不死の感情・改   作:いのかしら

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私たちが避けようのないものに文句をつけ、反抗してみたところで、避けようのないもの自体を変えることはできない。だが、自分自身を変えることはできる。

デール=カーネギー


第3章 ⑤ 逃避の代償

「河嶋隊長!西住副隊長!」

 

先程まで神妙なる雰囲気に包まれていた場に、それを打ち壊して澤さんが突入してきた。

 

「澤、どうした?」

 

「優季が……優季が……」

 

「優季?宇津木がどうかしたか?」

 

「だ、脱走しました!」

 

ふむ、脱走か。まぁ一人くらいは出るかと思ったが。誰だって好き好んで戦闘に身を投じるわけがない。仮にそれしか手段がなくとも。

 

「な、なんだと!」

 

「今佳利奈とあやが追いかけてますが、結構優季が走るのが早くて……」

 

「と、とにかく連れ戻せ!サンダースに捕まったりしたら面倒だ!」

 

「その為にも戦車を使わせてください!」

 

「あ、ああ」

 

「……お待ちください」

 

私は丸太を枕にしたまま割り込んだ。

 

「どうした、西住。無理はしなくても……」

 

「宇津木さん、どちらに逃げましたか?」

 

「えっと……こっちです」

 

澤さんは森の奥、サンダース陣地の逆側を指差した。

 

「……そちらですか。だとしたらサンダースの捕虜となる可能性はほぼない。それに情報漏洩のリスクもない。澤さん、車輌の使用は認めません。阪口さんをすぐに呼び戻してください」

 

「お、おい、西住……」

 

「宇津木さんの喪失は……サンダースの再攻勢へM3が即応出来ないことと比較すれば、決して得にはなりません」

 

「に、西住副隊長!優季を見捨てろと!」

 

「……大野さんによる追跡は認めます。装填手の負担を考えれば、砲は一門でも何とかなりますから……ただし操縦手である阪口さんが使えないのはリスクが大き過ぎます」

 

「……そうだな。目下の敵であるサンダースを無視する訳にもいかない。阪口は連れ戻せ。その為に他の車輌の装填手に応援を頼むのは認めよう。それまでに捕まえられればそれで良し。ダメなら……」

 

「……はい。ではそのように」

 

その後優花里さんやカエサルさんも交えて宇津木さんらの追跡が行われた。だがかなり遠くに行ったらしく、そもそも追いかけている阪口さんの発見にさえ手間取っていた。

 

「西住、宇津木を見つけるつもりはあるか?」

 

見守ってくれていた沙織さんが、私が調子が良くなってきたのを見てトイレに行った間、河嶋隊長が近づいてきて尋ねた。

 

「さて、どうでしょうね」

 

 

 

まだ試合は続いているが、向こうが攻めてこない限り停戦は継続される。サンダースの救護者テントへ一つの足音が近づけていた。入り口の幕をかき上げてテントに入る。

 

「あ!た、隊長!」

 

入り口近くにいた頭を負傷した患者は身を起こそうとする。

 

「起きなくていいわ、そのままそのまま。ケガは大丈夫?」

 

その者を制止させ、にこやかな顔をして問いかける。

 

「ハイ」

 

「危険な任務をよくこなしてくれたわ。きみ、この者は?」

 

「頭の傷も浅いので明日には戻れるかと思います」

 

「本当ですか!」

 

救護担当の者が手に持つ紙を読むと、その者は再び起き上がろうとしたので、これまた制した。

その後も一人一人ベッドの元までより声をかけていく。彼らは戦った。敵を倒すべく前に進んだ。命令に従って。私には過ぎたる部下たちよ、感謝しなければならない。

 

「自分は足をやられましたが、一刻も早く治して部隊に復帰したいです」

 

「あなたは英雄よ。早い復帰を期待するけど、無理はしないで」

 

彼女は乗っていた車輌が撃破され、脱出した拍子に戦車から落ちて足を負傷した。だがそのまま這って陣地まで戻ってきた、まさに英雄だ。手を握ってその活躍と生存に敬意を表する。

ふと一番奥のベッドを見ると、そこにいた者は身を起こしてベッドに座り、何かずっと、誰かを相手にすることなく話している。

 

「彼女はどうしたの?ケガはしていないようだけど」

 

「ストレスによる戦闘神経症です。ずっとこの調子で食事にも手をつけません」

 

戦闘神経症?戦場へ赴く意志を持ちながら、怪我をして行けない者がいるというのに?

アリサなんてこの環境に即座に適応し、敵に対して攻撃することを躊躇わなかった。殺した後もそれに囚われることなく、攻撃の手を緩めなかった。

そんな人材は亡くなったのに、なんでこんな役立たないのが生きているの!

 

ナンデコンナノガ……

 

「おい!」

 

足を一歩踏み出し、左手のストレートをその者の右頬にめり込ませる。その行為を気付かぬうちに行なっていた。殴られた者は勢いの余りテントを支える鉄骨に頭を強くぶつける。だが左手を使ったことからみて、私にも微弱な良心は残っていたのだろう。だがそれに私の動きを止める程の力はない。

 

「この臆病者がッ!鬱のフリをしていれば任務を逃れられるとでも思っているの!仲間は貴女の代わりに戦って傷ついて、死んでいってるのよ!恥ずかしいとは思わないの!」

 

泣き腫らした目を持つその者の襟首をつかんで、もう一発拳を喰らわせる。

我々が戦うのは大洗だけではない。プラウダ、そして怨敵黒森峰と戦わねばならない。そして勝たねばならない。

これからも戦いが続くというのに、こんな者のためにベッドを分け与えていては、他の者の士気にも影響する。

こいつの代わりは、我が校にはいる。

 

「今すぐ部隊に戻りなさい!戻らないと、次出撃する際スチュアートに括り付けて先頭を進ませてやるわ!それさえもいやなら……」

 

「ケイ隊長!おやめください!」

 

救護担当の者がケイを止めようと両肩の下から腕を入れてくる。そこそこ力はあるようで、なかなか振りほどけない。

この野郎邪魔するんじゃない!せめてもう1発は。

 

「戦えないなら戦える奴の弾除けになって役に立ちなさい!」

 

「えっとー、あの、ケイ隊長」

 

しかしふと聞こえた声で少し落ち着きを取り戻し、掴もうとしていた手を緩める。背後にいる救護担当のさらに背後、そこに通信担当の者が息を切らして立っていた。

 

「どうしたの?」

 

「こちらでしたか。本校より通信が入っています。校長からです」

 

「アイクから?分かったすぐ行くわ」

 

 

 

  「棄権⁉」

 

無線室にて耳に入ってきた言葉を疑ってかかった。しかし2回問い直しても、帰ってきたのは同じ言葉だ。

何を言っている?まだ始まったばかりじゃないか!

 

「冗談じゃないです!少しくらいの犠牲が何だっていうんです!今日は大事をとって後退しましたが、相手にも損害を与えていますし、こちらの補充はもう終わっています!私に任せて戦って貰えれば、この戦い必ずサンダースを優勝させてみせます!」

 

怒りの余りヘルメットを叩きつける。

 

「いや、あなたがGOとさえ言ってくれれば、こんな大会のトーナメントに合わせてグダグダ戦う必要すらない!直ちに航空部と連絡を取り、プラウダはともかく、黒森峰は直に乗り込んで学校ごと壊滅させてみせます!

それでこの血なまぐさい学園都市と戦車道、そして我が校の恥辱の歴史も終わりです!それが貴方の目的だったはずです!違いますかアイク‼」

 

しばし無線の向こうから声はしない。私はあなたの目的のために奮闘した。何故それを捨てなきゃいけないのか!

 

「……私は黒森峰を倒せとだけ言ったはずだ。お前はそれに違反した。よってケイ、お前をサンダース戦車隊隊長から解任する。あと私は戦争する気はない。

後継はナオミだ。彼女をここに呼び出せ。以上」

 

もう無線の向こうからはなにも聞こえなかった。そのまま受話器を元に戻し、何も言わなかった、否、言えなかった。

テントから出るとその前で一人待機している者がいた。

 

「隊長、出撃準備整いました」

 

「結構!次の指示が下りるまで待機せよ。あとナオミをこっちに呼び出してちょうだい!」

 

出来る限りにこやかな顔で敬礼を返す。

 

「イエスマム!」

 

その者がその場を去ると、陣地とは逆方向にゆっくり歩き出した。

何を間違えたのか。このまま棄権したら、アリサが、先に亡くなった仲間の死に一体何の意味があるのか。

近くの丸太に腰掛けて、頭を抱えた。無駄死にを命じたのは、私だ。ならば彼女らが死んだのは、私のせいなのではないか。

 

「ケイ」

 

そうして悶々としているうちに、ナオミは背後にいた。

 

「呼び出されたはいいが、こんな所で何をしている?もう準備は整ったと報告を受けてないのか?」

 

「……ナオミ、無線室に行きなさい。アイクが貴女に直々に話したいことがあるそうよ」

 

「……わかった」

 

踵を返してナオミは私がさっきくぐったばかりのテントの入り口を通り抜ける。その背中に強さ、何かは分からないが揺らがぬ強さを感じ取れたのは、数少ない救いなのかもしれない。

 

 

 

大洗側は次の策を考えていた。こちらは三輌撃破したが、残りの車輌、乗員の質を考慮すれば相手が上回るだろう。今後も進むためには、出来るだけ車輌も温存させねばならない。

そしてその間に、阪口さんと大野さんは宇津木さんを見失って帰還した。車輌を出せなかったことは不満だったようだが、冷静な判断力を失っている存在を下手に組織に戻しては、逆に混乱をきたす可能性がある。

私は結局あの後30分近く立ち上がれなかった。立ち上がろうとしても足元がおぼつかないのだ。沙織さんや華さんに見守られつつ、指示のみを出して回復を待っていた。

 

「……問題はサンダースがいつ動くかだな」

 

河嶋さんが頭をひねる。

 

「でも敵が動く前に出ると確実に煙で発見さてしまうぞ」

 

「……向こうはもう擱座した車輌の補充を終えているでしょう。そうなってしまっては、こちらから攻勢をかけるのは得策ではありません。少なくとも今ではありません。ここは車輌の確認や補充に専念して、タイミングを待ちましょう」

 

「そうは言うがな、西住。物資に余裕があるのは向こうだ。長期戦になるとこちらが不利。ならばこっちから仕掛けるべきじゃないか?」

 

「……遭遇戦で双方同程度の損害が出ることだけは避けなければなりません。ですが先程のような奇襲は再びは通用しないでしょう」

 

すると近くにいた審判がトランシーバーを手に取り、口元に寄せていた。何かブツブツ話している。それが終わるとホイッスルを口に咥えた。そのあとなった音に皆が注目する。

 

「サンダース大学付属高等学校、途中棄権!よって大洗女子学園高等学校の勝利!」

 

「……」

 

「か……勝ったのか?」

 

急の出来事に頭が混乱する。皆もそうだし、私もだ。サンダースが何をしたかったのか見当もつかない。

 

「おめでとうございます。2回戦進出です。そしてもう一件報告があります。宇津木優季さん、KIA扱いです」

 

「……はい」

 

 

第74回戦車道大会公式記録

◯大洗女子学園高等学校vsXサンダース大学付属高等学校

被害 大洗1輌 サンダース3輌

サンダース大学付属高等学校途中棄権

 

大洗女子学園高等学校 犠牲者

 

宇津木優季

 

サンダース 銃殺 試合会場からの脱走を目論み、警告を無視した為射殺 KIA

 

 

 

「……勝ったんだね」

 

地平線に沈もうとする太陽を望みながら沙織さんが言う。背後ではヘリが飛ぶ轟音が時たまする。

 

「うん……」

 

「そうですね……」

 

実感が薄いというのもあるが、何か落ち着かない。もしかしたら澤さんが離れた場所で涙を流しているのも影響しているかもしれない。夕日が明るさを失い、次の試合会場への移動に向けてトラックに戦車が載せられ、カバーが掛けられる。

闇に落ちる空を各々が各々それぞれの思いで見ている。その空の星を数え始めた頃、静粛な空気を破るように声が掛かる。声の主は河嶋さんだ。

 

「どうしましたか?」

 

「いや、ただ手紙を預かっただけだ。冷泉、お前宛だ」

 

右手に持っていたごく普通の手紙を麻子さんに手渡す。河嶋さんから渡されたハサミで封筒の封を切り、三つ折りの紙を開く。

彼女が開かれた紙を見ていた時間はとても短かった。すぐに手を離すと、手紙は左右に揺れながら空中に身を委ねる。

 

「麻子、どうしたの?」

 

沙織さんが声をかけ、肩を叩く。かつて手紙に向けていた視線の向きから変化はない。

 

「……なんでもない」

 

「なんでもないわけないじゃん!なんなのよ!」

 

「冷泉さん、話してください」

 

沙織さんと華さんがそれぞれマコさんの肩を握り揺さぶる。

 

「……おばあが倒れた」

 

「……えっ?」

 

「冷泉殿のお婆様が倒れられたのでありますか!一大事であります。一刻も早く病院に向かいませんと!」

 

「といっても……親族の方は?」

 

「……麻子が小学生の時に両親が交通事故で亡くなったの。だからおばあちゃんが唯一の肉親」

 

「……」

 

麻子さんが会いに行ける策を必死に考えようとした。僅かな可能性でも探そうとした。

しかしどう考えてもその壁を乗り越えるのは無理だった。

 

「……西住さん、銃はあるか?」

 

「……へっ?えーと……」

 

「まさか麻子……」

 

「会いに行く」

 

麻子さんの視野は大きく狭まっていた。答える前に麻子さんは陣地に走り、すぐにIV号の中にあったトンプソンを持ってきた。そして4人の前を通って走り去ろうとした。何も出来なかった。

そうはさせまいと沙織さんが麻子さんの腰にしがみつく。

 

「麻子!死んじゃうからやめて!」

 

「行かせろ!行かなきゃおばぁに怒られる!」

 

「自衛隊に包囲されているんだよ!戦っても勝てないって!実際に優季ちゃんが殺されているんだよ!」

 

「行かねば……」

 

「こんなところで死んだ方がおばあちゃん怒るよ!やめて、麻子!」

 

「……西住さん、空から脱出できるか?」

 

麻子さんは力を弱める。体重を乗せていた沙織さんが思わずずり落ちる。

とりあえず怪我はしてなさそうだ。

 

「えっ?……どこで手に入るか分からないし、もし手に入ったとしても自衛隊の戦車に撃墜される、と思う。自衛隊基地から脱出しようとしたら撃墜にかかるだろうから、操縦する人が相当腕が良く無いと脱出は無理。いや、良くても無理かもしれない」

 

顎に手をかけて答えた。子供と大人、部活とプロでは勝てるはずもない。

 

「……そうか……」

 

「残念だけど……大会が終わってから行くしか無いです」

 

首を振る。友人の唯一の家族の一大事、それにそうとしか答えられない自分にほぞを噛んだ。

 

「……そうか。わかった」

 

麻子さんの手からトンプソンが落ち、取っ手から落ちて銃身が石にぶつかる。甲高いその音を聞いたその時、あの日の記憶が蘇る。あの、私の根底を定めた日が。

思わずしゃがみ込み目を瞑り耳を塞ぎ震える。

 

「みほさん?」

 

「西住殿!」

 

「……」

 

震えが止まらない。空気の冷たさがあの時の背筋が縮み上がる感覚を助長する。恐怖だろうか、何かが身体を凍結させようとしていた。

目が、見えた。あの時の、あの、目が。逸れることなく、ただ私の目のみに狙いを定めている。恨みか、怒りか、それとも他の何か、私の知り得ない何かか。

 

「いや……見ないで!見ないで!」

 

「に、西住殿?」

 

「ゆかりん!取り敢えずみんなみぽりんを見ないで!全員、すぐに!」

 

皆すぐに沙織さんの柄にない必死な声での指示に従った。

 

「みぽりん、大丈夫だよ。誰も見てないよ。私も」

 

「いやぁ……」

 

「大丈夫、大丈夫……」

 

下を向いたまま、沙織さんはそっと背中に触れる。それが相手の背中だと分かったことが、体の震えを治めるのに役立ったようだ。

 

「ふー……ふー……」

 

「西住殿、今のは」

 

「……やめておけ。西住さんのトラウマはあれだけじゃ無いはずだ。我々が知る必要も無い。西住さん、分かった。待つしかない」

 

麻子さんは幾分落ち着きを取り戻したようだ。良かった。この操縦手の欠落は今後の戦術において致命的すぎる。

 

「だ、大丈夫?みぽりん?」

 

「沙織さん……ごめん、ありがとう、ありがとう……」

 

「いいよ、何があったかわからないけどみぽりんは絶対に私達の友達だから。絶対逃げないから」

 

少し荒れた息と肩を抑え、沙織さんの手を掴みゆっくり立ち上がる。友達、私にはいま心からの仲間がいる。私を信じてくれる人達がいる。

 

「……本当だよね」

 

「もちろん」

 

「もし……もしも……」

 

「西住殿、これ以上お話しされる必要はありません。何があっても私達は西住殿を信じてついていくであります!」

 

優花里さんが胸を張る。

何があっても……ねぇ……

 

「信じて……いいよね」

 

「当たり前だ。私は生きておばぁに会わないといけない。その為にはお前さんの指示が欠かせない。頼む。私を生き残らせてくれ。その為に生きてくれ」

 

深い一礼は周囲に神妙な雰囲気をもたらす。話せぬ疑いを抱えていた私も、黙って首を縦に振る他になかった。

 

また、言えなかった……

まだ、私は逃げている……

許されざるべき、ことから……




広報部からの報告

内容
サンダース大学の動向

同校からの連絡によると
「隊長を解任し、棄権しよう」

「サンダースの思わぬ損害」
において選択をしたとのことです

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