不死の感情・改   作:いのかしら

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永遠の平和など夢にすぎない。しかも決して美しくない夢である。戦争とは神の世界秩序の一環である。戦争においてこそ人間の最も高貴な美徳、勇気、自己否定、命をかける義務心や犠牲心が育まれる。もし戦争がなかったら世界は唯物主義の中で腐敗していくであろう

大モルトケ


第6章 ⑦ 戦場に集う者

黒森峰学園都市南部 ドレスデン地区

 

ここには大量の学生が集まっていた。ちゃんと15歳から18歳までの高校生である。高校戦車道大会の規約に違反する部分はない。装備もきちんと規約に則っている。

だが彼らは黒森峰の者たちではない。いやむしろ、彼らを憎んで憎んで憎み続けてやまない者たちである。

 

「撃て撃て、撃ちまくれ! ファシストの街を火の海と化し灰になるまで焼き尽くせ! 今こそ虐殺された生徒や父兄の恨みを晴らし、同志カチューシャの仇を討つ時だ!」

 

「都市に撃ちこみゃ場所は問わん!きっと黒森峰にダメージを与えとるわ!どんどん撃てぃ!」

 

外からはしきりに指揮官らの叫びが、発射音の合間を縫って響く。プラウダ本土から用意した30輌のカチューシャ自走ロケット砲が大量の煙を吐きながら、その名の者の恨みを晴らすが如く黒森峰学園都市を襲う。

そしてその少し奥でプラウダ防衛隊学園駐屯部隊隊長という長い肩書きを引きさげたソホフ=コーネフが、軍服に身を包み、入ってくる情報を捌きつつ、命令を出していた。

 

「向きは大丈夫か、セルゲイ」

 

「全て黒森峰学園都市中心部及び南部を狙っています。そこに関しては指揮官層に厳重に伝えてあります」

 

テントの出口に向けて双眼鏡を向けつつ、参謀のセルゲイに確認を繰り返す。

 

「連盟に確認は?」

 

「問題ありません。学園側が厳重に手配済みだそうで、参戦については連盟に受託されてます」

 

「そうか。突撃部隊の攻撃準備は」

 

「問題ありません。指示一つで黒森峰を粉砕出来ます!皆士気は旺盛。必ずやお望みの結果をもたらせるものと」

 

セルゲイは拳を胸元で振り上げる。こちらはソホフより声が低い。この場にいるとそう思うかもしれないが、軍楽隊にいた時はテナーのセカンドだった。

 

「しかし……本隊はともかく奴ら、本当に大丈夫なのか?そもそも軍属ですらないし、選ばれた理由からしても性格的にも問題あり。命令云々ではないかもしれんが……」

 

「今のところは大人しくしてますな、今のところは。まぁ、餌には食いついてますよ。あとは食いちぎっていかないことを願うばかりですな。あのことは伏せてますし」

 

「だろうな。まぁ、同志カチューシャの指示だ。お隠れになっているとしても、逆らうわけにはいかんしな」

 

「今後を考えますと、それが宜しいかと」

 

「そうだ。奴らに関してのあの件は向こうには通してあるのか?」

 

「はい。交渉の際にこの一文を乗せることが決められてます」

 

セルゲイが胸元から紙切れを取り出し、机に置く。それをパッと眺めたソホフは頷いてそれをすぐにゴミ箱に捨てた。

 

「狙撃隊は?」

 

「ヴァレリーに無線を」

 

セルゲイが呼ぶと、別の者が無線機を持ってくる。それのダイヤルを素早く合わせ、声を掛ける。ケータイが使えないとこういうのが厄介だ。

 

「こちらソホフ、どんくらい済んだか、ヴァレリー」

 

「……もういない。橋は確保できた」

 

帰ってくるのは暗く小さな声だ。なにか前髪で顔が隠れている姿を想像させる。

 

「……風がなさ過ぎて面白くない。スコープで真ん中にやって当たるとかつまらんこと限りない」

 

「流石言うことが違うな。それじゃ確認の為一人残って、他はこっちに帰って来てくれ」

 

「……ダー。俺が残る。時が来たら教えろ」

 

「分かった。全く、お前は敬語が使えないのかい」

 

「狙撃の腕で勝ってから言え」

 

「お前に勝てる奴がおるか!」

 

そう言うと無線機を元に戻した。配下の者は素早くそれを持って戻って行く。

 

「……ヴァレリーには軽いんですね」

 

セルゲイが少し気分悪そうに言う。

 

「彼奴の腕は信頼できるけどな、彼奴の性格的にあれくらいで付き合わんともたん。将来佐官あたりにになって命令しやすくなりゃあいいんだが。まぁありゃあ現場向きだ。下士官が精一杯だろうよ」

 

「でしょうな。ま、技術が一級品だからこれからも重宝されるでしょうがね」

 

「しかし……いいものだな」

 

「この光景がですか?まぁ、間違いないでしょうな。全ての恨みごと燃え尽きて仕舞えばいいのですが」

 

二人揃ってトーンを落として笑い合う。

 

「隊長」

 

「どうした?」

 

先程の配下の者が落ち着いた様子でソホフを呼びに来た。

 

「同志クラーラから無線です。無線所へ」

 

「同志クラーラからか」

 

「時の確認ですかな?」

 

「だろうな。分かった。今行く」

 

構えていた双眼鏡から目を外し、それをポケットに入れて布で囲まれた無線所へ向かう。

 

 

入り口の布を払うと、大きな機械が机を占拠している。無線士から手渡されたマイクを受け取る。

 

「こちらソホフ。如何なさいましたか、プラウダ戦車隊常務監督官様?」

 

「作戦開始時刻に関してです。あと、その呼び方お辞めになって頂けますか。今はプラウダ戦車隊臨時隊長です」

 

「では臨時隊長、開始時刻は、確か向こうが10分後をめどに引き上げ、我々が15分後には撃ち終わるので、20分後でお願いします。我々も其方に敵の目が向いたあと全軍で向かいます。学園の為に偉大なる戦果を期待してますよ!」

 

「それでは同志マリア、ヨシコ、アレクサンドラ、リツにもその様に伝えておきますわ。それにしても……貴方がたまで出てくるとは、もはやこれは戦車道と言えるのでしょうか?戦争……いや、それ以上の何か、では?」

 

「我々は武装偵察隊ですから、ルール的には問題はありません。それにこれはほぼ戦争と言って差し支えないと思います。憎っくき黒森峰を殲滅する、ね。実に甘美な響きではないですか。

しっかし、日本語まで流暢な同志クラーラにはかないませんな。私どうも日本語の発音は苦手なもので。伝達、よろしくお願いします」

 

「了解です。プラウダ、ウラー!」

 

「プラウダ、ウラー!」

 

無線に向かって敬礼すると、またマイクを掛け口に掛ける。その下に一人、布越しに頭だけさしてくる者がいた。

 

「隊長、そろそろカチューシャロケットが無くなります」

 

「次は122ミリカノン砲用意!構わず全弾市街中心部に撃ちこめ!3分以内にだ!」

 

「ダー!」

 

山の砲声は途絶えない。

 

 

 

 

「5号車、応答ありません!」

 

「8号車、エンジンに被弾で走行不能!脱出します!」

 

悲惨だ。辺りは投下された爆弾による煙が立ち登り、さらに新たな爆弾が次々と黒森峰選抜戦車隊を襲う。何とか走らせ市街地に急行しているが、そこに向かっている間にも一輌、また一輌と餌食になってゆく。

 

「ぎゃぁぁ!」

 

先程脱出した8号車の者たちにP47の重々しい機銃掃射が縦一列に攻めかかり、一人その餌食になる。者によっては上半身が消失し、残りと腕が分離している。しかし私の車輌も、他の車輌とその乗員を気にするほどの余裕はない。

 

「後ろに付かれたわ!ターンして回避!御船川は空気抜きコックを閉じた後、上流部から突っ込みなさい!そんなに深くないからこれでいけるはずよ!頑張って!市街はもうすぐだから!」

 

操縦手は左右に車輌を振らせる。顎の下から垂れる汗を拭う気も起こらない。

 

「とにかく逃げなさい!くそっ、サンダースの航空隊がここにいるのに、ルフトバッフェは何をやっているの!とっとと追いちらしなさいよ!」

 

黒森峰戦車隊は出発前に5輌、川までの移動中に4輌、川縁や川の中で2輌の戦車がそれぞれ走行不能となった。そして私の頭の中では悪魔に近い顔をしたあいつが口角を上げて語りかけてくる。

 

ようこそ、私のいる場所へ。

 

そうせざるを得ないとはいえ、まんまと乗せられていることは分かっている。仮にこれすらも予測していた、いや計画に組み込んでいたのなら、とんだ化け物だ。黒森峰のために、奴だけは殺さねばならない。たとえ私の命が引き換えだとしても。

黒森峰戦車隊が市街地に入った頃を皮切りにサンダース航空隊はぱたりと攻撃をやめ、長崎の方を目指して撤退を開始し始めた。音が遠くなる。やっと……当面の危機は去った。

しかしサンダースめ。直接ウチの戦車隊を攻撃するとは、何を考えている。いくら戦車道の枠内とはいえ、こちらを完全に敵に回すことは避けられない。だが協定のおかげで海軍力で黒森峰は優位にある。上陸はできまい。対立に意味はないはずだ。

何を考えている?

 

 

 

黒森峰学園都市コットブス地区 試合会場外の一角

 

「まさかサンダースが介入するなんて……あそこは反硬式で対外不干渉を主張していませんでしたか?ダージリン様」

 

黒森峰市街地から縦に太く登る煙を眺めながらオレンジペコは話しかける。ダージリンはこんな状況でもその煙をも添えて優雅に紅茶を嗜んでいる。

 

「大概お題目は何かを隠す蓋でしかありません。それに言ったでしょう、熊と象が来ると。これで黒森峰は最悪でも戦車道の覇者に返り咲くのは難しくなりましたわね」

 

「それは此れ程の被害を受けたら仕方ないでしょう。市街地中心部も被害を受けているようですし、都市の復旧と機甲師団の復活を両方できる力は、さすがの黒森峰にもありませんでしょうから」

 

ダージリンは紅茶を更に一口飲む。

 

「それにしてもみほさんは凄いわね。今までの敵を友達にしてしまうなんて」

 

「友達とは違うと思います、ダージリン様」

 

「変わりませんわ。みほさんを、みほさんの奮闘を信じているからこそ、熊と象は此処に来ているのですから」

 

「……あの、そう言えば熊は分かりますけど、なんでサンダースが象なんですか?」

 

ダージリンは紅茶を飲もうとした手を止める。そしてすぐにほおを緩め直す。

 

「あらペコ、ご存知ありませんの?現在のサンダースの学園長の愛善はサンダース共和党出身ですわよ。貴女はどうやら世界史の他に日本の学園都市の政治体系についても学んだ方が良さそうですわね」

 

すぐにカップを空にした。

 

 

 

何とか川を渡り、市街地に入った時、市街地はすでに窓が割れ、火の手が上がり、廃墟と化した建物の群れだった。市街地の状況に思わず絶句するほかない。

サンダース航空隊は戦車隊だけでなく市街地南部も縦横無尽に焼き払う。最早黒森峰学園都市南部は復旧に数年かかるだろう、と思える、いやそう予測できるくらいの被害を受けていた。

 

「7号車応答ありません。8号車応答ありません。10号車応答ありません。11号車……」

 

先程から通信手が伝えてくるのは、応答なしの無限ループだけ。聞き飽きてはならないものだと分かっていても、流石に聞き飽きる。

 

「もういいわ。誰が残ってるか、応答した車長名を言いなさい」

 

「赤星、直下、国末、江賀、宮内です」

 

幸いティーガーIIは共に生き残った様だ。あとはヤークトパンターとパンター2輌、そしてティーガーI。頼れる人間が残ったのは幸いだが、駆逐戦車はほぼ壊滅した。

 

まずいな。火力は落ちたし、本格的に黒森峰の各車輌には恐怖と不安が山積し、溢れようとし始めている。

 

「これは……いくら硬式戦とはいえ市街まで攻撃するとは異常よ」

 

火事が頻発しているように見受けられるが、響くサイレンは軍事目的の訓練でしか聞いたことのないもののみ。住民の避難は済んでいるようだが、そうだとしても火が消えたら即座にゴーストタウンと化す気配を醸し出している。

そんな煙の街の中に直立する審判は、無表情で2本の旗を共に下げている。ただ己がそうあるべき姿を示し、職務を遂行している。

 

「試合は、まだ継続しているようね」

 

残念なのはこの爆撃で大洗が全滅しなかったことだ。せっかくこんなところにやって来やがったのだから、巻き込まれて仕舞えば楽だったのに。

 

「エリカ隊長、無線です。学園からです」

 

「誰から?」

 

通信手からの報告を聞いて、すぐに無線を繋ぐ。

 

「逸見くん、こちら狩出だ」

 

「か、狩出教官。如何なさいましたか?」

 

何故、学園ナンバー3、学園教育統括部長のここまでの方が私に……

 

「ふふ、私だったことが驚きかね?まあ細々したことはいい。そちらに偵察部隊として、SS歩兵師団から3個小隊を送った。無線機と拳銃しか持たせてないが、目の代わりにはなるだろう。使ってくれ。

それと学園長からはこのような形をとってでも大洗をできるだけ早く撃滅するように、との指示が出た。これを完遂するように」

 

「……はっ!学園長から直々にお言葉を賜るなど、この上なき名誉!選抜戦車隊隊長として間違いなく成し遂げます!」

 

「そうか、それはなによりだ。私からは一つ、早く戦車道を終わらせろ。ハイルフューラー(学園長万歳)」

 

「ハイルフューラー!」

 

無線を切らせる。間を置かずに今度は各車輌全てに繋げさせた。

 

「諸君」

 

一度息を吸い、深く吐き出した。

 

「私は途方も無い犠牲を出した黒森峰女学園戦車隊隊長としてここにいるわ。きっと歴代でも最大クラスね。殲滅戦っていう条件が付いても。しかも敵の装備は貧弱を越して貧弱。本来なら頭を撃ち抜いてでも詫びなければならない。

でも試合は終わってない。旗は両手とも上がった状態ではないわ。だから戦わなきゃいけない。今回の被害について悩むのも恨むのも……後にしなさい」

 

だがここまでの言葉では足りない。私は未だ代行としての仕事すらできてないのだから。また私は人を、威信を借りる。

 

「先程狩出学園教育統括部長殿より連絡があり、学園長閣下直々に御激励のお言葉を賜ったわ。

『一刻も早く大洗を撃滅せよ』とね。

その上この状況を考慮なさり、偵察員としてSS歩兵師団より小隊を投入して頂いたわ。戦いの最中のお言葉と増援とは極めて異例の名誉よ。ここで今生きて戦う者も、これまでの戦いで亡くなった者も皆等しく与えられたね。

ここまで学園長直々に御配慮頂いた上でその命を満たせぬとあらば、これは戦車道末代までの恥よ!

そしてこれが意味するのはただ一つ。この戦いが王者黒森峰を維持繁栄させるための重大局面であるということよ。だからこそ……ここで叩き潰すのよ、大洗を、西住みほを。あの女は厄介だ、というのは身にしみてわかっているでしょう。生かしておけば黒森峰に100年の災いをもたらすわ。

だから……必ず殺しなさい。戦車ごとでも、一人だけでもいいから。

総員前進。ルール通り大洗を殲滅せよ!」

 

誰一人見られる状況ではないとは知りつつも、キューポラの上を開けてマイクに叫ぶ。

 

「神よ、フューラーを祝福せよ!」

 

右手は煙の隙間を抜け、雲をも超えて、微かな青空を突く。




黒森峰女学園学園長賛歌
『神よ我らの総統を祝福せよ』

黒森峰 黒森峰よ 日本の学園を統率せよ
気高く賢人たる 総統を我らは敬愛す
犬伏から田代まで 杉堂から寒野まで
神よ総統を祝福せよ 我らの良き総統等良を
神よ総統を祝福せよ 黒森峰の名と共に

整然と行進し 勝利と実りを輝かそう
総統は我らに恵みを与え 幸運へと導かれん
輝く草原と緑の山は 淑女を育て給う
神よ総統を護り給え 我らの良き総統等良を
神よ総統を護り給え 黒森峰の名と共に

正義と堅実と忠誠を 母なる黒森峰の為に
その手を我らは掲げ 姉妹の如く協力す
この大地と我らの博愛 繁栄の証であれ
神よ総統と共にあれ 我らの良き総統等良を
神よ総統と共にあれ 黒森峰の名と共に

神よ総統を祝福せよ 我らの良き総統等良を
神よ総統を祝福せよ 黒森峰の名と共に

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