不死の感情・改   作:いのかしら

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大洗女子学園戦車道チーム、最後の戦い

彼女たちは何を求めて戦うのか


第6章 ④ チャレンジ

2012年12月11日火曜日 午前8時

 

黒森峰学園都市南東部、ブレスラウ地区の高台で審判の右手が挙がる。最後の戦いの始まりを告げる笛の音色は単調だった。たったこれだけで、何人もの命を吹き飛ばすゲームが幕を開けるのだ。

 

「全車反転!あんこうに続いてください」

 

大洗戦車隊は続々と会場中央に背を向ける。本来は敵に背を向ける行為、あまり褒められたものではないが、この試合では運はそちらにしか微笑んでいない。ここは会場の西側。黒森峰がこちらに向かってくるまで、思っているほど時間はないはずだ。

なにせ戦力差がこれだ。わざわざ中央の森林地帯でこちらが出てくるのを待つ必要はない。さっさと距離を詰めて撃破、黒森峰らしい、かつ手間がかからないいい手だ。私がその場で指揮を取っていてもきっとそうするだろう。躊躇う理由がないからだ。

そしてその時、相手は私たちの行き先を知るだろう。だから急ぐのだ。作戦も移動中に伝えて間に合うだろう。

 

 

 

「……に、西住。正気か?」

 

「はい。私は至って正気です」

 

無線越しで初めて作戦を伝えられた各車長の中で、一番早く言い返したのは河嶋隊長である。そういうのももっともな作戦だ。正気と答えたが、もう既に勝ちに囚われまともではないのかもしれん。

 

「……しかし、本当に可能なのですか?私にはとてもそうは思えません」

 

その次はエルヴィンさん。確かにスターリングラードと維持とどっちが難しいか、となればどっこいどっこいだろうな。

 

「……なんとも言えません。しかし会場内で戦うよりかはまだ勝ち目が見えます。会場内は向こうも知り尽くしてますし、何より黒森峰の戦術に合うよう平地を軸に設計された敷地です。ここでの勝ち目はありません。

それよりは向こうも慣れない黒森峰市街地を戦場にするべきかと」

 

「万一脱出出来たとしても、自衛隊に追撃されるということは無いのか?戦車の質、練度共にどう考えても勝ち目はないだろう。秋山と松本も言っていたが……」

 

「いえ。硬式戦での暗黙の了解として、もし包囲網を突破できたら、会場を脱出したチームが行き着く先まで拡大する、というものがあります」

 

「無茶苦茶だな。日本全国どこでもありじゃないか」

 

「全くそうだとは思いますが、ずっと走っていると燃料切れを起こして動けなくなるので、一応範囲は制御可能、というところではないでしょうか。今回はこれに賭けます。私自身、本当に見るのは初めてですけれど」

 

「宇津木さんの件を忘れたわけじゃありませんが……西住隊長がそこまで言うなら、やってみましょう」

 

「……そうだな。それをやめさせたところで、私たちがどうこう出来るものでもない。西住、任せた」

 

「行きましょう、西住さん」

 

「分かりました。全車引き続きあんこうに一列でついて来てください」

 

元々陣地はかなり西寄りにある。目標を見つけるのにさほど時間は必要としなかった。

草原を駆けていくと、さきの会場あちこちに見えるのは自衛隊の戦車。それも最新の10式が混じっている。黒森峰の戦車と見比べても、はるかにゴツい。自衛隊4世代目の頑強さ、それは私たちの車輌なぞ見せるだけで止められると言わんばかりの威圧感となって見せつけられていた。

 

「……」

 

それは大洗チームが近づけば近づくほど大きくなる。そしてついに段差に関わらず履帯の全容が確認できるほどまで近づいた。

 

「……撃たれたら、発射光の後に移動を。それより前だと追尾されます。避けても無理だとは思いますが……信じましょう」

 

「何をだ?」

 

「さぁ?」

 

 

 

大洗の戦車隊には前進を継続させた。

 

「……距離、1100です」

 

「に、西住殿。正面の戦車を……」

 

優花里さんが横のハッチから顔を出して指差す先の戦車の上に、人が立っている。格好からして自衛官だ。

 

「……大洗女子学園の諸君、警告します。ここから先は指定された会場の外です。すぐに引き返し、試合に戻りなさい」

 

拡声器でも使っているのか、声ははっきり聞こえる。

 

「ね、ねぇ、みぽりん。大丈夫なの?注意受けてるよ!」

 

「多分」

 

「多分って……」

 

長々と話を聞ける余裕はない。光があるかないか……私だって死にたくないのだ。

 

「引き返しなさい」

 

構わず前進する。可能性の秤がそちらにしか傾いていないのだ。それに乗るしかないんだ。

 

「西住……」

 

「私たちには、前進以外の選択肢はありません。躊躇ったら黒森峰に追いつかれます。各車、車間距離を開けていってください」

 

砲塔の一つが、ゆっくりとこちらを向いた。狙っているのは、間違いなくIV号である。

 

「麻子さん、向きを変える時間はありません。戦車のどれかから光が見えたら急停車を。それで……少しはなんとかなるかも……」

 

「横には避けないのか?」

 

「そんな時間はありません。まぁ、この方法も何度も使えるわけじゃないんですが。麻子さん以外はどこかに捕まっておいてください。止まって砲弾が落ちたらすごく揺れますから」

 

「う、うん……」

 

距離700。敵車輌のうち1輌発砲。タイミングはバラバラだったが、後ろの方からも忙しない金属音がした。無論足元からも。キューポラの枠に捕まっていた私の上半身も思わず前に揺り動かされる。

放たれた弾は右側にそこそこ大きくて逸れ、草地をめくるどころか、丸ごと吹き飛ばしていった。そして勢いのままにそれを広げていた。平原の中に一瞬にして窪地が生まれたのである。

 

「ひっ……」

 

「流石は120ミリ滑腔砲……威力も段違いであります……」

 

伝わる揺れにビビる仲間はともかく、私はある一つの予感を確信に変えつつあった。可能性は増した。

 

「各車、砲弾装填」

 

「お、おい……大丈夫なのか?」

 

「やるしかありません。安全装置も外してください」

 

「……はい」

 

近くのだ。何としても近づくのだ。

 

「華さん。さっき撃った1輌の履帯に照準を。走行間で難しいとは思いますが、狙いはずらさないで」

 

「はい」

 

向こうだって実際に狙われるのは慣れていないはず。いざという時はただ走っているだけではないと見せねばならない。

 

「あの、みほさん。砲塔と車輌の隙間にしますか?」

 

「いえ、履帯にします。彼らは戦車道の参加者ではありませんから。もともと脅しが通じる力量差ではありませんし」

 

距離400。だが恐らくこの距離でも私たちのチンケな砲では傷さえつけられないだろう。車輌を揺らすので精一杯だ。向こうの車輌の鼻先全てに焦点を当てつつ、耳の情報を一時遮断する。

再び、今度は別の車輌が火を吹いた。それは右前方から左側へIV号の正面を素通りし、同様のくぼみを形成した。

 

「うおっ!」

 

「きゃっ!」

 

履帯が浮きそうな揺れが車内を支配する。こんな時期だというのに、手袋もまともにしていない手は汗で滑りそうである。

 

「に、西住さん……撃たれたら教えてくれ!流石に今のは心臓に悪すぎる!」

 

「……あ、自衛隊はわざと外しています。そのまま前進を!」

 

正直私にとっても心臓に悪い。が……本題は彼らの上官が現状を踏まえどのような判断を下すか、だ。どうする。近づいてから一斉射撃して殺すか、それとも生かすか。生かされてもそれが何時間伸びるかだけかもしれないが、ないよりマシだと信じよう。

 

「このまま最初に撃った車輌の右脇を通過します!各車速度を上げて通過してください!砲撃はしなくてけっこうです!」

 

ここから先はお上のみぞ知る。

 

「ここまで来たら狙われたらおしまいです。できるだけここにいる時間を短く済ませましょう」

 

正面の最初に発砲した車輌の車長の顔も認識できるようになっていた。ただ正面のIV号を、場合によっては私をどうするつもりか、判断材料は増えたかに思えたが、無表情のそれは何も伝えてこなかった。

僅かな揺れさえも大きな変化として足元から伝わってくる。凛々しく見える顔が益々大きくなる。

 

残り200。腕を振り上げた彼女の手が降ろされると共に、さらに多くの砲弾が周囲にばら撒かれ始めた。流石の私も頭を出していたら怪我どころでは済まない程である。

 

「麻子さん、前進継続!止まらないで!下手にスピード落としたら、死にます!」

 

「……冗談も大概にして欲しいな……」

 

「他の車輌も止まらないで!車間維持!これを各車輌に厳重に通達!」

 

「そ、それどころじゃないよぉ……」

 

弾はことごとく外れる。むしろ私たちの行き先を、二本の線のように形作られた砲弾の跡の隙間が指し示している。しゃがんでないと、何かに掴まっていても重心ごと体が車内を駆け巡りそうになる。確実に境界との距離は狭まっているはずなのに、無限とも思われる爆音の中で、誰一人としてそれ以上話そうとしなかった。最早こちらも砲撃どころではない。

 

 

だが長い長いその地獄を経て間を抜けようとした時、ぱたりと砲撃が止んだ。絶え間無く上がっていた土煙が舞い落ちて、視界に久々の灰色が浮かび上がる。上に乗った土ごとキューポラを押し上げると、左側で先ほどの人が表情はそのままで敬礼しているのが、まだ微かにある空飛ぶ砂つぶの向こうに見えた。右手を掲げるものではない。肘を張った敬礼。

どこの誰だか知らないが私もさらに身を乗り出し、僅かな間だったが目を合わせたまま同じ姿勢をとり、脇を駆け抜けていった。その後に他の車輌も続いてくる。

 

ここに一つ目の奇跡は達成された。自衛隊包囲網の突破である。全車輌土埃を浴びまくったのを除けば損害なく脱出できた。

 

「……に、西住……」

 

「はい、これで最初の難関はクリアです。全車輌前進継続。コットブス地区方面の市街地へ向かいます」

 

一方で砲撃音からこちらに逃げているのはバレたはず。本格的に時間が限られてきている。それにこれはわずか一つだけに過ぎない。

 

「敵もすぐにこちらに来ます。急ぎましょう」

 

「分かりました!」

 

「しかし……本当に成功するとはな……」

 

「10式なら我々を撃破することは、自動追尾機能を考えれば造作もないはず。しかし威嚇してくるだけで撃破はしなかった……ということは、誰かが大洗の勝利を、生存を望んでいるかもしれない、ということです」

 

「ウチの勝利をですか?いったい誰が?サンダースもプラウダも敵に回してるんだぞ?私たちは」

 

「分かりません。ですが、誰かが味方だってだけで、少し気分はマシになりません?」

 

 

 

私直属の黒森峰の先発隊が、森を突破して大洗がいた場所に突入する。しかしそこにもう大洗の姿はない。森から来たから、森の中にはいないと思われる。

 

「大洗は?」

 

「それが……履帯の跡を見るに、緑川の方に向かった模様です」

 

「はぁ?そっちは会場外でしょ?どうなってんのよ……でもそっちの方に行って、まだ試合が終わっていないことをみると……」

 

「自衛隊の包囲網の前で止まっているか、それともまだ会場内にいるか……まさか」

 

「分からないけど合流は待たずに取り敢えず追うわよ。ここはいくら相手がウチの元副隊長だとしても、他の人間からすれば走り慣れない場所。奇襲はないわ。

でも時間を稼がれると罠を仕掛けてくるかもしれないから、先を急ぐわよ」

 

その時であった。確かに先ほど聞いた緑川の方向から、断続的にドン、ドンと音が鳴り響いた。黒森峰の精鋭はここにいるか森を迂回しているし、何よりこの時間で音のする方まで行けるはずがない。

 

「砲声?」

 

「ここで演習なんて今日ありましたっけ?まさか試合の日に?」

 

「……いや、これは黒森峰のじゃないわね。何かしら……」

 

「……10式、自衛隊の砲声……」

 

「えっ?本当に?」

 

「間違いありません。前に研修で自衛隊の演習を見学した際に近くで聞きましたから」

 

「となると、大洗は本当に自衛隊に突っ込んだのでは……」

 

「まさか。あんなオンボロ戦車たちが自衛隊を突破出来る訳ないじゃない」

 

「ですよね……」

 

戦わずして勝てる。それならそれでいい。プラウダを負かして優勝。それでこの学園の恥辱は一応の終焉を見せる。私のような才のない人間には丁度いい貢献方法なのかもしれない。通信手も何かが気になるのか、音のする方を注視しているが、どうも何もあるまい。

 

 

 

砲手や装填手との話を済ませ、水を一口含んだ上で全車に追撃の指示を出そうとした時、通信手がそれを止めた。

 

「エリカ隊長……ルフトバッフェから……」

 

しかもやけに震えた声である。別に戦場の雰囲気に当てられた訳ではないだろう。今までも一緒にいた者だ。

 

「何よ。試合中にわざわざルフトバッフェからなんて」

 

「それが……」

 

「早くしなさい」

 

「……大洗が自衛隊の包囲網を突破、した模様です」

 

「……え?」

 

「その後は市街地南東部へと進んでいるようです……」

 

「……本当に?」

 

「ええ、ルフトバッフェが唯一のフオッケアハゲリスを出して空から確認したそうですから、間違いないかと」

 

「……どうやって……いや、今はそんな時じゃないわね」

 

「会場外に出て我らも誘引し、指導による引き分け狙いでしょうか?」

 

装填手が上を向いてきて尋ねる。

 

「まさか、そこまで鈍ってはいないでしょう。それにそんなのをウチが認めるはずないわ。

いずれにせよこちらの優位は揺らがない。作戦変更、直下さんの迂回部隊の到着を待って追うわよ。向こうが突破しているなら、こちらも出来るはずよ。ただし2000メートル以上の距離を維持しなさい」

 

「ヤヴォール!」

 

 

彼女らの右側から森林を迂回したヤークトパンター、ヤークトティーガー、エレファント、マウスなどを含む重戦車部隊が合流し、市街地方面へ出発した。

 

「……なるほど、話は分かりました」

 

ヤークトパンターにつなげた無線にて、直下さんは冷静に返してきた。

 

「直下さん、あまり驚かれないのですね」

 

「砲声の数です」

 

「数?」

 

「こちらが戦ってないとなれば、あの数はあまりにも多すぎました。たった数輌の旧式戦車を止めるには」

 

「……なるほど。だとしたら、自衛隊はなぜ突破を許したのかしら。意図的じゃなきゃできないでしょうに」

 

「そこまでは流石に。何か裏はあると思いますが……」

 

「なるほど、ありがとうございます」

 

そこで一度無線を切り、小梅に同じことを尋ねた。少し唸ってから返事が来た。

 

「……エリカさん。恐らく……」

 

「小梅、どうしたの?」

 

「学園が依頼したのかも……」

 

「学園が?なんでよ。会場内の方が勝ちやすいことは知ってるでしょ?」

 

「はい、乗員、車輌ともに質的には圧勝しています。だからこそ会場外でもこちらが十分勝てると考えているのでは?」

 

「だからってなんで会場外でやるのよ、面倒じゃない」

 

「……恐らく、学園が『勝ち以上のもの』を求めているからではないかと」

 

「勝ち以上のもの?圧倒的な勝利じゃなくて?」

 

「戦力差的に圧倒的な勝利は当然と考えられているでしょう。それを市民のより近くで見せることを考えているのかと……というより大会実行委員長があの人である以上、自衛隊とのツテがあるのはウチぐらいでは?」

 

「ま、確かに今の状況でプラウダやグロリアーナが自衛隊を動かせるわけもないしね。

しかし市民の前……黒森峰戦車道の威信を示すのかしら。確かに昨今の大会では負け続き。いくら反乱は抑えているとはいえ、市民にも不安があるはずよね。より近くで裏切り者相手に圧倒的勝利。なるほど、あり得そうね。人気取りに使われるのは癪だけど」

 

「第一戦車科には市民の金も使われてますからね。相応の安心感を返さねばならないでしょう」

 

「……それもそうね」

 

戦車道は学園の駒。私はその駒は指せない。ただの飾りのしかも代役にすぎない。それを思い知らされた。




広報部より報告

黒森峰女学園の動向

同校からの連絡によりますと

「追撃せよ。西住に逃げるという道はなし」

「大洗曰く逃げるは恥だが役に立つ」
において選択したとのことです。
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