不死の感情・改   作:いのかしら

32 / 51
黒森峰女学園は学園都市の戦争がなんたるか、を真っ先に把握していた。それは高い士気と精鋭化、そして軍需物資の十分な備蓄である、と。
学園都市間の戦争はその都市の規模から、必然的に短期戦となった。すなわち長期戦にするメリットが双方なかったのである。だからこそいかに集中的に勝利を収めるのかが戦局を左右することとなった。

山鹿涼『日本の学園都市』 より


第6章 ③ 曇天の朝

天気は……どんよりとした曇り。遂に当日だ。風は大きくなく、湿度も高くない。そして6時10分に起きた私は、窓の外の様子からそれを冷静に察知できている。隣の人もすぐに寝ていたらしく、まだ起きる気配はない。

ゆっくりと布団から這い出て一度大きく伸びをしたあと、部屋の外の洗面台で顔を洗いにいく。まだ起きている人はいない。皆の寝顔はまだ生きてそこにある。

冷たい水を顔に浴びせ、部屋に戻って寝間着から着替えている間に、ちらほらと目覚める人が現れた。その中で何故かパイタッチを狙ってきたマゾに対しては、お望み通りであろう張り手を一発。

やはり煩いな、これは。そしてそこまで嫌そうでもないところを見ると、やはり本物らしい。ま、周囲には引かれているぞ。

 

 

部屋の中央にテーブルが置かれ、大皿の上には17個の黒パンのサンドイッチがある。ラップで包まれておりこぼれにくくなっているが、1個当たりはそこまで大きくない。それを1人を除いて食べ終えると、皆自分の支度に戻る。私もぱっぱと済ませ、水をいっぱい飲み干すと、やるべきことを脳内でまとめ始める。

次の試合は圧倒的不利だ。車輌数とその質のみならず、会場が黒森峰学園都市内部に存在しており、黒森峰の戦車道や戦車師団が日常的に使っている演習場である、という点も勘案しなくてはならない。

土地に関してはむしろ向こうに利がある。会場内の散開、奇襲狙いほど阿呆な手はないだろう。

だから勝つためには3つの奇跡が必要だ。私のみみっちい外交知識もフル動員して概要は作ってある。だが一つ一つも奇跡な上、それを確実に起こさねばならない。殆どの人間がこの案を見ても、負けるしかないじゃん、と答えるだろう。

私もである。

逆に、これが1番勝ち目のある策、というのが大洗の哀しいところだ。

 

 

6時50分、出発予定時刻10分前。その1人を布団から引っぺがそうと沙織さんが奮闘する。

 

「麻子起きて!あと10分でみんな出発しちゃうよ!」

 

「人間が7時に起きれるか…….」

 

沙織さんが布団を引っ張るが、麻子さんはがっちりと角を抑えている。答えられるなら起きてほしいものだが。

 

「何言ってんのよ!起きなきゃ試合出来ないんだよ!着替えても無いし朝ご飯も食べて無いんでしょう!お腹減っても知らないよ!」

 

「それも今朝2時まで叩き起こしていた張本人が何を言う……」

 

「麻子夜型なんだからいいでしょう!それはそれ、これはこれ、早く起きて!私だってそうなんだから!」

 

「沙織がこっち来たんだろ…それに5時間睡眠で人間が起きれるか……無理だ。出来るわけがない」

 

沙織さんはかなり苦戦している。華さんが一瞬スカートを留める手を止めた。

さて、起きろ。

カバンのチャックを閉じて麻子さんの正面に向かう。正面に腰をおろすと、枕の前で思いっきり、部屋の空気が震えるほど手を叩いた。

 

「麻子さん!来てください!今日の作戦に、勝つ為に麻子さんは欠かせないのです!」

 

手を合わせたまま深く頭を下げる。彼女が欠かせないのは事実だ、というよりこの場にいる人間すべての参加は必須事項だ。

麻子さんがようやく動き、むくりと顔を上げた。

 

「……」

 

「どうか……」

 

「わかった」

 

そう言うが早いか、すぐ様ゆっくりながら布団から身を起こし、机の上のサンドイッチを手早く食べ、先程からは想像できないくらいの速さでテキパキと着替え始めた。

 

「なんで私がやってこんなに起きなくて、みぽりんが声かけるとすぐ起きるのよー」

 

「西住さんには恩義がある」

 

「私にはないの!」

 

「ない。最悪でも西住さんには及ばない」

 

「もー!」

 

沙織さんが口を尖らせる。そんなもんかぁ。

 

「沙織さん、支度は終わってらっしゃいますの?」

 

「あ、そうだ!やらないと!」

 

沙織さんは自分の荷物の方へ戻った。麻子さんが起きたのにはこれもある気がする。

幸い他にこれなさそうな人もいない。あとは現場に突入するのみだ。

 

 

皆の支度が終わり、窓の外を眺めたり床に横たわってくつろいでいた頃、予定時刻丁度に扉が開く。

 

「大洗女子学園の皆さん、時間です。出発してください」

 

係の者の案内のもと、移動用のバスまで行く。入り口を出ると、上からゆっくりと落ちてきている物がある。白いが、雪ではない。雪にしてはあまりにも大きすぎる。

 

「ビラだ」

 

「あれ……黒森峰?」

 

「フォッケ、アハゲリス……間違いありません、黒森峰です」

 

頭の上ではヘリの親戚が轟音を立てて飛び去っていこうとしていた。それぞれ近くのビラを手に取る。空中のものを捕まえる者もいれば落ちたものを拾う者もいる。私も適当に捕まえた。

 

「何これ、アルファベットに点々が付いてる」

 

「ウムラウト……ドイツ語だな。英訳も書いてある」

 

「日本語で書けばいいのに……」

 

麻子さんは少しその英文を眺め、スラスラと訳し始めた。流石だな。私も意味はないと予測しつつも、文面には一応目を通す。

 

「大洗女子学園の皆さん。我が校は皆さんに投降を勧告します。試合とはいえ、我々はいたずらに犠牲者を出すことを望みません。戦闘を放棄して投降した者には危害を加えません。私物は没収せず、友人達と同室にて収監し、その後はただちに全員解放し帰宅させることを約束します、かな」

 

フン、自分の顔を鏡で見ながらそれをしゃべってみやがれ。

 

「えっ、それって!」

 

「戦わなくても降伏すれば無事帰れるの!」

 

一部の者の顔が変わる。アホか、私の話を聞いてなかっ……たか。だが私に従ってきた者たちだ。何をするか……予想できるだろう。

 

「くさいな」

 

左衛門佐さんが首をひねる。ま、武田を知ってりゃこれくらいの罠は分かるか。

 

「うむ、これは敵の某略。相手の士気を鈍らせる常套手段。今まで捕虜を殺しまくっておいてどの口が言うんだ!」

 

「甘く見るなよ、黒森峰!」

 

河嶋隊長が縦にビラを引き裂き、その音で皆の少し浮かれた感情は突き崩された。

よかったよかった。本当に離脱だけは避けてほしいもんだったし。

バスに乗り、都市の南西の郊外にある会場、前線へ向かう。

 

 

 

黒森峰学園都市 ライヒ病院

学園の施設の集中する中心部、フリードリヒ地区にある、都市のみならず県内でもトップを争う総合病院である。だがこの病院といえど、どうも出来ない患者もいる。

その病室の一番奥、若干隔離されているのかと思える位置に、その人の病室はある。正直この位置は正解だろう。学園からしてもあまり公にはし過ぎたくない話だ。

 

「それでは、そろそろ出発します」

 

席を立ち、靴の踵同士を当てて鳴らし、右手をまっすぐ掲げる。誰もが同等の仕草を返すべき敬礼だ。

しかしベッドの上の者から返事は無い。ただ点滴の管によって生かされたものとなっており、その目には一切の光が差し込まない。

西住まほ、黒森峰と提携する西住流の家元後継者にして、『本当の』黒森峰女学園選抜戦車隊隊長。私なんて……到底かなわない方。

 

「プラウダに奪われた優勝杯、必ず取り戻して参ります」

 

最後に一礼して、病室の外に出る。外には緊張の面持ちで一列に隊員が並んでいる。ドアは空気圧が抜ける音をさせて閉じた。

 

「逸見隊長代行。西住隊長の容態は……」

 

そう、私は代行。その呼び名が、懐旧の情にかられていることをひしひしと伝えてくる。先頭にいる者が尋ねてくるが、表情からもう読まれているだろう。

 

「ダメだ、完全に昏睡状態だ。話すこともできない。出場は無理だ。残念だが選手登録は抹消しよう」

 

奥歯を噛み締める。周りの者の表情は変わらず緊張の面持ちだ。

隊長はただ隊長であるだけではない。西住の正嫡、たとえ話せるだけだとしても、参加している。それはあいつに対抗するに余りある名声であった。

 

「そんな……」

 

「決勝でも西住隊長の指揮がないなんて……」

 

それがないのである。この不安は私では止められない。

 

「相手は部隊戦術なら姉をも上回るとさえ言われるあのみほ元副隊長」

 

冷や汗を流しながら顔を見合わせ続ける。

 

「硬式の実績は相手の隊長が明らかに格上……」

 

「クッ!」

 

流石に聞き流せず、その者を睨みつけようとした。しかしすぐに思い直す。あいつと私では格が遥かに違う。それは確かだ。

出場した試合はあいつが1年生から合計7試合、私はこの大会が硬式初出場で、出場した試合は準決勝の参戦を含めて3回、そのうち1回がほとんど戦闘なく飛行機で逃亡しやがった知波単戦であるため、実質2回である。

いや、そのうち1度もヨーグルトが協定通り降伏し、こちらも捕らえておく意味もないので解放した。彼らの捕虜の中にはグロリアーナもいたが、上から彼らも解放するように言われ、若干癪だが解放した。

つまり実戦経験1回、あの大洗への参戦のみだ。そしてここにいる者の多くも、経験は同様である。ましてや今回が初、という隊員もいる。

 

「エリカさんの指揮で西住流に勝てるの……」

 

しかも黒森峰は7月の大会、プラウダ戦で硬式経験者を失いつつある。その為今回の試合に参加する者には初出場の者が多い。数や火力で学園は勝っても、殺られたら自分達は終わり。その恐怖を揉み消せていない者たちばかりなのだ。

その点では今回の大洗にさえ劣るやもしれない。

 

 

 一列に不安が連なる。緊張の面持ちどころではなく悲愴感で溢れている。しかし1人だけそうでない者がいる。赤星小梅だ。

中学の頃から精鋭に所属した学年でも有数の実力者であり、あいつ以外に昨年の軟式大会の選抜戦車隊の車長に選ばれた唯一の人物である。そう、本来であれば私の学年であいつの補佐をするべきだったのは、その時予備車輌の車長だった私ではなく彼女なのだ。

 

ではなぜ私か。一つは精鋭が虐殺されたこと。これにより一つ上の世代で隊長を務められる人がいなくなったから。もう一つは彼女、小梅が黒森峰での軟式での10連覇を妨げたもう1人、とされているからだ。

彼女の乗った偵察用のIII号が、豪雨でぬかるんだ道が崩れたために川に落ちた。そこで後続にいたフラッグ車の車長だったあいつが、助けるために車輌を放棄して川に飛び込んだのである。

無論頭のなくなった戦車に何もできはしない。フラッグ車は撃破され、黒森峰は忘れることのできない敗北を喫したのである。

 

あいつの行動のみならず、対応が遅れた彼女もまた批判の対象となった。そして今年は基本精鋭部隊からは外れていたし、昇進もなされなかった。

そして夏の硬式戦で階級が軍曹以上の方々が殆ど死亡。あいつもいなくなった結果、当時伍長だった私が二階級特進で曹長になり、代行を務めるに至ったわけである。

 

逆に言えば、私を代行にしたり彼女を出して文句が出ないほどに、今の黒森峰選抜戦車隊は人材が逼迫しているのだ。

何もできないでいた。この場の雰囲気を正す手段など、いや手段の問題ではないな。私自身が力不足なのだ。

その中で焦燥が渦巻いていた中で、急に彼女が首を左右に回した後、靴の裏で3度床を叩いた。

 

♪オブ シュトゥーム オーダ シュナイツ

Ob's stürmt oder schneit

(嵐の時も雪の時も)

♪オブ ディ ゾーンネ ウーンス ラハト

Ob die Sonne uns lacht

(太陽が照る時も)

 

再び靴の裏で2度床を蹴る。いきなり歌い出したことに周りの者は茫然とする。私もだ。

だがこの歌はよく知っている。

 

♪ディア ダーク グリューエン ハイス

Der Tag glühend heiß

(灼熱の昼であろうと)

♪オーダ アーイスカールディ ナハト

Oder eiskalt die Nacht

(極寒の夜であろうと)

 

隣の者が歌に加わったのを皮切りにその隣、その隣と歌を歌い始め、リズムに合わせ床を叩く。

 

♪ベジュ タウ ジン ディゲ ジヒター

Bestaubt sind die Gesichter

(顔が埃にまみれようとも)

 

そうだ、我々は引いてはいけないのだ。学園都市のため、学園長のため、戦車道のため、黒森峰のため、そしてここにいる全ての者のために、引いてはいけないのだ。それがすべきこと。私が弱気になんてなってはいけない。

 

♪ドッホ フロー イスト ウン ザ ジーン

Doch froh ist unser Sinn

(高らかなる我らの士気)

♪イスト ウン ザ ジーン

Ist unser Sinn

(我らの士気)

 

歌に加わる。自らの決意を自分自身に浸透させようと下腹部に力を込める。すべての者が歌う、この士気よ。

そしてこれを彼女が歌い始めたのだ。あいつにあの時救われた彼女が。

 

♪エス ブラースト ウーンザ パンツァー

Es braust unser Panzer

(我らが戦車は突き進む)

♪イム シュトゥーム ヴィーン ダヒーン

Im Sturmwind dahin

(戦いの嵐の中へ)

 

 

やっとここのベービたちも、戦いの嵐の中に身を投じることを決めた。礼は後だ。今は病院の看護師に謝罪して向かうのだ、先へ。

 

 

黒森峰学園都市コットブス地区 試合会場外の一角

 

「ダージリン様、そろそろ始まりますね」

 

「ええ。それにしても今日の紅茶、貴女が淹れたにしては少し濃いですわね」

 

「すみません」

 

ペコは顔を伏せる。

 

「いえ、いいですわ。大方私達がここにいていいものかと考えていたのでしょう?」

 

「……はい」

 

「こんな言葉をご存知?

All is fair in love and war.

イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない」

 

「正直今一番聞きたくなかったです。私達、ヨーグルトに降伏し、彼らが黒森峰に降伏することで全員解放してもらったのですから」

 

「良いじゃない。私たちは生きているんですよ?」

 

「でもそれは犠牲の上です。BC自由の離反組を……倒していますし、そして今目の前ではあの時好敵手として戦った大洗が殲滅されんとしている……」

 

「全く、同じチームくらい方針を一致させておいてほしいものですわ。あそこを支援するサンダースの気が知れない」

 

「何か……申し訳ないんです。その人たちの命の上に、のうのうと生きていることが」

 

「人は生きていなければ何も出来ませんわ、アンチョビさんのようにね。一方で我が校はこれで犠牲者をあまり出さずに済み、その上安泰ですわ」

 

「安泰ですか?戦車の数を元に戻すことに予算を取られるうえに、黒森峰に目をつけられて面倒だと思いますけど。プラウダのカチューシャさんも……」

 

「この大会で関東情勢は一変します。その黒森峰も今まで、そしてこれから力を削られようとしているではないですか」

 

「へっ?」

 

「ペコさん、貴女には聞えませんか?熊と象の足音が」

 

「熊と……象?」

 

「今後はその間を取り持つことに尽力すればいい、それこそが我が校の安泰の道とお上は思うかもしれませんが……ふふ」

 

ペコは首を傾げる。その時、2人の後ろからローズヒップがダージリンのもとにきた。

 

「あらローズヒップさん、どうしました?」

 

「GI6から情報です。上層部から得たため、信頼性は高いとのことですわ」

 

「ありがとう。それとオレンジヴァールとの交渉は?」

 

「なんとか纏まりそうらしいですわ」

 

「素晴らしい報告をありがとう。そう言われてこそ、あの小煩い3会派のお姉さま方を説得した甲斐があるものです」

 

「あとお二方も現在こちらに向かってらっしゃいますわ」

 

「そう。風邪をひいてないといいけど……途中で手配しておこうかしら。あ、ローズヒップ。連絡ついでにこの紅茶少し濃いから、ミルクをお願いできるかしら?」

 

「おっ任せですわー!」

 

ローズヒップは風を引き連れて去った。ダージリンはローズヒップから受け取った手紙をすぐに開く。と思ったらすぐに確認を終え元に戻した。

 

「どうしました?」

 

「象の足音はやはり本物のようですわ。ウチのGI6相手にこれほどのプランを伏せ続けてきたとは、流石は彼らといったところでしょうか。

そういえばそろそろ試合が始まりますわね。果たしてみほさんはどんな戦いを見せてくださるのでしょう。あの時みたいにハラハラさせてくださるといいわね。楽しみです」

 

「え、ええ。そうですね……」

 

 

 

決勝戦 黒森峰側陣地 7時40分

 

「全車輌エンジン入ったか?」

 

「まだ13号車が終わってません」

 

「遅いわよ、早くしなさい!」

 

「すみません」

 

「エンジン始動終わった車輌の者はこちらに集まりなさい」

 

遅い。あと30分もないのだ。脇にいた直下さんがそれを抑えにきた。

 

「焦りは敗北に繋がりますよ。エリカ隊長。まだすぐに試合が始まるわけじゃないんですから」

 

「直下曹長……」

 

「その呼び方はやめてくださいよ。今は貴女が隊長なのですから」

 

こんな試合の前なのに、笑顔とまではいかないが、緊張が見えない。

 

「いやしかし、貴女は夏のほぼ唯一の生存者です。尊敬しないわけには……」

 

「はっはっは。同じ曹長とはいえ、貴女は親衛隊、私は防衛隊です。顎で使ってくださって構いません。私にあるのは実に残酷な経験だけ。精鋭を指揮をすることはできませんからね」

 

冗談をよく言うものだ。防衛隊の軍曹であった際に乗員の一人として夏を生き延び、そして普通に一段階昇進して防衛隊の学生大隊長を務めているのが彼女だ。人を纏められぬはずはない。

 

「普通に考えれば勝ち目しかありませんが……相手があのみほさんですからねぇ。しかも母校の運命が背景にあるとなれば……一応の士気もありそうですね」

 

彼女が少し顔をまともにして話を続けた。全く、国も面倒なことをしてくれるものだ。

 

「きっと何か手を打ってきますが……それは読めませんね。援軍の可能性は相当低いと思われますし」

 

「ま、プラウダとサンダースを共に敵に回していますしね。他は……」

 

「聖グロもないでしょうね……でも戦いを挑んできているところを見ると、やはり何かしら期待があるのかもしれないわね」

 

「みほさんにですか?」

 

背後からもう一人の声。歌の始まりの声だ。

 

「小梅……」

 

「期待があるなら丸ごと押し潰すのみ。その力を我々は持ってます。私も黒森峰の人間ですし、敵と害を倒すことに躊躇いはありません」

 

「そうよね……さきほどはありがとう。あの時の歌が無かったら、統制も何も無かったし、私は何も……」

 

「いえ、あれが私の役目です。試合に集中しましょう」

 

ただ静かにそう返事してきた。私と直下さんの間から、遥か先を見据えるような目をして。きっと答えても、話は聞いていない。

 

「そうね……」

 

「13号車、エンジン始動しました」

 

やっとか。時間が残っているのは幸いだ。

 

「全員集まりなさい」

 

 

車長を先頭にその後ろに乗員が整列する。ティーガーIが1輌、ティーガー2が2輌、ヤークトティーガーが1輌、エレファントが1輌、マウスが1輌にパンターが7輌、ランクが4輌、III号が3輌。車輌総計20輌。決勝に参戦可能な戦車数の最大だ。

視界には合計96人の隊員が並ぶ。その命が私の指揮に掛かっている。だが見せるわけにはいかない。その不安を唾と共に飲み込むと一息つき、口を開いた。

 

「私達はこれから戦わなくてはならないわ。その相手はつい半年前まで共に戦い、勝利と敗北を分かち合ってきた仲間よ。

されど彼女は西住流を破門され、黒森峰から追放された。しかしその力は大洗で、この大会で何倍にも膨れ上がったわ。残念なことにね。

大洗は今年度限りでの廃校、学園都市の廃止を通告され、それの停止という微かな希望に戦車道を結びつけ、それにしがみついてきているのよ。そしてこの様な状況の中でも、仲間達と彼女自身の愚かさ故に戦い続けているわ。

しかし!我々黒森峰は戦車道の絶対王者よ!撃ては必中、守りは固く、進む姿に乱れなし、鉄の心、鋼の掟、それらを我々は持ち続け、それを我々の中で膨らませているわ。たとえ何が相手だとしても我々は戦い、勝たなければならない!

  大洗女子学園を粉砕しなさい!敵4輌全車撃破し、1人でも多く生き残るわよ!生き残り、この戦いを次に伝えていくことが、学園長への最大の忠誠と思いなさい!」

 

「ヤヴォール‼︎」

 

その返事をしない者はいなかった。油断はない。皆あいつを知っているから。だからこそ、私たちは勝てる。

時を待つ。始まりの笛を。燃料の浪費はこれ以上必要ない。あとはすぐに、手早く、この場で倒す!

 




広報部より報告

黒森峰女学園の動向

同校からの連絡によりますと
「即刻叩け」

「西住と戦う決勝戦」
において選択をしたとのことです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。