◆ ◇ ◇
??「申し訳ありません!遅くなりました」
走りながらその場に登場した覚り妖怪。町の長達が
棟梁「大丈夫ですよ。祭りは楽しめていますか?」
笑顔で迎えられた。
さと「はい、とても」
その笑顔に彼女も心からの笑みで答えた。
??「さとりんやっと来た。遅いよー。
遅刻だよ、遅刻ぅ〜」
そこに優しく温かい雰囲気をぶち壊しながら、無理矢理会話に入ってきた地獄の女神。
さと「ご、ごめんなさい!」
ヘカ「なーんてね。そうだ、ポップコーン食べる?
さっきピースが持って来てくれたんだ」
その聞き覚えのない単語に首を傾げる覚り妖怪。しかし女神から差し出されたそれが、先程訪れた店で少年達が手にしていた物と同じ物であると気付き、
さと「あ、ありがとうございます。
これがポップコーン…」
ありがたく頂戴する事にした。
ヘカ「他の味が良かったら言ってね。
あとはカレー味と塩バターがあるよ」
さと「はぁー…。それでそのピースさんは?」
ヘカ「もう観客席に行ってるよ。一緒に見ようって
誘ったんだけど、新しくできた妖精の友達と
一緒に見る約束をしてたんだってさ。
ここに住んでる妖精らしいよ」
さと「え?地底にも妖精が?」
意外な事実に目を見開く覚り妖怪。
彼女達が地底へ来る前、地上で暮らしていた頃。それは彼女達の周り、至る所にいた。
氷の妖精、
春を運ぶ妖精、
日の光の妖精、
月の光の妖精、
星の光の妖精。
挙げればキリがない程日常的に、ごく当たり前に存在していた。しかし地底に来てからというもの、それを全く見る事が無くなり「きっと地底にはいないのだろう」と、新参者の彼女達は結論付けていた。
地底にも妖精は存在する。それを確かめるべく彼女は町の長へ視線を移した。
棟梁「ええ、数は少ないですがここにもいますよ」
さと「へー…、初めて知りました。
まだまだ多いですね、私の知らない事」
その視線に丁寧に答える町の長に、覚り妖怪は感心する様に呟いた。
それと同時に、脳裏に蘇る地底世界の秘密。それらがいったい何処にあり、どの様に存在し、何故ここにあるのか。彼女はそこまでは突き止められず、知ってしまったからというもの、頭から離れず気になる一方だった。
そんな彼女の胸の内を覚れる筈もない町の長。しかし彼女が優しい笑みで語り出した内容は
棟梁「今はそうかも知れませんが、いずれ古明地さ
んは全てを知る事になりますよ。
いえ、知って頂きます」
偶然にも的を得ていた。
さと「え?それはいったいどういう…」
覚り妖怪が尋ね掛けた時、そこへ杖をつきながら御老体がやって来た。
医者「嬢ちゃん、伊吹の方に行っとったろ?
どうじゃった?何か言うとったか?」
彼女が先程知ってしまったもう一つの秘密。それはあまりにもショックな話であり、気軽に話していいものではない。
さと「え、ええ…。でもそれは…」
医者「安心せい、ワシは知っておる」
お茶を濁そうとした矢先だった。あろう事かその老人は「知っている」と言い出したのだ。しかし彼の言うものと彼女が思うものが一致しているとは信じ難く、彼女は確認の意味で、堂々と能力を使った。
さと「はい、お察しの通りです。
あの、どうにかならないのですか?」
医者「ワシにも分からんのだよ。ヤツの体は至って
健康そのもの。診療所へ訪れた時、ワシは歳
だろうと答えたが、どうも腑に落ちない。
ヤツ
さと「ヤツ
たった一言。その一言が覚り妖怪に違和感を与えた。そして眉間に皺を寄せて怪訝な表情で尋ねる彼女に、
医者「伊吹だけじゃないんじゃ…」
この町の最年長者であり唯一の医者は、影の掛かった表情を浮かべるも、
医者「星熊………」
真っ直ぐな眼差しで答えた。
医者「棟梁もなんじゃ」
理解が追いつかず、発する言葉も見つからない覚り妖怪。唖然とする彼女に町の長は笑顔を作り、遠くを見つめながら穏やかに語り始めた。
棟梁「私の力は『正しい道を示す』程度の能力で
す。この能力で私は町の長『棟梁』として、
これまで皆を率いてきました。
ですがその能力が近頃不安定で、思った様に
機能してくれないのです。これではもう皆を
正しい方向へと導くのは困難となってしまい
ました」
棟梁の話に彼女は困惑を隠せなかった。目を丸くしながらその話に耳を傾けていた。その心境はこの町の未来の事を心配する一方で「何故自分にこの様な話をするのか」と不安と疑問が渦巻いていた。だが、棟梁の話はまだ終わりではない。
棟梁「ですが私は悔やんでもおりませんし、今後の
事について心配もしておりません。
私に代わる…いえ、それ以上の働きが出来る
であろう逸材を見つけましたから。
他人の本心を見る事が出来るその能力であれ
ばきっと…」
そして町の長は
棟梁「古明地さん」
彼女の名を呼んだ。
思い悩む彼女を現実へと戻す一声。彼女は我に返ると、驚きながらも返事と共に姿勢を正した。その様子に町の長はクスリと微笑んだ後、深く頭を下げて
棟梁「この町の事を宜しくお願いします」
町の未来とその想いを若く、小さな妖怪に託した。
◇ ◆ ◇
観客から湧き上がる大きな声援。観客席から離れていると言うのに、その熱量と勢いがひしひしと伝わって来る。
ボォーーッン!!
力強く打ち鳴らされるドラの音…時間だ。
??「両者、前へ!」
母さんの掛け声と共に土俵の正面へと移動する2人の男。互いに視線を合わせるとニヤリと笑い、手にした物を高々と掲げて
『この勝負にコイツを賭け、正々堂々力の限り
を尽くす』
儀式の決意表明。だが今回は互いに賭ける品が品。しかも2つ同時に場に揃う事なんてそうはない。この光景を初めて見る者も多いだろう。会場は一瞬静まり返った。
◆ ◇ ◇
??「へー、アレが鬼さん達のお宝かー」
目下の土俵を膝の上で頬杖をつきながら眺める女神。その価値こそ知ってはいるものの、彼女が目にするのはこれが初めてだった。
棟梁「これより地獄の女神、ヘカーティア様と
地獄の最高裁判長、四季映姫様がご観戦の下
『酒が無限に湧き出る瓢』と
『注いだ酒のランクを上げる盃』の
争奪戦を行う。
親方と伊吹、力の全てを出し切り、
己が欲する物をその手に掴んで見せよ!」
町の長からの掛け声に、再び歓声と熱が上がる会場。紹介を受けた女神は、その姿勢のまま笑顔で手を振りながら観衆に答え、隣の閻魔は未だビクビクしながらも、凛とした姿勢で手をかざして答えた。
ヘカ「四季ちゃん頑張ったね」
映姫「情けない姿を晒すのだけは避けたいので。
心頭滅却です」
しかしそれは
小町「四季様頑張れー…」
せめてもという思いで苦笑いを浮かべて声援を送った。
??「親方様ぁーっ!!」
そこへ聞こえて来た大きな声援。
医者「おや?アレは鬼助かの?」
最年長者の視線の先には大声で熱い声援を送る若い鬼が。だが側で一緒に観戦していると思われる者達は、顔を下に向けて「この者とは無関係」という態度を取っていた。
小町「鬼助…、元気になったんだ」
愛用の巨大な鎌を肩に掛け、安堵の笑みで彼を見つめる彼女。しかし安心する一方で、
小町「(ちょっと元気良過ぎないかい?)」
新たな心配事も浮上していた。
医者「ん〜?あやつ肋にヒビがあるか?
ここからだとよく見えんな。
それに何であんなに興奮しておるんじゃ?」
小町「えーと…、多分気のせいだと思いますよー」
◇ ◇ ◇
??「親方様ぁーっ!!マジ頑張って下さーい!」
ありったけの声量で声援を送る熱き男。
鬼助「萃香さんの親父さーんっ!ファイトーッ!」
それは両者へと送られ、側から見れば「どっちを応援しているんだ?」と疑問に思う。だが彼としてはどちらも本命。どちらにも本気の声援を送っていた。そんな彼へ送られるのは悲しくもクスクスと湧き上がる笑い声である。
お燐「は、恥ずかしいニャ…」
お空「うにゅー…」
パル「妬ましい…」
キス「フッフッフ…」
ヤマ「はー…、糸外すんじゃなかった…」
大鬼「もーっ!キスケじっとしてろよ!」
そんな彼の近くで足元へ視線を落とし、顔を赤くする関係者達。何を言われても相手にしないと決めていた少年達だったが、
鬼助「なんだよお前達!もっと応援しろよ!
もっと熱くなれよ!
そーれ、おっやかた♪おっやじさん♪」
ヒートする一方の彼。終いには音頭まで取る始末。
棟梁「主審、副審前へ!」
そこへ町の長の一声。その声に流石の彼も音頭を取る事を止め、他の者達同様に土俵へと注目した。
視線が集まる大きな土俵。その前に現れたのは2人の四天王だった。
◇ ◆ ◇
勇儀「主審を務める星熊勇儀だ。それと…」
萃香「副審を務める伊吹萃香だ」
勇儀「私達はそれぞれ両者の身内になるが、
審判は正当且つ公平に行う事をここに誓う」
萃香「私も誓う」
私と親友は片手を高々と掲げ宣言した。視線の先、正面の観客席で見守る母さんはそれに黙って頷き、観客席からは拍手が送られて来た。これは期待されていると捉えるべきかな?
さて、みんなには了承を得ないといけない事かあるのだが、果たしてどうか…。
◆ ◇ ◇
ヘカ「へー、審判は娘さん達がやるんだぁ」
棟梁「ええ、2人共どうしてもと言うので、
反対意見が無ければという条件で認める事に
したのです。
事前のアンケートで反対する者はおりません
でしたので、任せる事にしました」
横から聞こえて来る女神の疑問に、前を見つめて答える棟梁。彼女は絶賛『棟梁』としての職務を遂行中なのだが、
ヘカ「ふーん。そう言えばさー、娘さんの能力どう
なったの?」
質問はお構い無しに続く。
棟梁「それは…」
この問い掛けに彼女は浮かない表情を浮かべた。そしてその表情に気付いた女神は、土俵の前で宣言する者を見つめながらそっと呟いた。
ヘカ「そっか、まだなんだね。早く見つかるといい
ね。いつまでも『無能の四天王』って言われ
るのは可哀想だよね」
その言葉に彼女はコクリと無言で頷いた。
◇ ◆ ◇
湧き上がる大歓声、賛成は多数。
それは私と親友と父さんと親父さんとで話した事。父さんだけのエゴだと思っていたが、まさか親友の親父さんからも同じ事を言われるとは思わなかった。しかも事前に打ち合わせていた素振りもなくだ。その証拠に父さんは目を皿にして驚くと共に大層喜び、この上ない程ドヤ顔をしてきやがった。これには正直イラッと来た。
だがそれを私と親友だけで決められる筈も無く、タイミングとしても急過ぎる。
そこで私達は許容範囲内のルールを考え、ダメ元でそれを皆に許可してもらう事にした。
勇儀「さーてどうなるか…」
萃香「みんな凄い熱くなってるね。
やっぱりそういうのが見たいのかな?」
親父「だっははは、そりゃ愚問だな」
親方「がっははは、なんせ鬼は皆闘いが好きだから
な。妖怪供も嫌いじゃないだろ?」
勇儀「私達がするのは本当にここまでだからな。
結果が変わらなくても説得しないからな」
萃香「2人共素直に聞き入れてよね」
『分かってるって』
笑いながら息ピッタリで答える2人の父親。とてもこれから闘う者同士とは思えない。
正面ではお偉いさん達が輪になって超緊急会議を開いている。その中には地底のもう一人のお嬢様の姿も。ここで許可が出なければ全ては白紙のものとなる。
ふとその会議の隣の席に視線を移すと、目を輝かせながら会議を見下ろしているヘカーティア様が。時折何か言葉を発している。その口の動きに注視すると「み・た・い」。「見たい」だ。これは強力な味方が…と言いたいところだが、彼女は女神とは言え部外者。あくまで参考意見止まりだろう。
そしてその女神に口を押さえられ、青ざめてジタバタと暴れる閻魔。大方彼女が「そんなの言語道断です」とでも言おうとしたところを、女神様が「ちょっと黙ってようか」と口を塞いだのだろう。ただ何で顔が青い?それにそんなに暴れるとそこから落ちるぞ。………それ見たことか。
そして町のお偉いさん方へ視線を戻せば、診療所の爺さんが嬉しそうに笑っている。あれは文句無しに賛成派だろう。他のお偉いさん方も同じ様な反応だ。あちらも賛成多数の様だが、町の長の母さんがとても許すとは思えない。額に手を添えてお得意のポーズ。あれは………頭痛だな。ストレス性の。
萃香「棟梁様、随分悩んでるみたいだね」
親友もその様子に気付いたみたいだ。
勇儀「ああ、そりゃ急過ぎて…」
私は言葉を途中で区切った。向こうに動きがあったからだ。
お偉いさん方が一斉にさとり嬢に注目したのだ。それも結論を待つ様な眼差しで。最終的な決定は町の長、つまり母さんだ。それなのにあの光景は何だ?あれじゃまるで…。そしてその母さんは………笑ってる?
その後直ぐにさとり嬢が一同へ何かを話し、それぞれが元いた席に戻って行った。
棟梁「静粛にっ!」
母さんの言葉に観客が静まり返った。
棟梁「先程の主審からの申し出について、こちらで
協議した結果をヘカーティア様からお伝えし
て頂きます。
では、ヘカーティア様お願いします」
固唾を飲んで女神に注目する観客達。誰もが物音一つ立てる事無く、近くを流れる川のせせらぎだけが聞こえて来る。
辺りが静寂に包まれる中、ついに彼女は口を開いた。
ヘカ「よし、やっちまえ!」
許可は出た。それと同時に一気にヒートアップする場内。これから試合を行う2人は互いに固い握手を交わし、それぞれの位置へ。 私と親友も握手を交わし、同時に背を向けて互いの父の後ろをついて行く。
大きな背中。この背中を追いかけて、しがみ付いて頬を寄せていたのは遠い昔の事。でもその時に不思議と湧き上がる安心感は、未だに忘れない。一歩、また一歩と土俵へ上がっていく父。この下から見上げた時の角度。瞳に映る土俵へと上がった父の背中は、僅かに残る記憶そのまま。
勇儀「父様…」
どうか…どうかご無事で。
勇儀「思いっきりいってこい!!」
親方「うおおおっ!!」
次話、主にとって初です。挑戦です。
次回【三年後:鬼の祭_拾漆】