東方迷子伝   作:GA王

76 / 229
三年後:お母ちゃん

 全身が筋肉痛で動けないと言う大鬼をおぶり、辿り着いたのは商店街。更に中心部へと歩いて行くと、『和』の(のぼり)が目に付く。そこは極々普通の肉屋。

 ここの店主は、焼肉会の時に毎回世話になっている上、賭博場の顔馴染みだったりするのだが…。

 

??「あ、やっと来た」

??「フッフッフッ…。待ちわびたぞ」

 

そこに居たのはヤツ(パルスィ)と不気味に微笑むキスメに、

 

子鬼「…」

 

頭にコブを作り、目に涙を浮かばせているカズキ。刑は執行されたようだ。そして、

 

女鬼「あら〜、勇儀ちゃん。いらっしゃい。

   ごめんなさいね~、家のバカ息子が大鬼君に

   ま~たちょっかい出して」

 

肉屋の奥さんでカズキの母親。大きな身体で、その体格に見合った器を持ち合わせた肝っ玉母ちゃんだ。もう何人もの子供を育てている上、その勢いと竹を割ったような性格から、仲間達から「お母ちゃん」と呼ばれ、親しまれている。

 どうやら既にヤツ等から事情を聞いているようだ。

 

お母「ほらカズキ!あんたも謝んな!」

 

カズキの頭を鷲掴みにし、強引に頭を下げさせる奥さん。

 

勇儀「いえいえ、こちらこそ意地悪をしてしまった

   みたいで…。ほら大鬼、下りて謝んな」

 

大鬼を背中から下ろし、背中を軽く一押し。カズキは大鬼を目の前にすると、気まずいとでも思ったのか、口を尖らせて横に視線を外した。

 大鬼は後姿しか見えないので、どんな表情をしているのか分からないが、カズキと似た様な物だろう。互いにどちらが先に口を開くのか、様子を見合う状態が続く……………と思っていた。

 しかしそれは違った。真っ先に口を開いたのは………大鬼。

 

大鬼「カズキ、さっきヤマメーが言ってた。

   基地(あそこ)を仲良く使ってくれないと

   悲しいって」

カズ「……だから?」

大鬼「だからあそこでは仲良くしよ」

 

私は思わず目を見張った。大鬼は先程の事を反省し、カズキに自分の考えを真っ直ぐに伝えたのだ。

 

パル「へー、一応分かったんだ」

キス「フッフッフッ…、これも成長」

 

彼女達もその事に思うところがあったのだろう。嬉しそうに微笑みながら、大鬼の事を見つめていた。

 

お母「大鬼君偉いじゃない!カズキ!

   何か言う事あるんじゃないの!?」

 

今度はカズキの番。両手に拳を作り、一生懸命『その言葉』を振り絞ろうとしていた。だが暫く待ってもそれは、カズキの口から出て来ることは無かった。

 ふと肉屋の奥さんの方へ視線を向けると、眉間に皺を寄せ、腕を組みながら人差し指で一定のリズムを刻んでいた。痺れを切らせる一歩手前。誰もがそう思う状態だった。

 そんな中、ついに動きが。カズキに差し出される小さな手。そして、

 

大鬼「カズキ、意地悪してごめん」

カズ「…悪口言ってごめん」

 

その手を握り、恥ずかしそうにしながらも、ようやくカズキが『その言葉』を口にした。これには本当に驚いた。まさか大鬼がここまでやるなんて。私も鼻が高い。帰ったら思いっきり褒めてやろう。いや、それよりも…。

 

お母「大鬼君ごめんね。ありがとうね。

   ご褒美にアメちゃんあげる。

   勇儀ちゃん達にも、ほらアメちゃん」

  『あ、ありがとうございます…』

 

和やかに微笑む肉屋の奥さんから差し出された飴玉。コレが差し出されたという事は、この話はもうお終いという事。これはもはや恒例行事。ホントにこの人は…。

 

お母「あ、そうそう。大鬼君、身体大丈夫?

   まだ痛い?」

 

心配そうに大鬼を覗き込む肉屋の奥さん。大鬼の筋肉痛の事を気にしてくれているみたいだ。深い理由は知らないと思うが、「大鬼は暴れると動けなくなる」これはこの町ではもう有名な話になっている。

 

大鬼「うん…」

 

まだ全身に痛みが残っているのか、大鬼は苦痛な表情を浮かべながら返事をした。

 

お母「それならコレあげるわ。

   家ではもう使わないから」

 

差し出されたのは掌に収まる程度の容器。(ふた)を開けて中を見てみると、固形化した白い物体が入っていた。

 

勇儀「薬…ですか?」

 

中身が何なのか分からず、首を傾げながら尋ねると、彼女は「待ってました!」とでも言うように、嬉しそうに勢いよく語り出した。

 

お母「それがね、聞いてよ~。一週間くらい前に、

   家の旦那がギックリ腰をやったのよ。

   鬼だって言うのに笑っちゃうでしょ?

   普段からお酒ばっかり飲んで、運動してない

   からそういう目に遭うのよ、ねー?

   口調だけじゃなくて、体まで爺臭くなって来

   たんだから。おまけに杖までついて診療所に

   行ったのよ。もうそれは完全にジジイよ。

   おまけにね………。

   --20分後--

   で、それはその時旦那が貰った薬の残りよ。

   お酒を飲み過ぎたときの二日酔いや疲労、

   怪我に効くんですって。本当は飲み薬らしい

   んだけど、塗り薬として使っても良いんです

   って。鬼用の薬だから大鬼君の場合は、

   溶かして布に浸して、皮膚に当てる感じで

   使ったらどうかしら?」

勇儀「あ、ありがとうございます。

   帰ったら早速使ってみます」

 

奥さんの勢いに圧倒されて話が所々入って来なかったけど、まあ、大丈夫だろう………多分ね。

 

お母「それじゃあね。勇儀ちゃん、困った事があっ

   たら何でも言ってね。相談に乗るから。

   大鬼君もお大事にね。

   またカズキに何か言われたら言いなよ?

   『お母ちゃん』が怒ってあげるから」

 

ホントにこの人には頭が上がらない。いつも大鬼の事で迷惑をかけていると言うのに、嫌な顔一つせず、私達の事を受け入れてくれて、その上助けてくれて。保護者としてまだまだ未熟者の私にとって、この町の『お母ちゃん』は私の憧れの人だ。

 

 

 

 

 

 肉屋の奥さんに別れを告げ、再び動けない大鬼をおぶり、客人達の待つ実家へと足を運ぶ。

 

パル「相変わらずの『お母ちゃん』節だったね」

キス「フッフッフッ…。あの勇儀がたじたじ…」

 

コイツ等と共に…。

 折角肉屋に来たので、大鬼用のバラ肉を買って帰る事にした。受け取る時に「みんなで食べな」と言って、少しおまけしてくれた。今日2人には大鬼が世話になったんだし、礼もしたいな。

 

勇儀「なあお前さん達。今日はありがとうな。

   礼と言っちゃなんだが、夕飯食べて行けよ。

   萃香とヤマメと鬼助も誘ってるんだ」

  『えっ?』

 

2人の表情が急に曇り出した。

 

勇儀「何か予定でもあったか?」

パル「わわわわたしは、何も………」

キス「フッフッフッ…。私は今日夜勤」

パル「キスメず………妬ましい…」

勇儀「そうか、それは残念だな。

   じゃあ代わりに後で夜食を持って行くよ」

キス「フッフッフッ…。ファッ!?」

 

いつも通りに不気味に笑った後、珍しく身体を跳ね上げて目を丸くするキスメ。どうも様子がおかしい。いや、キスメだけじゃない。さっきからヤツの様子も変だ。

 

勇儀「おい、お前さん達。何か隠してないか?」

 

眉間に皺を寄せ、睨む様に2人に視線を向ける。

 

パル「そそそそそんな事無いよ。

   喜んで頂くよ。ね?キスメ?」

キス「ファファファッ!?うんうんうん…」

 

慌てて前言撤回する2人が気になるが、それよりも私の背で小刻みに震え、

 

大鬼「クククク…」

耳元で笑いを堪える大鬼(コイツ)の方に意識がいく。

 

勇儀「大鬼、何がおかしいんだ?」

大鬼「え?だって……ククク」

勇儀「あ?」

大鬼「なーいしょ。お楽しみに。

   パルパルとキスメーはもっとお楽しみに。

   早く帰ろ、萃香ちゃん達が待ってるよ」

  『???』

 

 

--小僧移動中--

 

 

 途中で夜勤だと言うキスメと別れ、夕飯の買い物を済ませて実家に戻ってきた。今日はいつも以上に人数が多いが、結局のところ分量が増えるだけで、手間は然程(さほど)変わらない。どうって事のない日課の延長だ。……なのに。

 

鬼助「姐さん何か焼く物ありますか!?」

萃香「ご飯何を作るの!?何か手伝う事ある!?」

ヤマ「というか、やるよ!?」

 

私が玄関の戸を開けた途端、親友と鬼助とヤマメが血相を変えて慌てながらやって来た。

 

パル「味噌汁作ろうか!?」

 

それにお前さんまで…。手伝ってくれるのは嬉しいけど、それだと礼じゃあ無いみたいで、私の気が済まないんだよなぁ…。

 

大鬼「クククク…。お、お腹痛い…」

 

また私の背で小刻みに震える大鬼。しかも今度はさっきよりも必死に笑いを堪えている。限界スレスレと言ったところだろう。見なくても分かる。絶対にそうだ。

 

棟梁「おかえりなさい。ふふふ」

 

腕にお燐を抱え、笑いながら棟梁様(母さん)が迎えに来てくれた。

 今日は親方様(父さん)と2人で昼食を食べると言って、昼前から留守にしていた。どうやら私達と入れ違いだったようだ。

 背中の大鬼を下ろしながら、棟梁様(母さん)にその笑顔の真意を尋ねる。

 

勇儀「帰ってたんだ。で、何で笑ってるんだい?」

棟梁「ふふふ、だってねぇ。ふふふ…」

 

だが袖で口元を隠して、笑いながらお茶を濁された。まったく…。大鬼といい棟梁様(母さん)といい、何がそんなに面白いんだ?

 

鬼助「姐さん!」

ヤマ「勇儀!」

萃香「勇儀!」

パル「勇儀!」

  『手伝わせて!お願い!』

 

4人揃って頭を下げた。 何でそんなに必死に………。私も馬鹿ではない。遅くなったが、彼女達の不可解な行動の理由について、ようやく気付いた。

 

勇儀「そうか、本当に手伝ってくれるのか?

   そうすればお前さん達の気は済むのかい?」

  『もちろん!』

勇儀「だが断る」

  『ナニッ!!』

 

私の一言目で安心の色を見せた彼女達だったが、二言目で揃って絶望に満ちた表情に変わった。その表情があまりにも面白かったので、

 

勇儀「今日はお客さん多いし〜、いつもよりも~、

   気合い入れて頑張っちゃおうかな〜?」

 

意地悪を続行。立てた左の人差し指を頬に添え、可愛らしく、お茶目に振る舞う。

 

   『…』

 

誰も言葉も発せず、全員真顔。というより硬直。その静けさから先程の自分が恥ずかしくなって来た。

 

勇儀「と、とにかく!飯は私一人で作るからな!」

 

顔が火照ったまま、腕を組んでそのまま台所へと向かった。

 




次回【用量用法を守って正しくお使い下さい】

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。