『ご馳走様でした』
温かいお茶と共に食後の休憩。
ヤマ「ん?勇儀それ何?」
勇儀「キスメのだよ。今日世話になったからな。
夜勤だって言っていたから、あとでお前さん
かパルスィで届けてやっておくれよ」
ヤマ「うん、わかった。
でも勇儀、料理が上手になったよね」
勇儀「そ、そうか?ありがとう」
パル「私、幸せ♡」
勇儀「ああそうかい。そいつは良かったな」
私達が他愛も無い話をしている中、もう一つのグループでの話題は
鬼助「親方様、萃香さんの親父さんの能力、
ご存知でした?」
親友の親父さんの能力についてだった。その事に気付いた時、私達もその話に耳を傾け、いつの間にか吸い寄せられるように、会話に参加していた。
親方「そりゃまあな。昔からの付き合いだし、
よく喧嘩もしたからな」
萃香「え?そうなの?」
勇儀「仲が悪かったのか?」
親方「もう随分と前の話だ。顔を合わせれば言い合
いになって、それから殴り合いになって。
そうだな、ちょうど大鬼とカズキみたいな仲
だったぞ」
ヤマ「へぇー、そうだったんですか」
パル「大鬼とカズキ…。うっ、頭が…」
思い出に浸りながら語る父さんの話に、私達は聞き入っていた。私も知らない父さんの過去。武勇伝ばかり聞かされていた私にとって、この様な話は凄く新鮮だった。
親方「それで?何が聞きたい?」
勇儀「萃香の親父さんが、
地底の天井に頭が付くくらいまで…」
私は親友から聞かされた最悪の情報が、何かの間違いである事を期待していた。しかし、
親方「おう、デカくなるぞ」
父さんは「当たり前だ」とでも言うように、平然とした表情で素早く答えた。
ヤマ「えーーー!?何それ!?」
パル「町が潰れちゃう…」
鬼助「やっぱり」
萃香「うーん。どうしよう…」
再び窮地に立たされた。この問題を解決できる手段なんてあるのだろうか?難題を目の前に、皆が口を閉ざして眉間に皺を寄せた。
大鬼「ほら、こうすると喜ぶんだよ」
棟梁「あらホントね。ふふふ」
黒猫「ニャーン♡」
静まり返る広間。大鬼と母さんがお燐と戯れている声だけが聞こえる。そんな中、口を開いたのがやはり…。
親方「ん?なんか困るのか?」
お気楽な父さん。
「あんたの事で悩んでるんだよ!」と全員が思っただろう。いや、正確には萃香の親父さんが発端なのだが…。
鬼助「正直に申し上げますと、親方様と萃香さんの
親父さんの相撲会場の事で…」
痺れを切らせた鬼助がとうとう打ち明けた。もう私達だけでは解決の糸口でさえ見出せそうにない。これは悔しいが致し方ない。
すると父さんは「意外」といでも言うような視線で、私達を見ながら語り始めた。
親方「お前達知らないのか?伊吹の能力の弱点」
『弱点?』
私達は父さんが語った言葉に耳を疑った。そんな私達に父さんは更に続けて話し出した。
親方「確かに伊吹はバカデカくなれるが、
その大きさだと一瞬、一秒も保たないぞ。
あいつは能力を発動出来る時間と大きさが
反比例するんだ」
勇儀「そうなのか?」
鬼助「初耳です…」
親方「萃香は知っていたんじゃないのか?」
萃香「ううん、私も知らなかった」
これなら何とかなるかも。みんながそう思ったはずだ。でも…。
鬼助「そこまで大きくならないにしても、
勝負は短期決戦ですから、
やっぱりかなりの大きさには…」
親方「ああ、なるだろうな」
そう、戦うのが相撲だという事。となれば萃香の親父さんは一瞬で終わらせに来るだろう。その戦法はおそらく…。
親方「だからよ、土俵は例年よりも大きくして
欲しいんだ。
アイツとは思いっきり闘いたいからよ」
やる気満々の強い眼差し。それはまさに戦士の目。
勇儀「わかった。出来るだけ広くするよ」
鬼助「でも姐さん場所はどうするんですか?
観客席込みで広い場所なんてこの町には…」
大鬼「ねー」
萃香「無いよね…。何もない空き地みたいな所」
大鬼「ねーってば」
鬼助「いっその事、新しい空き地を作りますか?」
勇儀「いや、その後の事を考えると間に合わない」
『うーん…』
大鬼「ねー!!」
大声で叫ぶ大鬼にみんなが注目した。いつの間にか萃香の隣に座って話を聞いていたみたいだ。やっぱりそこがいいんだな。
大鬼「無視しないでよ」
勇儀「悪い悪い。で、なんだい?」
大鬼「広い場所なら知ってるよ」
鬼助「どこ?」
大鬼「焼肉会のところ」
全員の目が点になった。町から離れているが、確かにあそこならば周りに何も無い。それに川の側だから整備も楽だ。
鬼助「姐さん!」
萃香「勇儀!」
勇儀「よし、明日からやるぞ!」
親方「がっははは!決まったな」
ヤマ「大鬼君ナイスアイディア!」
パル「勇儀の役に立って…妬ましい…」
予想外の者からの助言のおかげで、最大の難所を超える事が出来そうだ。
勇儀「大鬼、ありが………」
萃香「大鬼!凄いよ!ありがとう!」
私が礼を言う前に親友が飛び付きながら、私の代わりにその役を担った。大鬼にとってこれは最高の褒美だろう。
大鬼「すすすすうぃいいいいかちゃん!?
あわわわわわ…」
予想通り奇声を上げながら赤くなった。そしてその光景に外野連中は、
鬼助「よっ!色男!」
笑いながら冷やかし、
ヤマ「きゃーっ!急接近!!」
大好物に鼻息を荒くして喜び、
パル「ねーたーまーしーーーぃ!!
パルパルパルパルパルパルパル!!」
手にした布を噛みながら、いつも以上に妬んだ。
パルスィ…。ソレ、台布巾だからな。あとで口を濯いでおく事を強くお勧めするぞ。
萃香「ふぇっ!?あああああたしなななにを!?」
黒猫「ニ゛ャーーー!フシャーーーッ!!」
またまたお燐登場。しかも今度はこれまで以上に怒りを露わにしている。それは今にも親友に飛び掛かりそうな程に。
パル「
そして極上の馳走の匂いに釣られ、叫びながら勢いよく立ち上がる嫉妬妖怪。先程とは違い、目の色が違う。いや、輝きが増していた。
ヤマ「なに!?またなの!?」
鬼助「パルパル落ち着けって!」
パル「無理!私…我慢出来ない。
こんなに美味しそうなの………久しぶり!」
私は
勇儀「萃香!大鬼から離れろ!すぐに!!
大鬼!
2人に急いで指示を出すと、親友は慌てて大鬼から離れ、大鬼はお燐に手を伸ばした。
するとお燐は「待ってました」と言わんばかりに、大鬼の胸へと飛び込んでいった。
黒猫「ニャーン♡」
大鬼に抱えられて幸せそうに鳴き、思う存分に顔を擦り寄せながら甘えるお燐。もうすっかり上機嫌だ。
パル「あ、また消えた…。
むー…、もう少しだったのに…。
勇儀、妬ましいわ…」
こちらも平常心を取り戻した様だ。
萃香「私何かしたの?」
鬼助「さっきから大鬼絡みの事で怒ってません?」
パル「言われてみれば…」
棟梁「萃香が大鬼の側にいるのが嫌なのかしら?」
親方「だとしたら随分と嫉妬深い猫だな」
皆が首を傾げながらお燐を見つめる中、1人だけ天を見上げる者が。
ヤマ「んー…。どこかで…」
勇儀「ヤマメどうかしたのか?」
ヤマ「え?いやいや、何でもないよ」
何か考えていた様子だったが、苦笑いで手を振りながら否定された。
萃香「でも私猫好き。可愛いな〜」
大鬼「萃香ちゃんも触ってみたら?」
萃香「え〜、大丈夫かな?さっき凄い怒ってたし、
引っ掻かれないかな?」
平和で何気ない2人の会話。だがこの場の全員が思っただろう。「やめておけ」と。
大鬼「抱っこしてるから、背中を撫でてみたら?」
大鬼はそう言ってお燐の顔を肩に乗せる様に抱き直した。
大鬼「お燐いいよね?」
お燐の耳元で囁くように尋ねる大鬼だが、そのお燐は凄く嫌そうな表情を浮かべていた。
萃香「じゃあ…」
大鬼の言葉に親友はお燐の背中へと恐る恐る手を伸ばした。指先があと少しで触れる。
ヤマ「思い出した!」
突然ヤマメが大きな声を出し、その声に驚いた萃香が慌てて手を引っ込めた。
勇儀「どうしたんだい急に?」
ヤマ「ごめん。うん、でも間違いないよ。
その猫の名前、何処かで聞いた事があるって
思ってたんだよ」
親方「地霊殿でだろ?」
鬼助「え?そんな事で?」
ヤマ「そうなんですけど、パルスィ覚えてる?
この前さとりちゃんとお茶した時の事」
パル「あ、うん。でもそれがどうしたの?」
ヤマ「その時、赤毛の女の子がいたでしょ?
その子の呼名も確か…」
パル「そうだ!お燐だった!」
目を丸くしながら納得し合う2人の妖怪。
今日私が行った時、2人の言う『赤毛の女の子』は居なかった。居たのは動物達と主人だけだ。別の部屋にいたのか?それにその子の名前もお燐って…。
親方「おー、そう言えば居たな」
棟梁「え?」
鬼助「たまたまじゃないのか?」
パル「そうじゃないから…」
勇儀「どんなやつなんだい?」
当然の質問だ。私が言わなくても、いずれ鬼助あたりが同じ事を尋ねていただろう。ただそれがきっかけで、私達の表情が凍りつく事になろうとは、この時思ってもいなかった。
ヤマ「赤色のお下げ髪に、頭に黒い猫みたいな耳が
あって、お尻から2本の尻尾が生えていて、
語尾に『ニャ』が付くの…」
萃香「ウソ…」
パル「信じられないかもしれないけど、本当の事」
鬼助「なんだよそれ」
勇儀「共通点多過ぎだろ」
親方「それじゃあまるで…」
しかしこの2人だけは違った。
棟梁「お前さん気付いてなかったのですか?」
大鬼「そうだよ。それ、このお燐だよ」
『えーーーーーっ!?』
大鬼からの正解発表に、何も知らなかった私達は体を
次回【三年後: