東方迷子伝   作:GA王

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三年後:用法用量を守って正しくお使い下さい

 小皿に取った汁を(すす)り、最後のチェック。

 

勇儀「うん、よしよし」

 

いつもと変わらない味付けだ。問題なし。あとは落し蓋をして煮込めば出来上がり。なのだけれど…、

 

 

じー…

 

 

背後から多数の強い視線を感じる。視線の出所は親友、ヤマメ、パルスィそして鬼助だろう。後でコイツらの驚く顔を想像すると、(おの)ずと笑いが込み上げて来る。今に見ていろよ。

 

??「ねー勇儀、ホントに何か手伝う事ない?」

 

この声は………萃香か。どうも落ち着いて待つ事が出来ないみたいだ。

 

勇儀「そうだなぁ…。あっ、だったら大鬼にコレを

   付けてあげてくれないか?」

 

後ろを振り向き、肉屋の奥さんから譲って貰った容器を親友に手渡す。

 

萃香「ん?何これ?」

 

渡された親友は先程の私と同じ反応を示した。

 

勇儀「筋肉痛とかに効く薬だってさ」

パル「『お母ちゃん』さんがくれたの」

 

現場にいた私とパルスィで説明員に徹する。

 

ヤマ「へー、どうやって使うの?」

 

興味津々といった様子で、ヤマメは親友の手元を覗き込みながら尋ねてきた。その質問に答えるため、肉屋の奥さんが言っていた事を思い起こす。その殆どが抜け落ちているので、必死に記憶を手繰(たぐ)り寄せる。そんな中、頭を過ぎったのは『酒』『溶かす』『布に浸す』という事。

 私はもうあまり使っていない(ます)を取り出し、導き出した答えと共にそれをヤマメに渡した。

 

勇儀「この中に薬を入れて、『酒』で『溶かす』。

   それで『布に浸し』て大鬼に巻き付ける」

 

うん、これだろ。間違いない!

 だが視界に入るコイツらの目付きといったら…。

 

パル「勇儀、それ絶対違うと思う…」

 

全否定ときたもんだ。

 

勇儀「じゃあお前さんは覚えてるのか?

   一緒に居ただろ?」

パル「いや…、勇儀がちゃんと聞いていると思って

   いたから…」

ヤマ「2人して『お母ちゃん』さんの迫力に負けて

   たんだ…」

  『お恥ずかしながら…』

鬼助「でも酒で溶かす薬なんて、

   聞いた事無いですよ?」

勇儀「まあ物は試しだ。

   違ったらその時はその時だ」

  『えー…』

萃香「お酒はどうするの?何でも良いのかな?」

勇儀「んー…。少し勿体ない気もするけど、

   安いやつとか調理酒とか…」

 

とボヤいてみるが、それらも金を出して買った物。屋敷で生活している以上、金の面については気にする事はないのだが、一人暮らしが長かったのもあって、私のケチ症がそれを許さない。何かタダで……

 

勇儀「あ、良いのがある」

  『何?』

 

私の閃きに興味を示す客人達。だが次に私が何気無く放った言葉が、

 

勇儀「『酒が無限に湧き出る瓢』」

  『はーーーっ!?』

 

全員の度肝を抜く事になった。

 

鬼助「いやいやいやいや、何でアレがここにあるん

   ですか!?」

ヤマ「それって鬼達の宝でしょ!?」

パル「お宝…。妬ましい…」

萃香「私の実家にあるはずなのに…」

勇儀「あー、そうなんだけど…」

 

私が連中に事の成り行きを説明しようとした時、

 

??「お、今日は客が多いなぁ」

 

首にタオルをぶら下げ、全身から湯気を出した親方様(父さん)が客人達の背後から声を掛けた。風呂にでも入っていたのか?

 

パル「こんにちは」

ヤマ「おじゃましてまーす」

 

と、ここまでは普通。親方様(父さん)も笑顔で返事をした。だが残りの2人はそうはいかない。

 

鬼助「親方様(おやかたさま)、お勤めご苦労様です!

   この度は娘さんに呼ばれ、おじゃまさせて頂

   いている次第です!」

 

深々と頭を下げて失礼の無いように、丁寧にかたい挨拶をする弟分。だがこれは鬼達では当たり前の挨拶。親方様(父さん)を前にすれば鬼達は皆こうなる。忘れられては困るが、親方様(父さん)は立場上2番目のポジション。そう、私の父はこの町で2番目に偉い!

 

親方「おう、楽にしな」

 

綺麗なお辞儀を決めている弟分に、親方様(父さん)は他の鬼達と変わらぬ、いつも通りの言葉を返し、そして…。

 

萃香「親方様(おやかたさま)、お勤め…」

 

親友も弟分に習って同様の挨拶を…

 

親方「ガッハハハハ、何だよ改まって。

   萃香久しぶりだな。いつも通りに呼んでくれ

   よ」

 

その姿が可笑しかったのか、親方様(父さん)は高笑いと共に「(かしこ)まるな」と友好的に命じた。

 

萃香「では、お言葉に甘えまして…」

 

その命令に親友は、一度瞳を閉じて軽くお辞儀をすると、

 

萃香「おじさん久しぶり〜!家の親父と相撲を取る

   って聞いたけど、ホント?」

 

表情を明るくして、普段通りの親方様(父さん)が慣れ親しんでいる親しげな口調で、相撲の件の真相を尋ねた。

 

親方「おう、本当だ。

   だから今まで鍛錬に行っていたところよ!」

萃香「本気…、なんだよね?」

 

親友は笑顔で答える親方様(父さん)を見上げながら、恐る恐る顔色を伺うように重ねて質問をした。親方様(父さん)の返答次第では、今年の祭について本腰を入れて見直さないといけなくなる。私達は固唾を呑んでその言葉を待った。緊迫した空気が漂う中、とうとう親方様(父さん)が険しい顔つきで口を開いた。

 

親方「ああ、今日昼飯を食いに行った(つい)でに、

   伊吹の所に寄ったんだ。

   そしたら『本気で取りに行く』って()かし

   やがってよ」

萃香「親父が本気…」

 

その言葉にこの場の全員が下を向き、黙り込んだ。事情を知らなかった2人の妖怪も、どうやらある程度察したようだ。再び私達は無言になり、グツグツと料理を煮込む音だけが聞こえていた。

 

鬼助「本気(マジ)っすか…」

 

ボソッと小声で呟いた弟分の一言に、

 

  『鬼助つまらない!』

 

全員でダメ出し。本人はそんなつもりではなかったと思うが、思いの外これが静寂に包まれていた雰囲気に風穴を開けた。

 

勇儀「まあ、それは飯を食ってから考えよう。

   それで父さん。あの瓢はまだあるかい?」

親方「おう、あるぞ。今日持って行き忘れてよ」

 

頭を掻きながら自分の失態を恥じる親方様(父さん)。でもお陰でこっちとしては好都合。

 

萃香「おじさん。何でここにアレがあるの?」

親方「借りた」

 

親友の問いに3文字でまとめた。「幾ら何でもそれでは誰も納得しないだろう」と思っていると、

 

  『へー…』

 

まさかの全員が納得した。え、終わり?もう少し食い下がってもいいんじゃないか?結構面白いんだぞ、その話。

 

萃香「それでおじさん、それ借りてもいい?」

親方「いいが、飲むのか?だったらそれよりも…」

 

「美味い酒がある」と言うつもりだったのだろう。けど私達は飲むために求めている訳ではない。

 

鬼助「いえいえ…、そうではないんです。

   大鬼の薬に使うんです」

 

そこに弟分が申し訳なさそうに、その用途を簡単に説明した。

 

親方「は?薬に?酒を?」

 

鬼助の言葉に目を点にし、首を傾げる親方様(父さん)

 

ヤマ「らしいです…」

パル「絶対に違うと思いますけど…」

 

全員が私の記憶に疑問を持っている。料理の事といい、さっきから信用が無さ過ぎじゃないか?終いにゃ泣くぞ?

 私が一人傷心していると、程よく濃くなった醤油の良い匂いがしてきた。そろそろ火加減を調節し、また暫くすれば頃合いだろう。

 

勇儀「大丈夫だって。

   もう直ぐで飯が出来るから行った行った。

   父さんは風呂、皆は大鬼を頼むよ」

 

私は「邪魔だから向こうへ行け」と手で合図を送りながら、全員をこの場から追い払った。いつまでも居られると(はかど)らないし、見張られながらなんてやり辛い。

 外野連中が居なくなり、台所には私一人。大きく深呼吸をして、再び調理開始。

 

 

--鬼再調理中--

 

 

勇儀「おーい、出来たぞー」

 

焼いたバラ肉が山になって盛られた大皿を持って広間へ。客人が多いので今日はここで夕飯だ。そしてこの肉は…まあ言わずもがな。私が広間に着くとそこには、

 

??「勇〜儀〜、ご飯まら〜?」

??「姐さんの手料理…。

   オイラは猛烈に感動しています!」

 

顔を赤くして呂律(ろれつ)が回っていない親友と、暑苦しい涙を流す弟分の姿が。コイツ等…、飲みやがったな…。

 そして、ふと視線を移すとこれまた顔を赤くして、呆けている大鬼の姿。腕と足に包帯を巻き付けているところを見ると、私の指示通り薬を付けてくれたみたいだ。と、そこに2人の妖怪が不安そうな顔つきで近寄って来た。

 

ヤマ「勇儀、あれホントに大丈夫かな?」

パル「大鬼、出来上がっちゃってるよ?」

勇儀「え?何で?」

ヤマ「あのお酒かなりキツイよ」

パル「私は臭いでアウト」

 

そんなにキツイ酒なのか?この間はなんだかんだで結局飲めなかったから、その事を知らない。でも鬼助と萃香が酔っ払っているって事は、そういう事なのだろう。

 

勇儀「という事は…、匂いだけで酔っ払った?」

  『そうでしょ!!』

 

やってしまった…。素直にそう思った。大鬼の事が心配になり、様子を見るために近付いて声を掛ける。

 

勇儀「大鬼、大丈夫か?」

 

すると大鬼はぼんやりと私を見つめ、返事をしてくれた。

 

大鬼「あー、ユーネェ。頭がボーッとするけど、

   すごい身体が楽になったよ。

   もうどこも痛くない」

勇儀「本当か!?」

 

何という即効性。使い方は正しかった。この事を皆に自慢したくて、

 

勇儀「もう大丈夫だってよ!

   ほれ見ろ、やっぱり間違ってないだろ!?」

 

声を張ってドヤ顔をしてやった。

 

  『いやいやいやいや…』

 

顔の前で手を左右に振り、「それでも違う」と言いたげな表情を浮かべる妖怪達。

 

萃香「ふぇ〜?なにら〜?」

鬼助「良かったですね姐さん!感激です!」

 

そして話を聞いていない親友に、暑苦しさに磨きの掛かる弟分。もうお前さん達コレ禁止な。それと…。

 

??「ふふ、お前さんは可愛いな〜♡」

黒猫「ニャーン♡」

 

お燐を膝の上に乗せて戯れる棟梁様(母さん)。さっきからずっとこの調子だ。しかもお燐の方が棟梁様(母さん)に好んで擦り寄っている様に見える。

 町で一番偉いからな。(こび)を売っているのだろう。……だとしたら頭が良すぎないか?

 それはそれとして、飯だ!ヤマメに大鬼から包帯を外す様に頼み、パルスィには面倒くさい2人の介抱を指示し、母さんには

 

「父さんが風呂から出たら飯にするから、

 いい加減にして手を洗って来い!」

 

とは強く言えないので、下手(したて)にやんわりと

 

勇儀「父さんが風呂から出たら夕飯にするから、 

   そろそろ手を洗って来てくれるかい?」

 

伝えて、私は配膳へと取り掛かる。

 

 

 




次回【三年後:8人+一匹】

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