「逆転裁判」より
12月7日、プラウダ学園地域遠軽部生田原分部水穂 プラウダ高校陣地
昨日とはうって変わった快晴の空に、鋭く靴が差し込もうとして押し返される。
「よし!よく凍っているわ。1日無駄にしたけど、これで戦車は十分に機動出来るわね」
同志カチューシャは凍った地面を何度も蹴る。やっとのことで氷は割れ、鈍い音に変わる。そのまま踏み潰された氷はパリパリとヒビを辺りに走らせた。
確かに夜は冷えた。お陰で氷は固く、履帯で踏み固めながら走る程度は可能だ。
「はい」
「ノンナ、クラーラとニーナの部隊は?」
「無事昨日朝向こうを出港しています」
「そう。今我が校に動ける戦車は何輌あるかしら?」
「はい。呼び寄せた分を含めると、331輌中現在240輌が稼働可能です」
「全部ここに集めなさい。1輌残らず」
「は?」
予想外の指示に思わず変な返事が漏れ出る。
「大洗なんて黒森峰の前座にすぎない。一瞬でカタをつけるわ。その為にも圧倒的な数をそろえなさい。我が地域の力の差を見せつけるためにね」
「しかし、準決勝は15輌までもいうルールですし、少し離れた場所に予備として待機させている車輌もあります。それらを試合開始までに呼び寄せて稼働させられるか」
「ノンナ!」
同志カチューシャは私なんかの言い分を叫んで無理やり止める。
「忘れたの?戦車道は強豪校の都合自体がルール!そして圧倒的、徹底的な殲滅戦こそがこのカチューシャの戦い方なのよ。すぐに乗員をかき集めて出発させなさい!練度や身分の信用性は問わないわ!」
「し、承知しました」
そう指示されたのならば致し方ない。現地に来ていたプラウダの高校生のほぼ全てを、脅し気味にかき集めさせた戦車の中に押し込むことになった。中には戦車の中に入ったこともない人間さえいたが、気にしないでおく。
そう、次に向けてこちらが本気で黒森峰を潰す気であることを示すまたとない機会だ。
試合開始のホイッスルの直前に到着した戦車のエンジンが温まるのを確認してから、一面に広がる大平原の中、彼女率いるプラウダ高校戦車道部隊240輌は悠々と南進を開始した。
「ノンナ、話はついてるわね?」
「はい。あのクソ野郎さえ通さなければ問題ないようでした。条件こそ出されましたが、連盟はこの件には介入しません。それにあちらも『時』に向けて動き出す模様です」
「でしょうね。連盟だって国の意向には逆らえないでしょうし、この運営が逼迫してるのも誰より知ってるしね。だとしたら今ならギリギリこちらに乗るはずよ」
「流石は同志カチューシャ。しかし……」
一瞬言い淀んだ私に向けられた視線を感じ、次の言葉を紡ぎ出す。
「あの国の意向に乗っかるのが納得いきませんがね」
「ノンナ、学園地域の利のためよ」
「分かっています。私なんかの些細な感情ですよ」
♪Blossoming beautifully apple trees
A dense fog over the river
IS2から上半身を出した私は、黒い長髪の隙間を流れる大いなる風を感じながら、『同志カチューシャ』の冒頭を奏で始めた。
♪Young Катюша go beyond the ground
which is fruited and majestic
♪Young Катюша go beyond the ground
as a leader of the common students
それにT34/85に乗る同志カチューシャが丸いキューポラを真ん中から開き続く。堂々と、正面から突き当たる風と巻き上げられた雪なぞ、我らの声さえ阻めない。
♪The grandeur of Mt. Iwaki
The vast extent of sea in Tsugaru
♪Young Катюша fact powerful enemies
as far as she is still there
♪Young Катюша fact powerful enemies
like a fort of equality and free
♪Thousands of motivated workers
The young people who have great hopes
♪Young Катюша has a noble spirit
to which she succeeds once comrades
♪Young Катюша has a noble spirit
May Pravda last forever
歌が進むに連れて車長が次々と歌に加わり、最後の繰り返しが終わる頃には240人の雪上大合唱祭と化していた。
「大軍じゃ分かりません!数えなさい。何輌ですかッ!」
無線機の前で語気を強める様に、建物内に緊張が走る。この緊張は程よいを通り過ぎているぞクソッタレが。
「申し訳ありません。雪煙で全体がよく見えませんが、200輌から300輌であります!」
ここから少し西にある高台から優花里さんが報告してくる。その声も無線越しであることを考慮しても余りに震えており、途切れ途切れだ。嘘をつくとも思えない。
そのうえ外の天気は快晴。雪煙で見えない部分があったとしても概算から大きく外れるとも思えない。今日動く、とは分かっていたが、この数は予想をはるかに上回っている。
「西住ちゃん、どうする⁉」
「みぽりん!」
「西住さん!」
視線を下に向け、頭の中で必死に駒を動かす。この大軍と戦わない……という道は、ないな。そしてここに立て籠もるのはない。ここを要塞とするには立地も悪く、時間もない。だとすると手早く要塞となる地に移動するほかなし。
考えをまとめると、無線機を置いていた机に地図を広げる。
「ここはすぐに包囲されるので放棄しましょう。地形的に有利な背後の高台に移動して迎え撃ちます。これだけの戦力差なら相手も小細工はしてこないと思います」
「え……相手がルール無視してるの?」
「……足して割って250。これでプラウダの全力じゃないんだよなぁ……」
「……少なく見積もって200輌対6輌って……少しくらい地形が有利でもどうにもならないよな……」
理解不足な者も、その裏をも理解している者も緊張の面持ちの中で、河嶋隊長が口にする。小山さんの顔も恐怖か怒りかその他の感情が混ざり合うものとなる。
「ジャッジ!抗議します。準決勝は15輌とルールに記されています。これは明らかに反則です。直ちに試合を中断してプラウダに警告してください!」
いつもおっとりした感じの小山さんが手にあるルールブックを叩き、ロから堰を切ったように言葉を溢れさせる。しかし審判は小山さんから目線を逸らし、微動だにしない。
向こうについた、か。こちらは見捨てられたかな?そりゃそうだ。プラウダと大洗じゃどっちの話に乗ったほうが得かは一目瞭然。
「やだもー。何なのよこの人達!無茶苦茶じゃない。一体どうなってるの!」
簡単だ。強いやつの尻馬に乗る。弱きものの摂理だ。
しかしこのムードじゃいかんな。どうにかして場を上昇傾向にしないと。確証はないが言ってしまうか。
「み、皆さん、落ち着いて元気出してください。まだ私に奥の手があります!やられると決まった訳じゃありません!」
「そ、そうか、西住!まだ望みはあるんだな!」
「とにかく高台に移動します。エンジンをかけてください!」
私の一単語を信頼してくれたのか、陽気気味な顔を連れて皆は自分の車輌に向かう。無線機を通じて、優花里さんとエルヴィンさんにも急いで戻る様に指示した。
さて、こういう時は悪いパターンも想定しなくてはならない。それでトントン……いやそれはきついか、でもそれくらいにはしておきたいなぁ。
エンジンのかかった車輌たちは建物を出て1列になって高台に向かう。
「西住ちゃん」
最後尾から2番目になるIV号のキューポラから身を出すと、会長さんが私の左手と肩を握りながら声をかけてきた。
「本当は、奥の手なんてないんだろ。だってウチは……」
いきなりなにを言ってくるんだ。学園都市の主人がそんな弱気でいいのか?
「会長さん……ここの近くの紋別学園都市はプラウダの同盟校。それどころか東北海道の学園都市の殆どがプラウダの同盟校です。その地縁もありますので……
ただ……」
エンジン始動の報告をしようとしていた優花里さんが横のハッチから不安げな顔で見つめてくる。
「私が今まで一度でも会長に嘘をついた事がありますか?」
嘘だ。私はこれまでは勿論、今も重大で、重要な秘密をひた隠しにしている。しかしそんな私の言葉でも何か伝わることがあったのか、傍の優花里さんは詰まった嗚咽を漏らす。会長さんも目元を手袋で拭う。
「ははは……まったく……みんな我慢しているってのに、つまんない事聞いちゃって……生徒会長失格だな……」
優花里さんに少し待つよう伝えた後、正面を向き直る。
「よっしゃ、任せた!頼むぜ、参謀!」
その直後、背中が力強く叩かれた。そのまま彼女はIV号から飛び降り、河嶋さんの背中を経由して自分達のヘッツァーに乗り込んでいった。
何だったのか、今のは。
一瞬あっけにとられたが、気にする暇はない。今この時も刻一刻とプラウダの大軍は我らを食らいつくさんと向かってきている。一息吐いて移動を開始させた。それに殿としてヘッツァーが続く。
建物の入り口には3つの黒い仲間の遺体が取り残されていた。それらが帰りを待っているのか、向こうで待っているのか、それは誰にもわからなかった。
その間にもプラウダ戦車道部隊は南進を続けていた。シベリアの雪上を移動するトナカイの群れの如く。
「ノンナ!」
「はい」
並んで走行するT34/85の車長である同志が声を掛けてきた。
「やはりあそこの高台に登っているわね」
「ええ。西住流、お前は間違っていない。我々が15輌であれば、な」
一度視線を彼女から山裾へ向ける。
「こういう時は相手に見つかったら終わりなのよね。ま、でもそう動く他ないんでしょうけど。で、前衛は彼奴らにしてあるわよね?」
「勿論です。後ろに下がろうとしたら前を撃って良いと精鋭には伝達済みです」
「そう。あ、そうだ。ノンナ、一度列を離れて静止射撃していいわ。あそこに榴弾一発行けるかしら?」
同志の指先は、双眼鏡がなければゴマ粒よりも小さく見える、大洗のちんまりした戦車隊に向けられていた。
「あそこですか……撃ってもいいですけど、距離3000はありますから、ほば当たりませんよ。そもそもIS2は装填弾薬28発しかありませんし」
「6輌を潰すのに、28発も必要なの?ノンナ。
それにこの数よ。当たらなくてもいいわ、脅しくらいにはなるでしょう。プラウダに堂々と対抗することの愚かさを奴らに思い知らせてやりなさい」
「……分かりました」
そう言われてはそう動くしかないし、確かに彼女の言には二理も三理もある。
IS2は群れから右に外れる。ある程度進んだところで静止し、照準器に氷の如く冷酷な目を当てる。脳の中で激しい数字の変換が行われる。この砲身の歪みを考慮すれば、狙いは定まったはずだ。
それが終わった時、私の指はトリガーを引いていた。十秒ほど宙を駆け抜けた榴弾は大洗の戦車隊を確実に狙っていた。
プラウダ学園地域がプラウダ学園都市であった頃、人口的に勝る学園艦出身のロシア人と、経済力に勝る津軽地域の日本人の調和が図られた。その結果が公用語を日本語、ロシア語のどちらにもせず、英語とすることだった。
プラウダ学園は小学校は共通語各言語に応じて建設されているが、中学校以降は各分校及び本校の英語教育に集約され、高校、大学はプラウダ学園都市にさらに集約される。