ジョージ=パットン
今年の7月、みなさんと会う少し前にあった硬式大会の1回戦で黒森峰の9連勝が止まりました。プラウダのシュターリンオルゲルというミサイルの大量使用作戦に完敗したのです。
私のいたSS12部隊も狙われ、車輌を破壊された姉と私と姉の車輌の者の3人はプラウダに捕らえられました。私の車輌の者は私以外全員ミサイルの直撃で死にました。むしろ生き残ったのが奇跡です。
連れて行かれた先は地下の牢屋のような所でした。そこでまず所有物を服を含め没収され、手首同士を紐で結ばれました。逆らう者はナイフで服を切り裂かれました。
先にいたほかの隊の者2人と共に、一つの部屋に押し込められました。運ばれる時は男の管理官に髪を掴まれました。
「やめろ!捕虜に対するこんな扱いは戦車道規定違反だ!」
姉が思わず反論します。すると掴んでいた男は手を離し腕と挟むように鳩尾に膝蹴りを食らわせ、押し倒してその上に馬乗りになりました。
「あー?誰に向かって口きいてんだ?黒森峰の狼どもが人間の言葉を話すんじゃねーよ」
そういうが早いか、すぐさま男は姉の顔を何発も何発も殴りました。一回骨が折れるような音がして、姉の口調が殴られている間にいつもの男口調から女口調に変わったのをよく覚えています。
「殺人鬼にはいかなる同情もしない。お前達がプラウダにやったことを思い出すといい。この程度、報いと思っても足りるものではないわ」
試合終了後見に来ていたプラウダの副隊長のノンナがブリザードの渾名にふさわしい冷酷な目を向けながら言いました。
「……やり続けなさい」
「勿論です、こいつらは100回殴っても殴ったうちに入りませんよ。それより、報酬はマジなんですよね?」
「ええ、完遂したらくれてやる」
散々殴られたあとの姉は両ほほを腫れ上がらせ、鼻と口から血を流し、ただ泣きながらゆるして、ゆるしてと繰り返していました。
「オラよく見ておけ。お前らの隊長様が泣いて詫びてらっしゃるぞ」
男は髪を掴みながらそう言うと不気味なほど大きな声で笑い始めました。
「お前も立て」
私が不意にこぼした言葉を気にすることなく、男は私の腕を掴み姉と顔を突き合わせました。姉と私は互いに気まずくて視線を逸らしていました。
「この2匹は西住流とかいう黒森峰戦車兵のエース姉妹らしいな。こんなメスガキが何人同胞を殺しやがったんだ」
男は私と姉の髪をひっつかみ頭同士を何度もぶつけ始めました。男はそれを面白がっているようでした。
「ははは、こんな珍しい打楽器を使えるなんてな!」
そう言うと、男はおそらくロシアの歌を歌いながら頭同士をぶつけ続けました。ぶつけ合いすぎて血を流しふらつき始めた私を男は顔から地面に投げ捨てました。別の男が面白半分に姉のこめかみに銃を突きつけます。
「片方壊れたし、この玩具処分するか?」
「し……死にたくないれす。撃たないで……」
「はははは、そりゃそーだよな!でもまだまだ楽しめそうだからやめとけよ。楽しみは長い方が得だろう?」
「はははははは。ちげぇねえ」
男の高笑いを聞きつつ、あの、試合前にいつも
"忠誠を誓った黒森峰のために戦え!"
などと言う姉が、死地に向かう人々を統率してきた姉が、自分が生きる為に必死に命乞いしている様に、何かが崩れ落ちるような尋常ではない恐怖を覚えました。いや、その時は恐怖なのかも分かりませんでした。
次の日、私と姉は手首の紐の代わりに首輪を繋がれました。そして手首の紐を紙の箱にラップの芯を付けた砲塔のようなものを、頭に乗せられました。そして男がよだれをダラダラ垂らして吠え盛っている黒い猛犬を連れてきました。
「ホラ競争だ走れ走れ!パンサー、ティーガー!」
その猛犬は吠えながら迷いなく私達を襲い始めました。時たま犬の脚が前に振りおろされ、自分に触れる時が怖くて仕方ありませんでした。男が面白がってさらに犬を私達の方へ近づけたりもします。
「ははは、どうした頑張れ」
「追いつかれて食い殺されても止めないからな」
「自慢の大砲で戦ってもいいんだぞ?まさかそのアハトアハトが飾りってこたぁねぇよなぁ?同胞を何人も屠ってきたんだろう?」
「はははは」
男達は面白そうにこちらを見ます。1人は写真を撮っているほどでした。
夏の日にいつ殺されるかわからない緊張の中で何時間も走らされ続けるのです。勿論喉が渇いてきます。
私達に与えられる水は顔にぶちまけられる男たちの小便のみでした。それでも飲まなければ死にます。もう本能で水を求めていました。
また次の日、その日はプラウダの隊長のカチューシャと副隊長のノンナが視察に来ました。カチューシャは私達以外の3人の頭に黒い袋を被せ、用意されたリボルバー式の拳銃でロシアンルーレットを始めました。私達を候補から除いたのは、こんなので殺すのが勿体ないから、と言っていました。
最初の人の顔にその銃口を近づけ、引き金を引きます。
1発目、空砲。
2発目、空砲。
3発目も、空砲。
4発目で発砲され、1人の頭を弾が貫通しました。その遺体はそのまま放置されました。
撃ち終わった後カチューシャは、思ったより面白く死ななかったわね、と慣れているかのごとく銃の返り血を拭くと、悠々とその場を離れました。
その先は記憶が朧げで、気絶と覚醒を繰り返していました。
殴られる犯されるは日常茶飯事。犯される時は彼らが犯りたい時にやってきて、マグロでは面白くないから、と水をぶっかけられて起こされてから何度も何度もやられました。
初めてやられたときは竿姉妹だとかなんとか言ってました。ですが既に殴られ続けた後だからでしょうか、特段強い痛みを覚えた記憶はありません。まぁ、神経も削り減らされていたんでしょうね。
他の時に一旦覚めた時、3体の遺体がコンクリートの床に放置され、姉は黒い袋を頭に被り、赤いハーケンクロイツの描かれた布を着せられ、台の上に立たされていました。両手の指に金属らしき紐がつけられていました。どうやら電流を流されていたようです。それを見て私はもう一度気絶しました。
それからどのくらい経ったでしょうか?後から聞いたら、私たちが収容されていたのは10日だそうなので、きっと最終日だったのでしょう。足音を立てて男が入ってきました。たまに水溜りに入るような音もします。
「たまらねー臭いだな、息ができねー。死んだ奴は氷に漬けとけって言っただろ」
男はイライラしているようで、近くにあった死体を結構強く蹴り飛ばし、死体はくの字に曲がったまま壁に激突しました。私はもうそれに対する感情を起こすことも、臭いを感じることさえ出来ませんでした。男は手首を柵に結ばれた私達の前で止まりました。
「ヨォ2匹ともしぶてぇな。いい知らせだぞ。我がプラウダの優勝で大会は終了した。ここも閉鎖して引き上げた」
そう言うと男は持っていた銃のスライドを引き、姉の左ほおの下にめり込むように突きつけました。
「死ぬ前に最期のお祈りをさせてやる。姉ちゃんからだ。子供の頃を思い出して心を込めて祈れ」
男は姉の頭を引っ掴みます。
「て……てんにましますわれらがちちよ……みながあがめられますように……みくにがきますように……みこころのてんにおこなわれるようにちにもおこなわれますように……わたしたちのしょくじをきょうもおあたえください……わたしがひとをゆるしたようにわたしのつみもおゆるし……」
姉の顔からは穴と呼べる穴から液体が垂れ流されていました。
「よしよしよく出来た。今度生まれる時は戦車道なんかやるんじゃないぞ。アーメン」
その後に響いたのは銃声ではなく、バネがストッパーから外れる音でした。
「ん?チッ、また不発か。オンボロ銃め」
男は耳元で銃を振り、投げ捨てました。すると奥から軍服姿の人が出てきました。
「何やってる!もうトラック出すぞ!置いていくからな!」
「待て、すぐ行く!」
走り始めた男の背中は私はスローモーションでも見ているかのように目に焼き付きました。静寂。時が止まりました。
「…………助かった」
それを私は自分の声で進ませます。
「お姉ちゃん……私達……私達助かったんだよ……お姉ちゃん?お姉ちゃん?」
周りにはいつの間にか人が集まっていた。そこにいる全員が私の口から発される一言一言をただひたすら耳から取り込んでいた。
「その後、解放され黒森峰に戻った私達は病院に運ばれ、精密検査を受けました。幸いにも私は身体的に後遺症が残る行為はされていませんでした。
しかし姉は鼻の骨を折られ、植物状態と診断されました。そしてその日から一度も目を覚ましていません」
他のものは誰ひとりとして話そうとしなかった。人には経験しなければわからないものがある。これはおそらくその一種なのだろう。ただ、その深刻さのみは伝えられたようだ。
「……何もそこまで話すことはない……」
河嶋さんが空気を維持しつつ口を開く。
「ガチの戦車道ってそこまでやるのか……こりゃマイッタね……」
「……あの噂は、マジだった、ってわけかい。奴隷船の大西洋横断よりよっぽどひどい」
会長さんと途中から来ていたお銀さんが続いて独り言を述べる。彼らの背後で優花里さんは拳を握りしめていた。
「会長、みなさん、もう……」
大粒の涙を流し、つっかえながら続ける。
「こうなってはもう、戦って勝つ以外なくなったのであります!」
ま、私たちの精神に対する犠牲と引き換えに、作戦は無事に成功したわけだ。
ウサギさんチームの者も人が集まるのを見て軽い気持ちで来ていた。みほの話を途中から聞いた、聞いてしまった。
「……」
「……」
聞き終わった後話す者はいなかった。そして反応することなく放心状態のまま少し離れた元の場所に戻った。皆椅子に座っても空を眺めたりうずくまるだけだ。
「……梓は……知ってたの?」
山郷がなんとか喋る。
「……何を?」
澤は空を見上げながら返す。
「……要するに、アヒルさんチームにはもう会えない、ってこと」
「……うん……」
「……どうして?」
「……みんな、逃げ出しちゃうか嫌になっちゃうと思ったから……そうなったら先輩達に迷惑かかるかもしれないし」
「確かにね……で、逃げられるの?」
「それが出来たら逃げてるよ……自衛隊に包囲されて無理だって」
「降伏しても……ああなるんだよね……」
「つまり……生きたいなら戦うしかない、ってこと……」
「だったら、さっき秋山先輩が言ってたみたいに戦うしかないじゃん!やるしかないよ、梓!」
「みんな……いいの?佳利奈とか、紗希とか……」
「……いいよー」
阪口は席を立つ。それでも少しふらつき、視点もあやふやだ。
「仕方ないよねー」
「……」
丸山はまだ空を眺めている。すると大野が新しいお茶のポットを持ってきた。
「……」
「そういえばあやは?」
「何?」
「このままこの大会に参加するかってこと」
「するしかないんじゃない?死ぬか、死ぬまで戦うか、なんでしょ?」
ポットを机に置きながら平然という。
「……だよね……」
「……」
丸山はこちらに虚ろな視線を向け頷く。これでこの場は纏まったかと思いきや、それを崩す言葉が一つ。
「……イヤ!」
「優季?」
「人を殺すなんて絶対イヤ!なんでみんなそんな事が言えるの!」
そう、はっきり言ったのだ。いつもの掴みようのない柔らかな声はその存在を封じ込まれている。
「……でも、ここは自衛隊に囲まれているんでしょう?」
「うん。逃げようとしたら殺されて、戦死扱いだって。で、降伏しても……」
「さっきの通りと……やっぱり生きるには、ここで戦うしかないんだよね」
「そういうこと、になるね」
「優季ちゃん、一回落ち着こう。それしかないんだよ、生きるには」
「イヤ……なんでみんなそんな事が言えるの?自分が人を殺すんだよ?そして自分が殺されるかもしれないんだよ?もう既に死んだ人もいるんだよ!」
宇津木は席を倒し、自動的に立った。説得をかける澤や山郷の顔を、恐れとともにせわしなく見回す。
「……仕方ないんだよ。そうせざるを得ないんだ……」
「イヤ、そんなのイヤ。いやあぁぁぁ!」
縛りを引きちぎった人形は、全力で5人に背を向けた。ただこの集団、大洗女子学園戦車道から離れる方へ。
「あっ……待って!」
「ど、どうしよう……梓!」
「……え、えっと、佳莉奈とあやは優季をすぐに追いかけて!」
「あいあいあーい!」
阪口と大野はすぐに宇津木を追いかけ始めるが、半分野生を解放しているその背中を捕らえるのは厳しい。
「私が報告に行くから、あゆみと沙希は戦車の準備を」
「戦車を?戦車で追うの?」
「確かに危険かもしれないけど、もし追いつけなかった時のために。速度はそっちの方が出せるから」
「……分かった」
美しき星空よ 波打つ大地よ
荘厳な山々よ 叡智を与えよ
おおサンダース おおサンダース
我らの学園よ
同胞らとの幸福よ 海へと広がれ
サンダース大学校歌『美しきサンダース』より