不死の感情・改   作:いのかしら

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幼児を抱いた母親ほど、見る目に清らかなものはなく、多くの子に囲まれた母親ほど、敬愛を感じさせるものはない。

ゲーテ

要するにみぽりん誕生日おめでとう!


第6章 ⑤ 母親たち

大洗戦車隊は北西の方にある市街地に向かい、草地の丘陵を越えて行く。しかし後ろのポルシェティーガーが他の3輌に比べ大きく遅れを取っている。元からそこまでスピードを重視している車輌ではないが、坂道でもないのに遅れが大きすぎる。

 

「沙織さん、ポルシェティーガーが遅れているようです。何が起きたのか聞いてみてください」

 

「分かった。こちらあんこう、レオポンさんチーム、異常ありませんか?」

 

返事がない。しかし後ろにいるポルシェティーガーは停止はしてない。暫くして、やっと無線が繋がったらしい。

 

「え?ナカジマ、さん?」

 

沙織さんの口調が少し変わった。

 

「あ、カトラスさんかぁ……そっかそっか、入れ替わってたんだっけ。ところでナカジマさんに繋いでもらっていい?」

 

あの人そんなに声大きくないと思うけど、こういう時はきちんと話してくれるようだ。

 

「エンジン修理中、って何があったんですか!」

 

とすこし安心しつつあった私の耳には、叫び声に近いものが入り込んできた。向こうの説明はそこそこ長く、沙織さんの微かな返事を挟んで、車内を緊張とエンジン音のみが包み込む。

 

「止まるって……」

 

止まる?何が……

考える間も無く、ただでさえ蒸す車内なのに、さらに粘着質な汗がどんどん顔と背中を伝っていく。

 

「と、とにかくみぽりんに繋ぐよ!」

 

沙織さんはすぐさまこちらに無線を繋げてきた。話し方と漏れた言葉から、尋常じゃない事態が予想される。尋常じゃない、それがどのようなことかは、いくつか候補が挙げられるが、どれか。

 

「み、みぽりん!大変!レオポンさんチームエンジン止まりそうだって!」

 

すぐにヘッドホンに手を当てる。それか。だが焦ってばかりもいられない。まずはただ真摯に現実を受け止めねばならない。

 

「レオポンさんチーム、現状は」

 

「はい。恐らくプラウダ戦の環境が主要因かと思われる空冷エンジンの出力低下が発生しています。現状で可能な限りの修繕も行いましたが、効果ありません。あと15分すればエンジンが停止するのは間違いないです」

 

確かにポルシェティーガーのエンジンは元から強くない。彼女らの技術をもってしてもどうにもならないとなれば、如何なる人間にも何もできないだろう。だがこの損失は余りにも大きすぎる。車輌、人員ともに。

 

「……どうにも、なりませんか?」

 

「どうにもなりません。本来ならエンジンごと取り替えないといけない故障です。こちらはツチヤとフリントさんを脱出させます。他はこの88ミリを有効活用する為残ります。できれば2人を回収してください」

 

「2人だけですか……もう1人これませんか?戦車はともかく、人は来れるのでは……」

 

「行きません。西住さん、学園を残してください!なに、ここで20輌全部撃破して戻ってくるから心配しないで!」

 

……説得をかけるのも無理だな。それに彼女らの言うことにも筋がないわけじゃない。黒森峰と正面切って戦える唯一の車輌。足止めには十分すぎるし、数だって削れるかもしれない。そして稼げる時間はこちらの味方だ。その分準備できる。

 

「……よろしくお願いします……おふたりには川を渡って市街地へと向かうように伝えてください」

 

長時間会話用のスイッチを切る。そうは分かっていても、額から鼻に向けてさらに大量の汗が流れる。

 

「どーする、戻ってツチヤさんとかを回収するか?」

 

そうしたいのは山々だが、それを許せる時間と余裕がない。

 

「いえ……黒森峰の射程に入ってしまいます。回収は……リスクが大きすぎます。2人とは後々合流できることを期待します」

 

嘘だ。いくら戦車とはいえ、走ってくるものを待って拾えるはずがない。ならば可能性になってもらうか。

 

「どうした、西住。ポルシェティーガーに何かあったのか?」

 

河嶋さんが無線を繋げる。

 

「……エンジン不調によりこちらに来れないそうです」

 

「こっから88ミリが抜けるのか……」

 

向こうの河嶋さんは溜息を深く吐きながらもやけに冷静だ。普段の彼女なら泣き喚くだろう。しかし頼って呼ぶ人がいない、それが彼女を隊長たらしめていた。

そして彼女の発言もまた事実だ。黒森峰に容易に損害を与えられるアハトアハトが欠ける。今後の戦略にも影響するのは間違いなかった。

 

 

 

 レオポンさんチームの車内で2人声を上げる者がいた。

 

「どういうことですか!私だけ脱出する?先輩方も脱出しましょう!」

 

「……自分から死ににいくのは……良くない」

 

ツチヤが操縦席からナカジマに向かって叫ぶ。もう一人脱出を命じられたカトラスさんもいつになく低い声で、小さいとはいえ抗議の意思を示す。

ナカジマは少しの間、返事を躊躇った。

 

「……ツチヤ、お前に2つの命令をする。聞いてもらいたい。ひとつはこの車輌をエンジンが止まる前に敵の方に向けろ。もうひとつはお前は脱出しろ、そして生き延びろ!」

 

「何故です!何故先輩方はここに残るんですか!死にたいのですか!」

 

「我々はここで黒森峰を1輌でも多く減らす!そして、大洗を優勝に貢献するんだ!ここでこのレオポンを放棄して逃亡したり降伏なんかしたら今まで死んだ者たちに顔向けできない!

このレオポンが動かないとしても、88ミリは役に立つはずだ!いや、役立てなくちゃいけない!」

 

「……だからって、なんで脱出するのが私なんですか!」

 

「お前が死んだら、誰が自動車部を残すんだ!他の者は生き残って学校が勝っても3月で引退だ。そして春までに新入部員が来るとも思えない。西住さんは必ず来年も学園を存続させてくれる!その時にお前が来年も自動車部をやってもらう為に生き伸びろ!生きるべきは……若い奴だ。

黒森峰が迫っている。時間が無い!」

 

「……たった一年の差じゃないですか……先輩方に夢はないのですか!それをここで犠牲に出来るのですか!」

 

「お前は……12月14日を迎えずに死ねるのか?11月23日に行ったのがお前の最後のドリキンで良いのか!この中で一番叶えやすい夢を持っているのはお前だ。生きて、生きて生き延びて、絶対叶えろ!」

 

「……私だけレオポンチームとしての本分を捨てろとは、酷いわがままもあるんですね」

 

ツチヤは悪態を吐きつつも、奥歯を噛みゆっくりと、されど確実に車輌を逆方面に向け始める。

 

「……さて、カトラスさん。ツチヤを助けてやってくれ。こう見えてコイツはかなりの寂しがり屋でな、誰かが見守ってやんないと残るウチらも不安でしょうがない。それにもう……ここに通信手は必要ないのは分かるだろう?」

 

「……そして、このチームの勝手は、このチームの人にしか分からない、と?」

 

「ああ、そうだ。それにお銀さんから言いつけられたこともあるんだろう?私たちは艦の上の人間だから、底のことはよく知らないさ。でもそれを真に伝えられるのは、貴女しかいないんじゃないかい?」

 

「……大したことは……それにあの場には西住さんや桃さんも……」

 

「ならあの2人を助けるために動いてくれ。私たちの、これまで戦った人たちも含めて、その意味を示して、そして伝えるために」

 

小規模の半径を使って描かれた半円にて、重戦車はしっかりと黒森峰の想定を捉える位置で停止した。

 

「……無駄にはしたくないだろう」

 

「……わかった」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

視線を外し、目を細めながらそうこぼすと、レバーから手を外した人を見定めた。

 

「さあ、ツチヤ。これがお前のレオポンへの最後の奉公だ。トンプソンはくれてやるよ。自動車部を、大洗を頼んだよ」

 

ツチヤはトンプソンM1を掴み、無言で振り返ることなくキューポラから身を乗り出した。それに続く形でカトラスも外に出る。

 

「……ありがとうございました」

 

そう言い残して機関部の上に降り立ち、先輩たちの背後に向け走り出した。そしてポルシェ101/1は共にその最期の力を出し切って、2度と動かぬ塊となった。こうして戦車は陸上の小さな要塞となった。

 

「さて、大変なモンを背負わせちまったね。なら先輩として不甲斐ない様を見せる訳にはいかないね」

 

ヘッドホンを外し、咽頭マイクも外したナカジマが袖を捲り上げながら砲塔から降りる。

 

「よかったじゃないか、ナカジマ」

 

「なにが、ホシノ?こんな時に」

 

「地球最後の日が来るなら、その前に雨の日に出かけたいと前に言ってただろう?」

 

「そうだけど、今日は曇りでしょ?かといって雨が降る感じでもないし」

 

「いや、砲弾の雨の中だ」

 

「生憎それは理想じゃないな……」

 

「まあ、私もオーナーにはなれなかったけど、このワガママ坊主のレオポンがここまで走ってくれたからな、満足か」

 

車輌を撫でるスズキの肩をナカジマが叩く。

 

「なに言ってんの2人とも、シケた顔しちゃって。私達はここで黒森峰戦車隊20輌を撃破するんだよ!」

 

「……そうだな、やるだけやるか!」

 

ホシノも照準器に向き直る。ナカジマとスズキも88ミリ砲弾の装填に移る。黒森峰の戦車群のエンジン音が遠くから聞こえる。しかも徐々に大きくなる。

 

「ここから先は行かせないよー」

 

だがそこに鉄壁が立ち塞がる。

 

 

 

パンツァーカイルの行き先は黒森峰市街地だ。しかしその途中に最主力を、しかも単独で平原に配置するなど誰が考えようか。真っ先に稜線を越えようとしたティーガーIIを大きな揺れが襲う。

正面から撃ち抜かれはしなかったが部隊に動揺が走る。目の前にあったのはポルシェティーガー、大洗唯一のアハトアハト装備車輌だ。

 

「て、敵襲です!車輌は……ぽ、ポルシェティーガー!」

 

「ポルシェティーガー? な、何故あんな隠れるところも何もない場所にいるのよ?とにかく早く撃破しなさい!各車輌稜線に展開!砲撃開始!」

 

しかし黒森峰の次弾装填前にポルシェティーガーの砲身は火を噴き、パンター1輌を撃ち抜く。

 

「距離は600!早く撃ちなさい!」

 

エリカは指示を出すが、やはり今までの者達と比べて装填速度が劣る。装填し終わった車輌は次々と砲弾を撃ち込もうとするが、命中率は芳しくない。正面に3発ほど命中するが、戦果は履帯を破損させ、右側面のライオンのマークを削れたくらいだ。

ポルシェティーガーからの次の弾はラング、その次は別のパンターと、黒森峰からの砲撃を喰らいながらも頭を出した奴から的確に仕留めていく。

 

「何やってるのよ!失敗兵器相手に!」

 

キューポラから身を乗り出そうとするが、部下に服の裾を抑えられる。しかし一部が両翼から稜線を一斉に超えて展開し側面を殴れるようになると、向こうの車輌も揺れるのか狙いが緩んできた。被害はあったが、このまま敵最大火力相手に勝てるのは確実だった。

 

「あと少しよ!撃ち続けなさい!」

 

 

黒森峰重戦車の砲弾を立て続けに喰らっているポルシェティーガー車内も、貫通弾こそないもののただではすんでいない。衝撃で車内を振り回され、身体のあちこちをぶつけている。ホシノは特に隣の砲身などに頭を打ちつけて出血している。

 

「ホシノ、大丈夫か?」

 

ナカジマが砲弾を押し込む。

 

「……ふぅ……一応ね。でもこれは……やばいかも……」

 

次に放たれた砲弾はティーガーIの足元に外れる。頭から垂れた血は顎からスカートへと垂れる。

 

「くそッ」

 

「スズキ!次弾装填!」

 

車輌だけでなく、あちこち痛む身体までも酷使して砲弾を撃つ。

 

「慌てず、急いで、正確に……な」

 

「……ああ。さぁ、次だ……」

 

その直後、正面に砲弾が命中したらしく、凄まじい振動が車輌を襲う。車内で砲弾を抱えていたスズキが壁に打ち付けられる。

 

「がはっ!」

 

2つの鉄にサンドイッチされたスズキの身体から何かが折れる音が聞こえ、砲弾を離して床に倒れた。

 

「スズキ、大丈夫か!」

 

「おぐ……あ……」

 

胸と腹の間辺りを手で抑え、息荒く突っ伏す。肋骨が数本いってしまったようで、辺りの器材を掴んで痛みをこらえる。場合によっては内臓まで影響があるかもしれない。

 

「……ナカジマ、次弾装填……頼む」

 

ホシノはさらに頭を打ち付けたようで、出血量が増している。

 

「……くっ」

 

スズキの落とした砲弾を2本の腕で拾い上げ、足元に力を込めながら砲身に押し込む。これだけは、これだけは撃ち込む。その意思が力の抜ける身体に最後の力を振り絞らせる。

 

「……く、らえ……」

 

意識は朦朧としかけている。トリガーに指を掛けたホシノは今使える全精神力をその狙いに定め、全体力を砲弾の発射に使う。思いを込めた砲撃はエリカ車の履帯を破壊する。転輪も外れた様だ。

しかし、総計10発以上攻撃を受けた装甲はもう限界だった。エレファント重駆逐戦車の88ミリ砲に堪えるには。左側面より機関部まで到達した砲弾によって燃料に引火したらしく、大きな爆発とともにポルシェティーガーとレオポンチームはその働きを終えた。その爆風の残滓が残る中で、前方部から伸びた白旗が、僅かにその裾をあげていた。

 

 

 

黒森峰側は隊長車が2度も砲撃を受けたことに少々混乱を見せている。だが無事だ。別にこの隙を突いて逆襲してくるとは思えない。

 

「履帯、転輪破壊されました!」

 

仮にしてきたとしても、ティーガーの系譜以外ならこの部隊でも十分勝てる。一応その対応はしておくか。

 

「急いで修理しなさい!他の車輌はブレスラウ地区の緑川沿いの高台の上まで移動!敵の行動を補足しなさい!

これで敵の主力は撃破できたわ!こいつさえ撃破すれば、ティーガーや他の重駆逐戦車を易々と撃破できる車輌は大洗にはない!構わず進みなさい!」

 

「や、ヤヴォール!」

 

素早い指示が功を奏したのか、被害はあったものの悲観的なムードは落ち着いた。しかしまた敵もよくこんな役目をやろうとしたものだ。私たちみたいに経験を積まされている訳でもなく、たった2週間前までは普通の女子だったというのに。

かくいう私も、学園のためと思えばこうして試合に躊躇いなく出ているし、砲撃を命じている。何も変わらないのかもしれない。いや、この場が人を統一していまうのか。

 

 

 

第74回戦車道大会公式記録

 

大洗女子学園犠牲者

 

中島 悟子

 

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

 

鈴木 久里

 

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

 

星野 義美

 

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

 

 




広報部より報告

大洗女子学園の動向

同校からの連絡によると

「子を産みてしんがりを努めよう」

「陸上の動かぬ船」
において選択したとのことです。
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