不死の感情・改   作:いのかしら

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歴史や伝統は金銭で贖えるような薄っぺらい物ではないのだぞっ!?

「テルマエ・ロマエ」より


第4章 ④ 総帥の未来

   新しい朝が来た。しかしそれは希望あるものではない。早朝からアンツィオ高校の陣で隊長、副隊長ら3人は今後の対応を話し合っていた。

 

「カルパッチョ、黒森峰に頼んだ物は届いているか?」

 

鞭を机に軽く打ち付けながら声をかける。

 

「ええ、箱にぎっしり。よくもこれだけ用意出来るものだと思いますよ。あと学園からの荷物も準備を整えさせているところです」

 

「姐さん、あれなんなんですか?危険物ってあるんすけど?」

 

「危険物だ、後はお楽しみ」

 

何かを察知したのか、ペパロニはそれに触れることなく、距離をとっていた。こいつはおっちょこちょいだから、これくらいの方がいい。それよりそろそろ試合の時は近づいている。心苦しいが、伝えておきたいことがある。単に私だけで抱える勇気が無いだけなのだが。

 

「……皆を集める前に、お前ら2人に話しておきたいことがある」

 

「何っすか、ドゥーチェ」

 

「……はい」

 

カルパッチョは何か察してるようだな。私は一度テントの外に出て、他の皆が戦車の確認をしている音を聞き取り、周りを見渡してから戻ってくる。

 

「ここから先は本当にここの3人だけの話だ。学園の運営の根幹の話だからな。特にペパロニ、話すなよ」

 

「話しませんよ、ドゥーチェがそこまで言うことを」

 

「……ならいいか、時間もないし率直に言おう。これからアンツィオは崩壊する。それを我々は止めることは出来ない」

 

「アンツィオは崩壊するって……馬鹿なことを言わないで欲しいっす、ドゥーチェ!みんなこの学園が好きじゃないっすか!」

 

ペパロニからしたら信じたくないことだろうな。私だって気づいた時は発狂しそうになったんだから。机に手をつきながら身を乗り出してくる。

 

「……学園主任の……紅戸さんですか」

 

「そう。私というストッパーが切れてからは、都市運営の主導権は一気に向こうに傾くだろうな。そしてそれを止めうる人材は、ペパロニとカルパッチョ、お前らだけだった」

 

「それは……私たちが戦車道の副隊長だから、ですか」

 

「まぁそうだ。確かに私の後継者と名乗るに一番相応しい存在だろうな。が、それだけじゃない。人脈が広く人当たりも良いペパロニと、実務を確実に素早くこなし真面目なカルパッチョ。2人が手を組めば私も超えるドゥーチェになったはずさ」

 

「ウチらがドゥーチェを超えるドゥーチェっすか……想像出来ないっすね」

 

「ですが……」

 

「そう。この大会に参加してしまった以上、最早生き残るのは不可能に近い。ひとえに私の能力不足だ。すまない」

 

「……黒森峰を通じて、脱出を融通してもらうのは……協定から考えて問題ないはずです」

 

一度は考えたことだ。だがよく考えずとも不可能だ。

 

「無理だな。そしてその無理な理由が、私たちが居なくなったらアンツィオが崩壊する一つの理由だ」

 

「そういえば、何でアンツィオが崩壊、なんてことになるんっすか。紅戸さんがドゥーチェがやってたことも含めて、全部決めるようになるだけなんじゃないっすか?」

 

「その紅戸の野郎が問題なんだよなぁ。が、お前にどう説明したものか……そうだ、トロッコの問題を例に使おう」

 

近場にあったナイフの束から4本掴み、机の上に角度が120、60、60、120度に近くなるように並べる。

 

「トロッコ問題というのは、線路の片方に5人、もう片方に1人縛り付けられているところに暴走トロッコが突っ込んでくる。レバーを引けば1人轢かれるが、引かないと5人轢かれる、ってやつだな。自分で手を下すか、を問う質問だ。

この問題だとレバーに触らない、という選択肢があるが、政治をするものにレバーに触れないという選択肢はない。そして今回このアンツィオという3本のレールには、左から順に7人、2人、5人が縛り付けられている。少なくとも私にはそう見える」

 

トロッコの線路は上からだと飛行機のように見える。その先頭の方から3つのトロッコの経路を指で示しながら説明を続ける。

 

「誰がそんなことをするんっすか」

 

「いいから黙って聞け。去年まではレバーは左に引かれていた。アメリカからの経済不況も合わさって、経済は破滅的だった」

 

「ま、そのお陰で私は300万リラのジョークが使えるんっすけどね」

 

「お前も皮肉なんて言えるんだな」

 

「へへ、照れるっすよ〜」

 

あんまり褒めてはないんだがなぁ。

 

「それを何とか真ん中まで持ってきた。その際に紅戸と私は協力したわけだが、その後紅戸はレバーを右にもっと引こうとした。あいつには右のレールに人の姿は見えてない。いや、人の姿には見えてないらしい。そして私はなんとかそうさせないようにしてきた」

 

「ですが、ドゥーチェも私たちもいなくなってしまうと……」

 

「レバーは振り切れるな。そして5人は死ぬ。学園都市の混乱は免れない。その隙を見逃してくれるプラウダではないだろう」

 

「……どうなっちまうんっすか?」

 

「良くてテロの続発、一番可能性があるのは内戦に勝利しての現政権の存続、悪くて政権転覆して親プラウダ政権の誕生」

 

2人ともその悲惨な光景を想像して言葉も出ないようだ。たたみかけるようで悪いし、何より私が口にしたくない言葉だが、さらに続けさせてもらう。

 

「……黒森峰は、もうウチと手を切りたがっているのかもしれん。だから自衛隊の中に黒森峰に近い奴がいても、脱出の手引きをしてくれる可能性はほぼ無い」

 

「……その心は」

 

「この大会の実行委員長があいつだった。つまり黒森峰は今回大会が硬式になることを知っていた。なのに我々に一言も知らせがなかった。我々の戦力の殆どが戦車道と黒服隊であることを知っているにも関わらず、だ」

 

「ですがプラウダに対し、直近で対峙している我が校を見捨ててしまうと、黒森峰は他校の信用を失ってしまうのでは?」

 

「……昨年の青師団の件もあるし、何よりアメリカからの経済不況の影響がないはずがない。もう介入したくないのかもな。あの危険物も手切れ金代わりかもしれん」

 

「……黒森峰が硬式大会にすることを止めなかったのは……」

 

「恐らくだが、合法的に自分たちの面目を潰したカチューシャを殺す機会を作る為だろう。黒森峰の隊長代行だったかな、を務めてる逸見も優秀な奴だったしな。可能性はあるだろう。

暗殺を仕掛けても成功確率は高くないだろうし、仮に成功しても黒森峰に真っ先に疑いがかかる。戦車道はまたとない機会のはずだ。

そして向こうからすれば、アンツィオとの協定は私個人との協定のつもりだったのかもしれん。そう考えれば、私が辞めるか死ねば協定の意味が無くなる。5億をドブに捨てるとは、私たちには考えも寄らない手よ」

 

「黒森峰の名に劣らぬ真っ黒な外交ですね」

 

「外交なんてやったもん勝ちだからな。そしてバックに付いていた黒森峰がウチから手を引くと……」

 

「左派がプラウダの支援を受けて蜂起、と」

 

「そ。だから内戦が一番可能性があるわけさ。そこまで来れば聖グロが介入するかもしれないけど、期待は出来ない」

 

答えはない。戦火に呑まれる校舎。砲弾を撃ち込まれるスペイン階段。それに何も出来ない自分。私も2人がいなければ思いっきり地団駄を踏んだだろうし、喚きもしたに違いない。

 

「……一回な、お前ら2人だけ大洗に降伏させようか、とも考えたんだ。大洗が負ければルール上解放される。だが私には2人なしで大洗に勝つ方法は思いつけない。何より仮に解放されても、私を守れずに勝手に降伏した者呼ばわりされ政治の表舞台には立てない。そうなれば結末は変わらない」

 

「でしょうね、ドゥーチェがその選択をなさらないのですから」

 

「残念ながら……我々はここにいるしか無いんだ」

 

「……ドゥーチェ、何があろうと、私は最期までドゥーチェと共にある所存です」

 

「も、勿論私もっす!」

 

俯き気味に、だが気力で首を持ち上げて、顔で分かってしまうのにこちらに訴えかけてくる。生きたいなら既に私を見捨てていることも可能だったというのに。

 

「そんなに悲しそうな顔をするな、2人とも。それを打破する道は、全くないわけじゃないんだから。大洗を、プラウダを殲滅する。我らの手で。そうすれば黒森峰とは何とかしてみせよう」

 

「……ですね」

 

「もし必要なら、私は2人の盾となってでも守ってみせる。お前らは私より遥かに重要な命だ」

 

「……勿体無いお言葉」

 

「そんな訳ないっす!必ずやドゥーチェも、私たちも生きながら、アンツィオの階段に、店に、戻って来ましょう!」

 

「……そうだな!またペパロニの鉄板ナポリタンでも食うか!」

 

「ええ!」

 

気持ちが高まる中、腕時計を確認する。

 

「っと、そろそろ時間が近いな。よし、2人は皆をP40の前に集合させてくれ。私は話が終わったら作戦会議をここでするから、その準備をする」

 

「はいっ!」

 

「了解っす!」

 

ペパロニとカルパッチョはテントから左右に分かれ走り去った。ナイフを元に戻して静寂に少し身を預ける。

 

「ふぅ……西住みほ……戦いの時だな。と、まずい、カールが乱れてる」

 

近くの鏡の前で顔の両脇に垂れ下がっている長いカールの乱れを正す。身嗜みもドゥーチェの職務の一つ。人前に出るときは派手な格好をして、ダサい感じを排除する。この髪型も眼鏡をコンタクトにしたのもその為だ。

 

「よぉし、こんなものか。それにしても西住みほ、か。確かに貴女は害だ。西住流にとっても、黒森峰にとっても、そしてそれらを手を結ぶアンツィオにとっても。が、決して悪ではなかった。

あの時友を助けに行ったこと、勝利の放棄故に西住流にとって許されぬこと。理解は出来ないが、共感はする。一回合宿であった時も、特に悪印象はない」

 

鏡の向こうにいるのは安斎千代美。

 

「もし私たちに背負うものがなければ、友だったかもしれないな」

 

その独り言を聞くものはない。

 

 

 

   暫くのち、P40の上に乗った私の周りを、アンツィオ高校戦車道部の隊員が囲んだ。深く息を吸い込んだ。

 

「アンツィオ学園戦車道隊員にしてアンツィオ黒服党黒服隊隊員である諸君!よく聞いてくれ!いいか!今回は西住流の逆賊西住みほとそれを守ろうとする者を、アンツィオの名において叩き潰すための試合だ!

西住みほは西住流を破門にされただけでなく、黒森峰を叩くため戦車道大会に参加しているのだ!挙げ句の果てに西住みほの身柄と引き換えに自由の身を約束しても、徹底抗戦を選択した!大洗の馬鹿どもは何としても西住みほを生存させたいようだ!

ならば我々の不滅の槍をもって、奴らを撃滅するほかない!西住みほさえ殺せば、大洗にまともに指揮を取れる奴はいない!降伏なぞしよう者は、西住みほに逆らった事を理由に大洗に皆殺しにされるだろう!総員総力を挙げて戦ってくれ!」

 

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」

 

ここでトーンを落とす。完璧な人間にトップは務まらない。

 

「と、まぁここまで格好付けたことを言った訳だが、この中には絶対に生きたい、と思う者もいるだろう。そう思うこと自体を否定することは出来ない。それに大洗と戦う理由に私の西住流における個人的感情が絡んでない、と言えば嘘になる。だから今この場で大洗に降伏したい、と思う者がいても構わない。

今ならまだ許されるだろう。逆に試合が始まれば、我々は許されまい。ここから去っても私は非難しない。残る者が非難することも許さない。そうしたい者はいないか?」

 

戦車から降りて、一人一人の顔を眺めながら戦車の周りを回る。だが皆私の顔をはっきりと見つめ返し、動こうとする者はいない。

 

「……いないのか」

 

「ドゥーチェ!」

 

集団から一人、私の名を叫ぶ者がいた。

 

「アマレット……」

 

「こんな時に何言い出すんっすか!我々は黒服隊員!その青年団の一員として、ドゥーチェを守る為に、アンツィオを守る為に戦うって誓ってるじゃないですか!」

 

「いや……そうだが……な」

 

「そうですよ!ドゥーチェは戦いなさるおつもりなのでしょう!だったら逃げるなんて出来るわけないじゃないですか!」

 

「ジェラート……」

 

「そうだ!ここにはドゥーチェを地獄に送りながら、のうのうと煉獄に行こうとする者なんていやしませんよ!地獄の釜の底までお伴します、ドゥーチェ!」

 

「パネトーネ……」

 

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」

 

再びの連呼が周囲を包む。それに何も出来なかった私は、何らかの合図があったのかそれがサッと静寂に帰した時も、ただ狼狽えるだけだった。

 

 

♪母よ涙は無しで 子は強者だから

 

流れる声の清らかさ、姿川の如くなり。声の主を確認すると、カルパッチョだった。

 

♪都市の友よ 悲しむなかれ ここには敗北はない

 

次は男体山の如く荘厳なる歌声。ペパロニのものだ。

この歌はアンツィオ黒服隊青年団歌。ここの皆がくまなく知っている歌だ。

 

♪進め部隊よ 黒き炎 我らの存在 示す紋章

 

その声に周りの皆も揃って歌い始め、私の四方八方から取り巻こうとする。歌いながら胸元の紋章の形のバッチを、指で挟んで皆掲げている。

 

♪平原を進み 学園を守れ 機関銃と青春を手に!

 

彼らは本当に、一人残らずやる気だ。大洗が敵であるからではなく、私を守る為。一番のみで歌声は止まった。再び戦車の上に乗り、こちらを向く皆の視線を見渡す。

 

「大馬鹿者がっ!」

 

叫んだ時に、自分の頬を涙が伝わっていたのを知った。

 

「お前らは本っ当に馬鹿ばかりだ!飯の時間になれば話も聞かずに食堂に直行!節約したおやつ代は練習後のパーティーで吹っ飛ぶ!その練習も指示通りのことも出来ない時さえある!

何とか十役会議を説得して予算を持ってきても、車輌の増強には回しきれなかった!やっと手に入った中戦車がP40だ!本っ当にどうしようもないよ、お前ら!」

 

鼻水までもか。私の顔にはティッシュが即刻必要だな。だがそんな事を気にする時ではない。

 

「だがな!私はそんなお前らと戦車道ができ、同じ時を過ごしたことを後悔したことはない!一度たりともない!断言する!楽しかった!お前らと過ごした全ての時が!喧嘩をしようと、気分が落ち込んでも、試合で勝てなくても、側にいたお前らは最高の仲間だった!

だからここで私が死んだとしても、後悔はない!お前らと過ごせた記憶を共有出来ている限り!そしてそのお前らと最期を迎えられたら、私は幸せな人間に違いない!」

 

袖で顔に付く全ての液体を一気に拭ってしまった。ははは、汚い、みっともない。

 

「しかし!私はタダでこの命をくれてやるつもりはない!皆の命もくれてやるつもりもない!大洗の、プラウダの全ての命と引き換えでなければ渡せるものではないことを、奴らに教育してやれ!」

 

「おぉっー!」

 

「自由万歳!平等万歳!学生万歳!労働者万歳!雇用者万歳!それらを守る兵士万歳!君たちの失敗は私の責任、アンツィオの失態も私の責任だ!諸君!私に自分の責任を預けてくれ!古代ローマのごとき栄光を我らの手に収める為に!

諸君!Vittoria(勝利を)!」

 

私は高く右手とその手にある鞭を掲げた。




十役会議

安斎千代美が設立したアンツィオ学園中学、高等学校の行政機関。生徒会から政策決定権を委譲して設立された。特徴は右派アンツィオ黒服党から中道左派栃木市民生活会までを抱き込んでおり、その上で黒服党が過半数を確保していないことにある。議長は安斎千代美で、同数の場合は最終決定をするが、それ以外は過半数の賛成で決定される。

高校編入であるため立場が盤石ではない安斎千代美にとって、自らの権力の安定性を保つ重要な組織となった。

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