不死の感情・改   作:いのかしら

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プラウダ学園地域が2009年に提唱した『融和人民戦線理論』は、日本各地に影響を与えた。マジノ女学院、青師団学園などにおける融和主義左派政権の成立のみならず、太平洋岸などへの影響力拡大を語る上でも東日本大震災と並んで考慮せねばならない。そしてそのターゲットはやはり校忰主義の総本山、黒森峰女学園であった。

山鹿涼『日本の学園都市』


第5章 ④ 雪の膠着

バスで自陣の近くに着いた者たちは、皆足首までしっかり埋まる雪の中に踏み出した。小さな町の中心部にある2階建ての白い壁の建物が大洗女子学園の陣地である。

周りは今年降り続いた雪がしっかり層を重ね、近くの木の幹には1メートル位の高さまで雪が付いている。今は雪がしんしんと降っているが、時折凄まじい吹雪が建物を襲う。

 

「ちょっと……何よこれ。寒いなんてレベルじゃない……」

 

「顔が……痛いです」

 

沙織さんと華さんが震える。彼女らはもちろん上下ヒートテックに上にはフリース、コートも着て厚手のスボンとセーターも着て、さらに毛糸のパンツも履いているのに、それをも突破する寒気が襲いかかる。息を吐いても口の中の時点から白くなっている気がする。

 

7時、遠軽町生田原八重、東側の摺鉢山から西側に広がる麓に笛の音がこだました。

 

「ただ今より準決勝第1試合、大洗女子学園対プラウダ高校の試合を開始します!」

 

審判の高らかな合図とは裏腹に彼女らの士気は上がらない。

 

「開始と言われても……どうにもならないよな、コレ」

 

それが総意だった。外は完全に吹雪いている。遥か先はおろか、小さな町の外れの木さえ見えない。そして何より、ただ寒い。

 

「これは、海ノ口城の戦いだ……」

 

「いや、桜田門外の変ぜよ……」

 

「第2次ポエニ戦争のアルプス越えだろ……」

 

「冬戦争のスオムッサルミの戦いだ……」

 

「それだ……といいがな」

 

カバさんチームが口々に言い合っているが、寒いせいか口調が暗い。全く、私たちの空気まで凍えちゃどうにもならんぞ。

 

「優花里さん、気温は?」

 

フードを外し耳を気にせず建物内を歩き回る。優花里さんが建物の温度計に駆け寄った。水銀はここでも凍らないらしい。

 

「マイナス32度であります」

 

道央に近いこの町は1年の温度差が激しいが、そんなこの町でもこの気温は珍しいらしい。昨今の異常気象のせいだろうか。しかし不安の原因はそんなものではない。

 

「エンジンはかかりそうですか?」

 

「ダメです。セルが回らずオイルも凍っています。動きそうにないですね」

 

自動車部の面々がIV号の上で答えた。だろうな。こんな環境で満足に動ける戦車なんて、ロシアかカナダかスウェーデンくらいでしかそもそも設計されないだろう。そしてロシア人はそんな事より量産性を重視する。

 

「焼きレンガで暖め続けてください」

 

建物唯一の暖炉にはまきとレンガがくべられ続ける。その外側にフードを被った人々が半円状に並ぶ。時々その遠近を巡って争いが起こっているようだが、交代することで決着したようだ。

 

「なんだあんたら、そんな寒いのか?」

 

「それにハイ以外の返事ができると思う?」

 

ちょっとその集団から外れていたサメさんチームが、沙織さんの後ろから声をかけた。かといって彼女らも防寒装備万全に見えるわけだが。

 

「そうか、じゃあこれやるよ」

 

お銀さんが手に持っていた紙コップを沙織さんに渡した。何事かと周囲の視線も億劫そうなれど彼女らに向けられる。どうやら中には液体が入っているようだ。一口飲んで口をコップから離し、代わりに手を寄せた。

 

「な……何よこれ!えっ?辛い!ほんっとに辛い!」

 

「そらそうだ。ハバネロクラブだし」

 

「え?何ですかそれは?」

 

「……激辛ラム酒……多分ノンアル」

 

激辛、か。ラム酒とはここの様子にはまた似合わなそうなものを。

 

「多分って……」

 

「どっちにしても体の中から熱くなるから変わらないさ」

 

「いや、そういうことじゃなくて……みぽりん、一応確かめた方が……」

 

何でこっちに振ってくるんだ。

 

「つーか向こうのプラウダとかいう奴らだってこの天気でタダで居られる訳がない。奴らロシア人が多いらしいし、ウォッカでも呑んでんじゃないか?」

 

「かもしれませんね。まぁ、飲みたかったら自己責任で」

 

「あのう、私、一口頂いてもよろしいでしょうか?」

 

今度は華さんがそれを要求した。確かにこの人なら何杯でもいけそう。仮に酒でも。

 

「あ、そこの人のを貰いな」

 

「華あげるこれ……確かにあったまるけど口の中が……」

 

まぁ話しづらくなるのが難点だが、作戦に文句付ける口が開いたりするよりかはマシだ。どんどん他の人にもあげるといい。

 

「……身体の中からポカポカします」

 

「だろぉ。他にいる奴いるかい?」

 

私はこれから脳みそをフル回転させねばならないので、この時ばかりは酒に頼る訳にはいかない。その可能性があるなら触れぬが吉だ。

 

「西住」

 

「河嶋隊長。この先の動きですか?」

 

「そうだ。こちらが動けないのは見ての通りだが、向こうが動いてくる可能性はあるのか?」

 

「流石にこの状態ではプラウダも動けないでしょう。人海戦術で何とか動かせるようにしたとしても、こちらを圧倒出来るほどの大軍ではないはずです。数でこちらに勝る中、わざわざその優位を削ってはこないでしょう。こちらも天候と気温が回復するまで待ちましょう」

 

「いきなり膠着状態か……」

 

「ですが装備がモシンナガンになった以上、狙撃などにも警戒が必要ですし、遠距離からこの建物の破壊を狙う可能性もあります。とりあえず偵察隊を出しましょう」

 

暫くして計4人による2つの部隊が組織された。第1隊は優花里さんとエルヴィンさん、第2隊は園さんとお銀さんだ。

単純に隊長車かつ人数不足気味であるカメさん、車輌回復の主力たるレオポン、そして防衛用のスナイパーを含みこちらも人数不足気味のアリクイさんを除く各車輌から一人ずつ選抜した形だ。園さんが一度お銀さんと組むのを拒否しようとしたが、河嶋さんの指示もあり何とかのんでもらった。

第1隊は西の方を経由し北へ、第2隊は東の方を経由して北へ向かうことになった。優花里さんは出発前にヘルメットの中に布切れを詰められるだけ詰める。

 

「何やってんのよ。ぼろ切れなんて詰めて汚いわね。お銀さん、さっさと出発よ」

 

「分かった分かった」

 

「全く何でこんな人たちと行かなきゃいけないのよ……」

 

お銀さんはフードの上からヘルメットという一見不思議な格好で園さんに続き建物を後にした。流石にいつもの帽子は外したらしい。

 

「こちらも行くぞ、グデーリアン!」

 

「了解であります!」

 

その後にモシンナガンを装備した優花里さんとエルヴィンさんも建物から北に向かった。

 

 

 

〜ゆきーのしんぐんこーおりをふんでー どーれがかわやらみちさえしれずー〜

 

外の吹雪はさらに激しさを増している。歌の途中で息を吸おうとした時に喉が固まるような感覚を覚える。優花里はそこで歌うのを止め、胸元から小型の簡易温度計を取り出す。気温はマイナス37度、なんと先ほどよりさらに気温が低下したのだ。下手に立ち止まったりしたら、その場で血液が凍ってしまいそうだ。

 

「グデーリアン、離れるな!」

 

エルヴィンの声で優花里は距離ができてることに気づき、胸元に温度計を戻すと、足で雪を掻き分けながら近づいた。そのまま並んで歩み続けるが、周りの景色は至って単調、白一色だ。たまに視界に入る枝しかない木が無ければ、本当に道さえ知れないだろう。

 

「……しょうがない、引き返そう、グデーリアン!一面真っ白で敵も何もない。逆にこのまま行くと迷ってしまうぞ」

 

その時、優花里は見た。絶対に味方ではない姿を。

 

「え、エルヴィン殿、あれっ‼T34とスキー兵、プラウダの攻撃部隊であります!」

 

彼女の指差した先には2輌の戦車とその周りに棒のように立つものの群れがあった。2人は素早く近場の稜線の裏に隠れて伏せる。優花里はさっと双眼鏡を構えた。

 

「まさかこの天候で……早く戻って報告を!」

 

立ち上がり背を向け引き返そうとする優花里の肩をエルヴィンが押し留める。

 

「待てグデーリアン、様子がおかしい」

 

遠目でだが確かにそれらには妙な違和感があった。2人はゆっくりと稜線の裏から出て、腰で雪を掻き分けて道を作りながら近づく。その違和感は近づいていく中で明らかになった。

もう彼らは動いていない。動く気配もない。戦車の履帯はほぼ雪で埋まり、砲身にもかなり雪が積もっている。周りの人だったものも、腰まで雪に埋まり頭の上にも積もっている様子から、ここに来たのはだいぶ前だとわかる。

 

「これは……」

 

「おそらく迂回か奇襲の部隊だろう。プラウダ兵ですらこの寒波には耐えられなかったんだな。よかったと言うべきか、気の毒と言うべきか……」

 

2人は無言のまま、出来るだけ彼らの目を見ないようにしつつモシンナガンの弾を遺体から少々拝借し、腰でできた道がかき消されないうちにその場を離れた。

 

 

 

願っていた音が聞こえる。

 

「動いた!西住さん、IV号の砲塔周りは溶けたようです」

 

IV号の砲塔はモーター音を立てながら反時計回りに回転を始める。だが一度緩んだからとこちらも気を緩める訳にはいかない。

 

「はい、再び凍らせないように暖め続けてください。それと他の車輌も引き続きお願いします」

 

「了解しました。次はヘッツァーとIII突の復旧を急ぎます」

 

「はいよ、焼きレンガ。ほんっとあっついからね」

 

フリントさんが焼きレンガを持ちながらIV号に近づき、車輌の上にいるホシノさん渡そうと手を伸ばす。

その時、紙にパチンコが当たるような音がし、レンガは地面に向けて放物線を描き、角の一つが砕かれた。それに続きフリントさんが銀髪を引き連れて、手をつくこともなくうつ伏せに倒れる。長身の頂点にあたる頭から真紅の霧が舞う。

受け取ろうとした、ホシノ。

物音を聞き振り返る、皆。

須臾、時が止まる。

初めて正気に戻ったのはやはり私だった。音と様子、そして変更された装備。導かれる答えはただ一つ。止まったままでは次が来る。

 

「スナイパー!」

 

その声でスイッチが入ったかのごとく皆は伏せる。地面にばら撒かれた干し芋に会長さんが目もくれないほど。

窓際に駆け寄って伏せ、胸元を探る。確かアレがあるはず。フリントさんはまだ息が有り、頭から流血しながら呻き声を出す。

 

「……うっ……」

 

「フリント!まだ生きてる!早く、早く手当てを!せめて壁側に寄せるぞ!」

 

「よせ、危ない!」

 

ムラカミさんが立ち、フリントさんの元に駆け寄る。河嶋さんの言葉も耳に入らない。

あった。止めても無理だし、間に合わないだろう。淡々と取り出した手鏡を外に向け、光を探す。

銃声は冷酷だった。彼女の鍛え上げられた肉体は、小さな鉛玉を食い止めるには余りにも無力であった。

少し時間が経つと、ムラカミさんの左手はフリントさんの頭を水源とする血の池の中に浮かんでいた。もう呻き声はない。

 

 

 

第74回戦車道大会公式記録

大洗女子学園犠牲者

 

石引 雄香

 

プラウダ 銃殺 頭頂部の破壊に伴う失血死 銃撃後1〜2分ほど意識があったと思われる

 

 

村上 景子

 

プラウダ 銃殺 頭部左側部から右側部にかけて貫通による脳死 即死

 

 

 

「猫田さん、こちらへ」

 

「はい」

 

彼女らの命は、逆にこれ以上の損害を防ぎうる情報をくれた。これを価値あるものにするためには彼女が必要だ。仮に仮想の中だとしてもどう動くべきか理解している。それだけでもプラスに働く。

猫田さんが窓際を這って近づいてきた。彼女をさらに近づけさせ、手鏡を通して外を見せる。

 

「この奥の建物の3階、右から2番目の窓です。2階から狙えますか?」

 

「ボクが?」

 

「動いている列車から見える牛よりは動きませんよ?向こうもわざわざ動かないでしょうし」

 

「……やってみる。ボクはこれくらいしか取り柄がないから」

 

這って戻った猫田さんはモシンナガンのボルトを操作し、動作を確認する。

 

「動きますか?」

 

「それは大丈夫そう……あの、西住さんってゲームの成績だからって馬鹿にしないんだね」

 

「キルレシオ4の立ち回りなんて私には到底無理ですから。ならば出来る人に任せます。それにゲームだけってことはありません。現実でも見せてくださったではないですか」

 

「おい、西住……何を」

 

「動かないでください!もう向こうはリロードを終えているはずです。2発連続で当てていることから、向こうは相当の手練れでしょう。身体を出したら、次もまた死にます!」

 

 

 

その言葉に返事せず、ねこにゃーは身を低くして出発する。木製の階段を駆け上り、階段の手すりの終わりから素早く1番近い窓の窓枠に張り付く。ゲームをやる時の定番のルートだ、失敗したりはしない。

そして先ほど西住さんに指摘された建物の窓には、言われた通りそれらしきものがあった。こちらはスコープに目を寄せて、窓際に膝を立てる。捉えた。その敵を確認する。敵の銃は1階の方を向き、まだ新たな尸を産もうとしている。こちらに注意は向いていない。このまま銃の引き金を引けば、敵は死ぬだろう。

 

だがその敵が一瞬くしゃみをした。そして鼻を拭おうとする。それは画面の光の集まりではない。人であった。ねこにゃーの頭の中を想像が駆け巡る。

どこの誰か知らないけど、私のこの指でこの人の人生が終わる。家族や親戚はさぞ悲しむんだろうな。兄弟はいるんだろうか。現実で脳漿が飛び散るところなんて見たくないな。

邪推に自分が囚われていると感じ、目を閉じてそれを振り払おうとする。何時ものゲームの感覚で淡々とヘッドショットをとればいい。向こうだってこっちを殺す気で来ているのだから躊躇う必要はない。そう信じて目元に力を込めた。

眼を見開いた先に見えたのは棒ではない、点だ。敵が点を持っていた。仇となった。

 

「あっ……」

 

その点が自分のスコープの照準と合わさった時、みほらのいた下の階には先程と同じ銃声が響いた。銃弾はスコープごと彼女の目と脳を撃ち抜き、辺りには脳漿が飛び散った。

皮肉にも彼女が先ほど敵の姿を借りて想像した様を自分で体現したのである。

 

 

 

第74回戦車道大会公式記録

大洗女子学園犠牲者

猫田 鳴海

プラウダ 銃殺 右目から頭部右後部にかけて貫通による脳死 即死

 




カチューシャ独裁体制

2011年度硬式戦車道大会における黒森峰女学園撃破の作戦を提示し、それを実行したエカチェリーナ=イワノワは、その年末の共産党青年団長選挙に出馬。黒森峰への反感を吸収して当選を果たした。また彼女が率いる政党『勇気ある民』は、翌年の高校共産党大会選挙で単独過半数を確保。そのまま学生防衛委任法によって党大会の権限を共産党青年団執行部が一年に限り継承し、黒森峰打倒を名目に独裁体制を樹立させたのである。
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