『えーーーーーっ!?』
目の前で起きた現実を受け入れられず、再び目を見開く私達に、彼女は照れ臭そうに頬を掻きながら、自己紹介を始めた。
お燐「ど、どうもニャ。この姿が初めての方は初め
ましてニャ。さとり様のペットの
っていいますニャ。お燐って呼んで下さい
ニャ」
ヤマ「そうそう、この子だよ!」
親方「いやはや、まさかあの猫だったとは…」
棟梁「お前さん、鈍感過ぎです」
鬼助「手品じゃないよな?」
大鬼「僕も最初そう思った。でも違うんだよ」
勇儀「いや〜、驚いたね」
黒猫が変身したという事に驚かされたが、変身したこの姿にも驚きだ。切れ長な目に赤い大きな瞳、可愛いらしいと言うよりも、美人の
萃香「な、な、な…。騙してたのね!」
お燐「そんなつもり無かったニャ!
アタイは大鬼君に会いに来ただけニャ!」
萃香「へ、へぇ〜…。大鬼に何の用事で来たのよ」
互いに火花を散らすお燐と親友。これまでの流れから察するに、もしかしてお燐は…。
お燐「用
ただ会いたかっただけニャ!」
お燐のこの言葉に、私達は彼女の想いに気が付いた。
ヤマ「えーーー!萃香にライバル出現!?」
親方「ほほぅ〜。面白くなって来たな」
今後の展開を楽しみにする者達、
棟梁「やっぱりそういう事だったのね」
その事を薄々察知していた者、
鬼助「くっそー…、大鬼ずるいぞ!
こんなにも可愛い子からもなんて!」
男達の夢を幼くして叶える大鬼を、滝の様に涙を流しながら妬む者、それぞれが違う反応を見せた。
鬼助、お前さんああいうのが好みか…。あとパルスィがお前さんの事、
そしてその気持ちを知った親友は、
萃香「あんたねぇ…」
自分とは間逆のタイプのライバルを目の前に、スカートを握りしめてワナワナと震えていた。だが、突然大鬼の左腕にしがみつき、
萃香「私と大鬼は前から仲が良いの!
通じ合ってるの!」
分かりやすく敵意を示した。
お燐「大鬼君から離れるニャ!困ってるニャ!」
親友にしがみつかれた大鬼はまた赤面し、あたふたしていた。困っている様に見えるかもしれないが、これは喜んでいる。なぜなら大鬼は…。
「お燐には可哀想だが、勝ち目は無かろう」と思っていた矢先、
萃香「いや!困ってないもん!」
お燐「〜〜〜っ!ずるいニャ!」
お燐が空いていた右腕に飛び付いた。しかも、
ムギュ〜〜〜…♡
当てている。いや、山と山の間に押し込んでいる。間違いなくこれは意図的だ。
昔の大鬼であれば何とも思わなかっただろう。しかしあれから月日は流れ、大鬼は成長した。と同時に、女を以前よりも意識する様になった。今では私とでさえ一緒に風呂に入ろうともしないし、抱きしめる事さえも拒否反応を見せる時もある。男として育っていく一方で、悲しくもそういったところまで大人に近づいていく。
故に今の大鬼にコレは、
大鬼「はわわわ!おおおお燐!
あたたあたあたあたっっつててててるぅ!」
想像以上に効果が抜群だったりする。
今日一番のテンパりを見せる大鬼。だがその表情は口元は緩み、ニヤつく顔を必死に堪えていた。つまり、もの凄く喜んでいる。
そしてその光景に、
ヤマ「きゃーーーっ!
棟梁「い、いけません!ははははしたない!」
と言いながら、顔を覆う指の隙間から見守る者、
親方「ほほ〜」
と言いながら、いやらしい顔で食い入るように見る者、
鬼助「大鬼ぃぃぃぃぃ…」
と言いながら、手にした台布巾を噛みつつ大鬼を妬む者、
パル「うまうま♡」
と言いながら、その妬みを幸せそうに頬張る者、それぞれが違う反応を見せるが、全員の意見は一致していた。大好物だと。
そして各々に「見てないで止めろ!」「最低!」「食われてる!」「幸せそうでなにより!」と思う中、
お燐「ん〜?
尚も続くお燐のターン。顔を近づけ、甘い囁きでアイツがまだ知らない世界へと
注意しようと口を開けた時、
萃香「ダメーーーッ!!」
私が声を発するよりも早く、親友が大声を上げて大鬼を力強く引き寄せた。
お燐「ニ゛ャッ!」
大鬼「うわっ!」
萃香「えっ!?」
その途端、大鬼の右腕がお燐の腕からすっぽ抜け、お燐の顎に肩が激突。お燐は仰け反り、勢い余った大鬼は親友と共に、
ドンッ!
倒れた。
お燐「いたたた…」
涙を浮かべ、ダメージを受けた顎に手を当てて姿勢を戻し、倒れた込んだ大鬼に声を掛けた。
お燐「大鬼君、だいじょ………」
お燐が突然目を見開き、固まった。と同時に、2人が慌てながら起き上がり、下を見て正座をした。ただ先程とは打って変わって、よそよそしく背中合わせで座っている。しかも2人共顔が異常に赤い。
「どうした?」と軽い気持ちで思っていた。しかし、次の親友の仕草でその全てを悟った。口を両手で覆ったのだ。
ヤマ「もしかして………しちゃった?」
一同を代表して側にいたヤマメが恐る恐る親友に尋ねた。しばらく沈黙が続いた。静かに時間だけが経過する中、全員がその答えをドキドキしながら待っていた。
萃香「………」コクッ
『えーーーーーっ!?』
それは小さな、本当に小さな返事。だがこの場の皆を
棟梁「私には刺激が強過ぎて…」
親方「がっはははは!赤飯炊くか!」
勇儀「あっはははは!萃香おめでとう!」
ヤマ「キタキタキタキターーー!」
鬼助「オイラよりも先に、コンチクショーッ!!」
鬼助…。それ以上泣くと干からびるぞ。それに…。
パル「
コイツが反応する。でも標的は鬼助みたいだし、放っておこう。
アクシデントとは言え、これで2人の関係はきっと進展するだろう。私も嬉しい…のかな?
何気なく視線を向けると、他の連中も私と同じ気持ちなのだろう、親友を讃えるような目で2人を眺めていた。
その彼女はと言うと、大鬼の顔色を伺うように振り向いて視線を送っていた。「イヤじゃなかったか?」「謝った方がいいのか?」そんな不安な気持ちでいっぱいなのだろう。
そして親友の視線の先、問題の小僧は目を丸くして頬を押さえていた。ヒットしたのはどうやらあそこらしい。
勇儀「なんだ、頬か」
鬼助「でででですよねー。幾ら何でもそっちは
早過ぎですよねー。あー、びっくりした」
私の発見に真っ先に食いついたのは、顔色が悪くなった鬼助だった。胸を撫で下ろして安心しているが、水分の出し過ぎに加え、精神的エネルギーをパルスィに食われ、見ているこっちが心配になる。
パル「あー、もう少しだったのに…。妬ましい…」
ひもじそうに指を加え、鬼助を見つめる嫉妬妖怪。まだ搾り取るつもりだったのか…。
ヤマ「ほっぺにチューだったかぁ…。
でも、いい!」
少し残念そうにするも、満面の笑顔でサムズアップをするヤマメ。あれはあれで良かったらしい。
この完全にアウェーな状況が気に入らなかったのだろう。お燐は頬を膨らませ涙を浮かばせながら、とんでもない事を口にした。
お燐「
アタイの方が先ニャ!」
『…』
全員が目を点にして硬直した。皆が彼女の言葉の意味をすぐに理解する事が出来なかったのだ。
虫の鳴き声だけが聴こえてくる広間。徐々に皆の凍りついた表情が解けていき、ついにその静寂は破られた。
『はあーーーーー!!?』
ヤマ「なにそれ!?」
勇儀「聞き捨てならないぞ!」
棟梁「大鬼あなた…」
親方「がっははは!やるなぁ!」
鬼助「大鬼なんなんだよお前!コンチクショー!」
パル「
多くの者が怒りの表情を浮かべた。しかもその矛先は大鬼。萃香がいながら
萃香「そ、そんなのウソよ!」
お燐「ウソじゃ
アタイはアクシデントでじゃ
ちゃんとアタイからしたニャ!」
『ちょっとまてーーーーーっ!!」
次々と語られるお燐の言葉に、私は頭が追いつかず、ただただ混乱する事しか出来なかった。
ヤマ「ウソだよウソだよ!ウソだって言ってよ!」
親方「がっはははは!モテモテだな!
ワシの若い頃にそっくりだ!」
棟梁「は?何を寝ぼけた事を言ってるのですか?」
鬼助「パルパルパルパル」
パル「更に
騒がしさに拍車がかかる外野達。そして「事故ではなく自ら進んでした」と聞かされて、
萃香「ぐっ…」
親友は歯を食いしばり、言葉を返せないでいた。もうライフポイントはゼロ。だがお燐のターンは終わっていなかった。
お燐「それにアタイはその時が初めてニャ!!」
『うおーーーーーいっ!!』
正真正銘の最後の攻撃にして最大の波に、萃香のみならず私達までもが飲み込まれた。
親方「それが本当なら、
こいつは話が少し変わってくるぞ」
棟梁「はー…、もう頭が痛い…」
ヤマ「そんな…。ちょっと大鬼君!
どういう事!?」
勇儀「大鬼!今のは本当なのか!?」
私とヤマメはその真相を確かめるため、大鬼に詰め寄った。しかしその本人まだ頬を押さえたまま、呆けた顔でその余韻に酔い
勇儀「おい!」
大鬼「へ?なに?」
勇儀「お前さんお燐にも同じ事をされたのか!?」
大鬼「え?何の事?」
勇儀「だ、だからお燐にも…その…」
大鬼「?」
「何でわたしがこの役目をやらなきゃならないんだ?」素直にそう思った。この先の事を言うのが凄く恥ずかしい。私だって女なのに…。本当なら
勇儀「頬に口付けされたのか!?」
ついに言ってやった。私の質問に全員が大鬼に注目していた。親友に至っては瞳を強く閉じ、祈るようにその答えを待っていた。すると大鬼は目を見開き、
大鬼「はーーーっ!?知らない!
そんなの知らない!」
慌てだした。
鬼助「でもお燐ちゃんは『した』って言ってたぞ!
しかもそれが初めてだって。
ウソをつくな!!」
大鬼「ウソなんてついてない!
ホントに知らない!!」
鬼助「じゃあ覚えてないだけだろ!
こんなに可愛い子にそんな事させて、
覚えてないは無いだろ!」
加速する2人の男の醜い争い。いや、これは鬼助の一方的な酷い尋問だ。
鬼助を除き、他の者は薄々察知していたと思う。大鬼は本当に何も知らないのだと。だが、お燐が言った事が嘘だとも思えない。噛み合わない2人に首を傾げていると、ブツブツと何か聞こえてきた。
萃香「それじゃあなに?不意打ちって事?
やってくれるじゃない…。ずるい…。
ね、ね、ね…」
そして向こうでも………。
鬼助「ガキのクセにいい思いしやがって…。
ね、ね、ね…」
『妬ましーーーーーーっ!!』
パル「
今宵は祭りじゃー!嫉妬祭りじゃー!
パルパル祭りじゃー!
パルパルパルパルパルパルパルパルパル
パルパルパルパルパルパルパルパルパル」
ガッ!(パルスィの服を掴む音)
パル「パッ!?」
勇儀「はい、これをしっかりと持て。
くれぐれも落としたりするなよ?」
パル「ちょちょちょちょちょっと!この流れって」
勇儀「いつものぉぉぉーーーーーっ!」
パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。…☆」
勇儀「それちゃんとキスメに届けろよー!!」
私の一仕事と共に、広間に静寂が戻った。
もう毎度の光景に、殆どの者が苦笑いを浮かべているが、お燐だけが目を丸くしていた。心なしか震えているか?でもさっきの事はちゃんと聞かないと。
勇儀「さてお燐。さっきのはどういう事か、
説明してくれるかい?」
優しく声をかけたつもりだったが、お燐はその赤い瞳を潤ませ出した。
お燐「ご、ご、ご、ごめ…」
??「ごめんくださーい」
お燐が何かを言いかけた時、外から声が聞こえてきた。
次回【三年後:I'll be back】