??「鬼助、体大丈夫?」
友人を助けてくれた鬼の身を案ずる嫉妬姫。上に乗っていた桶姫を下ろし、彼の体にどこか異常がないか注意深く観察していた。
暫く眺めた後、彼に目立った外傷はなかったので、ほっと一安心した彼女だったが、彼の口から語られた事実に
鬼助「正直言ってキツイな。
たぶん肋骨が何本か折れてる」
『えーっ!?』
目を丸くし、大きな声を上げて驚いた。それは彼女のみならず、側にいた蜘蛛姫、そして彼に助けられた桶姫も同様で、
ヤマ「どうして!?鬼は頑丈なんでしょ?」
パル「怪我とかしないはずなんじゃ…」
彼女達は彼の言葉に違和感を覚えていた。
鬼は力が強い上にその身は岩のように頑丈。それが彼女達の知っている鬼の定義だった。
だが、彼は目を皿にしているそんな彼女達に、ゆっくりとまた語り出した。
鬼助「バーカ。鬼だって耐え切れない力が来れば、
血も出るし怪我だってするってぇの」
キス「ごめんなさい!」
涙ながらに謝罪して来た彼女に、「気にするな」と意味を込め、
鬼助「いいって…」
一言だけ呟いた。だが彼には釈然としない事があった。
彼女達が言う様に自分は鬼、滅多な事では怪我をする事は無い。今みたいな怪我をしたのなんて、もう何年も昔、もしかしたら初めての事かもしれない。そう思う一方で、「ではなぜ?」という疑問が頭から離れなかった。
しかし、今の彼はこんな状態でも、いや、こんな状態だからこそ、普段回らない頭が劇的に冴えていた。
鬼助「キスメー、萃香さんだろ?
お前をぶん投げたの」
キス「えっ!?」
ピンポイントの答えに彼女の表情は瞬時に凍りついた。
パル「どういう事?」
鬼助「詳しくは分からねーよ。ただ鬼を傷つけられ
るのなんて、同族の鬼か神くらいだろうよ。
それにキスメーはこの時間は萃香さんと一緒
に…」
ヤマ「そうだ、ゴミの…」
彼の見解に納得した2人の妖怪。その真意を確かめようと彼女達が再び視線を戻すと、桶姫は俯きながらポロポロと涙を流し、
キス「ごめんなさい、ごめんなさい。
ごめんなさーい!」
全てを認めた。ひとしきり泣いた彼女は、自分達がしてしまった事を包み隠さず、ありのままを友人達に語った。
ヤマ「つまりゴミ集め中に遊んいたら、手元が狂っ
て火の玉をこっちに飛ばしてしまったと…」
キス「…」コクッ
パル「それで慌てて萃香に投げて貰ったはいいけ
ど、あまりのスピードに途中から怖くなっ
て、それどころじゃなくなっていたと…」
キス「…」コクッ
友人達のまとめの作業に
鬼助「なにをやっているんだか…」
怪我を負った彼はため息を零し、
鬼助「とにかく無事で良かったよ」
その全てを許した。
キス「鬼助…。ありがとう」
鬼助「へへ、いいって」
誇らしげな表情を浮かべ、ぼんやりと岩だらけの天井を見つめる彼。偶然とはいえ奇跡的に彼女を救えたという満足感の余韻にしばらく浸っていた。
鬼助「でも一先ず、応急処置は必要そうだな…」
彼はそう独り言をポツリと呟いた後、
鬼助「大鬼!そこにいるか!?」
大鬼「うん!」
突然大声で叫び、少年も彼の声に大きな声で反応した。少年は人混みに紛れ、姿は見えないまでも、彼とは然程距離は離れていなかった。
鬼助「とりあえず、お前がいつも使っているアレ貸
せ!」
大鬼「あれってなに?」
鬼助「『お母ちゃん』さんから貰った薬だ!
早く持ってこい!」
大鬼「は、はい!」
??「大鬼君どこに行くニャ!?」
慌てて少年の名前を呼ぶ猫娘の声に、彼は少年が指示した物を取りに行ったのだと察し、安堵のため息を吐いた。
ヤマ「そんなに怒鳴らなくても…」
パル「大鬼をこき使うなんて…妬ましい」
??「あいつはいつかオイラの弟分になるんだ。
オイラ達の仕事では上下関係は絶対なんだ。
今から慣らさないと…」
遠く無い未来の事を考え、少年へ指示を送った彼だったが、
ヤマ「はいはい、分かったから大人しくしてなよ」
パル「怪我人のクセに…暑苦しくて妬ましい」
その男臭い言葉を、その思いを華麗にスルーする乙女達だった。と、そこに。
??「鬼助…だっけ?大丈夫かい?」
彼と一緒に吹き飛んだ赤毛の女が、二度目となる言葉で声を掛けた。
鬼助「小町ちゃんの方こそ。どこか怪我は?」
小町「あたいは腰を少し打ったくらいで…」
「大した怪我はしていない」彼女はそう言おうとした時、
鬼助「面目ねぇっ!」
それを封じるように彼は叫んでいた。
鬼助「小町ちゃんに、女に怪我を負わせて、
オイラは男のクズだ!ホント面目ねぇっ!」
いきなりの謝罪に目を丸くする死神。
彼女は思っていた。「自分が怪我したのは彼の故意ではない。それ以前に突然の事だったから、彼が気に病む必要などない」と。だから彼女はその思いを
??「そんな事ない!」
鬼助「え?」
??「鬼助はクズじゃない!」
鬼助「でもオイラは小町ちゃんを守れなかった。
怪我をさせ…」
??「私を助けてくれた!」
伝えようとしていた。だがそうするよりも早く、桶姫がその全てを代弁してくれていた。そして彼女は「ふっ」と息を吐くと、
小町「鬼助、あたいもそう思うよ」
聖母のように穏やかな表情で彼を湛えた。
鬼助「小町ちゃん…」
死神の優しい微笑みは彼のハートを奪い、彼女を直視出来ない程までに虜にしていた。
鬼助「そそそそう言えば、探していた人は見つかっ
たのかい?」
小町「ああ、お陰で会うことが出来たよ。
今は丁度お節介中かなぁ?」
--その頃、もう一組の方では--
??「なるほど、そう言う事でしたか…。
状況把握しました」
地獄の最高裁判長は彼女から全てを聞かされると、瞳を閉じて黙り込んだ。そして、ゆっくりと目を開けると、眉間に
映姫「結局はあなたが原因じゃないですか!
完全に因果応報、自業自得ですよ!
しかも他人まで巻き込んで…言語道断です!
だからあの時は暴力ではなくてですね…」
『秘策:ちくわ耳』。私は今無我の境地にいる。彼女が説教をしているこの間に、何があったのか説明しよう。あれは鬼助がキスメに吹き飛ばされ、無事を確認できた直ぐ後の事。そこに肩で息をする親友が現れた……。
--
萃香「ぜぇ…ぜぇ…」
??「萃香さん、どうされたんですか?」
彼女の様子に「只事ではない」と感じたのだろう、さとり嬢が心配そうな顔で声を掛けた。すると親友が答えるよりも早く、彼女はまるで「予想だにしていなかった」とでも言う様な表情へと瞬時に切り替わったのだ。
今思えば彼女はこの時に能力を使っていたのだろう。心を覗くために親友に声を掛けたのかもしれない。そう考えると彼女はかなりのやり手だ。末恐ろしい。だが結果的にこれが後々、親友にとって功を奏する事になる。
萃香「火は!?キスメは!?」
??「安心して、火なら私が消しといたよ」
親友の言葉に誇らしげに答える地獄の女神。彼女を見た親友は目を見開き、慌てて跪いた。
萃香「へ、ヘカーティア様!申し訳ありませんでし
た。この件は私達の…いえ、私の責任なんで
す。私のせいでお手を煩わせてしまい…」
ヘカ「ちょちょちょっと待った!あの火ってあなた
が仕向けたの!?それにさっき飛んで来た女
の子も!?」
萃香「…はい。結果的には」
私はこの時耳を疑った。親友はそんな事をするようなヤツではない。何かの間違いだと思いたかった。だから
勇儀「ウソだ!ウソをつくな!」
あり得ない言葉を口にしていた。
萃香「勇儀…、鬼はウソは言わないよ…」
勇儀「じゃあちゃんと説明しろよ!」
萃香「説明しても結果は変わらないよ!」
勇儀「分からないだろ!?だっておかしいだろ!?
お前さんがそんな事するはずないだろ!」
私達は人目もはばからず言い合いを始めていた。私は親友の言葉を信じたくない一心だったが、親友は避けようのない事実から目を背けないようにしていたのかもしれない。
そしてその場面に現れたのが、
??「お待ちなさい!」
部下の身を心配して様子を見に行っていた閻魔様だった。
映姫「ヘカーティア様、ここはご無礼をお許し下さ
い。」
ヘカ「いいってばそういうの」
映姫「では、許可を」
ヘカ「よし!やっちまえ」
彼女は女神に一礼をすると、鋭い目つきで私と親友を交互に「ちゃんと話しを聞けよ」と視線で指示を送り、口を開いた。
映姫「あなた達、言い合いをしている場合ですか!
怪我人が出ているのですよ!」
『えっ!?』
彼女が指した先には大の字で横たわる弟分と、それを心配そうに眺める3人の妖怪の姿があった。親友はそちらに目をやると一気に表情が青ざめていき、私も目を見張った。いや、心のそこでどこか「やっぱり」と思うところもあった。
弟分がキスメと接触したときに聞こえて来た不快な鈍い音。あれは弟分の体が悲鳴を上げていた音だったのだと、
彼女に言われてようやく認識した。
萃香「鬼助が、私のせいで…?」
映姫「怪我人の容体は向こうの者達が確認していま
す。今あなた達がすべき事は、この騒ぎを早
々に収拾する事ではありませんか?
勇儀「申し訳ありません…」
映姫「軽傷とは言え、私の部下も被害を受けたので
す。何があったのか全部話して下さい。
説明希望です」
彼女にそうまで言わせた親友だったが、下を見たまま直ぐには答えなかった。ただ時間だけが経過する中、その状況を打破したのが
??「言い辛いですか?」
さとり嬢だった。
次回【三年後:鬼の祭_玖】