(若いうちはどんなルールにも従っておくのが良い。どうせ歳をとればルールを破る力が手に入るのだから。)
マーク=トゥエイン
サンダース大学学園都市、この学園都市は長崎県の旧大瀬戸町・西彼町・西海町・大島町・崎戸町とその後編入した川棚町、東彼杵町、波佐見町、佐世保市を範囲としている。かつてアメリカの支援で建設された学園都市であり、また港湾都市佐世保を管轄していることもあり資産が豊富で、大会参加校最大の約500輌の戦車を保有している。都市住民の総人口は大洗の3万、黒森峰の20万を超える50万人程(佐世保市を含む)である。
その戦車道隊長私、ケイと副隊長のアリサとナオミがテントの中にあるひとつの机を囲んでいた。
「……どうしようかしら」
何時もは楽天的だ、と自分自身のことを捉えているが、今日ばかりは真剣な顔で話さざるを得ない。
「まさか硬式戦ルールを適用するなんて。正気の沙汰じゃないわ」
「……」
ナオミは腕を組み、椅子ににもたれかかる。
「最初は大洗ですか。データによりますと、パワーは我々が上です」
机の上に右手を置いたアリサが言う。確かにそうだが、そうとも言えない事実もある。
「しかし相手にポルシェティーガー、III突、IV号、ヘッツァーがあります。彼らがある限りこちらも相応のダメージを受けるのは確実よね」
私は隊長だ。命令のない今、私の最大の職務は隊員を皆無事な状態で長崎の地を踏ませることだ。それが勝利に勝ることはないことは、私が何より理解している。
「隊長の戦車道は戦争ではない、というスピリットに則るなら棄権すべきかと」
ナオミが背もたれから身を起こす。
「棄権するの!今年戦車道始めたばかりのところに!我らサンダースがそんなとこに負けるくらいなら包囲網突破を考えたほうがましよ!」
アリサが立ち上がり反論する。そう、問題は弱小と思われている大洗に降伏することが、我がサンダースの地位を貶めないかにある。私としては相手に西住みほがいる上、練習試合でグロリアーナ相手に奮闘したと聞く。弱小とは思えない。
去年の冬に西住みほが行ったあの行動。みほが乗るフラッグ車と他数輌が川岸を走行していた時、待ち伏せしたプラウダの戦車が川の土手を破壊、黒森峰側の1輌が川に落ちた。それを助けにみほはフラッグ車から飛び出し、救助に向かった。その間にフラッグ車は撃破された。
戦うとなれば、彼女を殺さねば終わるまい。そんな人物を殺していいのか。
迷った。
そんな間ずっと2人は論戦中だ。
ふと外から声がする。席を立ってテントの幕を上げた。外には部下が1人直立不動で敬礼していた。情報は伝えてある。だからこそ行為は正さねばならないと考えているのだろうか。
「ケイ隊長、学校長より無線です。至急とのことです」
「分かったわ、すぐ向かうから待ってて」
敬礼を返す。身を翻し、2人の方を向く。
「校長に呼ばれたわ。待機しといて」
「イェス、マム」
2人はサッと立ち上がり、敬礼で答える。
無線室には1人の無線士が待機していた。一礼して入り受話器を取る。
「こちらサンダース戦車隊隊長ケイ。いかがしました、アイク?」
一つ命令を受けた。私は分かりました、と一言告げて無線室を出た。
もとのテントに戻ると副隊長2人が顔をこちらに向ける。席に着く前に口を開いた。
「黒森峰を倒すべし、それが学園長の言葉よ」
これが指し示す意味は一つだろう。私の意思には背くものだが。
「つまり……」
「大会に参加し、大洗などを倒して決勝に進む、と」
「トーナメントの都合上そうなるな」
「だったら思い切りやってやりましょう。プラウダと黒森峰を潰して、このふざけた戦車道を終わらせるんです!それが出来るのは我々しかいません!」
アリサが机を叩き叫ぶ。しかしナオミがここで手をあげる。
「ナオミ?」
「……降伏を勧告する、という手もありますが、どうでしょうか。無駄な血は流したくありません」
それをアリサが手を差し出して制する。
「いや、それはこっちから勧告すべきじゃないわ。こっちから戦いを回避しようという心持ちで黒森峰と戦えると思う?万一欠員が出ても我々の戦車道ならば補充可能です。試合をしたくないというのなら、向こうが提示すべきでしょう。それがないのなら……」
「そうね……分かったわ。私達はこの大会、戦い抜くわよ」
迷いはなかった。それが命令であるし、経験も必要だ。少なくとも初戦がプラウダや黒森峰であるのは避けるべき。そしてここで力を示すことが出来れば、のちの試合の相手へのプレッシャーにもなり得る。
すぐに隊員に集合命令を発令した。私のこの気持ちが維持されているうちに。
台が設置され、その後ろにサンダースの校章が掲げられた。それに見下ろされる様に200人以上の隊員が集められた。これらの者は戦車の乗員だけではない。救急隊や娯楽車両の管理者らもいる。
頭に光る4つの星とともに皆の右手側から台に上がる。
「Attention!(気をつけ)」
アリサの号令と共に、隊長を含む全隊員が足を揃え、力強く敬礼した。
「これより!我らサンダースのケイ隊長よりお話しがある!全員心して聞くように!」
ひとつ深呼吸した。その目に皆を覆い、勇気を与えられるよう力を込めた。あとは私の心からの決意を示すのみ。
「いい、これだけは覚えておきなさい! 臆病者が勝利の為に命を捧げたりはしないわ! 馬鹿正直な戦友を死なせて勝利だけを得ようとするのよ。そして勝者としての栄光は、その臆病者が生きながらにして享受する! まるで自らがそれを得たかのような顔をして!
諸君! 校内にはこの度の戦車道大会への参加をやめるべきだ、という声が流れているという話があるけれど、それは臆病者が流したデマよ!その証拠に! この私が! 今大会への参加を決断しているわ!負けるだの棄権だの、今後これらの言葉は母校サンダースへの重大な冒瀆と思いなさい!」
歩き回りながら手に持つ鞭を手に叩きつける。
「栄光なるサンダース大学は教師も、生徒も、父兄も、常に戦いを求めているわ。ビー玉、駆けっこ、大リーガー、ボクサー。我々は小さい時から戦って勝つ者こそ愛し、負ける者には同情さえ示さない。
かつて一度我が校が負けた時を見よ!その際に指導していた奴らに対し、我々は10年以上気にも留めなかった。ただの道路脇の石ころだった。
我が校がそれ以来常に勝利するのは何故か? それは負けることさえ憎んでいるからよ!戦いは人間が、いや生物皆が熱中出来る最強の競技。素晴らしいものだけ残り、それ以外は淘汰されるわ」
鞭は今度は右肩に手首を折り返して当てる。
「諸君らの中には死を恐れるものがいるでしょう。かく言う私もそれに含まれてない、といえば嘘になるわ。確かにこの場のほんの僅かな人間が、大きな戦いで死ぬことになるでしょうね。
誰しも最初の戦いは恐れる。もし違うと言う人間がいたら、そいつはホラ吹きよ。しかし真の英雄とは、恐れつつも戦える人を指すのよ。何分か、何時間か、何日かかけて、私たちは戦場で恐れを乗り越え、命令への即応と細かな注意力を武器に前に進むでしょう」
背を向け後ろの校章を見上げる。
「戦車部隊はチームよ。同じ街で暮らし、同じ街で食べ、同じ街で眠りにつく。そして同じ街のために戦う。何事もチームが優先で個々の人格など存在しえないわ。
だが中には乗員の人格も認めろ云々と言う大馬鹿がいて、戯言をツイッターやフェイスブックでつぶやき、ブログに書き散らすのよ。そして何の価値もない、単なる色が変わるだけの同情を得ようとする。そういうやつに限って実戦では何の役に立たないカスよ! ゴミ同然よ!」
最後の一言を強調すると正面に向き直る。
「我が校の装備や食事は最高で、生徒の質と士気も世界一。私は正直相手校に同情を禁じ得ないわ。彼らは負けて恥辱を受けるだけでなく、はらわたを引きずり出され、その脂は我が戦車の履帯を洗うのに使われるのよ。だけど彼女らに同情する必要はないわ。何故そんな貧相な装備でわざわざ戦いを挑もうとするロクデナシに同情する義理があるの?」
一つ息を吐き、その後大きく息を吸い叫ぶ。
「無論私も皆と同じく学園の地を再び踏むことを望むわ。しかしみんな地面に寝っ転がったまんまでは、試合に勝つことは出来ない。
この望みを成し遂げる道はただ一つ。心に刻んでおきなさい。相手のロクデナシをぶちのめし続けることよ。とっとと奴らを引っ叩けば、私たちはとっとと家に帰れる。
最低最悪の一切合切を粉砕し、満を持して仇敵のヘボ先生を撃ち殺す!
これも肝に銘じておきなさい! 守りを固めるなどということは我が校にはありえないわ! 我々には攻撃ターンのみ、陣地の死守は相手校の役割よ!陣地保持なんて報告をする暇があったら、先に進みなさい!
進撃に続く進撃こそが我らの戦法! 上手くやろうとしてしまう前にひたすら進み、奴らをガチョウの糞のようにメタメタにしてやりなさい!」
腕を振るい上げていた腕を降ろした。
「栄光ある勝利をつかんだ暁にはそれを生涯誇るこそができるわ。いつか諸君がその子供に学生時代何をしていたのか尋ねられてもこう答えなくて済む。
『ただの目立たない学生だったよ』と。
自由に魂を捧げし美しき英雄たる諸君を率いてこの戦いに参加できることは私の誇りであり、我らの偉大なる母校サンダースの誇りであるわ!諸君も英雄となるに足る誇りを持って戦いなさい。
黒森峰とプラウダに、この地が奴らの独壇場ではないことを、大洗を完全に制圧して思い知らせてやりなさい!
以上よ!怯むな、進みなさい!
神よサンダースに恩寵あれ!」
「イェス、マム‼」
最後に今までになく意思を込めた敬礼をきめる。総員の大きな返事が響き渡る。全力で敵をたたく、そのことでサンダース全隊員が一致した。
「……流石です、隊長」
台を降りた先には、各自車輌の準備するよう指示した後のアリサが待ち構えていた。
「神よサンダースに恩寵あれ、ねぇ」
「良いんですよ。神に頼るのは準決勝以降。それまでは神に決められずとも、既に我々が決めていることですから」
机の上には1人に1つづつスープの入った器とコップが用意されていた。会長さんがコップを掲げる。
「それでは前祝いにジュースでカンパーイ!腹拵えが済んだらいよいよ試合開始、ガンバロー!」
会長さんの挨拶いつもの軽い感じだ。しかしカップ同士の当たる音は聞こえない。
「西住殿、キンチョーして喉を通りません」
スプーンを持ったままが地図を確認する私に、優花里さんが話しかけてきた。ジュースの残りを喉に流す。
「そうですね。もう次の次ががプラウダなんて」
「え?いえ、相手はサンダースであります!参加校ナンバー1の装備と物量を誇る優勝候補であります!」
「ああ、でも航空支援のないサンダースならなんとかなるんじゃないでしょうか? それに1回戦なら車輌数も限定されますし。こちらの主力はヘッツァー、III突、ポルシェティーガーともに防御タイプなので引いて守りを固めましょう。それでもサンダースは押してくると思います。
ですがサンダースは硬式においてならプラウダや黒森峰より士気が大きく劣りますから、そう気負うことはないでしょう。それにその次のマジノかアンツィオも共に硬式の経験はありません。戦車の質から考えると、そんなに気にかけることはないかと」
「……そういえば、先ほどお会いしていた方はどなたでありますか?」
「今回には関係ないので大丈夫です」
全く、この口調を維持するのも辛いんだぞ。そんなに話をそらしたりしようとしてくるんじゃない。上手く伝えてくれよ。
珍しく華さんがお代わりすることなく食事が終わり、片付けされずに残った唯一のものである机の周りに全車長が集まる。河嶋さんが真っ先に口を開く。
「西住、今回はお前が策を立ててくれ。硬式経験者はお前だけだ。軟式とは訳が違うだろう」
「分かりました」
まぁ、そりゃそうくるか。バツ印が2つ書かれた地形図を食い入るように見つめる。一つは我々、もう一つはサンダースだ。ある程度考えた後、それとは別に1枚の紙を置いた。
「敵は盆地にて包囲戦を行おうと計画しております。偵察も出してくる模様です。しかも敵の西住は我々を航空支援がないと舐めています」
ヘッドホンを外したアリサが伝えてくる。
「フッ、しゃらくさいわね。あいにくウチは諜報も一流なのよ。それならば逆包囲をかければいいわ」
「偵察を瞬殺しましょう。相手から我々を見失わせるのです」
「ナイスね。そうしましょう」
そう。実に素晴らしい情報だ。我々が賭けるのは命なのだ。試合という場で戦うだけでもフェアであろう。そうじゃなければ爆弾の雨で終わらせるわ。
午前11時、審判の笛の合図と共に第74回戦車道大会1回戦第4試合、大洗女子学園対サンダース大学付属高校の火蓋が切って落とされた。
「パンツァー、フォー!」
大洗側も私の掛け声とともに移動を開始した。ウサギさんチームとアヒルさんチームが偵察として前に向かい、その他は指定された場所に向かう。
「ウサギさん、盆地の方の351地点まで先ほど付けた丸太の束を付けていてください。盆地を過ぎたら切って外してください」
「了解しました」
「全車、土煙を出さないように!速度はゆっくりで構いません」
始まった。履帯が木々の間をゆっくりと、煙が葉に紛れる程度にしか上がらぬよう進む。
「西住殿……」
優花里さんがこちらを見上げるのを、右足の爪先で肩を叩いてから口元に寄せて制する。何があるか分からん。無用意に口を開くでない。
「西住副隊長、こちらアヒル、ただいま626地点、敵影はありません」
「了解しました。そちらで一度待機してください」
「分かりました」
通信手の近藤が磯辺にみほの指示を伝え、近くの木の陰に停車した。
「本隊と随分離れたな」
「そうですね、キャプテン」
磯辺はそのままキューポラから身を乗り出し、双眼鏡を構える。辺りの見晴らしは率直に言って良くない。
「しかし西住副隊長はあのように仰ってましたが、あの話本当なんですよね?」
「まぁ確かに車内のコーティングは剥がされているようだが……」
「砲弾もいつもより重い気がします」
「そ、そういえば、私たちとウサギさんチームだけさっきの食事豪華だったよね」
「何でか西住副隊長に訊いたが、全く答えてくれなかったな。何なのだろうか。それにしても偵察といっても敵の動きが無くては何も……ん?」
「ねえ、何か音がしない?」
佐々木がハッチの外に目を向ける。磯辺が首を左右に振って見ると、右に敵戦車が数輌見える。距離も近い。
「て……敵発見!右側面3時!砲塔旋回早く!早く!」
佐々木が汗を流しながら必死にハンドルを何周も回す。回し終わった佐々木の顔が照準器に戻り、その中央に捉える。敵は側面を晒している。幸いまだ敵は我々に気づいていない。
「撃てッ!」
磯辺の合図とともに照準を定めて引き金を引く。しかしその後に聞こえたのは、完全に弾かれたとしか言いようのない甲高い金属音だ。
「弾かれたか!こ、後退用意。作戦通り敵を誘い込むぞ!」
河西がレバーを引き、後退しようとしていた。
アリサ車の車内ではかん高い音がこだましている。
「居たな……ブリキの箱め。捻り潰してやる。どこ当てても撃破出来るでしょ」
「ベティ待って!豆タンクでしょ」
砲塔の回転を始めていた砲手のベティをアリサが制する。するとアリサはキューポラから身を乗り出した。
「ハロー、そしてグッバイ」
開けながら一声挨拶すると、すぐに枠に腰と足を掛け、手元の12.7ミリ機関銃の引き金を引く。けたたましい音とともに後退しようとしていた八九式を銃弾の嵐が襲う。銃弾は貫通して車内のバレー部員をも突き抜けていった。
悲鳴が一瞬聞こえたが、すぐに聞こえなくなる。エンジンに最後の1発が当たったのだろうか、撃ち終わった後自動判定装置の作動する音が悲しく響いた。車内に残されたのは、車内の左側に寄った、一つあたり10箇所の穴が空いている元人間。
彼女らが試合前に訊いた、この試合では人が死ぬという話を実感する時間は、残されることはなかった。
「こちらアリサ!八九式撃破しました。乗員の生存もなし!このまま進んで敵の側面を叩きます」
「Good!うちらもM3とっとと撃破するわよ!」
早速の朗報。アリサは既にこの雰囲気の中で自身の在り方を確立している。早く私もこの現実に慣れなければ。
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園高等学校 犠牲者
磯辺 典子
サンダース 銃殺 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
近藤 妙子
サンダース 銃殺 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
佐々木 あけび
サンダース 銃殺 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
河西 忍
サンダース 銃殺 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死
「アヒルさんチームとの通信切れました」
沙織さんが振り向き報告する。通信が切れる、それはすなわち死である。そんなに地獄の釜の底を眺めたような顔をするのも然りか。私は久々に見たぞ、その底を。
「側面からも来ましたか。さすがですね。各チーム右方向の森を警戒してください」
予想の範疇。彼らはチャンスはあれどそれを逃した。そして情報と引き換えに死んだ。それだけだ。
そうせざるを得なかったのだ。八九式の硬式で使い道なんてどうあがいてもこれが精一杯。そうであるに違いない。そうだ。そうだ。
いずれにせよ場所がわかったのは重畳。あとはこれを活かすのみ。
広報部からの報告
内容
サンダース大学の動向
同校からの連絡によると
「怨敵黒森峰を打倒せよ」
と
「第74回大会の硬式化」
において選択をしたとのことです