『うおおおおおーっ!』
湧き上がる大声援。時間はいっぱい。
??「見合って、見合ってー…」
父さん…、萃香の親父さん…。
??「はっけよーい…」
心置きなく全力の限りをぶつけておくれよ。
??「のこった!」
--試合前--
◆ ◇ ◇
??「ヘカーティア様、四季様、こちらへどうぞ」
丁寧な姿勢で物凄く偉い客人達を案内するこの町の長。
ヘカ「へぇー、いいねここ。観やすーい。
四季ちゃんもおいでよ」
彼女がいるその場所は彼女の為に設置されたVIP席。他の観客席と比べて高い位置に存在し、見下ろしながら試合を観戦出来る。誰もが
映姫「いえ、私はここで結構です。
お気遣いありがとうございます」
だが折角の女神からの誘いを断る閻魔。今彼女がいる位置からでも試合は観戦しやすく、土俵を正面にして視界を遮る物は何も無い。ただそこはこの町を統治する者達と同じ席。彼女のような地位の者であれば、そこは不釣り合い。
ヘカ「そう言わないでさぁ。もう一人分作って
もらったんだし、一緒に見ようよ」
映姫「で、ですが…」
尚も困ったような表情で
ヘカ「はは〜ん、もしかして四季ちゃん………。
高い所苦手?」
??「あちゃー、四季様バレちゃいましたね」
女神に上司の弱点を見抜かれるも、嬉しそうに笑う死神。そんな彼女に上司は「何が可笑しい」と視線を送ると、彼女は咄嗟に視線を天井へと移し、口笛を吹き始めた。
小町「~♪」
ヘカ「大丈夫だよ、そんなに高くないから。
おいでよ」
ここまで女神様に言われてしまっては、閻魔様とはいえもう逃げられない。彼女は意を決して…とその前に。
映姫「手を…」
ヘカ「ん?なに?」
映姫「手を握っていて下さいますか?」
怯える子犬の様に目を潤ませて尋ねる彼女に、地獄の女神は
キュン♡
とした。
ヘカ「いいよいいよ〜、ずっと握っていてあげる。
なんなら抱きついて来てもいいよ。
寧ろそっちがいいかなぁ〜」
映姫「絶対絶対ですよ!?」
女神はtake outを考えていた。
◇ ◆ ◇
熱気。全身から立ち上る湯気は闘志と同意。汗を掻いて息も荒々しいが、これはベストコンディションの証。彼は来たるその時に向け、体を温めていた。そして最後に瞳を閉じ、親友が言っていた言葉を思い返す。
??「伊吹…。あいつ…」
??「じぃじーっ!」
そこに愛すべき孫(仮)の声が。目を開けると孫(仮)と共に娘とその友人達が集まって来ていた。皆彼と一緒に食事を楽しんだ者達であり、自然とその時の事が思い起こされる。
親方「応援しに来てくれたのか。ありがとうな。
一緒に飯を食ったあの日から今日まで、
あっという間だったな。
祭当番に手伝い、ご苦労だった」
ヤマ「私達がした事なんて
パル「そうですよ、お義父様」
勇儀「おい、何ドサクサに紛れて放ってんだ?」
鬼助「親方様からのありがたいお言葉!
オイラは猛烈に感動しました!」
大鬼「じぃじ、まだお祭り終わりじゃないよ」
親方「がっははは!」
彼は笑った。それは上っ面の物ではなく、心の底から。
彼は今日という日を迎える為、日々鍛錬に励んだ。それは日を追う毎に激しさを増し、表情も硬く険しいものになっていた。それがつい先程までの事。
勇儀「やっと笑ったか」
大鬼「じぃじずっと怖い顔してんだもん」
親方「すまんすまん。気が張っていたんだな。
お前さん達のお陰で緊張が解れたわい」
ヤマ「親方様は笑っている時の方が素敵ですよ」
鬼助「親方様!よっ、男前!半端ないです!」
親方「おっ?そうか?いやいや照れるなぁ」
蜘蛛姫と鬼助のヨイショに頭を掻きながら、本気で照れる彼。そこに「今ならいける!」と目を輝かす者が
パル「私もそう思います。お義父様!」
調子に乗った。
勇儀「パルスィ、それ以上言ったら…。
分かってるだろうな?」
拳をバキバキと鳴らし、つけあがる者を見下ろすように睨みつける『無能の四天王』。彼女の目は………、本気だった。
親方「がっははは!お前さん達は本当に面白い!」
鬼助「ヤバイありがとうございます!」
勢いよく深々と頭を下げる鬼助に、流石の彼も違和感を覚え、
親方「鬼助どうしちまったんだ?ちと暑苦しくない
か?それにありゃなんだ?」
娘の弟分の腰から伸びる物を指差し、実の娘にこっそりと尋ねた。懸念していた事を聞かれ、冷や汗を流しながら焦り出す娘。
怪我を負った彼女の弟分は、少年が持って来た薬のお陰で瞬く間に回復した。とは言え、折れた肋骨が薬でそう簡単に治るとは、その場にいた誰もがにわかに信じ難いと思っていた。
更に服用した彼の様子が奇妙で、回復をアピールするために突然バック転を始めたり、会話に「ヤバイ」「猛烈」「半端ない」の言葉が現れ出したのだ。そして終いには「もっと熱くなれよ!」と、冷めた視線を向ける周りの者達まで巻き込み始める始末。言わば極度の興奮状態「最高にハイってやつ」だった。
だが放っておけば今度は彼が騒ぎを起こしかねない。そこでとった苦肉の策。その名も『犬の散歩だよーん』。彼は今、蜘蛛姫に自慢の糸に繋がれている。
勇儀「ちょっとね…、ある物を飲ませたら元気が
出すぎちゃってさ…。あれは念の為だよ。
念の為」
「ウソは言っていない」と心の中で何度も呟く勇儀。
親方「ん〜?まあそういう事なら、
深くは聞かねぇけど…」
娘の説明に納得し切れず、首を傾げる彼だったが、彼女の発する視線に「これ以上聞くのは野暮」と判断し、その話題はもう終わらせて次の話題へと移した。
親方「勇儀ちゃん。公平な審判を頼むよ」
勇儀「ああ、もちろんそのつもりさ。
萃香とも約束してある」
親方「そうか」
彼は一言そう呟くと、真剣な表情で語り出した。
◇ ◇ ◆
??「親父…、今の話、本当なの?」
彼の愛娘は悲しみに満ちた表情をした。
??「そ、そうか私を驚かそうとウソを…」
笑いながら話す娘を、彼は懐かしむ様にただ静かに見つめていた。
彼が娘と話すのは実に久しぶりの事だった。久しぶりとは言え人間の時間にすれば、それはとても気の遠くなるような時間。時々彼の下へ帰って来る事もあったが、「ただいま」「おう」と2人が面と向かって、声を発するのはコレだけ。
そんな2人の久しぶりの会話は、以外にも彼から切り出していた。
--更に少し前--
彼は適度の汗を流しながら腕組みをし、目を閉じて意識を集中させていた。彼もまた親方様同様来たるその時に向け、それは仕上げの段階。そこに、
??「いまいい?」
久しぶりに聞いた声。だが決して忘れもしないその声に、彼は反応した。
閉じていた瞳を開ければ、遠い記憶の頃と然程変わらぬ愛娘がそこにいた。
親父「おう」
ここまでの言葉のキャッチボールはいつもの事。だがその先は、もう今となっては彼女達のワールドレコードに値する。故に2人は互いに暫く沈黙した。
親父「なあ萃香、元気していたか?」
記録はこの時塗り替えられた。
萃香「う、うん…」
親父「ちゃんと飯食ってるか?」
萃香「うん…」
新記録は続く。しかしそれは会話と呼ぶには程遠く、2択の質疑応答。それでも2人を包んでいた冷たく、固い雰囲気は徐々に溶け始め、
親父「男はできたか?」
彼はこの機に冒険に出た。
萃香「うん……………………………………、は?」
娘、流れでYESと答えるも、質問事項を脳内でリピートさせ目を点にした。
親父「へぇー、そうなのか。お前にもついに…」
顎を撫でながら、世にも珍しい物を見る目で納得する彼。実の娘にも関わらず、酷い仕打ちである。
萃香「ちょちょちょちょっとタンマ!え?なに?
急に何を聞いて来てるの!?男っ!?
そんなの…」
親父「なんだ?やっぱりいないのか?まだ色恋沙汰
が無いとは…。父として安心していいのか、
悲しんでいいのか…」
更には娘の否定的な反応にガックリと肩を落とし、本人に向かって愚痴まで零す始末。これまでこの手の話をしていなかっただけに、反動が大きかったようだ。
萃香「う、うるさいなぁ!そんなの私にだって…」
怒りを露わにしたかと思えば視線を外し、熱っぽい顔でゴニョゴニョと呟く娘の様子に、彼は気が付いた。
親父「そうか…。好きなヤツはいるんだな」
そっと置かれた爆弾はカウントを待つ事無く
ボンッ!
爆発し、娘の頭を噴火させた。
萃香「はわわわわわ」
最上級にテンパリ出す娘。彼女の脳内は正に火山の内側の様にグツグツと煮えたぎり、その熱は流れ出すマグマの様に赤く、情熱的な色となって彼女の顔を染め上げた。
親父「お母さんはその事知っているのか?
どんなヤツなんだ?鬼なんだろ?
知っているヤツかな?」
これでもかと浴びせられる質問の連打に、彼女は生まれて初めて最大級の悩みを抱えていた。なぜなら彼女の種族は鬼。鬼なのである。つまり、ウソがつけないのだ。冷静な彼女であれば、話をはぐらかす事でこの場を逃げられただろう。
しかし彼女の頭の中は、好意を抱くその者の事でいっぱいだった。
萃香「お母さんは…」
その結果、正直に答え出していた。
『ちょっと待ったー!』
だがそこに「それ以上いけない」と割り込んで来る者達が。
??「言わせませんよ!」
??「親公認にしよう
萃香「そそそそんなつもりは無いよ」
??「『紹介するまで待ってて』ってあなたが
言うから、あそこの岩陰でずっと待って
いたんですよ!?」
??「それ
血相を変えて娘に駆け寄って来た者達に一瞬思考が停止する彼。その原因の大半は突然現れた事によるものだが、その中の一人の姿には彼も見覚えがあり、娘と関わりがあるという事実が意外だった。
親父「あんた…、地霊殿の主人さんだろ?確か…」
さと「あ、失礼しました。申し遅れました。
地霊殿の主人で古明地さとりと申します。
それで彼女は私の家族の…」
お燐「火焔猫燐ですニャ」
丁寧に自己紹介とお辞儀をする旧地獄の新参者達。そしてその後方からゆっくりと遅れてやって来たのは、
カズ「まいどでぇーす」
無愛想極まりない肉屋の息子。
親父「なんでぇ、カズキも来たのか。
お母ちゃんと一緒じゃないのか?」
カズ「母ちゃん今出店やってる。でもおっちゃんの
試合は見に来るよ。母ちゃんが、
『負けたら承知しないよ』だってさ」
親父「だっははは、こいつは手厳しい。
相手が誰か分かって言ってるのかよ」
カズ「『でも悔いのないように』だってさ」
親父「はっ、アイツ…。また余計な事を…」
親しげに話す彼と少年。それはまるで古くからの知り合いであるかの様に。そんな彼らの事情を知らぬ者が堪らず尋ねた。
さと「あのー…、カズキ君とはどういった…。
お知り合いなのですか?」
親父「知り合いって言うか」
彼女の質問に彼はそこで言葉を区切り、表情を変える事無くさも当たり前の様に
親父「甥っ子だ」
と答え、彼女達の思考を停止させた。
『えーっ!?』
次回【三年後:鬼の祭_拾参】