西住流2代目 西住ちほ
1952年、サンフランシスコ平和条約の施行に伴う、戦車道復活に際しての発言。直前では朝鮮戦争、インドシナ戦争の長期化に触れていた。
第3章 ① 最高の環境
日本戦車道連盟規定
戦車道は健全な婦女子を育成し、世に役立つ人物を送り出す為にある。目指すべきは自己鍛錬と相手への敬意、そして照準器の先に見据えた己の心である。
…
1.試合はフラッグ車ルール、または殲滅戦ルールを適用する。フラッグ車ルールはフラッグ車の走行不能となった時、殲滅戦ルールは全車走行不能または戦闘体制が崩壊したとみなされた時に敗北とみなす。
……
1.硬式戦車道とは人命を賭して非常時に最高の策をとれる人間を選び集中的に育てる為に行うものである。
1.大会中の犠牲者及び負傷者は事故扱いとする。それに対する戦車道連盟からの保障は行わない。
……
1.通常硬式戦車道はフラッグ車制を導入する。しかし大会本部の総意に基づく決定により変更可能とする。
……
1.試合会場は大会本部の決定のもと行うものとする。なお、同一回戦は同じ会場で行うこと。硬式は捕虜管理の敷地なども確保できる場所である、と連盟に認定された場にて行うこと。
……
1.戦車は1945年以前に設計、製造されたものを使用する。他の使用武器も同様とする。それにそぐわない武器の使用は、理由の如何を問わず使用チームの反則負けとする。
また硬式戦車道において歩兵用短機関銃はトンプソンM1、モシンナガン、Stg42のいずれかと弾を100発を毎試合1車輌につき1組支給、拳銃は九四式拳銃に弾丸1発を装填し毎試合ごとに1人一丁支給する。
1.戦車砲弾は大会本部から支給、または使用を許可されたものを使用すること。それ以外の砲弾の使用は使用チームの反則負けとする。
……
1.試合会場周辺は自衛隊により包囲する。逃亡と判断された場合は射殺を許可する。その死者は犠牲者扱いとする。
……
棄権要項
1.棄権は戦車道連盟理事校のチームのみ認められる。
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1.硬式戦において試合参加チーム以外が、事前に戦車道連盟に通告した上で同盟校として試合に参加することを認める。ただしそれに伴う砲弾の支給は行わない。
……
捕虜扱い要項
1.捕虜とは投降したもの、及び敗北チームの生存者を指す。
……
1.試合によりあるチームが負けた際、そのチームの持つ捕虜は無条件に解放される。
……
12月1日、ついに2012年度第74回全国高校生軟式戦車道会場である自衛隊東富士演習場が開場となった。全員にユニフォームが配られる。
「わー、これがユニフォーム」
バレー部の人たちがいつものユニフォーム以外の服を着ているが、案外違和感がない。
「どう、似合う?」
「お似合いですわ」
ユニフォームの背中のあんこうのマークを見せながら沙織さんが確認し、それに対して華さんが微笑んで手を胸の前で合わせている。いつもの格好ができない歴女達は少々不満気だ。だが帽子やマフラー、羽織だけは譲れないようだ。
「何だか戦車兵みたい」
「だよねー」
1年生はユニフォームを見て騒いでいる。確かにここまで紫に近いユニホームは私も他に思いつかない。かといって戦車兵らしいか、と聞かれるとそうでもない気がする。
優花里さんは目の上に手をかざして他校の様子を見回していた。
「おおっ、有名な高校が来ているでありますね。あっ、サンダース発見!
流石サンダース、あの周りに屋台がいっぱい出ているであります!あ、あれはもしやシャワー車輌!そしてシャーマンがずらり」
どうやら初めて間近で見る強豪校に興奮しているようだ。まぁ元々戦車道ファンだからな、そうなるか。
「あのー、桃さん。この服の上からスカートじゃダメですかね……」
「ダメだダメだ!せめて開会式くらいはそのカッコでいろぉ!」
「そうよ!あとカバさんチームの人たちも!コスプレ禁止!れっきとした式典なのよ!学園の代表ということを理解してちゃんとしなさい!」
「えぇ〜……」
サメさんチームの面子は、特にフリントさんはカッコに拘りがあるらしく、河嶋さんや園さんと口論している。前の付き合いからか、こういう光景も微笑ましく思えるようになっていた。
だが流石にスカートの上からスカートはいかがなもんかと思うぞ。
死ぬはずが、なかった。
ふとサイレンが鳴り、それに合わせてそばに来ていた5羽ほどの鳩が一斉に飛び立った。飛ぶ時にフンを撒き散らさなくて良かったな。
「これより開会式を始めます。選手の皆さんは指定の場所に戦車を置いた上でメインスタンド前にお集まりください。」
メインスタンド前には大きな画面とその前に朝礼台のようなもの、そして16校のチームの選手が各2列縦隊で整列していた。私の前には河嶋さん、斜め前は会長さん。横には小山さんが並んでいた。その後ろにあんこうチームの仲間から順に続く。
戦車道連盟代表の挨拶を筆頭に来賓の挨拶、前回優勝校プラウダの隊長と副隊長による選手宣誓などが次々と行われた。肩車はしないんだな。
「もう開会式始まってから30分以上経つよ。いつもこんなに長いの?、みぽりん?」
後ろの沙織さんが左の耳元でつぶやく。いつもは挨拶せず紹介のみで終わる人が、次々壇上にて挨拶している。そのせいで時間はいつもの倍近くかかっている。正直ウンザリしてきた。とっとと軟式の試合をさせろ。
そんな疑問を持ちつつ、ケータイ電話による通信は禁止であるから、ルール違反があった場合は即座に没収する、と伝達した会場案内係の自衛官が台を降りると、司会の者がこう言った。
「最後に今大会の実行委員長よりお話を頂きます」
「やっと最後だよー」
後ろの沙織さんは辛さと安堵が入り混じったような声をあげる。私も一息つこうとしたが、その息を噎せ返るような勢いで飲み込んでしまった。
裸足の上に履いたスニーカーのかかとを踏み、胸部が黒に腹部が白のパーカー、白地に黒の筋が脇に入ったジャージを着た初老の男が、2人の護衛の自衛官と共にゆっくりと、軋む音のする数段を登ってきた。
その男の顔を見たことがあった。いや、正しくは忘れたくても悪夢に寄生していて忘れられない顔だった。
「皆さん、こんにちは」
男は浅く頭を下げる。
「北野っ‼」
忘れもしないこの名前。
思わず叫んだ。他の学校からも同様の声が聞こえた気がした。その男の背後の画面に3文字が映された。
『B R 法』
「えっ、みぽりん、どうしたの?何あれ?」
沙織さんが再び背後からひそひそ話す。しかしそれに答える余裕は1ミリたりとも存在しなかった。
「競技開始以来八十有余年。今や戦車道はすっかりダメになってしまいました。そこで今大会では皆さんの培った技能を埋もれさせないよう最高の環境を用意させていただきました。どうか日頃の訓練の成果を存分に発揮してください。以上です」
他の挨拶した人々よりかは遥かに短かったが、その話に込められたものは間違いなく、限りなく多かった。
北野は2人の自衛官と共にゆっくりと段を降りた。選手はざわめいた。
BR法、その画面に残されたものが何なのか、北野は何が言いたいのか。
それが分かるのはこの場のほんの一部の者だけだ。
だが彼らも間も無く気付くだろう。この言葉があってはならないことに。
「何?みぽりん、どういうこと?」
沙織さんが先ほどよりはっきりと、不安げな顔で尋ねた。顔にこの時期に似合わない汗が流れる。冗談も大概にしろ、と言いたくなるが、依然として画面には同じ3文字が粛々と表示されたままである。
確認が必要だ。あの3文字が私の想定しているものと一致していない、という証拠の。
「優花里さん!待機場所に支給されている弾を一発持って来なさい!」
「はい!ただ今!」
優花里さんはすぐに待機場所に向けて駆けて行った。彼女も何かしら良くない雰囲気は感じているのだろう。私と同様汗が見える。
「あんこうチームとカメさんチームはちょっとこちらに集まってください」
まだ確定ではない。まだ確定ではない。
取り敢えず不安な気持ちを出来るだけ周りに伝えまいと微笑もうとするが、目が笑おうにも笑えない。
「西住ちゃん、さっきのはどういうことだい?」
カメさんチームのメンバーが集まってきた。しかし視線さえ合わせる余裕がない。目線を合わせたら顔を見せてしまう。
「優花里さんの答えが全てです」
そう答えるのが精一杯であった。
数分後、優花里さんが89式用の57ミリ砲弾を抱えて急いで走ってきた。
「西住殿、大変であります!戦車の内側の炭素繊維のコーティングが全て剥がされて没収されています!」
皆が固まる。その意味を理解するのに時間がかかる。私でさえそうなのだ。
「優花里さん、その弾を置いてください」
鋭く尖った鉄の塊。最後の微かな希望を小さな人差し指に託そうとする。置かれた弾を指で叩くと鈍い音がする。その音で皆理解した。私も確信した。
「中が詰まってる……間違いありません。これは硬式用の弾です」
軟式用は貫通性能を抑えるため弾の中央を空洞にして軽量化し、砲弾の先を丸くしている。しかしこの砲弾は先が尖り、空洞がない。火薬の威力もまた強化されているだろう。すなわち貫通性能が格段に高い。
「硬式ルールが導入されているのは黒森峰とプラウダ、あとはヨルダン、故宮とあと数校などほんの一部だけだったはずなのですが……」
ルールブックを確認していた小山さんが今年7月の大会の参加校を告げた。そう、これは軟式大会のはずだ。だが……
「BR法は殲滅戦ルールで行われる硬式戦の通称です。私も今まで実際に行われたことを聞いたことはありません。が、この様子ですと事実なのでしょう」
「バトルロイヤル、って訳かい」
「硬式って……戦車の中でも当たったら怪我するってこと?」
「いや、バラバラになって即死だろ」
「そ……そんなのやめようよ!みぽりん。参加辞退して帰ろう!」
「私達と同じルールなら、会場は自衛隊に封鎖されています。逃亡は射殺され戦死扱いです」
「そんな!」
「まーまーみんな落ち着いて。動揺してたらいい知恵も出てこないって!」
会長さんが干し芋を袋に一緒に入っているビニールのカバーごと食べながら言う。その様子を河嶋さんが会長をチラリと見たが、すぐに視線を外した。私は河嶋さんの目を見た。手のうちの一つは彼女が呑まねば実行出来ない。
「と、とにかくやられなきゃいいんだ!勝てばいいんだろ!我々は勝つために参加したんだ!1回戦の相手は何処なんだ!」
河嶋さんが自分の不安を払拭しようかというほど大きな声で叫ぶ。隊長がそう言うのならば、そうするしかない。逃げた所で問題がどうこうなる訳でもないのだから。
華さんが近くのトーナメント表を覗く。
「えっと……、サンダース大学付属高校です」
「げっ!サンダース大学付属高校!いきなり優勝候補の一角じゃないか!」
不安は増すばかりだ。
ひとつ言えるのは、戦わなければ確実に死ぬ。それが私と河嶋さんから全車長に伝えられた。返事をする者は誰一人いなかった。
そしてこの時、私の中ではとてつもなく恐ろしい考えが、ほぼ確信となって私の胸に仕舞い込まれてしまっていた。
私がもっと才能豊かな人間であったならば、このような結論は導かずに済んだだろうし、仮に導いても実力でそれをひっくり返せただろう。しかしこの愚かな私にそれを成し得る自信も実力もなかった。
広報部からの報告
内容
大洗女子学園の動向
同校からの連絡によると
「参加するしかないな」
と
「第74回大会の硬式化」
において選択をしたとのことです。