不死の感情・改   作:いのかしら

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『プラウダ学園地域は人民の平等を求める。この平等は地域の民の機会の均等であり、存在条件の公平性である。この維持の為資産、人種、言語、宗教、思想などによって一部の人間のみが不当に機会の利を得ようと動くことをプラウダは許さず、如何なる手を使ってでもこれらを認めない』

プラウダ学園地域憲章より


第5章 ② 大地へ

12月4日 岩手県陸前高田市郊外 第74回戦車道大会第2回戦会場

私達は観客席にいた。毎年の軟式大会は多くの観客がいるが、今回はちらほら見えるのみだ。こんな血みどろの試合を間近で見たい奴はそんなにいないということだろう。

 

「問題は……プラウダに勝てるのか?」

 

河嶋さんが片眼鏡を調整する。そう、その通りだ。敵は日本の中で断トツの面積と人口を持つ学園都市、いや地域。そこに挑むのは人口は20分の1以下の背後に有力都市もいない弱小学園都市、戦車は寄せ集めの7輌、そう疑うのが自然だろう。

 

「西住ちゃん、どうよ」

 

会長さんが私に話を振ってきた。だが前の試合での話を聞くに、答えは一つしかない。

 

「大変厳しいと思います。でも最善は尽くします。次の戦いは少しの油断や迷いが命取りになります。こちらの命はこの先も考えると易々と失えるものではありません。皆さんも私から出る指示をよく聞いて躊躇せず動いてください」

 

そう、勝てる可能性はある。負けられない以上そう返すしかない。

返事は無い。白けたような雰囲気が辺りを包む。

 

「え……あれっ?」

 

「でも、1年生とバレー部ってその指示に従ってやられたのよね。あの立場に選ばれてたのが私たちなら、私たちが死んでたわ。あの塹壕の傍にいたのは、私たちだったかもしれない」

 

後ろで手を組みながら口を挟んだのはゴモヨさんだ。ももがーさんも同調するようにこちらの目を見る。疑心か。これはあれだな。美味いもん食ったせいで余裕ができて、その余裕で変なことを考えてしまっているんだな。全く厄介な。

 

「な、何を言っているでありますか!西住殿の指揮があればこそこうしてサンダースとアンツィオに勝利出来たであります!」

 

優花里さんが力を込めて反論を述べる。味方がいるだけでも有難い。

 

「そ、そうだ!ねぇ、こっちにも戦車有るんだから、自衛隊の一点に集中したりして包囲を突破して逃げるっていう」

 

「ムリ」

 

沙織さんが言い終わる前に、優花里さんとエルヴィンさんによって希望は打ち砕かれる。当たり前だ。

 

「第3世代MBT相手なんてたとえ1輌でも無理だ」

 

「武部殿、自衛隊はムチャクチャ強いのであります」

 

「沙織さんは逃げることばかり考えてらっしゃるのですね」

 

後ろの華さんも思わず苦笑いする。にらみ合っていた米ソの40年間を舐めない方がいい。その支援を受けた日本も。

61式1輌くらいならなんとかなるかもしれないが、74式1輌だと怪しくなってくるし、流石に10式はどうあがいても無理だ。

 

「案外もう西住殿は次に誰を犠牲にするか決めているかもしれんぜよ」

 

「その指標が何かは計りようがないが、能力、車輌、そしてその場の状況。それ次第ではある意味で死を命じられるやもしれん」

 

「ちょ……何を言い出すでありますか!」

 

普段は仲の良いカバさんチームと優花里の間にまで険悪な空気が流れる。まずいな。

 

「やめろ、こんな時に仲間割れなんて最悪だ。今は非常時なんだぞ!旅先はいつもの2倍我慢しろって言うだろ!他に誰か指揮できる奴がいるって言うのか!いないだろ!」

 

河嶋さんが何時もより冷静に擁護してくださる。この語気の強さは、この時は役立つといいなぁ。

 

「そ、そうだ!西住さんを生かしてこの蛮行を伝える、そう決めただろ!」

 

「誰も従わないとは言ってませんよ。ワケも分からず死にたく無いって言ってるんです!せめてそう動く理由を教えてください!西住さんを生かすとしても、その為の囮として死ね、というのには納得出来ません!」

 

そう上手くはいかないか。私に出来るのは不安げな顔をしながら話に耳を傾けるのみだ。誰を犠牲にするか考えている、というのも巡り巡っては全くの嘘にはならない。ここは身を引いて落ち着きつつ、用事を済ませよう。

 

「会長、少し1人になって作戦を考えてきます」

 

「ん……ああ、余り気にしなくていいよ」

 

背を向けて去ろうとする肩に会長は手をかけてくださる。内容自体は気になることじゃない。だがこれで団結が崩れてしまうのだけは避けたい。

 

「西住殿、自分も行くであります」

 

優花里さんが後を追いかけてきた。必要ないが、拒絶するほどでもあるまい。

 

 

 

同日、第2回戦会場、黒森峰女学園陣地

 

此処には一時の平穏が訪れていた。2回戦の相手の継続高校は合意通り開始直後に降伏。もともと同盟関係にあったこともあり、決勝戦参加を条件に隊長の下平美香以下全員解放した。もう車輌の輸送準備は完了し、出発までも時間がある。隊員たちは休息を楽しんでいた。隊長の逸見エリカも同様だ。彼女は負傷者用のテントにいた。

 

「はい、お口開けて。隊長の好きなジャガイモとソーセージのスープですよ」

 

口は開かない。エリカは少し無理やり口にスープを流し込むが、それは喉に送られることなく口から溢れる。

 

「ダメですよ、しっかり食べないと。お身体も回復しません」

 

しかし反応はない。ただ焦点の合わない目を見せるのみだ。

 

「ほら、こんなにこぼして……」

 

布巾を取り出したエリカは口の周りを拭く。表情は優れない。この方の回復を何度神に祈ったことか。されどこの方の目に光が再び灯ることはない。

 

「エリカ隊長。あの、大洗の西住……副隊長が……」

 

テントの外から聞こえた見張りの声でエリカは口から布巾を外した。

 

 

 

隊員の一人は私の顔に驚きつつも、話がしたいと告げると身体検査した上で案内してくれた。優花里さんは3歩後ろで待機させている。

 

「これはこれは元SS12部隊副隊長、黒森峰で辞めた戦車道をまた始められたそうで、今更何の御用で?」

 

テントの幕を開けたエリカさんは嫌味たっぷりに声を掛ける。まぁその通りなんだが。

 

「エリカさん、お姉ちゃんの具合はどうでしょうか」

 

「良いワケないでしょう!」

 

テントの鉄柱に怒りをぶつけた。だろうな、としか答えられん。

 

「なんでアンタの方は平気なのよ。大人しそうに見えて腹じゃ何考えているのかわかったもんじゃない。言っとくけどもう黒森峰じゃないアンタとはもう会わせないからね。隊長をこんな目に遭わせたプラウダを私は絶対に許さない」

 

彼女と私の間に黒森峰SS歩兵部隊の歩哨がKar98kのボルトを操作しながら入ってきた。その不穏な空気に優花里さんは思わず数歩下がったようだが、私からすれば慣れたもの。意識的に背を向けてその場を立ち去ろうとした。

 

「待ちなさい。次のプラウダ戦、どうするつもりなのよ。まさか大洗の雑魚装備で戦って勝てると思ってるの?」

 

「……姉になら相談したかったのですが、硬式戦の経験が少ない貴女に話しても……」

 

彼女のの目は目尻が切れんとばかりに見開かれた。歩みを進め始めた私の肩は、その直後にとても強い力で掴まれた。

 

「西住みほ、私を怒らせないでちょうだい」

 

誰が怒らせた。単にあなたが怒っているだけだろう。昔から挑発にはとことん弱いよな。その短気、直した方がいいと思うぞ。言わないけど。

 

もう1本の腕の指先がテントの中に案内する。どうやら話をする気はあるようだ。

 

 

暫くしてテントから出た。エリカさんに一礼すると、さっさと背を向けて立ち去った。これで良い。

その晩、岩手の南から北へと戦車の乗る車輌は動き出した。その車内で、使用できる銃がトンプソンM1からモシンナガンM1891/30となる事が発表された。

 

 

翌朝、そこは雪国だった。

旭川で付け替えられたDD51に牽引された客車1輌、貨車7輌の編成は、石北の大地を警笛を鳴らしながら東へ駆け抜ける。周りは雪景色となった牧場とその奥に山地が連なっている。客車に寝台などない。大洗の予算では旧式の座席車を借りるのが精一杯だった。硬い椅子が深い眠りを阻害する。

はっと目を覚ました時、周りの者はまだ寝ていたり、話していたり、ただ外を眺めていたり、生徒会の者は大富豪をやっている。丁度会長さんが革命を起こして、河嶋さんの手札に終止符を打ったようだ。

身体にはまだ怠さが残っているが、ここで二度寝してもそれが増すのみだろう。静かだ。聞こえるのは牛の鳴き声の輪唱と少しの人の話し声、それと時たまするカードが叩きつけられるものだけだ。何もないので外の景色を漫然と見ていくことにした。

話すことはないし、ここにも戦車道連盟の関係者がいる。ライフルの件やそもそものこの大会の様子から考えて、双方ともに連盟と繋がっている。私の不用意な一言が向こうに漏れるとも限らないのだ。

牛が何匹視界の中を通ったか数えるのも面倒になった頃、その徒然なる時は1つの発砲音で阻害された。

 

「ひっ!」

 

隣にいた優花里さんが竦みあがる。銃弾は右に広がる農場の1番奥にいた牛の胴を見事に撃ち抜いたらしく、横にバタンと倒れ、周りの牛が鳴き声をあげて散り散りになっていた。銃声の元はアリクイさんチームだ。窓は少し開かれ、ねこにゃーの持つモシン、ナガンが煙を昇らせる。

 

「おー、さすがねこにゃー。キルデス80%は伊達じゃないなり」

 

「芋スナキャンプ野郎と罵られても全くブレない不動心!」

 

ももがーさんとぴよたんさんが口々に褒める。ねこにゃーさんは反応する事なく黙々と薬莢を排出する。ふむ、距離は540m。揺れる車輌の中から当てるとは、なかなかの技術だな。

 

「な、何をしているでありますか!牛は農家の大事な財産でありますよ!」

 

優花里さんは後ろを向き注意するが、ねこにゃーさんはただじっと外の次の目標に狙いを定め、他の2人は気怠げにこちらを向いた。

 

「うるさいなり、ウチら明日死ぬかもしれないんだから少しくらい羽目外してもいいなり」

 

「てゆーか、秋山さん副隊長でも何でもないのに仕切りすぎっちゃ」

 

「あ、いえ、そんなつもりじゃ……」

 

優花里さんは押し黙るしかできなかった。

 

「に、西住殿!幾ら何でも食べるわけでもないのに人の牛を撃つなんてあんまりであります!注意をなさってください!」

 

「これから見たこともない人を撃つのにですか?」

 

「え……」

 

「照準はあっているようですので、弾の無駄はしないように」

 

少し大きめの声でそう通告すると、力の抜けて背もたれに寄りかかった彼女を見て再び外を向いた。先ほどの牛は最早視界の彼方である。その後銃声はなかったが、何か不穏な空気は終わる気配が無かった。

いや情報をくれたことは認めつつ、これ以上撃たないようにとは注意したと思うんだけどなぁ。

 

 

 

列車は湧別川を南に見つつ、遠軽駅で折り返し、遠軽の貨物ターミナルに入線する。すでに時間は昼になっており、寒空の下で戦車を降ろす作業が終わり次第、連盟に指定された旅館「ヒマワリ」に向かった。

部屋は中部屋の和室2つだ。旅館での夕食が部屋に運ばれたが、私と優花里さんとその他の者の間には深い溝が横たわっていた。そして若干優花里さんとの距離も離れている気がした。プラウダ戦に向けてこの状況を改善させたいが、生憎私はこういう時、戦車で前進することで無理にでも付いて来させる方法しか出来ないし、それでは上手くいかないだろう。

そして皮肉にも夕飯が美味い。熊筍ご飯とか初めて食べたが、その他も含め美味い。これでは皆の心の余裕は増すばかりだ。その不安に呼応するように外には雪が舞い始めていた。

 




プラウダ学園地域の前身プラウダ自治会は第一次世界大戦後のロシア内戦から逃れた豊かなロシア人たちを主体として設立された。日本がソヴィエトと国交を結ぶ際に権限が縮小されたが、それ以外は特に抑圧を受けず、戦後には第一次学園艦計画の中で学園都市化がなされた。
しかしロシア内戦を逃れた富裕層とソヴィエト5カ年計画実行中後の困窮を逃れ加わった農民層との間には意識的に隔絶があり、それがプラウダ革命、共産党政権設立へと繋がっていく。そしてスターリン批判を行ったソヴィエトとの関係強化に動き出すのである。
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