東方迷子伝   作:GA王

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三年後:ただいま

勇儀「ただいまー」

 

 仕事を終え、玄関の戸を開く。

 

勇儀「迎えはなしか…」

 

昔は大鬼が帰るなり駆け寄って抱きついて来たけど、それも無くなったな。あの頃は「疲れているから、そっとしておいてくれ」って煩わしく思っていた時もあったけど、いざそれが無くなると、こんなにも寂しいなんてな…。

 あー…、出来る事ならあの頃に戻りたい。それでもっと抱きしめて、飽きるまで一緒に遊んでやりたい。ま、でもこれも成長なのかな?私が大鬼くらいの頃どうだったっけ?

 ………何年前の話だ?もうあまり覚えてない。

 

 服についた汚れを軽く払い、履物を脱ぎ捨て…。

 

 いかんいかん。揃えておかないと棟梁様(母さん)の長い説教が始まる。

 

勇儀「ん?この匂い…」

 

 家の中に漂う夕食の香り。私が仕事の日はお手伝いさんが、米を炊いてくれてはいるけれどそれまで。御菜はいつも私が作っている。けど、この漂う香りは醤油と酒と砂糖で煮込んでいる時のそれだ。少し脂っぽいか?これから想像するに…。

 

勇儀「煮物?まさか…角煮?」

 

 その答えを確認するため、空腹を活性化させる匂いに釣られながら台所を目指す。

 

勇儀「え?これって…」

 

匂いの下へ近付くにつれ、もう一つの香り。味噌汁だ。ただこれは私が作っている時とは違う味噌の香り。けど私はこの匂いを知っている。懐かしい。それこそいつぶりだろう。私がこの家を飛び出す前に食べていた…。

 

勇儀「母さん!?」

棟梁「あら、おかえりなさい」

 

何の冗談だ?母さんが割烹着を着て夕飯の支度?それにお手伝いさん達はどうした?さっきから一人も見てないぞ。これは………何があった?

 

勇儀「あ、あのさ…。私は有難いのだけど…。

   何でまた急に?」

 

ダメだ。上手い言葉が見つからない。なるべく丁寧に聞いたつもりだけど、気を悪くさせたか?

 

棟梁「いいじゃないさ♡たまには」

 

 

ゾクッ…

 

 

寒気。なんだ今の?笑顔で頬を赤くして…。なぜ年甲斐にも無くそんな事を?

 

「気持ち悪っ!」

 

って言えたら私の胸の内はスッキリするんだが…。本当に………何があった?

 

勇儀「そ、それで何を作っているんだ?」

棟梁「今は角煮ですよ」

勇儀「今は?」

 

食卓に視線を移すと、そこには大量に並べられた御菜の数々。漬物、おひたし、ナス焼き、とここまでは分かる。けど、天ぷらに焼き鳥?角煮があるのにか?しかもこの山の様に積まれた、焼いただけのバラ肉は何だ?

 

棟梁「〜♪」

 

さっきと変わらない表情。鼻歌まで。今日は何かの記念日か?いや、何もない。もうこうなったら…。

 

勇儀「ところでさ、大鬼と父さんは何処に?」

棟梁「広間にいませんでした?

   今日はそっちで夕飯にしますよ」

 

そうだったのか…。急ぎ足でここまで来たから気付かなかった。あそこで夕飯なんて、宴会でもするのか?あ、そうか。急に宴会をする事になったんだ。それなら…。

 いや、待て。じゃあなぜお手伝いさんがいない?考えても分からん。大鬼達に聞こう。

 

勇儀「何か手伝う事あったら言っておくれよ。

   私は大鬼達の方に行っているから」

 

 

 

 

 

 

 

 で、広間に来たわけだが…。

 

親方「かーっ!美味い!」

 

既に飲み始めている親方様(父さん)と、

 

大鬼「じぃじー…。お酒臭いよ…」

 

その膝の上に嫌そうな顔で座らせられている大鬼。嫌なら退けばいいだろうに…。

 

勇儀「よっ!ただいま。大鬼が親方様(じぃじ)

   膝の上なんて珍しいじゃあないか」

 

明るく元気に。どんなに疲れて帰っても、大鬼(コイツ)の前では笑顔でいようって決めたんだ。

 

大鬼「あ、ユーネェ。おかえり、あと助けて」

勇儀「は?」

 

気怠そうに私に救いを求める大鬼。何かされたのか?

 

大鬼「じぃじが離してくれない」

勇儀「離してくれないって…。

   嫌ならそこから退けばいいだろ?」

大鬼「体が痛くて動けない…」

勇儀「体が痛いって…。

   まさかお前さん、また力使ったのか!?」

 

近頃の大鬼が体の傷みを訴える時は、だいたいが本気で力を使った時だ。

 初めてこうなった時は凄く焦った。また発作かと思って、慌てて診療所に連れて行ったら、まさかの筋肉痛…。(わたし)の血が混ざった事による副産物だって言っていたけれど、どう考えてもコレって副作用だよな?その時爺さんは「体が強くれば症状は緩和される」とも言っていた。

 だから()()()に大鬼の特訓を頼む事にして、そのおかげでここ最近は大分落ち着いて来た。

 でもその大鬼が本気で力を使う様な事。思い付くのはやはり…

 

勇儀「また喧嘩したのか?」

 

 これだろ。家を出る前に散々釘を刺したのに…。もしそうだったら、これから説教モード。準備は出来ている。

 

大鬼「してない!遊びにも行ってない!」

勇儀「へ?そうなのか?」

 

 私は予期していなかった返事に呆気に取られ、思わず変な声を出してしまった。

 

親方「今日大鬼は一皮剥けたんだよな?」

大鬼「は?何それ?」

親方「頑張ったんだ!な?」

大鬼「…」

 

親方様(父さん)に言われて無言で照れ臭そうにする大鬼。

 教えてもらうも、その言葉の真意が分からず腕を組んで考えていると、親方様(父さん)が私を見て笑顔を作り、口を開いた。

 

親方「今日、会合があってな。

   大鬼は一緒に行ったんだ」

勇儀「そこって…」

親方「地霊殿だ」

 

頭よりも体が先に反応していた。気が付けば私は、実の父親の胸ぐらを掴んで睨みつけていた。

 

勇儀「あそこが大鬼にとってどんな場所か

   知っているだろ!」

 

感情に任せて父さんに言葉をぶつけた。父さんは一瞬目を丸くしたが、また微笑んで…。

 

親方「大鬼自身が決めた事だ。

   それで大鬼(コイツ)は勝ったよ」

勇儀「え?」

親方「立派に戦った。な?」

 

大鬼の頭を撫でながら答えてくれた。

 

大鬼「お屋敷の中見た。凄く綺麗だった」

 

大鬼?お前さん…。そんな…。その言葉…。

もう無理だって、諦めていたのに…。

 

棟梁「あなたの事を『頑張ったんだね』って

   言っていましたよ」

 

背後から現れた母さんは添える様に私の手に優しく触れ、拳を解いてくれた。

 

棟梁「父さんが大鬼の事を応援し続けて、

   立ち向かう勇気を奮い起こさせたのですよ」

勇儀「え…」

棟梁「出来上がったお屋敷、

   大鬼に見せたかったのでしょ?」

 

自慢したかった。

 

勇儀「………うん」

 

すごいって言って欲しかった。でもそれは大鬼に辛い思いをさせる事になるから…。

 

棟梁「なら言う事は?」

勇儀「父さんありがとう!」

 

何年ぶりだろう?私がこうして父さんに抱きついたの。いつも頼りないって思っていたのに…。

 

親方「なーに、ワシは大した事しておらん。

   それより頑張った大鬼を褒めてやってくれ」

勇儀「うん…」

 

大鬼…、少し待ってておくれよ。今はちょっと…ダメだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よし、落ち着いた。

 

勇儀「大鬼スゴイぞ!よくやったな!」

 

私は大鬼を抱きかかえて、思いっきり褒めてやる。私の喜びも込めて。帰って来て寂しかったし、抱く力に思わず力が入る。

 

大鬼「いたたたたたっ!ユーネェ痛い!」

勇儀「あ、ごめん。そう言えば何でこんな事に?」

親方「まあ平たく言えば遊び過ぎだ」

勇儀「は?屋敷に行ったんだろ?」

棟梁「詳しくは分かりませんが、

   私達が見た時はもう古明地さんのペット達を

   軒並み力尽きさせていましたよ」

 

おいおい…。それって不味くないか?ここは大鬼に注意するところか?いや、その前に何があったのか聞く方が先か。

 

勇儀「なんでそんな事になったんだ?」

大鬼「んー…。何でだろ?」

 

私の腕の中で天を見上げて考える大鬼。これは隠し事とかじゃないな。本当に分からない時の仕草だ。

 

棟梁「古明地さんの方にも何かあったみたいですし

   気になる様なら今度行って来なさい」

勇儀「あー…、そうするよ」

 

母さんが言うように、話しを聞きに行った方が良さそうだ。場合によっては謝らないと…。地霊殿の主人さんか。引っ越しの挨拶をしに来た時以来だな。まだちゃんと話しをした事ないし、丁度いいか。()()()は妖怪繋がりで面識あるのかな?

 

棟梁「それじゃあご飯にするから、

   勇儀運ぶのを手伝いなさい」

勇儀「わかった」

 

母さんを手伝うため、大鬼を元の位置(父の膝上)に戻…

 

大鬼「ユーネェ!あっち!あっち!」

 

突然大鬼が腕の中で必死に懇願して来た。そう言えば「助けて」って言ってたな。

 

親方「えー、もう少しくらいいいだろ?」

 

あー…、そういう事。大鬼が動けない事をいい事に、無理矢理膝の上に連れて来たのか。せこっ!まったく…。そんな事するから嫌われるんだよ。

 

勇儀「ほらよ」

 

けどまあ、

 

大鬼「ユーネェ!ここじゃない!」

親方「がっははは、戻ってきたな」

 

もう少しくらい、いてあげても良いと思うぞ。父さん、これで貸し借り無しだからな。

 

親方「よしよし。久しぶりにスリスリするかな」

大鬼「ぎゃーーー!!」

 

父さん…程々にな。それと、あとは自己責任だからな。

 

 

--小僧地獄中--

 

 

  『いただきます』

 

食事を運び終えて、食事開始。私も腹が減った。けど…。

 

大鬼「ユーネェお肉おかわり!

   ご飯おかわり!水!」

勇儀「わかったから少し落ち着け!」

 

飯を食べるタイミングで父さんから解放された大鬼。私の隣でいつも以上の早さで皿を平らげていく。主に肉を。台所で見た大量のバラ肉は大鬼専用だった。その事に気付いたのは大鬼が筋肉痛だと知った時。

 今までもそう。筋肉痛になる度に、水をがぶ飲みする様に肉を平らげていた。大鬼曰く「体が欲しがっている」らしい。まあ、分からないでもないが…。

 

大鬼「ユーネェお肉おかわり!

   ご飯おかわり!水!」

勇儀「は?さっきあげたばかりだろ?」

大鬼「お肉ぅー」

勇儀「あー!面倒くさい!

   大皿ごと持って来るから待ってろ!」

 

本当ならこれは行儀の悪い事。母さんが耳にしたら真っ先に注意しに来る。けど…、今はたぶん大丈夫。

 

棟梁「おまえ〜さん♡次は何にしますか?」

親方「じゃあ天ぷらを貰おうかな」

 

大鬼がいなくなった位置に母さんが腰をかけ、父さんの口元へ天ぷらを運んでいく。……何コレ?

 

「気持ち悪っ!」

 

って声を大にして叫びたい!こんな2人初めて見た。間違いなく初めてだ。それに今日の献立、全部父さんの好物ばかりだ。父さんの誕生日は大分先だし、いったい何があった?

 

勇儀「なあ、大鬼。あの2人どうしたんだ?」

 

バラ肉が盛られた大皿を大鬼の目の前に置き、今日一番の謎について聞いてみる。

 

大鬼「んー…」

 

視線を横に外した。コレは知っているな。さて、言うかな?

 

大鬼「んー…」

 

今度は上。知ってるんじゃないのか?

 

大鬼「ん゛〜…」

 

眉をひそめて唸りだした。そんな困る様な事言ったか?

 

勇儀「何だ?どうした?」

大鬼「何て言えばいいのか分からない」

勇儀「そうか…。じゃあ、親方様(じぃじ)棟梁様(ばぁば)

   何か変わった事はあったか?」

大鬼「変わった事…。んー…。

   じぃじ、いつもよりカッコ良かった。

   かな?」

 

ははーん。そう言う事か。確かに私もさっきちょっと見直しちまったしな。父さん、今日は絶好調だったのか。

 

大鬼「あ、コレ言わないでね」

勇儀「わかってるよ」

 

にしても…。

 

棟梁「はい、お前さん♡」

親方「あーん♡」

 

実の娘の前で見せつけるなよな。

 

親方「酒、くれるか?」

 

空いた盃を差し出して、酒のおかわりを要求する父さん。あの盃…。欲しい。借りるだけでもダメかな?

 

棟梁「あら、もうありませんね」

親方「そうか…」

 

酒が切れたと知り、残念そうな表情をして塞ぎ込んだ。残りわずかと知っていれば、飲み方も変わっていただろうに。残念だったな。……ん?私の分は?

 

棟梁「でもお前さん、安心して下さい。

   こんな事もあろうかと、伊吹さん宅から

   いい物を借りて来たんですよ」

親方「伊吹のところって…。

   まさかそれって…」

棟梁「じゃーん」

  『なに!?』

 

母さんが懐から取り出したのは、酒が無限に湧き出る瓢。父さんが持ってる盃と同様、鬼達の宝。今は友人の実家が所有権を持っている。盃と瓢。最強の組み合わせじゃないか。素敵な光景に私の視線は釘付けになり、

 

 

ゴクっ…。

 

 

思わず生唾を飲んだ。それは大きな音だったのだろう。隣の大鬼が私の顔を覗き込んでいた。

 そして…。

 

大鬼「ねー、じぃじ!」

親方「なんだ?」

大鬼「そのお酒のお皿、ユーネェにあげて」

 

言った!あの時の事を覚えていたかまでは分からないが、父さんは酒を飲んで上機嫌。この上ないチャンスだ。でも、それはできないんだよな…。

 

親方「悪いな大鬼。ワシもできる事なら

   勇儀に譲ってやりたいが、

   コイツを所持できるのは男だけなんだ。

   しかも欲しければ戦って奪うしかないんだ」

 

そう、歴代のアレの所持者は皆男。そしてその入手方法は…

 

親方「祭でな、みんなの相撲で勝負するんだ。

   じぃじはその相撲で負けた事がないんだぞ」

大鬼「へー、そーなのかー」

 

父さんのとっておきの武勇伝だったのに、冷たい視線で「そこに興味はない」と表情で語る大鬼。

 祭の相撲は盃の奪い合いに限った事じゃない。互いに何かを賭け、その勝者がそれを手にする事ができる男同士の汗臭いイベントだ。

 因みに我が家に盃が渡ってからというもの、それを狙って来る者が居なくなったらしい。と言うのも、本気になった父さんの右に出る者はそうはいないからだ。

 

棟梁「でもお前さん、今年は伊吹さんが挑戦する

   って言っていましたよ」

  『はー!?』

 

ちょっと待てよ…。そんな話、萃香からは聞いてないぞ。もしそうなら、お互いが賭ける物って…。

 

親方「盃と瓢か」

棟梁「ええ、奥様が言っていました」

 

そんな歴史に残る大勝負になるのか。コレは祭の見直しが必要だな。

 

棟梁「そういう事ですから。

   勇儀、よろしくお願いしますね」

勇儀「ああ、任せてくれ!

   最高の舞台にしてやるよ!」

親方「ならワシも久々に特訓するかな」

 

幹の様に太い腕を回し、岩の様な拳骨を鳴らし、闘志を燃やす父さん。

 

親方「でもその前に英気を養おう。

   お酒ちょーだい♡」

棟梁「はいはい」

 

またにやけながら母に酒をついで貰う父。アレがあるなら後で酒を恵んで貰おう。

 

 

ソロ〜…。

 

 

隣から殺気。反射的に犯人の手を掴む。

 

勇儀「何をしているんだい?」

大鬼「あはは…」

 

苦笑いで誤魔化そうとする犯人。握られた手の中の箸は私の角煮を狙っていた。

 

勇儀「コレは私の肉だ!さっき大皿で…」

 

視線を持って来た大皿に向けると、ない…。肉の山がない!皿しか残ってない!

 

勇儀「全部食ったのか!?」

大鬼「ゴチ!」

勇儀「私あれまだ食べてないんだぞ!」

大鬼「え?あれボク用でしょ?」

勇儀「少しくらいくれてもいいだろ!」

大鬼「じゃあ言ってよ」

勇儀「あのなー…」

 

大鬼が成長してくれて、強く逞しく育ってくれて、最近思う事がある。

 

勇儀「このヤロー!」

大鬼「いだだだだっ!!」

 

たまにイラッとくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこも可愛いんだけどな。

 




凄い久しぶりに勇儀姐さん視点の
ストーリーを書いてみて、
以前と比較してみて、
今だからこそ思う事が多々あります。
という事で、近々Ep1をリニューアルします。
その分更新が遅れてしまうかも知れませんが、
ご了承下さい。


次回【ボクの友達】

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