東方迷子伝   作:GA王

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三年後:またね

さと「どうかな?」

大鬼「うん…」

医者「気分はどうじゃ?」

大鬼「あまり…」

 

 地霊殿での事件の記憶を断片的に思い出させ、様子を見守る覚り妖怪と御老体。

 少年の記憶の奥底にあった物について、彼女は誰にも言わず、自分の心の中に仕舞う事にしたのだった。

 

さと「でも症状は軽い方だと思います。

   時間の経過もありますが、親方様との件で

   勇気付けられたのでしょう」

 

覚り妖怪の見解は正しかった。当時の記憶を思い出させられた少年は、気分こそ優れないものの、以前程の拒否反応は無かった。というより…

 

大鬼「身体が痛いんだけど…」

 

ぼそっと「それどころではない」と訴える少年。

 

大鬼「あとさ…」

 

そして急に顔を赤くし、視線を横に外してモゴモゴと口を動かし始めた。その様子に覚り妖怪が不審に思っていると、少年は覚悟を決めた様に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大鬼「パンツ見えてる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『!!』

さと「〜〜〜…っ」

 

少年の言葉に唖然とする一同。

 そして声にならない声を発し、頭から湯気を出して、顔を純度100%の赤色に染め上げる覚り妖怪。慌てて立ち上がりスカートを抑えるも、それはもう手遅れ。

 例えそうだったとしても、口に出して言わないで欲しかった。恥ずかしい。この上ない屈辱。今すぐこの場から消え去りたい。彼女はそう思っていた。

 そしてそれは次第に少年への怒りへと変貌し…。

 

さと「見てんじゃないわよ!

   ボケっ子が!!もう最低!」

大鬼「べ、別に見たくなんてなかったし!

   そっちから見せて来たんだろ!」

さと「はーっ!?私の事を変態みたいに言わないで

   くれる!?人の下着見ておいて、

   あんたの方が変態じゃない!

   変態!変態小僧!エロガキ!!」

お燐「ストップ!ストーーップ!ニャ!」

 

壮絶なデッドヒートが繰り広げられる中、2人の仲裁に入るお燐。

 

お燐「さとり様落ち着くニャ。

   不可抗力だから許してあげてニャ。

   それにみん(ニャ)見てるニャ!」

 

一先ず主人の気を宥める事にし、その後に少年を指導する事にした。

 

お燐「大鬼君も謝ってニャ。

   まだ分から(ニャ)いかもしれ(ニャ)いけど、

   (おんニャ)の子にそん(ニャ)

   言っちゃダメニャ」

 

 普段から言われている者とは違い、ほぼ初対面の他人からの注意は、少年にとってこの上ない特効薬だった。さっきまでの勢いはみるみる消えていき、

 

大鬼「ごめんなさい…」

 

萎れながら謝罪した。その姿は見事な土下寝。全身の痛みで動けない少年が、唯一できる謝罪方法だった。

 

さと「クスッ…、もういいわよ」

 

少年の滑稽な姿に思わず笑いを吹き出す少女。しかし、腰に手を当てて少年を指差し、

 

さと「でも完全に許した訳じゃないんだからね。

   今回の件は貸しにいておいてあげる」

 

「勘違いするな」と念を押した。

 

 

 

 

 

 場が落ち着いたところで、会議室を提供してくれた地霊殿の主人へ礼を済ませ、館を去って行く来客者達。主人は笑顔で彼らを見送り、残るは…。

 

さと「騒がしくしてしまい、

   申し訳ありませんでした。

   それにご家族の方にとんだ暴言を…」

棟梁「いえいえ、そんなそんな。

   大鬼が原因ですし、古明地さんには何度も

   ご無礼とご迷惑をかけてしまい、

   申し訳ありませんでした」

 

お互い頭を深々と下げ、謝罪しあう代表者達。

 

親方「ほれ、大鬼。お前からも」

大鬼「ごめんなさい」

 

歩く事ができず、親方様の肩の上で布団の様に干される少年。

 

さと「あ、うん…」

 

少年の謝罪に返事をするさとり。と、その彼女の下にゆるりと現れた大蛇。彼女は蛇をジッと見つめ、口を開いた。

 

さと「大鬼君、この子が

   『すまなかった。それとありがとう』

   だって」

大鬼「うん、遊んでくれてありがとう」

 

蛇の心声を通訳する覚り妖怪。

 振り回していた蛇からの意外な言葉に、目を丸くした少年だったが、笑顔で感謝の言葉を返した。

 その言葉を聞いた蛇は主人に擦り寄り、「もう一度心を読め」と合図を送った。

 そして蛇の心の声を読んだ主人は、

 

さと「え?本当にいいの?」

 

そのまさかの言葉に驚いた。間違いではないかと一度確認を取り、蛇はそれにコクリと頷いた。

 

さと「『また来いよ』だって」

大鬼「うん!一人で来れる様になったらまた遊ぼ。

   今度はみんなで『大縄跳び』しよ」

親方「へへ、大鬼良かったな。蛇にも好かれたか」

棟梁「古明地さん、

   この今日は本当にありがとうございました」

さと「いえいえ、また来て下さいね。

   あ、ソコまで送ります」

お燐「あたいも行くニャ」

 

挨拶を交わし、屋敷を出て行く来客者と主人、ペット達の代表。

 そして、屋敷に残されたペット達は、

 

  『⦅つっかれたーー…⦆』

 

一斉に脱力。

 

黒豹「(とんでもない小僧だったな)」

兎 「(でもいい子だったよ)」

ワニ「(俺たちが本気を出たのはいつぶりだ?)」

羊 「(みんな揃ってね)」

 

地霊殿に越して来て…いや、その前から思い返してみても、上位になる程の大騒動。しかも皆が一致団結するなんて事は、力、生活リズム、大きさ、生物としての種が違う彼等にとって初めての事だった。

 

黒豹「(でも楽しかったかな)」

獅子「(たまには相手してやるか)」

 

獅子の言葉に皆が笑顔を浮かべた。ただ一匹を除いて。

 

蛇 「(な、なあ…。あの小僧、

    今度来た時何するって言ってた?)」

黒豹「(なんだっけ?)」

ワニ「(大縄跳びとか言ってなかったか?)」

蛇 「(縄は?)」

  『⦅そりゃお前だろ⦆』

蛇 「(……もう来るんじゃねー!!)」

 

 

--ちょうどその頃--

 

 

お燐「大鬼君ばいばいニャ」

大鬼「ばいばい。お燐またね」

お燐「きゃっ♡ご主人様聞きました!?

   大鬼君があたいの事『お燐』って!」

 

少年に名前を呼ばれて興奮するお燐。嬉しさのあまり隣人の肩を揺らすが、それをする相手が悪い。

 

さと「へー…、ヨカッタワネー…」

 

引きつった笑顔で讃える主人。いかにも橋姫が現れそうな状況の中、ペットに負けてたまるかと、主人が動いた。

 

さと「大鬼君またね。今度会う時は診療所かな?

   あ、その時私お菓子作っていくね」

 

掌を合わせた両手を傾けた顔に添え、可愛いさアピール。そしてお菓子を作れる事をさり気なく仄めかし、女子力もアピール。もう必死である。

 

大鬼「ホント!?やった!」

 

この瞬間、さとりは勝ちを確信した。全ては『計画通り』と。

 

大鬼「じゃあまたね『ミツメー』」

さと「は?今、なんて?」

大鬼「ミツメー」

さと「誰の事?」

大鬼「君」

さと「なんで?」

大鬼「三つ目だから」

 

 不運な事に少年には、同じ様に呼んでいる者達がいた。そして「どうせなら同じ感じにしよう」と呼び名を考えていたのだった。

 一方、計画を壊された少女。期待していたのと違う。しかも可愛くない。そう思えば思うほど、次第にそれは怒りへと変わり…。

 

さと「もう!なんなのよ!最後までムカつく!

   あんたなんかボケっ子で充分よ!

   お菓子だって…」

 

感情の赴くまま言葉を発した。だが…。

 

大鬼「え?ないの?」

 

ずぶ濡れの捨て犬の様な表情を浮かべ、お菓子を恋しがる少年。その表情に彼女は不覚にも

 

 

きゅん♡

 

 

射抜かれた。

 

さと「ま、まあ…お菓子ぐらいは…。

   しょうがないから作ってあげるわよ…」

大鬼「やったー!ミツメーありがとう!」

 

この瞬間、地霊殿の主人、古明地さとりのあだ名が確定した。

 

親方「がっはっは!また友達できて良かったな」

棟梁「古明地さん、ありがとうございます。

   これからも大鬼と仲良くしてあげて下さい」

さと「は、はい!」

棟梁「それでは私達はこれで失礼しますね」

さと「はい!こちらこそ!

   これからも宜しくお願いします」

 

姿勢を正して来客者達を見送る地霊殿の主人。隣では彼女のペットが満面の笑みで手を振っていた。

 

お燐「さとり様、屋敷に戻りましょうニャ」

さと「…い」

お燐「え?」

さと「ずるいずるいずるい!

   私も名前で呼んで欲しかったー!」

 

地団駄を踏みながら本音を暴露する主人。

 

お燐「えー!じゃあさっきそう言えば

   良かったニャ」

さと「イヤよ、そんなの…。

   アイツに負けたみたいじゃない」

お燐「えー…」

 

口を尖らせ謎の強がり。彼女は屋敷の主人であり、少年よりも遥かに年上。そのため「名前で呼んで欲しい」と下手に頼み込むなんて事は、高貴なプライドが許さなかったのだ。

 そしてこの時、お燐は己の主人にも関わらず、こう思った。「めんどくせぇ」と。

 

さと「お昼ご飯!」

 

しかしそれは奇跡的に、屋敷に向かって歩み初めていた主人に読まれずに済んだ。

 

お燐「何にしますかニャ?」

さと「お蕎麦食べて来る。お財布取ってきます」

お燐「え、またですかニャ?

   一昨日もお蕎麦食べに行ってたニャ」

さと「いいの!好きなの!」

 

屋敷へ歩みを進める覚り妖怪。

 尚もぶつぶつと小言を呟き、絶賛不機嫌中だった。と、いきなり彼女の視界が真っ暗に。目に当たる柔らかな感触。そして、

 

??「だ〜れだ♪」

 

彼女が聞き慣れた声。気ままで自由奔放で、直ぐに何処かへ行ってしまい、いつも心配させる彼女のただ一人の実の妹。

 

さと「こいし。おかえり」

こい「当たり〜♪流石お姉ちゃん♪

   それと、ただいま♪」

 

姉から手を放し、笑顔で答える心を閉ざしてしまった覚り妖怪。

 

お燐「こいし様、おかえり(ニャ)さいニャ」

 

こいしの後方から声をかけるお燐。彼女は既に存在を目視していたが、こいしが顔の前で人差し指を立てるポーズを取ったため、黙って見守っていたのだった。

 

こい「お燐もただいま♪そう言えばさっきそこで

   偉い人達とすれ違ったよ♪お客様?」

さと「ええ、会合があってね。ここでやったのよ」

こい「そ〜なのか〜♪」

 

両腕を広げてどこかの妖怪と同じ事を言うこいし。というよりも、もはやそのままである。

 

こい「男の子もいたけど…」

さと「ボケっ子よ」

こい「え?誰?」

お燐「大鬼(ダイキ)君ニャ」

 

お燐が口にした名前に目を丸くするこいし。そして、

 

こい「えー!やっぱりそうだったんだ~♪

   大きくなったね♪分からなかった~♪」

 

当時の少年の姿と重ね合わせ、懐かしんでいた。

 だが、これは他の2人からすれば初耳。

 

さと「こいしあなた、あの子の事知ってるの!?」

お燐「いつ会ったニャ!?」

 

驚きを隠せず、顔を近づけこいしに迫った。

 

こい「ん〜、ここが出来る前だよ♪」

 

少年と少女(こいし)が出会ったのは、お燐が少年と出会った前日の事。そして辛くもそれが原因で、お燐は臨時当番となったのだ。

 

お燐「それじゃあ…。

   こいし様があの時遊んでいたのって…」

こい「ダイキ君とだよ♪」

さと「凄い巡り合わせね…」

 

こいしが少年と遊んでいたから、お燐は少年と出会う事ができた。そして少年とお燐が出会っていたから、さとりは少年と本音でぶつかれる程の仲になれた。それは歯車の様にそれぞれが噛み合いながら、その時から回り始めていたのだった。

 

こい「懐かしいな〜…

   地球が一つありまして〜♪って」

 

少年に教えてもらった思い出の絵描き歌を歌い出すこいし。またいつか会える事を願いながら。

 

こい「ところでお姉ちゃん、地球って何?」

 

 

ズルッ!

 

 





こいしとの話を書いたのが、
もう随分と前に感じます。

次回【三年後:ただいま】
色々な意味で。

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