対して実弾を使い死傷者の出る硬式戦車道は脱退校が相次ぎ、1958年の硬式第18回大会は32校いた参加校が、1984年の硬式第44回大会はたったの13校という有様であった。これは硬式戦車道に参加していた湾岸ジュリアナ高校(現在は廃校)が連盟に対する強い発言権を用い、数で勝るものが有利となるようにルール改定を行ったのが理由の一つと言われている。
山鹿 涼『日本の学園都市』
作戦概要を知らせた後の大洗のテントの中は、重い雰囲気に包まれていた。足元を注意する、そうしなければ死ぬ。視界の狭い戦車にとってそれがいかに難しいことか皆理解しているだろう。
「それが対戦車戦の脅威です。一箇所に固まって餌食になるのは避けたいのですが」
「だったら拡散するのがいいのか?」
「いいえ、それでは各個撃破の対象になります。2つ位に別れたいです、が」
「どう割れるかか」
「……だったら、対戦車戦陣地のありそうな方に機銃のある戦車を回した方がいいんじゃないか?」
エルヴィンさんが頭の上のゴーグルを調整する。
「歩兵を一掃するなら砲弾より機銃の方がいい。まさかトーチカ作ってるわけじゃあるまいし、塹壕程度ならどんな砲火力でも怖くはないしな」
「そうなると機銃があるのはIII突以外か。だったら対戦車戦やりそうな方にM3、B1bis、ポルシェティーガーを回せばいいんじゃない?」
会長さんが干し芋を一枚つまみながら頭をこちらへ回す。
「といいますと?」
「M3は背があるし、ポルシェティーガーは底を一番抜かれにくい。
そして別れた後の戦力比を考えるとB1bisを送るのがいいんじゃないかい?ポルシェティーガーの足に合わせれば敵を捜しやすいっしょ。どっちにP40がいてもIV号、ヘッツァー、III突がいれば対応可能でしょ」
背があれば上から塹壕などを見つけやすいし、アハトアハトさえあれば予め破壊できる。榴弾砲があるB1bisがあるのも良いな。良い編成だ。しかし本当にマークIVが使いづらい。機銃が5つと多いのは良いのだが、トロい。時速10km出せないとかどんだけよ。
「成る程、そうですね。でしたらその手でいきましょう。問題はマークIVなんですが……そちらに回します?」
「それで良いんじゃないか?ゆっくり進むべきは対戦車戦する方だろうし」
「あたいらもそれで構わないよ。というよりあたいらの踏破能力じゃ急な方は登れないよ」
お銀さんの同意を得られたなら良いか。
「ではそのようにお願いします」
「ところで西住、敵はどこに来るかわかるか?」
「こちらをご覧ください」
机に地図を広げる。そこには昨日の試行錯誤の跡が残っている。
「昨日考えて出た答えは、敵陣地を西に迂回する道か、ここから敵陣地を直接狙うこの道の途中のどちらかです。私はこっちの西の道だと思います」
「というと?」
「こちらの方が坂が急です。敵はこちらなら高低差を利用して戦力を集中すれば、直にぶつかっても勝てると思うのではないか、と」
「そうか。初動で地形ではこちらが大きく不利か」
「ええ、出来るだけ同等に戦える一本西に南北に走るこの道までいかに早くたどり着くか、それが重要です。ですがその前に交通の要衝であるこの交差点に行きましょう。その地点を保持しつつ、偵察を出して相手の配置を確認します。行くのは4人、迂回する道と直接狙える道を両方調べてください。場所がわかったらそこをできるだけ避けて通ります」
「了解」
全員が返事した後、車輌整備の確認に散っていった。空は青く澄んでいる、怖いほど。対戦車戦、もしあの目標を本当に達成せねばならない時、これも選択肢として上がってくるのだろう。
午前11時、陸前高田のリアス式海岸の一角でホイッスルが鳴る。互いの学園を背負った戦いの始まりだ。
「偵察の人たちは指示した方に向かってください。マークIVは後方の警戒を」
「はいよ」
坂を登り始めたIV号から通達された命令に合わせて2人組が2つ、正面の道には優花里さんとカエサルさん、右脇の道には山郷さんとスズキさんが、それぞれトンプソンM1を装備して向かう。
「西住殿、行ってまいります」
「敵の配置の情報を取るのが目的です。敵に会ったら戦わずに引いてきてください。生きて帰ることを最優先にお願いします」
「了解しました」
「分かった」
「分かってる!」
偵察が出発した後、件の交差点に到達したこちら側は、周囲を警戒しつつ車輌を予定の進路に向けられるよう振り分ける。向こうは奇襲を狙って来るだろう。現在ここに集中している以上、それを封じるには周囲全面を警戒させるのが最善だ。
「各車の車長は耳を澄ませて、私たち以外のエンジン音がしたらすぐに報告を。車輌の砲塔は外側に向けてください」
「西住ちゃん、頭出してるけど大丈夫なのかい?狙撃とかしてくるかもしれないよ」
「その危険性は薄いでしょう。アンツィオ黒服隊の主要装備はライフル。自動小銃には慣れてないでしょうから、というのが一つ。もう一つは、徒歩で敵陣地からここに来るのは試合開始後の時間から考えて不可能だからです」
「なるほどね。じゃあ時間が経ったら頭を仕舞ってくれるわけだ。こちらは西住ちゃんに死なれたら困るからね」
「ははは、でしたら時期に甘えることにしましょう」
双眼鏡を眺めながら周囲を見渡しつつ、耳の音を全て判別しながら時は過ぎる。車内に戻り水を一杯口に含んでいると、正面を向いていた麻子さんの声が車内に響いた。
「西住さん、怪我人だ!」
「怪我人!」
先に敵がいるのか!すぐに頭を出して様子を見ると、優花里さんが肩にカエサルさんの腕を背負ってこちらに駆けて来ていた。
「優花里さん!」
「西住殿、負傷者です!カエサル殿が肩を撃たれました!」
負傷したのはカエサルさんのようだ。すぐに車輌を降りて傷口を確認する。右肩の上部の皮の一部を吹っ飛ばされたようだ。骨には到達しておらず、大事ないだろう。カンだけれど、症例のなかでは遥かにマシな方だ。
「……骨までは届いてないみたいなので、布を巻いて止血してください。敵はいたようですが、何処に?」
「この道の半分少し手前程、約1km先です。セモベンテ2輌、カルロベローチェ1輌が道の脇の森の中で待機中!」
その対応に追われている間に山郷さん達が合流した。こちらは怪我などは負ってないようだ。
「山郷さんのほうは?」
「こちらはP40が1輌、セモベンテ1輌が道の脇で待っていました」
「……主力を分割して森で待機?」
顎に手をかける。敵の方が戦車の性能が明らかに劣るのだから、分散して各個撃破されるのは愚の骨頂。防御有利でもないのだから、リーでさえやらないぞ。
「我々を二手に分けさせる気ですかね?西住殿。だとしたら何のために……」
「ちょっとグデーリアン、痛い」
「我慢するであります」
カエサルさんが肩に視線を向けて顔をしかめるが、優花里さんら顔色変えず肩に巻いた布を締める。こういうのが後々効いてくるからな。彼女は装填手だから、肩に痛みがあると厳しい。
「優花里さん、消毒は?」
「手持ちで何とかしました」
何持って来ているのか、とも思ったが、軟式の試合でも怪我する可能性はあるからな。救急箱はあっても不思議じゃない。それがそこまで大きくないカバンからパッと出てきたことは驚きだが。
「まずはまだ発見できてないカルロベローチェの動向を警戒します。カバさんチームはエルヴィンさんが装填手を代行してください」
「Ich verstehe(了解です)」
「3式、B1bis、ポルシェティーガーは完全に右側に集まってください。出発して相手がボーとしている間に各個撃破します」
相手の策に乗せられているかも、とも考えたが、ここらに集中されているのを発見され、こちらの砲を向けられぬうちに狙い打たれるのも良くない。動こう。
「了解しました」
全方位への警戒を少し緩めて、方面別に分かれるように車輌が進む。
その配置換えが終わろうとしていた時、背後からエンジン音がする。それらは時間と比例して大きくなる。大洗の車輌は全てここにある。とすると……
「突っ込めー!」
一際目立つ声が予感を的中させた。カルロベローチェ5輌が前進してくる。交差点に向かう道まで、カルロベローチェの快速性を生かして裏に回り込んだのか。しかもこのタイミング、最適だ。
全車が大洗の車輌に向けて機関銃を撃ち始める。車輌を撃ち抜くことはないのはありがたいが、急に車内に来襲する金属音は大洗の隊員をびびらせる。
「きゃあぁぁ」
「て、敵襲だ!」
「相手は何処を撃っても抜けます。落ち着いて狙ってください!」
指示が飛ばすが、皆は焦り対応が満足に取れない。背後から来た為に砲塔の回転に時間がかかる。その間にありったけの銃弾を浴びる。
カルロベローチェはその間にこちらの車輌に近づき、体当たりまでも行う。その体当たりの餌食にIII突がなったようだ。
「こちらカバ!体当たりで履帯をやられた!」
「今は危険です!車輌は抜かれませんので、その場で待機してください!」
「り、了解!」
IV号が砲塔が回転し、華さんが引き金を引く。それがカルロベローチェ1輌を捉える。カルロベローチェは吹っ飛び、半回転して地面に横たわる。カルロベローチェ4輌は指揮車輌らしきものを先頭に、バックしながら機関銃を撃ちまくってくる。
こちらの場所はばれた。だが向こうの待ち伏せ地点を、少なくとも右の道では把握している。左ではばれているから移動させているだろうが、まだ対応は可能。
「右の道へ行きます」
「ぶっつぶせー!」
「ぶっころせー!」
命令を出す前に、車輌に体当たりされて怒ったウサギさんチームがカルロベローチェを追って右の道へ進む。待て待てそんなに飛ばすな。後ろが追いつかないじゃないか
「あっ……ちょっと……仕方ありません。カモさん、レオポンさん、サメさん。右の道へ行ったウサギさんを追ってください」
「わかりました」
「Aye,Aye. 」
B1bisが先に、ポルシェティーガーがその後に、後尾にマークIVが続いて道を行く。
「カルロベローチェの全車輌の場所を把握したので、カバさんチームは待機して履帯の修理を。あんこうとカメさん、アリクイさんは正面の道を登ります。あんこうに続いてください」
「了解!」
IV号が発進し、それに続くようにヘッツァー、3式が坂を登る。ここは獣道を少し平らにしただけの道であり、石でがたつき揺れる。坂もさらに急になり、うまくスピードが出せない。
ウサギさんチームは砲塔をカルロベローチェの方に向け、37ミリを撃ち続ける。それに続くカモさんチームも75ミリを吹かせ、撃破しようとする。レオポンチームとサメさんチームは坂を登るのがやっとで追いついていない。
ペパロニ率いるカルロベローチェ部隊はその軽快さを使い、巧みに砲撃を避けるが、砲弾が飛び交うなかで当たることは避けられない。1輌、また1輌と砲弾に当たっていく。残りは2輌、ひたすら機関銃を撃ち続けている。撃ち抜けるわけもない、と知りながら。
「あと2輌だよ!梓!」
「どんどん撃つよ!もっと飛ばして!佳利奈!」
「あいあーい!」
ウサギさんチームの者は車輌を撃破したことで興奮している。何も出来なかった味方を相手の死で補おうとする。
「あの……」
澤は車輌の者を抑えようとするが、宇津木の代理として河嶋と通信している間に最高潮に達している4人相手に、1人ではどうにもならない。阪口はアクセルをさらに踏み込む。次に大野が撃った37ミリはペパロニのカルロベローチェを撃ち抜いたように見えた。車輌はバランスを崩し、煙を上げたまま木に激突した。それに気を良くしたウサギさんチームの者は、最後の1輌を仕留めようと躍起になる。
「沙希ちゃん、何か言った?」
何かを聞いた気がした大野が37ミリを装填する丸山に問うが、丸山はすぐに75ミリの装填に移り何も答えない。山郷に一声かけるが、どうも彼女ですら何も分かってないらしい。気のせいかと再び照準器を目に当てた。
最後の1輌のカルロベローチェは少々上下に揺れたあと、機関銃を撃ち続けながら後退する。ウサギさんチームはその場所に突撃した。すると床の下から音がする。重い金属のドアが閉まり、鍵がかかったような音だ。澤はその音を合図に作戦会議の文言をこねくり回し、全てを悟った。
「脱出して!」
そう叫ぶと自身もそばにあったトンプソンを掴み、キューポラから身を出して脱出する。山郷が右横から、阪口が正面から脱出する。澤と山郷は近くの森の中に逃げ込む。その後すぐにM3は底を文字通りぶち抜かれた。
車輌に空いている穴の全てから煙が登る。阪口は足が爆風に巻き込まれ、前に飛ばされる。なんとか立ち上がろうとしたその時、前方で急停止したカルロベローチェが大量の機銃弾をばら撒く。大量の弾丸を浴びた阪口の身体は赤い水滴と共に半回転して宙を舞った。その後猛スピードでカルロベローチェは後退していく。
M3から他に外に出てくる者と、阪口を気にかけて声を掛ける者はいなかった。
「森にいるぞ!」
「殺せ!」
爆発から離れていたアンツィオの隊員は、その音響の終焉とともに行動を開始する。澤はとっさに近くの木の裏に隠れたが、山郷は間に合わなかった。機銃弾による犠牲者6人目が、澤の隣に誕生した。
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園高等学校犠牲者
大野 あや
アンツィオ 爆殺 死体損壊激しく致命傷は不明 即死
丸山 沙希
アンツィオ 爆殺 死体損壊激しく致命傷は不明 即死
阪口 佳利奈
アンツィオ 銃殺 銃撃による失血ショック死 即死 多数の銃痕有り
山郷 あゆみ
アンツィオ 銃殺 銃撃による失血ショック死 即死 多数の銃痕有り
その様子を見たカモさんチームの面々は驚きを隠さない。すぐ近くでM3がいきなり爆発したのだから。操縦手も思わず手を離していた。
「あ、あれが対戦車戦……」
車長の園が呆然としたあと口から搾り出す。
「……パ、パゾ美!前の地面に向かって撃ちなさい!このまま進んだらB1bisも爆発してしまうわよ!」
自分で言った言葉にハッとした園が砲手に指示を出す。それに砲手のパゾ美も頭を動かし始める。
「そ、そうだね。ソド子」
「榴弾でいいよね、装填よし!」
「照準よし!行くわよ!」
轟音とともに煙の登るM3の左側に着弾し、辺りに砂が撒き散らされる。砂に混じって、上半身を出していたアンツィオの戦車部員の肉片と血しぶきが撒き散らされる。太い木の背後だったお陰か、榴弾の破片の一部が澤の腕を傷つけただけで済んだが、その傷を気にする余裕は無かった。
「……くそっ、まだまだっ……」
土煙の登る塹壕から血を流し、トンプソンを持ちながら外に出ようとするアンツィオの戦車部員がいたのだ。
「うわあぁぁぁ!」
澤は大声で叫びながら木の脇から飛び出し、無我夢中でその者を狙った。5発ほどを外した後、残りの弾の一部がその隊員を撃ち抜いた。
だがその部員ははるかに優秀だった。叫び声を聞きつけて即座に銃を向けると、澤が5発外している間に放った一発が、確実にその眉間を撃ち抜いていたのだ。こうしてこの塹壕周辺から生存者は消えた。
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園高等学校犠牲者
澤 梓
アンツィオ 銃殺 頭部狙撃による即死 額に銃痕あり
ブラッドウォール・バレンタインデー
安斎政権成立後にアンツィオ学園都市にて行われたマフィア掃討作戦。
それまでアンツィオは観光地である表通りの裏でマフィアが縄張りを張っていた。主な収入は屋台のみかじめ料や窃盗、一部では人身売買の形跡もある。一方で風紀委員会とは賄賂や接待等で対応し、完全な鎮圧を回避していた。みかじめ料の徴収などは屋台統制の一環とされたが、マフィア間の抗争などはアンツィオの治安を悪化させている要因とされていた。
1月に成立した安斎政権は直ちにこれにメスを入れ、風紀委員会によるガサ入りの不徹底さを非難し、黒服隊単独での鎮圧を決定。マフィアに投降するよう警告するも、これを受け入れるマフィアがなかったため、翌月のバレンタインデーに黒服隊を全面動員。カルロベローチェや自動小銃も利用した掃討作戦を行った。正式名称は『モーリプラン』
この結果マフィア側は計200人以上の死傷者を出し、捕縛された者に対しても拷問したり、逃亡を図ったマフィアの大物が拷問により得た情報を用いて捕縛され、続々銃殺刑に処されるなどして壊滅した。この時路地裏が地面はおろか壁まで赤く染まったことから、この呼び名が付いたとされる。
マフィアが回収していたみかじめ料はアンツィオ学園生徒会が徴収することになり、財政好転の転機となった。これは治安回復にも繋がり市民の支持を獲得し、安斎政権、黒服党政権の安定化にも貢献した。
これまでに出てきたアンツィオの歌
http://sp.nicovideo.jp/watch/sm33536631