東方迷子伝   作:GA王

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三年後:地底のお嬢様

勇儀「あっははははは!!」

さと「!?」

 

腹を押さえ、膝を叩きながら大笑いをする私に驚いたのだろう。彼女は一瞬身を跳ね上げ、目を点にしていた。

 

勇儀「あー、悪い悪い。ククク…。

   蛇で二重跳びって大鬼(アイツ)アホだろ」

さと「え?怒らないんですか?

   私達はあなた方の大切なご家族に、

   危害を加えてしまったんですよ!?

   それに、もしかしたら…」

 

スカートの裾を握りしめながら語る地霊殿の主人さん。きっとその時の事をまだ悔やんでいるのだろう。

 

勇儀「でも今の大鬼(アイツ)ならそれは大丈夫だよ。

   それに家族に危害を加えたって言うなら、

   それはこっちも同じだ。

   しかも、こっちは大勢のな」

さと「勇儀さん…」

勇儀「なあ、みんなを集めてくれるかい?

   私の口から直接謝りたいんだ」

 

私はそう言って立ち上がり、

 

勇儀「立てるかい?」

 

腰を抜かしたこの小さなお嬢様に手を差し出した。彼女は返事をすると和やかに微笑んで手を掴んだ。

 

勇儀「よっ!」

さと「きゃっ!」

 

立たせてやろうと掴んだ手を引いた途端、

 

 

ムギュ♡

 

 

勢い余って彼女が私の胸へ飛び込んで来た。

 

勇儀「悪い大丈夫か?」

さと「…」

勇儀「おい?」

 

なかなか反応を示さない彼女に違和感を覚え、声を掛けてみると…

 

さと「勇儀さん、思っていた以上に柔らかいです。

   何ですかこの魅力。世の男性だけならず、

   女性、万物を惹きつける、この力はまさに…

   柔力(じゅうりょく)!!

   これは立派な能力です!羨ましいです!

   妬ましいです!パルパルです!」

 

鼻息を荒くして饒舌になるお嬢様。先程までの上品なイメージからの変貌ぶりに、もう苦笑いをするしかなかった。それに後ろの方のコメントは何だ?()()と同じ様な事を言いやがって…。

 

勇儀「でもそろそろ離れてくれかるかい?」

 

やんわりと優しく「いい加減離れろ」と言ってみるものの、

 

さと「パルパルパルパル…」

 

コレだ。中身が()()でない事の確認の意味も込めて、

 

 

ムギュッ!

 

 

勇儀「おーい、話しを聞いてるかー?」

さと「ひべべべべ」

 

彼女の両頬を抓ってみた。柔らかくて手に吸い付いてくる様な肌。 羨ましいなコンチクショーが。涙を少し浮かばせ始めたところで、

 

勇儀「よし、どうやらその顔は本物みたいだな」

 

「もう少しだけ堪能していたい」と思う欲求を抑えながら、確認終了。

 

さと「何を言っているんですか!?

   紛れもなく私ですよ!」

勇儀「いや、私の知り合いと同じ様な事を

   言うもんだから、()()な」

さと「その方は橋姫の水橋パルスィさんですか?」

勇儀「なんだい、やっぱり知っていたのかい」

さと「ええ、たまにここに来て

   一緒にお茶をしたりしますよ。

   他にはキスメさんと黒谷ヤマメさん達も

   来られます」

 

「妖怪同士で繋がりがあるんじゃないか」って思っていたけれど、まさかそこまで親しい間柄だったなんて初耳だ。

 

勇儀「そうだったのかい。クセの強い奴らだけど、

   悪い奴らじゃないから、これからも仲良くし

   てやってくれよ。で、ペット達を呼んでくれ

   ないかい?」

 

話が大幅にズレたので、軌道を元に戻す。私の言葉を聞くと彼女は、笑顔で返事をした後、指笛を鳴らした。その音は屋敷中を反響し、遠くの方まで届いているのが想像できた。そして音が消えた頃、

 

 

ゾロゾロ…。

 

 

続々と集まる動物達。

 

勇儀「凄いな。こんなにいたのかい」

 

兎に鳥、小さいのもいれば、黒豹、獅子といった肉食の動物までいる。

 

勇儀「よくペット同士で喧嘩したり

   食われたりしないな」

さと「そこは自慢なんです。

   キチンと教育していますから」

 

胸を張って堂々と語る主人。こういうヤツを見ると意地悪をしたくなるのが、私の悪い癖。

 

勇儀「でも大鬼は襲ったと」

さと「…」

 

冗談のつもりで言ったのだが、彼女は表情を暗くして俯いてしまった。

 

勇儀「悪い悪い。本心じゃないんだ。

   もう何とも思ってないって」

さと「勇儀さんの意地悪!」

 

子供の様に頬を膨らませて拗ねた。コイツ…、あざとい。

 

勇儀「ん?アレが例の蛇かい?」

 

ふと巨大な蛇が目に映った。私の二の腕よりも太く、全長は親方様(父さん)程はあるだろうか。

 

さと「はい…」

勇儀「なかなか立派な蛇だな。アレを二重跳びか。

   大鬼(アイツ)もようやく他の子並みにはなったのか

   な?」

さと「え?え?え?」

 

私の大きな独り言が聞こえたのだろう。猛獣等の主人はそれを聞き間違いである事を願っている様子だった。

 だってさ…。嬉しいじゃないか。弱くて、泣き虫で「守ってやらないといけない」と思っていたあの大鬼が、やっと私達が見えるところまで追いついて来たんだ。そりゃ声も大きくなるって。

 

勇儀「お前さん達!私は星熊勇儀だ!

   この前ここに来た小僧の保護者だ!

   アイツが迷惑をかけてすまなかった!」

 

私は生まれて初めて動物達に頭を下げて謝った。ここにいない大鬼(アイツ)の分も含めて誠心誠意。こんな経験はもう二度とないだろう………と願いたい。それとコイツ等に忠告をしておかないとな。

 

勇儀「アイツはアレでも鬼の中で一番弱い。

   子供も含めてな。だからお前さん達!

   無闇に鬼に手出しをするのは止めておけよ」

 

私が言い終えると地霊殿のペット達は、「首が取れるんじゃないか」と思う程の速さで頷き始めた。一応言葉は通じているみたいで良かった。

 

さと「勇儀さん、今の本当ですか?」

 

主人が目を丸くしながら尋ねて来た。そんな意外な事実だったか?

 

勇儀「そうだよ。子供の鬼にも()()()じゃ勝てない

   よ」

さと「私は鬼達(あなた達)の力を見誤っていました」

勇儀「まあみんな抑えながら生活しているからな。

   本気を出したら神にだって負けないさ!

   ………いや、今のは言い過ぎた…」

 

誇らしげに鬼達(私達)の自慢をしたが、話を盛り過ぎた事を後悔し、掌を突き出して訂正した。今のが『あの方』の耳に入ったら面倒な事になる。

 

さと「ふふ、勇儀さんはホントに面白い方ですね。

   今日来て頂いて感謝しています。

   あの、これからも…」

勇儀「ああ、こちらこそ…」

 

上品な笑顔で手を差し出す覚り妖怪。そして歯を見せて品のない笑顔でそれに応える私。生まれも背丈も種族も違うけど…。

 

  『よろしく!』

 

固い握手を交わした私達はお嬢様。

 

 

 

 

 

勇儀「じゃましたね」

さと「いいえ、またいらして下さい」

 

私を外まで送ってくれる地底の小さなお嬢様。表情が会ったばかりの時よりも柔らかくなっているから、少しは馴染んでくれたのだろう。かく言う私も気付けば普段通りの口調になっていた。これからも彼女とは気兼ねなく話せる仲になれたらいいな。

 

さと「そうだ、ボケ…大鬼君に2日後に診療所に

   来るように伝えて頂けますか?」

 

大鬼への連絡事項。この事は棟梁様(母さん)から聞いていた。彼女が大鬼の心を治してくれるって。

 

勇儀「分かった。伝えておくよ。

   それこそ大鬼(あいつ)の為にありがとうな」

さと「いいえ、私が行うのはほんの些細(ささい)な事です。

   残骸を処理する程度です。

   殆ど親方様のお陰で治っていますよ」

 

先日棟梁様(母さん)からその話を聞いた時、親方様(父さん)には「酷い事をしてしまった」と後悔している。そう言えば、あれから謝っていなかった様な気がする。

 

さと「謝った方がいいと思いますよ」

勇儀「別に気にしてもいないと思うけど。

   そうするよ」

 

………だから覗くなよ。バレバレだぞ。

 

さと「流石に分かっちゃいましたか?」

 

流石にな。

 

さと「あはは…」

勇儀「ふふふ…。じゃあまた今度な」

 

軽く笑い合い、彼女を背にして歩き出す。

 

黒猫「ニャー」

 

不意に足下から鳴き声。見るとそこには尾が2本生えた黒猫がいた。しかもその猫は私の足に擦り寄って来た。黒猫の首を摘み、目の前まで持ち上げて見つめていると、数年前の記憶が蘇って来た。

 

勇儀「ん?お前さん前に会ったか?」

 

あれは大鬼がいた時。焼肉会の前の日だ。あの日の前後で色々あったから良く覚えている。

 

勇儀「大鬼と一緒に寝ていただろ?」

黒猫「ニャーン♪」

 

私の言葉に嬉しそうに一鳴き。どうやら正解だった様だ。

 

さと「『正解(せーかーい)』だそうです」

 

まさかの一致。ん?コイツ今…。

 

さと「はい。動物の心も読めます」

勇儀「あっそう…。便利だよな、それ」

さと「便利ですが、嫌われる事の方が多くて…」

 

少し悲しげに語る覚り妖怪。

 それはそうだろう。誰だって心の中を覗かれて、いい気分にはならないはずだ。彼女は『癖』だと言っていたが、これはどちらかと言うと『(さが)』。覚り妖怪としての本能なのだろう。

 

勇儀「で?その黒猫が私に何の用だい?

   遊んで欲しいのかい?」

黒猫「ニャーン」

さと「ちょっとお燐!それは…」

 

この猫の心を読んだ彼女が焦り始めた。

 

勇儀「何て言ってるんだい?」

さと「それが、ボケ…大鬼君に会いに行きたいと。

   急過ぎてご迷惑ですよね?

   これから会議もある様ですし。

   諦めるように言って…」

勇儀「私は構わないよ。猫一匹くらい別にどうって

   こと無いさ」

 

どうやらこの猫は大鬼の事が酷く気に入っているみたいで、私が「来ても良い」と言った途端、表情が明るくなった………様な気がする。彼女のペットだから(しつけ)もしっかりとしてあると思うし、家が滅茶苦茶になることも無いだろう。

 

さと「えーーー!?ででででですが」

 

私の言葉が意外だったのか、彼女は焦りを通り越して慌てていた。その様子の真意が気になるが、そろそろ行かないと。

 

勇儀「よし、じゃあ一緒に行こうか。

   そんじゃ、この猫借りて行くよ」

 

肩に黒猫を乗せ、主人に別れを告げた。その直前、猫は主人に向かって舌を出し、何かの合図を送っていた。なんとも芸達者なヤツだ。気に入った。

 

 

--勇儀が去って間もなく--

 

 

さと「お燐〜…。何が『負けないもん』よ。

   帰ったら覚えてなさいよ~…。

   おかわり!!」

 

歯を食いしばり、己のペットに闘志を燃やすお嬢様妖怪が、蕎麦屋でとある記録を塗り替えていたそうな。

 

 




次回【三年後:父親の能力】

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