力、生活リズム、大きさ、生物としての種が違う彼等にとって初めての事だった。
黒豹「(でも楽しかったかな)」
獅子「(たまには相手してやるか)」
獅子の言葉に皆が笑顔を浮かべた。ただ一匹を除いて。
蛇 「(な、なあ…。あの小僧、
今度来た時何するって言ってた?)」
黒豹「(なんだっけ?)」
ワニ「(大縄跳びとか言ってなかったか?)」
蛇 「(縄は?)」
『⦅そりゃお前だろ⦆』
蛇 「(……もう来るんじゃねー!!)」
--ちょうどその頃--
お燐「大鬼君ばいばいニャ」
大鬼「ばいばい。お燐またね」
お燐「きゃっ♡ご主人様聞きました!?
大鬼君があたいの事『お燐』って!」
少年に名前を呼ばれて興奮するお燐。嬉しさのあまり隣人の肩を揺らすが、それをする相手が悪い。
さと「へー…、ヨカッタワネー…」
引きつった笑顔で讃える主人。いかにも橋姫が現れそうな状況の中、ペットに負けてたまるかと、主人が動いた。
さと「大鬼君またね。今度会う時は診療所かな?
あ、その時私お菓子作っていくね」
掌を合わせた両手を傾けた顔に添え、可愛いさアピール。そしてお菓子を作れる事をさり気なく仄めかし、女子力もアピール。もう必死である。
大鬼「ホント!?やった!」
この瞬間、さとりは勝ちを確信した。全ては『計画通り』と。
大鬼「じゃあまたね『ミツメー』」
さと「は?今、なんて?」
大鬼「ミツメー」
さと「誰の事?」
大鬼「君」
さと「なんで?」
大鬼「三つ目だから」
不運な事に少年には、同じ様に呼んでいる者達がいた。そして「どうせなら同じ感じにしよう」と呼び名を考えていたのだった。
一方、計画を壊された少女。期待していたのと違う。しかも可愛くない。そう思えば思うほど、次第にそれは怒りへと変わり…。
さと「もう!なんなのよ!最後までムカつく!
あんたなんかボケっ子で充分よ!
お菓子だって…」
感情の赴くまま言葉を発した。だが…。
大鬼「え?ないの?」
ずぶ濡れの捨て犬の様な表情を浮かべ、お菓子を恋しがる少年。その表情に彼女は不覚にも
きゅん♡
射抜かれた。
さと「ま、まあ…お菓子ぐらいは…。
しょうがないから作ってあげるわよ…」
大鬼「やったー!ミツメーありがとう!」
この瞬間、地霊殿の主人、古明地さとりのあだ名が確定した。
親方「がっはっは!また友達できて良かったな」
棟梁「古明地さん、ありがとうございます。
これからも大鬼と仲良くしてあげて下さい」
さと「は、はい!」
棟梁「それでは私達はこれで失礼しますね」
さと「はい!こちらこそ!
これからも宜しくお願いします」
姿勢を正して来客者達を見送る地霊殿の主人。隣では彼女のペットが満面の笑みで手を振っていた。
お燐「さとり様、屋敷に戻りましょうニャ」
さと「…い」
お燐「え?」
さと「ずるいずるいずるい!
私も名前で呼んで欲しかったー!」
地団駄を踏みながら本音を暴露する主人。
お燐「えー!じゃあさっきそう言えば
良かったニャ」
さと「イヤよ、そんなの…。
アイツに負けたみたいじゃない」
お燐「えー…」
口を尖らせ謎の強がり。彼女は屋敷の主人であり、少年よりも遥かに年上。そのため「名前で呼んで欲しい」と下手に頼み込むなんて事は、高貴なプライドが許さなかったのだ。
そしてこの時、お燐は己の主人にも関わらず、こう思った。「めんどくせぇ」と。
さと「お昼ご飯!」
しかしそれは奇跡的に、屋敷に向かって歩み初めていた主人に読まれずに済んだ。
お燐「何にしますかニャ?」
さと「お蕎麦食べて来る。お財布取ってきます」
お燐「え、またですかニャ?
一昨日もお蕎麦食べに行ってたニャ」
さと「いいの!好きなの!」
屋敷へ歩みを進める覚り妖怪。
尚もぶつぶつと小言を呟き、絶賛不機嫌中だった。と、いきなり彼女の視界が真っ暗に。目に当たる柔らかな感触。そして、
??「だ〜れだ♪」
彼女が聞き慣れた声。気ままで自由奔放で、直ぐに何処かへ行ってしまい、いつも心配させる彼女のただ一人の実の妹。
さと「こいし。おかえり」
こい「当たり〜♪流石お姉ちゃん♪
それと、ただいま♪」
姉から手を放し、笑顔で答える心を閉ざしてしまった覚り妖怪。
お燐「こいし様、おかえり
こいしの後方から声をかけるお燐。彼女は既に存在を目視していたが、こいしが顔の前で人差し指を立てるポーズを取ったため、黙って見守っていたのだった。
こい「お燐もただいま♪そう言えばさっきそこで
偉い人達とすれ違ったよ♪お客様?」
さと「ええ、会合があってね。ここでやったのよ」
こい「そ〜なのか〜♪」
両腕を広げてどこかの妖怪と同じ事を言うこいし。というよりも、もはやそのままである。
こい「男の子もいたけど…」
さと「ボケっ子よ」
こい「え?誰?」
お燐「
お燐が口にした名前に目を丸くするこいし。そして、
こい「えー!やっぱりそうだったんだ~♪
大きくなったね♪分からなかった~♪」
当時の少年の姿と重ね合わせ、懐かしんでいた。
だが、これは他の2人からすれば初耳。
さと「こいしあなた、あの子の事知ってるの!?」
お燐「いつ会ったニャ!?」
驚きを隠せず、顔を近づけこいしに迫った。
こい「ん〜、ここが出来る前だよ♪」
少年と
お燐「それじゃあ…。
こいし様があの時遊んでいたのって…」
こい「ダイキ君とだよ♪」
さと「凄い巡り合わせね…」
こいしが少年と遊んでいたから、お燐は少年と出会う事ができた。そして少年とお燐が出会っていたから、さとりは少年と本音でぶつかれる程の仲になれた。それは歯車の様にそれぞれが噛み合いながら、その時から回り始めていたのだった。
こい「懐かしいな〜…
地球が一つありまして〜♪って」
少年に教えてもらった思い出の絵描き歌を歌い出すこいし。またいつか会える事を願いながら。
こい「ところでお姉ちゃん、地球って何?」
ズルッ!
こいしとの話を書いたのが、
もう随分と前に感じます。
次回【三年後:ただいま】
色々な意味で。