東方迷子伝   作:GA王

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三年後:9人

  『ご馳走様でした』

 

温かいお茶と共に食後の休憩。

 

ヤマ「ん?勇儀それ何?」

勇儀「キスメのだよ。今日世話になったからな。

   夜勤だって言っていたから、あとでお前さん

   かパルスィで届けてやっておくれよ」

ヤマ「うん、わかった。

   でも勇儀、料理が上手になったよね」

勇儀「そ、そうか?ありがとう」

パル「私、幸せ♡」

勇儀「ああそうかい。そいつは良かったな」

 

私達が他愛も無い話をしている中、もう一つのグループでの話題は

 

鬼助「親方様、萃香さんの親父さんの能力、

   ご存知でした?」

 

親友の親父さんの能力についてだった。その事に気付いた時、私達もその話に耳を傾け、いつの間にか吸い寄せられるように、会話に参加していた。

 

親方「そりゃまあな。昔からの付き合いだし、

   よく喧嘩もしたからな」

萃香「え?そうなの?」

勇儀「仲が悪かったのか?」

親方「もう随分と前の話だ。顔を合わせれば言い合

   いになって、それから殴り合いになって。

   そうだな、ちょうど大鬼とカズキみたいな仲

   だったぞ」

ヤマ「へぇー、そうだったんですか」

パル「大鬼とカズキ…。うっ、頭が…」

 

思い出に浸りながら語る父さんの話に、私達は聞き入っていた。私も知らない父さんの過去。武勇伝ばかり聞かされていた私にとって、この様な話は凄く新鮮だった。

 

親方「それで?何が聞きたい?」

勇儀「萃香の親父さんが、

   地底の天井に頭が付くくらいまで…」

 

私は親友から聞かされた最悪の情報が、何かの間違いである事を期待していた。しかし、

 

親方「おう、デカくなるぞ」

 

父さんは「当たり前だ」とでも言うように、平然とした表情で素早く答えた。

 

ヤマ「えーーー!?何それ!?」

パル「町が潰れちゃう…」

鬼助「やっぱり」

萃香「うーん。どうしよう…」

 

再び窮地に立たされた。この問題を解決できる手段なんてあるのだろうか?難題を目の前に、皆が口を閉ざして眉間に皺を寄せた。

 

大鬼「ほら、こうすると喜ぶんだよ」

棟梁「あらホントね。ふふふ」

黒猫「ニャーン♡」

 

静まり返る広間。大鬼と母さんがお燐と戯れている声だけが聞こえる。そんな中、口を開いたのがやはり…。

 

親方「ん?なんか困るのか?」

 

お気楽な父さん。

 

「あんたの事で悩んでるんだよ!」と全員が思っただろう。いや、正確には萃香の親父さんが発端なのだが…。

 

鬼助「正直に申し上げますと、親方様と萃香さんの

   親父さんの相撲会場の事で…」

 

痺れを切らせた鬼助がとうとう打ち明けた。もう私達だけでは解決の糸口でさえ見出せそうにない。これは悔しいが致し方ない。

 すると父さんは「意外」といでも言うような視線で、私達を見ながら語り始めた。

 

親方「お前達知らないのか?伊吹の能力の弱点」

  『弱点?』

 

私達は父さんが語った言葉に耳を疑った。そんな私達に父さんは更に続けて話し出した。

 

親方「確かに伊吹はバカデカくなれるが、

   その大きさだと一瞬、一秒も保たないぞ。

   あいつは能力を発動出来る時間と大きさが

   反比例するんだ」

勇儀「そうなのか?」

鬼助「初耳です…」

親方「萃香は知っていたんじゃないのか?」

萃香「ううん、私も知らなかった」

 

これなら何とかなるかも。みんながそう思ったはずだ。でも…。

 

鬼助「そこまで大きくならないにしても、

   勝負は短期決戦ですから、

   やっぱりかなりの大きさには…」

親方「ああ、なるだろうな」

 

そう、戦うのが相撲だという事。となれば萃香の親父さんは一瞬で終わらせに来るだろう。その戦法はおそらく…。

 

親方「だからよ、土俵は例年よりも大きくして

   欲しいんだ。

   アイツとは思いっきり闘いたいからよ」

 

やる気満々の強い眼差し。それはまさに戦士の目。

 

勇儀「わかった。出来るだけ広くするよ」

鬼助「でも姐さん場所はどうするんですか?

   観客席込みで広い場所なんてこの町には…」

大鬼「ねー」

萃香「無いよね…。何もない空き地みたいな所」

大鬼「ねーってば」

鬼助「いっその事、新しい空き地を作りますか?」

勇儀「いや、その後の事を考えると間に合わない」

  『うーん…』

大鬼「ねー!!」

 

大声で叫ぶ大鬼にみんなが注目した。いつの間にか萃香の隣に座って話を聞いていたみたいだ。やっぱりそこがいいんだな。

 

大鬼「無視しないでよ」

勇儀「悪い悪い。で、なんだい?」

大鬼「広い場所なら知ってるよ」

鬼助「どこ?」

大鬼「焼肉会のところ」

 

全員の目が点になった。町から離れているが、確かにあそこならば周りに何も無い。それに川の側だから整備も楽だ。

 

鬼助「姐さん!」

萃香「勇儀!」

勇儀「よし、明日からやるぞ!」

親方「がっははは!決まったな」

ヤマ「大鬼君ナイスアイディア!」

パル「勇儀の役に立って…妬ましい…」

 

予想外の者からの助言のおかげで、最大の難所を超える事が出来そうだ。

 

勇儀「大鬼、ありが………」

萃香「大鬼!凄いよ!ありがとう!」

 

私が礼を言う前に親友が飛び付きながら、私の代わりにその役を担った。大鬼にとってこれは最高の褒美だろう。

 

大鬼「すすすすうぃいいいいかちゃん!?

   あわわわわわ…」

 

予想通り奇声を上げながら赤くなった。そしてその光景に外野連中は、

 

鬼助「よっ!色男!」

 

笑いながら冷やかし、

 

ヤマ「きゃーっ!急接近!!」

 

大好物に鼻息を荒くして喜び、

 

パル「ねーたーまーしーーーぃ!!

   パルパルパルパルパルパルパル!!」

 

手にした布を噛みながら、いつも以上に妬んだ。

 パルスィ…。ソレ、台布巾だからな。あとで口を濯いでおく事を強くお勧めするぞ。

 

萃香「ふぇっ!?あああああたしなななにを!?」

 

咄嗟(とっさ)の行動だったのだろう。親友は自分のした事を赤く染まった顔で悔やみ出した。しかしその場から離れる様子は無く、逆に大鬼を抱擁するその腕に、力が入っている様に見える。「やはりわざとか?」と疑問を持ち始めた時、

 

黒猫「ニ゛ャーーー!フシャーーーッ!!」

 

またまたお燐登場。しかも今度はこれまで以上に怒りを露わにしている。それは今にも親友に飛び掛かりそうな程に。

 

パル「嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!」

 

そして極上の馳走の匂いに釣られ、叫びながら勢いよく立ち上がる嫉妬妖怪。先程とは違い、目の色が違う。いや、輝きが増していた。

 

ヤマ「なに!?またなの!?」

鬼助「パルパル落ち着けって!」

パル「無理!私…我慢出来ない。

   こんなに美味しそうなの………久しぶり!」

 

私は(よだれ)を垂れ流し、お燐に近づいて行く橋姫の姿に悪寒が走り、

 

勇儀「萃香!大鬼から離れろ!すぐに!!

   大鬼!()()を抱っこしてやれ!」

 

2人に急いで指示を出すと、親友は慌てて大鬼から離れ、大鬼はお燐に手を伸ばした。

 するとお燐は「待ってました」と言わんばかりに、大鬼の胸へと飛び込んでいった。

 

黒猫「ニャーン♡」

 

大鬼に抱えられて幸せそうに鳴き、思う存分に顔を擦り寄せながら甘えるお燐。もうすっかり上機嫌だ。

 

パル「あ、また消えた…。

   むー…、もう少しだったのに…。

   勇儀、妬ましいわ…」

 

こちらも平常心を取り戻した様だ。

 

萃香「私何かしたの?」

鬼助「さっきから大鬼絡みの事で怒ってません?」

パル「言われてみれば…」

棟梁「萃香が大鬼の側にいるのが嫌なのかしら?」

親方「だとしたら随分と嫉妬深い猫だな」

 

皆が首を傾げながらお燐を見つめる中、1人だけ天を見上げる者が。

 

ヤマ「んー…。どこかで…」

勇儀「ヤマメどうかしたのか?」

ヤマ「え?いやいや、何でもないよ」

 

何か考えていた様子だったが、苦笑いで手を振りながら否定された。

 

萃香「でも私猫好き。可愛いな〜」

大鬼「萃香ちゃんも触ってみたら?」

萃香「え〜、大丈夫かな?さっき凄い怒ってたし、

   引っ掻かれないかな?」

 

平和で何気ない2人の会話。だがこの場の全員が思っただろう。「やめておけ」と。

 

大鬼「抱っこしてるから、背中を撫でてみたら?」

 

大鬼はそう言ってお燐の顔を肩に乗せる様に抱き直した。

 

大鬼「お燐いいよね?」

 

お燐の耳元で囁くように尋ねる大鬼だが、そのお燐は凄く嫌そうな表情を浮かべていた。

 

萃香「じゃあ…」

 

大鬼の言葉に親友はお燐の背中へと恐る恐る手を伸ばした。指先があと少しで触れる。

 

ヤマ「思い出した!」

 

突然ヤマメが大きな声を出し、その声に驚いた萃香が慌てて手を引っ込めた。

 

勇儀「どうしたんだい急に?」

ヤマ「ごめん。うん、でも間違いないよ。

   その猫の名前、何処かで聞いた事があるって

   思ってたんだよ」

親方「地霊殿でだろ?」

鬼助「え?そんな事で?」

ヤマ「そうなんですけど、パルスィ覚えてる?

   この前さとりちゃんとお茶した時の事」

パル「あ、うん。でもそれがどうしたの?」

ヤマ「その時、赤毛の女の子がいたでしょ?

   その子の呼名も確か…」

パル「そうだ!お燐だった!」

 

目を丸くしながら納得し合う2人の妖怪。

 今日私が行った時、2人の言う『赤毛の女の子』は居なかった。居たのは動物達と主人だけだ。別の部屋にいたのか?それにその子の名前もお燐って…。

 

親方「おー、そう言えば居たな」

棟梁「え?」

鬼助「たまたまじゃないのか?」

パル「そうじゃないから…」

勇儀「どんなやつなんだい?」

 

当然の質問だ。私が言わなくても、いずれ鬼助あたりが同じ事を尋ねていただろう。ただそれがきっかけで、私達の表情が凍りつく事になろうとは、この時思ってもいなかった。

 

ヤマ「赤色のお下げ髪に、頭に黒い猫みたいな耳が

   あって、お尻から2本の尻尾が生えていて、

   語尾に『ニャ』が付くの…」

萃香「ウソ…」

パル「信じられないかもしれないけど、本当の事」

鬼助「なんだよそれ」

勇儀「共通点多過ぎだろ」

親方「それじゃあまるで…」

 

しかしこの2人だけは違った。

 

棟梁「お前さん気付いてなかったのですか?」

大鬼「そうだよ。それ、このお燐だよ」

  『えーーーーーっ!?』

 

大鬼からの正解発表に、何も知らなかった私達は体を()け反りながら驚いた。そしてその黒猫を食い入るように見つめていると、それは観念したかのように、ため息を吐いて大鬼から飛び降り、噂の彼女へと姿を変えた。

 




次回【三年後:嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!】

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