ベニート=ムッソリーニ
「ソド子!銃声がするよ!まだ居るみたい!」
「だったらもう1発打ち込みなさい!向こうはこっちに向かっては来ていないんでしょ!」
「り、了解!」
その後に再び放たれた1発は、轟音とともにその塹壕の再利用を不可能にした。B1bisは速度を再び上げて前進し、アンツィオの作ったと思われる塹壕を確認する。本当に確認するか後藤と金春は尋ねたが、園は確認は必要だ、と譲らなかった。
数名の死体が分断されて散乱するのみで、もうこちらに銃を向ける者はいない。だが念には念を、と手持ちのトンプソンM1を底にばら撒かずにはいられなかった。
壁に寄りかかって息絶えていたものも、ずるずると塹壕の壁の土を巻き込みながら、目をその壁に向けつつ底に横たわる。少し離れた場所に点在するかつての仲間より、その遺体から目が外せない。
共に降りた後藤と金春は、近くの林の中で吐瀉物を土の上に降り注がせている。園も吐き気を覚えたが、落ちていたM1を回収させると、後続を待たず追撃するよう指示した。
私たちはただ職務を全うしただけ。M3は副隊長の指示に従わなかった為にこうなった。だがこの前進が規定事項だった以上、誰かはこうなる運命だったのかもしれない。
坂を登り始めて間も無く、坂を下りてきたカルロベローチェを容赦なく撃ち抜く。
「どうしてここまで一輌で降りてきたのでしょうか?」
華さんが尋ねてきた。自分から吶喊して死ぬ奴の気など、分からない。
「なんででしょう?」
「西住殿、そろそろ敵が待っていたところであります。警戒を」
「分かりました。各車左に注意を払ってください」
少し速度を落とし、道なりに行く。
「ここであります」
なるほど確かに森の木々に隠れているセモベンテがいる。華さんに照準を付けさせ、私の合図とともにIV号の砲弾は当たった、はずだ。
しかし当たった後のセモベンテの反応は、撃破というより砕け散った、という表現がぴったりだった。
「偽物!」
騙された。手前に待ち伏せしていたから対戦車戦をしないと思ったが、大きな間違いだった。もう一輌も同様だった。流石はアンチョビさん、一筋縄ではいかないか。これはこっちも少しは覚悟しなくちゃなぁ。
それにしてもよくあんな板用意したものだ。対サンダースの計算のもとで用意していたのかもしれん。
その少し前、坂の上の自陣で待機する私のもとに無線が繋がる。カルロベローチェ部隊の一輌からだ。
「隊長、報告します!こちら私の車輌以外、ペパロニ副隊長車も含め撃破されました!対戦車戦用の塹壕も破壊されましたが、塹壕でM3の撃破に成功しました!」
内容の理解をしてからも暫く表情。動かせなかった。その後今日2度目の涙が頬を伝う。ペパロニは死に、危険を顧みず対戦車戦用の塹壕に入ってくれた者も無残にやられた。しかも撃破できたのはM3のみ、戦力が削れたとは言えない。その死の価値は、途方もなく軽くなってしまいそうか。
しかしまた汚らしく涙を拭いて前を向く。そして、キューポラから上半身を出して鞭を大きく振りかぶる。まだそれを断定する時ではない。ここにはP40とセモベンテ三輌が残っている。
「全車前進。敵を撃破せよ!」
交差点に置いた見張りからIII突の履帯破壊と敵が二手に分かれたことを聞いていた。目当てのIV号が正面に来ることも。ならば狙うはただ一つ。
「諸君!対戦車戦に向かった者らは確実に戦果を挙げた!我らも続く時だ!こちらの方が高台だ。多少射程外でも狙える。撃ちまくれ!
IV号を撃破し、我らに勝利を!」
「総帥万歳!」
砲火力はこちらに集結済み。ポルシェティーガーが来る前に各個撃破したい。その為にはすぐ正面に来るIV号、ヘッツァー、3式を素早く叩き潰すしかない。P40が一輌とセモベンテ三輌に下山を命令した。
「M3が殺られたわ。その代わり敵の塹壕のようなものは破壊したわ。あとカルロベローチェは追加で3輌撃破」
沙織さんが慌てた声で受け取った報告を伝えてくる。こちらがこの状況である以上覚悟はしていたが、やはりか。車輌と人員は失ったが、最悪の事態ではない。だが沙織さんは日頃からウサギさんチームと仲が良かった。それだけに思うところがあるようだ。
「……作戦通りともに西の道に向かってください。こちらはこちらで対処します」
「分かったわ。まだ一輌残っているから、追撃しておくわね」
「了解しました」
報告を受けた直後、近くに砲弾が着弾する。その数、四発。幸い全弾外れたが、キューポラから身を出すとかなり離れた場所にセモベンテとP40が見える。向こうに対戦車陣地を作ってあるなら、こちらには砲火力。見事に嵌められた。だがその火力を合わせてもこちらが上。あまりやりたくない戦いだが、やるしかない。
「道の先に敵発見!撃破してください!」
正面に向けている砲から大洗側も応戦し、砲撃戦が始まる。どちらも距離を詰めようと前進するため、走行間射撃となりなかなか当たらない。三式が幸先よくセモベンテ1輌を撃破するが、P40の撃った弾がヘッツァーの側面をかする。貫通しなかったものの、左側がへこむ。
「あとともに三輌……落ち着いて狙ってください!砲手と操縦手は連絡を密に!」
「西住ちゃん!私とかーしま替わるね」
とうとう相互に狙われる状況になって、河嶋さんが砲手から解任されたようだ。会長さんの射撃技術が如何程かは存じないが、命中率は上がるのだろう。それにしても向こうの射撃頻度が低い。確かにカルロベローチェが射撃しながら走行していたから、こちらから人員を対戦車戦に割いたのだろう。そうしたら真っ先に割り当てられるのは装填手。
先程変わった会長さんが操作する砲が、とあるセモベンテを狙う。狙いは確かにその車輌に向いていたのだが、なんとP40が射線上に割り込み、自ら白旗の台座となった。
安斎さん、貴女も西住を犯して死ぬことになるか。いや、もしくはこれも勝ちのための一手なのか?
「P40、撃破。会長さん、ありがとうございます」
だがそんなことを考える時でもない。淡々と戦果を述べる。それを話し考えている間にIV号が一旦止まり、華さんが別のセモベンテ一輌を狙い撃った。
「残り一輌です。落ち着いて狙いましょう」
3式が外したものの、向こうから反撃は来ない。その間にヘッツァーの再度の砲撃が最後のセモベンテに命中した。今度からは会長さんに砲手をどんどん努めてもらおう。
向こうの砲撃が少なかったことと、会長さんの技術が思った以上に高かったお陰で、奇跡的に被害なしでこの場を乗り切った。
「敵計4輌撃破確認。このまま山を登ります。前進してください」
坂をさらに進むと、敵戦車の残骸が道を塞ぎつつあった。IV号を先頭に、その隙間を押し開けて進む。最早使い物にならないP40の中など、覗く気にもならない。焦げ臭い匂いしかないだろう。だが最後に撃破したセモベンテも煙は登っていたが、人がいるような匂いがしない。だが車輌が撃破されている以上人員がいようと使うことは出来ないため、試合はもうすぐ終わるはず。それ故に気にしないでいようとしたら、終わりを示す無線が園さんから入った。
「こちらカルロベローチェ撃破よ!これでこっちにはカルロベローチェはもういないはずだわ」
それを聞くや否や、森から笛の音が鳴り渡る。
「アンツィオ学園高等学校全車輌走行不能。よって大洗女子学園高等学校の勝利!」
車輌を止めさせてキューポラから身を乗り出し、深く息を吐き出した。勝てた。生き残る希望とともに死ぬまでの時間が、また少し増幅された。この時間を私は何に使えるのか。
第74回戦車道大会公式記録
◯大洗女子学園高等学校vsXアンツィオ高等学校
被害 大洗1輌 アンツィオ10輌
アンツィオ高等学校全車輌走行不能
試合が終わったからといって時間が空くわけではない。残存車輌の整備、補給を進め、次の会場までの移動準備を整えなくてはならない。次を不安に思う者も多いはずだが、誰も何も言わずすべきことをしている。ここに一人でもウサギさんチームの人がいたら状況は変わるのかもしれないが、この状態でそれを気にする人は見受けられない。
「ヘッツァーの装甲、大丈夫そうですか?」
「一応穴とかは空いてないけど、削れてはいるね。出来れば追加装甲とかでカバーしたいところだけど……」
「ルール上実際に付けられていた追加装甲なら可能かもしれませんが……」
「費用的に無理だね」
「しかしヘッツァーの火力は捨てがたいのは事実。他に使える車輌もありませんし、そのまま使ってください」
「分かった」
ヘッツァーの傷はあまり深くはないようだ。バランスが少し崩れるかもしれないが、このまま運用を続けることが可能だろう。その傷に触れて確かめていると、背後からこちらに近づく人がいるようだ。
「西住殿!」
「どうしました、優花里さん」
振り返ると、優花里さんは駆け足で来たらしく呼吸が乱れていた。
「連盟の方がお見えであります。なにやら捕虜の扱いに関する事らしいです」
「捕虜?この殲滅戦の状況で、ですか?」
「はい」
戦車を撃破されて中の人が生き残ることは滅多にない。私はその例外を体験したことはあるが。まぁ確かにその前例がある以上、可能性はあると言わざるを得ない。
「では河嶋さんも呼んでください。二人で話しを伺います。確かテントの方にいらしたはずです」
「了解であります!」
彼女は私の指示した方へ去っていった。
「西住ちゃん、私は行かなくていいのかい?外交は門外漢なんだろう?」
「解放を軸に考えればよろしいでしょう?今後を考えれば。それくらいは分かります」
「そうだね。それが分かってるならいいや。まぁ問題は今後があるかなんだけどね」
「……じゃ、行きますね」
私たちの陣地の入り口、試合会場への連絡口のところに、審判に連れられた五人のアンツィオの者らがいた。一人は腕を怪我をしているらしく、青い顔をしてその部分を抑え、隣の者が軽い口調なれどもそれを気に掛けている。またその五人のうち一人は、降伏勧告の使者として訪れた人だった。
「装備品は既にこちらで回収済みです。それでは、扱いはそちらに任せます」
「ありがとうございます」
五人とも手を結わえられているわけでもない。こちらは一応支給された拳銃を用意しているが、向ける気はない。
「……とりあえず全員こっちへ来い」
雨が降りそうなわけではないが、入り口で対応するのも何だろう、とのことらしい。河嶋さんは近くにあったテントの所へ誘導しようとする。その時、振り返ろうとした私たちの前で、使者だった、確か落合とかいったか、女が、膝を地面につけ、地面にその綺麗な部類に入るであろう顔を擦り付けていた。五体投地か何かかい。
「必要とあらば私の命は差し出します!ど、どうか残りの仲間の命だけは……」
「お、おい、カルパッチョ!」
「貴女がたの仲間を殺して負けておきながら誠に図々しいことですが、どうか彼女らの命だけは……」
命乞いか。そしてここに捕虜がいることと、あそこで匂いがしない方角があったこと。
「……あなた、セモベンテに乗ってましたか?」
「……はい、それが……」
やはりか。で、確か戦車道で副隊長に就くほど安斎さんに近しい人物。なるほど。
「立ちなさい」
できるだけ低い声で鋭く、そう伝える。聴きながら私自身こんな声が出るのか、との驚きを隠していた。
「はい?」
「立ちなさい、と言ったのです。貴女がたの身柄が私たちに委ねられていることはご存知ですよね?」
「……はい」
狐につままれた顔をして、膝の土を払ってから彼女は直立の姿勢に戻る。その姿勢が整った時、私は彼女の襟首を掴み上げ、まだ土の残る額にぶつからんばかりに自分の額を寄せた。
「……」
目線をずっと合わせたまま動かさない。彼女の方は何をされたか分かってないようだ。
「お、おい西住、何を……」
「ここは私に」
河嶋さんには悪いが、ここは私と彼女が話す場となった。
「……まず交渉の仕方として、こっちの手札を読む前に自分の手札を曝け出すのは阿呆のやることです。副隊長の貴女の命、その札を使うのはすぐではないはず。違いますか?」
「……いえ、ここは交渉の場ではありません。懇願の場です。そもそも貴女がたと私たちが対等に話せるはずがないのですから」
「では何故そもそも貴女は自分の命を手札に使うのか、答えて差し上げましょう。安斎さん、いえアンチョビさんの方が宜しいでしょうか、その方を死なせておきながら、自分だけ生きて帰る訳にはいかない、などと考えているのでは?」
足がしっかりついてないせいか、一際大きな振動が腕を通じて伝わってくる。図星か。
「そんな事を考えている人間を殺す価値はこちらにはありません。少なくともそれを対価に全員解放など問題外です。貴女が実質この捕虜の集団を束ねていると考えて、選択肢という温情を与えましょう。一つはこのままこちらは何もせず全員解放する。もう一つは全員殺さない程度まで痛めつけた上で身包み剥いで解放する、です。どちらにしますか?」
「……前者を」
「宜しいですね?」
「……はい」
私は手をパッと離した。向こうは少しバランスを崩したらしく、少しよろめいた。
「に、西住、全員解放は構わないが、ただで、というのは仮にもM3を失ったこちらの心情に沿わないんじゃないか?」
「ふーむ、そうですか。ではこの中でアンツィオで屋台をやってたりする方はいらっしゃいますか?」
「わ、私!私やってるっす!」
「私もやってます!」
二名が手を挙げた。
「そうですか、それは素晴らしい。では貴女がたが今夜の夕飯を作ってください。怪我している方はこちらで最低限の治療をしましょう。夕飯が美味かったら解放しますよ。
そちらの方、どうも骨折なさっているようですから、添え木を都合しましょう。河嶋隊長、これで宜しいですか?」
「あ、ああ。飯が美味くなるなら、悪い話ではないな」
「ではそのように」
その日の夕飯はイタリアン風味の格段に美味いものだった。これまで会長さんや沙織さんの作ったおかずや、優花里さんの飯盒で炊いたご飯が不味かったわけでは決してないが、金を取れるレベルになるとやはり違う。
戦場でパスタを茹でた話は嘘だと聞いたことがあるが、美味い飯が士気に関わるものだということは確かだ。その点黒森峰はご飯かパンとザワークラウトとかだからなぁ。良くてソーセージ。
その後彼女らには一応の手当てをして解放した。かといって彼女らが今後無事に居られるかどうかは分からない。
広報部より報告
大洗女子学園の動向
同校からの連絡によると
「飯ぐらいはたかってもいいだろう?」
を
「アンツィオ戦勝利!」
において選択をしたとのことです。