不死の感情・改   作:いのかしら

17 / 51
国家の指導者たる者は、必要に迫られてやむを得ず行ったことでも、自ら進んで選択した結果であるかのように思わせることが重要である。

マキャヴェリ


第4章 ② 学園の道

2012年1月、東京 虎ノ門 文部科学省 学園艦教育局

 

「廃校!」

 

新たな生徒会を立ち上げたばかりの角谷らに告げられたのはその重い事実だった。

 

「ええ、学園艦そのものを将来的に全廃する一環です。学園艦は維持費も運営費もかかりますし、それに加え昨年あった東日本大震災に伴う福島第一原発の事故で、原子力は危険であるという概念が国民にあります。福島第一よりも大きい原子力エンジンを搭載する学園艦が廃止されるのは当然の流れです。

さらに最近は大洗港が津波による土砂で埋まり、港湾に停泊もできないそうではないですか。母港に停泊も出来ないのにその名を借り続けるのは如何なものかと」

 

「でも、学園艦が無くなっても学園都市そのものまで無くなるのは……」

 

平然と書類の文言を連ねる担当官に河嶋が反論する。

 

「都市をまとめて移す費用を考えれば、都市そのものを廃止にして、学生を周辺都市に振り分ける方が早いのです。昔は戦車道が盛んだったそうですが、最近実績があるならともかくここ20年まともに実績のなく、生徒数も減少している学園を残す必要はありません。むしろ今まで残っていたのが奇跡です」

 

「実績ね……」

 

担当官のその一言が心に引っかかる。

 

「……じゃあ、戦車道やろっか!」

 

角谷は腕を組みながら左右に座る2人に語りかける。

 

「ええっ!」

 

「せ、戦車道ですか!」

 

左右の2人は驚きを隠さない。それもそのはず。戦車道は莫大な予算がかかるうえ、ここ十数年ベスト4クラスは固定されているからだ。

仮に全国大会に行ったとしても1勝できれば御の字だと2人は知っていた。しかしそれだけでは済まず、続けて発された角谷の言葉に耳を何度も疑った。

 

「まさか優勝校を廃校にしたりはしないよねー」

 

膝に手を乗せ担当官に詰め寄る角谷が口にした言葉は一度は絶望させるには十分だった。この人は、戦車道で優勝する気だ。なんてものに学園の運命を託してしまったのだ、と。そしてこの軽い感じの一言から大洗の戦車道は始まった。

 

 

 

「……学園が無くなったら……私達は何の為にここまでやってきたんだ?学園の仲間を失ってまで私達は何も変えられないのか!バレー部の奴らに私達は何て言えばいいんだ!」

 

河嶋さんが立ち上がり両手の拳で机を叩く。そして叩いた後も拳は強く机に押し付けられている。

……あまり言いたくはないが、リターンを待ち過ぎると投資の意味がなくなる。仮に大洗が存続しても、その先の運営には学園都市の荒波という困難が待ち受けているだろう。

だがそれを理解してもらうのは厳しい。その先は彼女らの関知するところではないのだから。ここは申し訳ないが、彼女らを利用し、夢を語るか。

 

「……彼女らもこれ以上犠牲を出すことを求めてないと思います。学園がなくなるとしても、無益な争いはやめるべきです。学園都市の希望が血で解決される時代には終わりが来ます!ここで手を引くべきです!」

 

「そんな時代がいつ来る!少なくとも今ではない。お前には分からないだろうが、我々はこの大洗女子学園を、この学園都市を愛してる!心から!バレー部を借りて欺瞞を語るな!

それに生徒会はこの学園都市を守れる限りの手段を使って守る義務がある!その道が唯一存在するのはこの戦車道大会だけだ!」

 

「その道を唯一にしたのはあなた方でしょう!サンダースに対し、こちらが優勢な状況にて棄権させるだけでも十分過ぎる結果です!ここから先プラウダ、黒森峰と戦って勝利を期待するより、棄権する方がよっぽどまともな考えです」

 

「そもそもこちらが条件を提示してしまっているんだ。それをこっちから覆して、要求が認められる訳がない。

やるしかないんだ!この何年も受け継がれた伝統ある学園を、そう簡単に無に帰してはいけないんだ!願いは無条件で叶うものじゃない!」

 

「学生を死なせるのが学園都市を司る生徒会の取るべき道なのですか!寧ろ学生の能力を将来に活かすのが本来の道ではないのですか!」

 

「それはそうだ。だからその道をこの先使う何万、何十万という生徒の為に大洗女子学園を残すのが一番の役目だ!」

 

「少子化で生徒数の減少が明らかな中で、そんな顔の見えない存在に拘り続けた結果が、学園都市間の現状ではないですか!何が伝統です!だいたいが戦後から、良くて100年の歴史があるかないかの学園都市が、易々と伝統を名乗るものじゃありません!」

 

「馬鹿が!これまで生きてきた人が生み出してきたものが伝統だ!そしてその最たるものは学園、そして学園都市だ!貴様は政治というものを、選挙で選ばれた人間による政治を分かっていない!」

 

「ええそうですとも。政治なんて分かりたくもありません。仮にその嫌な話をするなら、今回の行動は同じく選挙で選ばれている議会の承認を受けているんですか?

何れにせよ、生徒たちが将来学園の外でいろんな人、いろんな集団に出会うチャンスを、将来に活かせる有用な頭脳を費やしてまで、守るべきものではないでしょう!」

 

「いいや、守るべきだ。それだけではなく生徒たちが生きる為にも、心の故郷として、帰属意識の対象とする場として、学園は残さねばならん」

 

「そんな対象は国にでも預けときゃいいんです!」

 

「その国が我が校の廃校を決定してるじゃないか!」

 

「私自身前の学園を離れて、この新世界を見つけました。学園が仮になくなったとしても、新たな学園に行くのは悪ではないはずです!大洗に拘る必要はありません」

 

 

「西住ちゃん」

 

2人の論争を聞いていた会長さんが身を背もたれから起こし、真っ直ぐ目を見つめてくる。纏う雰囲気は以前感じたことがあるものだった。

 

「生き残った者はどうなる?」

 

「えっ?」

 

「西住ちゃんが今までにどんな経験をしてきたかは知ってる。それから逃げたくなるのも分からなくはない。でもこの降伏案を受け入れて、西住ちゃんが殺されたら、他の人はどうなると思う?」

 

「……」

 

「それは西住ちゃんが一番よく分かっていると思う。その後悔に一生苛まれることになるのさ、下手したら死ぬよりも辛いくらい。

"本当に西住ちゃんを死なせてまで生きてていいのか"ってね」

 

頭の中で何人もの顔が浮かんでは消えていく。そして会長さんの出してきた問いは、私の胸の中でいつでも渦巻いていたもの。

 

「西住ちゃんは黒森峰の時のそれに今も苦しんでいると思う。私達は最初バレー部がやられた時は不謹慎だけど

"自分じゃなくてよかった"

と思えた。それは自分自身もそうなりえたからさ。しかし今回は違う。私はアンツィオ、もしくは黒森峰が西住ちゃんを結果的に殺すと思っている。恐らく九死一生位、もっと悪いレートかもしれないわけさ。しかもそれを他人が変わることはできない。

それを送り出してしまったら皆が平穏を取り戻したあと、平穏であればあるほど苦しめられるのさ。自分の決断と責任に、死ぬまで。西住ちゃんが死ねばそれでおしまい、なんて単純な人間はいないよ。

これ以上一生苦しめられる人を増やしたくはないんだ。頼む」

 

この人は分かっている。どのような御託を並べ立てようと私の意見が我儘に、逃避に過ぎないことに。確かに助かっても、皆は生きている間苦しみは取れるまい。

しかし生きる事はそんな絶望ばかりではないはずだ。そしてこの中で一番絶望を知り、人生の楽しみ方を最も知らないのは、紛れもなく自分だ。

 

「……これが本当に最後ですよ!ここで勝ったとして次のプラウダと黒森峰はやすやすと勝てる相手ではありません!勝ったとしても必ず犠牲が出ます!戦いたくないならば言ってください!皆さん!」

 

「……戦うべきだ」

 

エルヴィンさんが組んでいた腕を解く。

 

「……なぜ……」

 

「今回サンダース側でも我々の手による死傷者が出ている。我々がこのまま降伏したら彼らもまた何の為に死に、傷ついたんだ?私達は何の為に殺したんだ?何の為にあの森の中から砲弾を放ったんだ?

戦いたくないのは事実だが、それが苦しみを生むならば悔いなく戦うべきだろう」

 

「……」

 

「西住さん、貴女を死なせたくはない。この蛮行についてこの中で一番知っているのは貴女だ。貴女には生きてこれを辞めさせるという仕事がある。それを任せたい」

 

周りの者の一部はエルヴィンさんに同調するそぶりを見せる。

 

「あたしらが知っているのは噂だ。経験しているのは確かに副隊長だけだ。その経験を伝える、それを名分にするなら、副隊長以外の適任者はいないね」

 

「西住副隊長だけが死ぬなんて……嫌だ」

 

「でも……」

 

反論できなかった。皆の為に、という事が皆を苦しめることになる。

それは良いとしても、自分には生きねばならない理由がある。生きてやらねばならない、他の人には出来ないことがある。私の理論は崩れた。そしてそのことを脳内で反芻し続けていた。

 

「戦う、という事にしたいが。異論は?」

 

「……」

 

誰も話さない。生き残っても生きるのが苦、誰もそうなりたくはなかっただろうな。ならば……とは考えて欲しくないのが本音だが、人の思考には干渉できん。そして私にも、無理だ。

 

「……ではこの降伏案を破棄する」

 

「それとさ、」

 

会長さんは再び背もたれに寄りかかり、干し芋を口に含む。まだあるか。

 

「隊長西住ちゃんにしない?」

 

「えっ?私が?」

 

いきなり言われた一言に動揺する。ちょい待て、約束が違う。いやそういうことは良くても、どういうことだ?

 

「だってさ、この大会はじまってから西住ちゃんがほぼ取り仕切っているじゃん。硬式について一番詳しいのも西住ちゃんだし、実態と名前合わせない?」

 

まぁ確かにそうかもしれんが……

 

「会長、私は……」

 

「かーしまは副隊長として西住ちゃんしっかり支えてもらうよ」

 

その場から大きな拍手が聞こえる。

 

「えっ、えっ?えっ!ちょっと……」

 

「別に西住ちゃんは今まで通りのことやってくれればいいから!他はみんながやるから」

 

そうではないのだ。拍手が続く中で、言葉をまとめた。

 

「……でも今まで河嶋先輩が隊長として統率してくださいました。お陰で私も策のみを安心して講じることができてきました。それを取って代わる資格は私にはありません。しかもそもそも戦車道を始めたのは生徒会の方々です。その方々が主導すべきです」

 

「……だよねー。分かった、すまない。これまで通り行こう」

 

向こうは珍しく簡単に引き下がった。そうだ。これでいい。

 

「これ以外に話し合うことはないな。作戦は明日にする。松本、鈴木を呼んできてくれ」

 

河嶋さんが人差し指を右に振る。

 

「えっ?カエサルですか?」

 

「そうだ。あいつが使者として一番妥当だ。アンツィオの副隊長と仲が良いようだからな」

 

「了解しました」

 

車長たちは全員そのテントから各々の行くべき場へと立ち去った。私と河嶋さんを除いて。

 

「……すまんな、西住」

 

「いいえ、いいんです、河嶋先輩。あれは嫌なことから死んで逃れたい、という私の我儘に過ぎない事。それを会長さんに気づかれた時点で、私に反論の術はありません」

 

「あれは……真意か?」

 

「なんのことですか?」

 

「私が隊長として統率できて、それを取って変わる資格は自分にはないって……」

 

いつもの様子とは裏腹に椅子に座ったまま身を前に倒す。

 

「本当です。嘘なんて……」

 

「分かっているんだ、自分には隊長なんて向いてないと。聖グロリアーナの時も焦って闇雲な指示しか出せない有様だし、マジノの時なんか完敗だ。この大会もほぼお前に頼りきっている。隊長として面目ない。しかもお前には勇気がある」

 

「えっ?」

 

「みんなが助かるからって自らの身を投げ出すなんてことできる奴そうそういないぞ。私にはそんなことできない。お前も私と姉さんと比べたらとても頼りになるとは言えんだろう。そういうことだ」

 

河嶋さんは身を前にしたまま首を振る。これが彼女の本来の姿なのかもしれない。

 

「……それは違います!河嶋先輩は本当に隊長に相応しい方です!」

 

「……どうしてここまで聞いてそんなことが言える」

 

「人の上に立つ人に必要なのは支える人だけ、麻子さんから副隊長になって自信がなかった時そう言われたんです。もし必要ならば、私が支える人になります。みんなが先輩を批判するならその批判は私が受けます。どうか、私たちを優勝へ導いてください」

 

「……それならお前が隊長で我々は批判とかを受ければいいんじゃないか?いや、生徒会として寧ろそっちに回るべきじゃないのか?」

 

腕を組んでこちらを向く河嶋さんに、うつむいたまま首を左右に振る。そうではない。私には出来ないのだ。私の本質として不可能なのだ。

 

「私が持って無くてリーダーに必要なもの、それは疚しくないこと」

 

「……」

 

「私はどうやってもそうなれないのです」

 

暫く私の顔を眺めた河嶋さんは、少し仕方なさそうに口を開いた。

 

「……分かった。私がやるしかないようだな。どこまでできるかわからないがやれることはやろう。西住、サポート頼んだぞ」

 

河嶋さんは身を起こし立ち上がる。少し吹っ切れたみたいだな。良い顔だ。

 

「……はい」

 

「隊長、カエサルを連れてきました」

 

私の絞り出した返事と同時に、エルヴィンさんがカエサルさんを連れてテントに入ってきた。

 

「私に何か?」

 

「これからアンツィオへの手紙を書くから、それを渡しに行ってもらいたい。アンツィオの副隊長と友人であるお前が妥当だ」

 

「1人ですか?」

 

「敵の使者も1人だった。こちらが多く送る必要はない」

 

「分かりました。手紙の用意ができたら呼んでください」

 

カエサルさんとエルヴィンさんは身を倒すと、そのまま外に行った。

 

「……紙と封筒ってあるか?」

 

「紙とシャーペンなら有りますが?」

 

「ボールペンか筆ペンは?」

 

「……ちょっと無いですね」

 

「じゃあ仕方ない。それでいいか」

 

河嶋さんは丁寧な字で私の渡した紙に返事を書いた。一文字毎に想いを込めるかのようにゆっくりと、丁寧に文字を刻む。

 

「これでよろしく」

 

「分かりました。行ってきます」

 

カエサルさんは外へ走り去り、エルヴィンさんは帽子を取り一礼すると幕を払っていった。彼女には不憫な思いをさせるが、こうなってしまった以上仕方ない。

 

「ところで西住、次の試合の作戦は考えているか?」

 

「最初の配置が山がちな会場でこちらが標高が下という不利な状況なので、取り敢えず上を目指します。地理的に沿岸部では上から狙われやすいため、そちらに行くべきではありません」

 

「でも敵は前回のマジノ戦でセモべンテ4輌を失っていると聞いている。戦力で言えばこちらが圧倒的に有利じゃないか?」

 

「アンツィオの特徴はカリスマのあるアンチョビさんに率いられている士気とノリと勢いです。それに乗せられたらこちらにも被害が出ます。でもそのくらいの戦力差があるなら敵の取る策は一つだけでしょう」

 

「なんだ?」

 

「それは……」

 

 

 




広報部からの報告

内容
大洗女子学園の動向

同校からの連絡によると
「西住を殺させはせぬ!徹底抗戦すべし!」

「アンツィオの降伏勧告」
において選択をしたとのことです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。