不死の感情・改   作:いのかしら

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現実と理論が一致しないなら、現実を変えよ

ヨシフ=スターリン


第5章 ③ 刺抜き

私と優花里さんは他の者たちより早く布団につき、明かりを消した。その中で2人はすぐに眠りに落ちる。あの車輌が悪い。暫くして襖の間から一筋の光が部屋に差し込んだ。若干覚醒したが、まだまだ眠くてそれが何か細かく見ようとする気力は湧かない。

 

「さて……と、コラーッ!起きろー!」

 

布団が剥がされる。周りの者の手は私たちの浴衣に手を伸ばす。

 

「ふぇ?な、何でありますか?」

 

「て、敵襲?」

 

何事だ!寝ぼけた頭での考えが及ばぬ間に浴衣が剥がれると次に帯に触手が及ぶ。

 

「脱がせろー!」

 

「えっ、ちょっ、ちょっと……」

 

抵抗する間も無く下着2枚の姿にされる。叩き起こされてから30秒もなく行われた出来事に、理解と行動が追いつく訳がない。布団をひっくり返され壁際に転がる。

 

「コラーッ、西住!秋山!偉そーにすんな!お前達だけで戦ってんじゃねーんだぞ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「ミリオタがなんぼのもんじゃ!」

 

「命懸けで戦っているのはウチらだ。それを無碍にしやがって!謝れ!」

 

枕や座布団が2人目掛けて宙を舞う。

 

「そ、そんな、誤解です!私達は……」

 

待て待て何を考えている。手を顔の前に翳しつつ声を掛けるが、たった1人の反論に耳を傾ける人はいない。しかしほんの一瞬だけ会長さんの顔が真顔に戻った気がした。それが正確だかどうかは、これによって導かれる結果次第だ。

 

「踊れ!辛気臭い顔ばっかしやがって、芸でもやってウチらを笑わせろ!あんこう踊りやれ!」

 

会長さんの顔は最早完全にノリに乗っている顔である。それをきっかけに辺りから4拍子の踊れコールが巻き起こる。ふむ、拒否は無理か。優花里さんがこちらを見つめてくるが、数の合わさった人の勢いはどうしようもない。

 

 

〜あああんあん、あああんあん〜

 

右手を掲げ屁っ放り腰をしている動作からこの踊りは始まる。それが左右頻繁に入れ替わるのだから動作的にはかなりきつい。

 

〜あったまのあっかりはあーいのあかしーもっやしってこっがしってゆーらゆら〜

 

振りは足を上げてその下で手を叩くというさらに激しいものになる。そのせいか声が小さくなってゆく。

 

「もっと元気よく!」

 

「腹から声を出して歌え!」

 

次々と指示が飛び出る。目のピントが狂う。どこを見ているのか自分でも分からない。それだけ恥ずかしく忙しいのだ。そして何よりこの部屋を包む奇妙な盛り上がりが、かつての男たちの幻影を映し出す。

 

「レイプ目キター!」

 

「効いてる効いてる!」

 

各所から笑い声が上がり、写真を撮るものまでいる。会長さんも笑いながら何枚も干し芋を口に頬張る。その盛り上がりはあんこう踊りフルコーラスが終わっても止む気配は無かった。

疲れた。恥ずかしいけど、それ以上に疲れた。下手な鍛錬よりキツイよこれ。前もやったけど。犬相手よりはマシだけど。

 

「よーし、次はなんだ!」

 

「はいはーい!ゆかりんがいっつもみぽりんと一緒にいるのは、別に偉そうにしたいわけじゃなくてみぽりんと一緒にいたいからなんでーす!」

 

「あらあら」

 

「じゃあお前らチューしろ」

 

「えっ?」

 

「キスするんだよ」

 

何が面白いのだろうか。男と女のキスは実に悍ましいものだったが、女同士ならそうはならないのか。そういうものでもないだろう。

 

「キース!キース!」

 

「秋山ー、西住のこと好きなんだろぉ、やっちゃえー!」

 

「西住さんも受け入れろー!」

 

だが会長さんが生んだ流れは皆の同調で変えられないものとなってしまっている。

 

「優花里さん、仕方ありません。やりましょう」

 

「ええっ!」

 

「この場を壊さないうちに、早く」

 

それでも躊躇うそぶりを見せた。やむを得まい。この場を壊し、その切れ端が先鋭化する方が怖い。ある意味でまとまっているこの集団を破壊するのは危険だ。仕方ない。無理矢理に熱い相手の方を抱き寄せて、唇同士をぶつけた。互いの鼻息が当たり合う。

 

「ヒャッハー!キスしたぞ!」

 

「お互い真っ赤じゃないか!」

 

私も真っ赤なんだろうな。流石に下着姿で女子とキスしたらそうもなるか。収容所の男とキスするよりは遥かにマシだしな。

荒れる息と共に相手を引き離したあと、どこからか油性ペンを持ち出した者らが2人を床に押さえつけ、それぞれの腹に『ダメ隊長』と『飼い犬』と書いた。そしてその姿を見ながら指差して笑い合う。飼い犬……の顔は真っ赤に染めあがっている。うん、まぁ犬だな。

なされた姿は四つん這いではなく腹を見せ屈服した犬、だった。

 

 

その場の盛り上がりが少し治まってくると、身を起こして壁側に寄り顔を伏せて座り込む。それから目を逸らした会長さんの口が開かれた。

 

「さーて西住ちゃんもケツまくったことだし、明日のプラウダ戦は誰が指揮をとる?」

 

「誰って……」

 

「会長じゃないんですか?」

 

「ムリムリ、ただの生徒会に戦車戦の指揮なんて出来る訳ないし」

 

確かに会長さんには不可能だ。だがこのうねりを引き出したのが会長さんなら……嘗て見た形になる。

 

「じゃあ、他に誰が……」

 

全軍突撃、神出鬼没、車長狙撃、案を出す者続々と現れるが、直ちに全て却下されてゆく。生死が掛かっているのだ。生半可な案を飲めるはずがない。遂には案を出す者はいなくなった。話す者もいなくなった。ただ無言で隣の顔を覗き合う。

 

「ちょ……ちょっとやり過ぎちゃったかな……」

 

肩に浴衣が掛けられた。隣の人と同時に。

 

「ごめんね、2人とも。私達ちょっとイライラしてて」

 

「気を悪くしないで……」

 

「やっぱり西住さんしかいないよ」

 

下手に出て謝罪の意を表そうとする者が話しかけてくる。なるほど、こういう道に持ち込むか。会長さんの顔を再び眺めると、ただ見つめ返してくる。

 

「いえ、とんでもないです。明日は一兵卒として皆さんの指示に従います」

 

「まあまあ、そう言わず機嫌直して……」

 

「しゃーないね。ウチらもこんだけのことやったんだし、謝るんならケジメだけはちゃんとつけようか」

 

会長さんが頭を掻きながらその場をまとめ、皆が私たちの前にずらりと並ぶ。よく見ると結構な人数がこの騒動に関わっていたようだ。

 

「西住さん、秋山さん、ごめんなさい。どうか今までのことは水に流して、明日もどうか指揮を執ってください」

 

歪んだ布団の上で多くの者の最敬礼が成す様子に圧倒され、私にできたのはただ頷くことだけだった。

 

「終わったか」

 

皆がまだ直ってない中で、視線の先、皆の背後である襖の裏に人がいる。河嶋さんだ。

 

「西住と秋山以外は話すことがある。全員隣に来い」

 

「面白そうなことから私たちを省かないでくれよ。海賊では裏切りは即斬首なんだよ、ここは海賊じゃないけどね」

 

お銀さんがその背後から顔を出し、左手の人差し指で組んだ腕の右肘をせわしなく叩く。

 

「まてかーしま。今回のことは私が主導したことだ。私の謝罪がこれだけで済むわけがない。ここに残るよ」

 

顔は前に向けたまま会長さんが話す。

 

「……分かりました。他の者は早くしろ!」

 

動かない他の者に痺れを切らした河嶋さんが入り口近くの壁を叩く。それに加えてサメさんチームの面々が皆の背後から突入し、ラムさんに瓶でケツを引っ叩かれたりフリントさんの金切り声を耳元で聞かされたりして、会長さん以外は部屋を連れ出されていった。ムラカミさん強いな。女子とはいえ二人を担ぎ上げてったぞ。

部屋には私と優花里さん、会長さん、そして荒れた布団に散らばった枕や座布団が残される。会長は私達の方に座ったまま腕を使ってすり寄ってきた。

 

「……」

 

無言で会長さんを見定める。考えの7割ほどは纏まっているが、残りを詰められない程度にはまだ少し茫然としている。そのまま寄るかと思いきや、こちらにさっと背を向けた。

 

「……トイレ行って来るからその間に服着てくれない?私らが脱がして申し訳ないんだけど……」

 

優花里さんと互いに顔を見合わせる。下着に浴衣の袖も通さずただ羽織っている現状を向こうは十分に認識していなかったのか、思わず赤面していた。視線を逸らしあい、無言でいそいそと浴衣の帯を締めた。布団が乱雑になっているのが気に食わなかったが、戻す気力と時間はなかった。

ちょうど浴衣を着終わったころ、水の流れる音と共に手を拭きながら会長が戻ってくる。会長はハンカチをしまうと正面に正座した。その纏う重い雰囲気が2人の背筋を伸ばさせる。

 

「……今回、西住ちゃんを副隊長から降ろそうと西住ちゃんを辱めることを主導した。今考えれば本当に馬鹿らしいことをしたと思っている。秋山ちゃんも本当に申し訳ない」

 

会長さんが頭を床につけんばかりに深く下げる。 顔の下で重ねているその手に触れた。

 

「顔を上げてください」

 

この結果となった以上、そしてあの時そのように発言した以上、私の予想は正しかった。

 

「むしろありがとうございます」

 

「えっ?」

 

「……なんだ、バレちゃってたか」

 

会長さんは頭を上げ、後頭部を掻く。優花里さんはまだ状況が理解出来ていないようだがその様子に気づかうことなく話を続ける。

 

「黒森峰でも昔同じようなことがありましたから」

 

「しかも二番煎じか……マイッタね……」

 

「えっ?えっ!えっ……と」

 

さらに混乱が加速している。

 

「えっと……申し訳ないのですが、どういうことでありますか?私よく分かっていないのでありますが……」

 

優花里さんが会話の隙間から加わる。

 

「会長さんは大洗を纏めるためにこんな事をやったっていうこと」

 

「そーそー。あの状態のままプラウダと戦っても負けるだけだからさ」

 

つまり、西住殿を辱めた後、その後任となる指揮官が大洗にいないことを分からせ、皆が西住殿についていくようにする、ということだ。この人は仲間を纏めて戦う方向に導いたのみならず、その主導が私であると認めさせた。私には出来ない、彼女だから打てる手だ。

 

「でも秋山ちゃんは本当に巻き込んじゃったんだ。申し訳ない」

 

今度は優花里さんの方を向いて頭を床につける。

 

「い、いえ。大洗の優勝のために必要ならば喜んで受け入れるであります!」

 

会長さんはもう一度謝罪の言葉を述べると顔を戻した。二重窓の外の黒い幕に散らばる斑点を眺める。

 

「雪、強くなってきましたね」

 

風の音が暖房のついた部屋でも寒さを感じさせる。

 

「これでも明日、やるんだよね」

 

「やると思うでありますよ。『どんな環境でも戦いは起こりうる』。それが戦車道の試合のモットーの1つですから」

 

3人は黙って外を眺め続けた。敵は15輌、我々は7輌。しかもこの寒さは北の学園たるプラウダに有利だ。勝つことの厳しさが底から染み渡っていく。

 

「〜‼〜‼」

 

静かになったことで外から河嶋さんの怒鳴り声が聞こえる。

 

「かーしま、やってるねぇ。サメさんチームも付けたし、大丈夫でしょ」

 

会長さんは姿勢と顔を軽く崩し、後ろに反り腕で支える。

 

「かーしまもあそこまでやってくれてるしさ、どんな策でも出してよ。やってみせるからさ」

 

そう、私の指示を聞いて動いてくれる。それが分かるだけでもいい。あとは私の脳味噌が何とかすればいいのだ。

 

「分かりました。やれるだけのことはやりましょう。ゼロじゃありませんから」

 

「よし、頼んだ!」

 

会長さんは両膝を叩くと、体を捩って立ち上がる。

 

「かーしま止めてくる。ごめんね。じゃ」

 

そのまま襖を開けて部屋に戻っていった。

 

「西住殿、何か飲み物買ってきましょうか?」

 

背中を見送った優花里さんが立ち上がりながら口元に手を寄せ、空想のコップを握る。

 

「ありがとう、優花里さん」

 

だが残念ながら下のフロント近くの売り場は営業を停止しており、2人は部屋の水をそれぞれコップに汲んだ。

 

「はぁ〜」

 

揃ってそう言葉が漏れた。コップの水は2人の中に染み渡る。布団を正そうとしたが、気がつけば隣の怒鳴り声が止み、長針が短針を抜いていた。嵐は止みそうにない。

 




広報部より報告

内容
大洗女子学園の動向

同校からの連絡によると
「やはり指揮するのは西住しかいない」

「内部の不信感」
において選択したとのことです。
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