不死の感情・改   作:いのかしら

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怪しいところは、弾丸をぶちこめ

エルヴィン・ロンメル


第6章 ⑧ 各々の戦い

路地の隙間からドイツ戦車が通り過ぎるのが見える。あの後一個後ろの建物に場所を移しておいてよかった。先ほどの建物、近くに砲弾が当たったのか瓦礫が落ちてきていたし。

 

「来ました。5輌……6輌です。ティーガーIIやパンターはいますが、マウスやヤークトティーガーなどは見当たりませんね……

黒森峰は3分の1以下に減っています。奥の通りに2輌向かいます。優花里さんと沙織さんは例のポイントに移動してください」

 

双眼鏡で一輌一輌確認しながら優花里さんと沙織さんに指示を出す。減ったか。予想の範疇内で減ったな。もっと減ってくれればそれはそれで楽だが、その分学園からの支援がプラスされそうだしな……こんなものか。

 

「はい。西住殿、御武運を!」

 

「みぽりん、気をつけてね!」

 

二人はそれを聞き、パンツァーファウストと幾らかの荷物を抱えて部屋から走って出ていった。

さて、動く時か。この戦いのために皆が奮闘してくれることを期待しよう。自動小銃を肩にかけ、倉庫から持ってきた小さな拳銃に少し大きめの弾を装填し、空に打ち上げる。軽い音とともに、弾の周囲に煙が撒き散らされる。

信号弾白。黒森峰来襲の合図だ。そしてそれを確認し、私もすぐに建物の闇に消える。

 

 

 

黒森峰残り6輌、それは優花里に勝利への希望を抱かせるには十分だ。20輌と比べれば数はかなりマシ。さらにマウスなどの重戦車もかなり減っている。

損害比率で言えばこちらが圧倒的に優位。さらにはパンツァーファウストのお陰で敵の装甲の硬い車輌だって撃破できる。

その期待感に少し気分が昂った状態で、沙織と別れ言われた地点の建物の扉を開こうとする。するとその扉は触れる前にすっと奥に開いた。自動ではなかったが。

 

「あ」

 

「あ」

 

開いた入り口の向こうにいたのは黒森峰の服を着た者。その者と同じような表情で同じ言葉を同時に発していた。二人の目はあったまま動かない。銃を構えようとも思ったが、身体がそうしたがらない。

無言の空白が少しの時間を吸収すると、優花里は半身になり、右腕を入り口とは逆に向ける。流石によく知らぬ人間を直接、即座に殺す勇気はなかった。

 

「あ……ど、どうぞであります」

 

「ああ、すみません」

 

目立った混乱もなくその者は一礼し、背中に無線機を背負って、長いアンテナを空に伸ばした状態で前を通っていった。その人に背を向けて続いてくぐろうとする。

 

「あの……」

 

たどたどしく後ろから声が掛かる。銃も何も構えてないとは予想していたが、実際その通りだった。

 

「パンツァーファウストなんて使うんですか?」

 

「そちらは無線機でこちらの居場所を教えるのでありますか?」

不気味だと言わんばかりの様子で話し掛けたその者に、すました顔で返す。この場が真に『なんでもあり』だと知っているならば、この質問は愚問だ。殺すのは早い。されど音で気づかれ、建物ごと崩されては助かるとは思えない。

何よりこの服はSS。彼女は歩兵師団の可能性が高い。タイマンでこちらから仕掛けても負けるかもしれない。

再び目線を合わせたが、先程より遥かに短い時間で、走って各々の行くべき場所に向かった。次にまた出会わないことを願いつつ。

そしてその後建物のドアを隣も含めていくつか蹴破ってから、窓際であたりをさっと確認し終えた時、いつのまにか自分が殺さない理由を考えていることに気づいた。

 

 

 

「エリカ隊長、SS歩兵師団第4中隊第2小隊の者より無線です」

 

「分かったわ」

 

通信手がこちらに話を振ってきた。件の歩兵師団の者たちだろう。

 

「こちら戦車道選抜隊長代行、逸見曹長」

 

「こちらSS歩兵師団の観測隊の吉崎軍曹です。本日は……」

 

「吉崎軍曹、挨拶はいらないわ。情報を持ってきなさい」

 

下手な話をする時間はない。情報面で優位に立ち、出来るだけ早く叩く。

 

「は、では早速。大洗のIV号がそちらの前から500メートルの所を通過しています。あと戦車猟兵が各地で数名確認されています。注意してください」

 

「了解。情報に感謝するわ」

 

戦車猟兵。全く、厄介なものを投入してきたわね。ちっこいけど盾はない。けれどこの場では建物そのものが盾になり得る。

 

「そちらでも可能なら掃討をお願いできるかしら?」

 

「……まぁ、ここは戦車道の会場外ですから、連盟への説明は可能だと聞いています。しかし偵察を主眼においているため、身軽であるためにそんなに武装していないことをご理解お願いします」

 

「……まぁ、しょうがないわね。よろしく頼むわ」

 

外からの無線を切り、各車の車長に繋ぎ直す。

 

「各車に通達する。敵には戦車猟兵が確認されているわ。見つけ次第躊躇なく機銃で蹂躙しなさい。その躊躇が死に繋がるわ。それとIV号が近くに確認されたわ。西住みほも近くにいる可能性が高いから、各車注意を怠らないように!」

 

「ヤヴォール!」

 

その返事の強さに少し安心したが、先ほどの一つの言葉が私の心に突き刺さる。

 

戦車道の会場外だから、直接関係しない者たちもいて問題ない

 

そういうことだろう。

何故だ。なんで言葉の前置きなんかに引っかかる。大した意味はあるまいに。

 

「どうなさいました?」

 

言われるまで装填手がこちらを見ていたことにも気づかなかった。

 

「何でもないわ。ただ……そうね。この戦いの先を見据えたかっただけよ」

 

適当にそう返した。

 

 

 

次の通信まで余分な時間はなかった。

 

「IV号発見!前を横切り左へ向かっています!側面が……」

 

発見した国末の乗るパンターの砲身が、大洗IV号を狙うべく砲塔を回転させ始める。

 

「待ちなさい!砲塔で追わないで!」

 

叫んで後輩を制止させる。とりあえずすぐに停止してくれて助かった。士気は高いが、冷静さも一応は持ち合わせている。

西住みほほどの女がそんな容易に姿を見せるはずがない。彼女たちは先に着いている。この地形を利用して待ち伏せなどをしているのが普通だろう。

 

「敵はこちらの側面を取りたいはず。誘導だとすると……おそらく二時方向の路地に待ち伏せがいるはずよ。宮内、回り込んで確認してくれる?」

 

「ヤヴォール」

 

狙おうとしていパンターの後ろを左へ曲がり、土煙を上げて言われた方向に進む。

 

「私は万一気づかれて脱出しようとしていた際に備え、宮内の救援に向かう!他車輌は周囲を警戒しつつ先程のIV号を追撃用意。三突が近くにいる可能性もあるし、場合によっては宮内とともに包囲殲滅してやるわ」

 

「ヤヴォール!」

 

 

そして周囲を見渡しながら速度を落として進んでいると、結果はすぐについてきた。

 

「2時方向の裏にB1bis発見!」

 

「報告する間があったら撃ちなさい!」

 

すぐにイヤホンを外し、砲声を確認。確かに言われた通りの場所にいたらしい。

私たちの車輌がその場所に近づいた時に見えたのは、燃え盛る敵車輌だけだった。嘘偽りはない。

 

「B1bis撃破炎上!キューポラから一人脱出して隠れていますが、もう一発撃ちますか?」

 

「いや、炎上している車輌にいたなら、まともに動けるはずがないわ。戦車猟兵を呼び寄せたら面倒だし。何も持っていないようなら放っておき、戦車の撃破を優先しなさい。ルール上それで構わないしね。よくやったわ、宮内」

 

B1bisはいつまでも火までも吹いて、轟々と燃え盛っていた。

 

 

 

第74回戦車道大会公式記録

 

大洗女子学園犠牲者

 

後藤 モヨ子

 

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

 

金春 希美

 

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

 

 

 

「宮内は私とともに、一本奥の路地からこちらに近づいてきているであろうIV号を探索し、追跡しなさい!」

 

「ヤヴォール!」

 

宮内の乗るパンターは道から段差を降り、枝を踏み折って、先を行こうとする。

その時、二本の白い筋がそのパンターを狙った。一つはそのまま筋を描き続けたが、もう一つが見事にパンターの左側面に命中する。命中されたパンターは爆風を受け、みるみる炎に包まれる。

 

「宮内!」

 

叫んでも何も変わらない。猟兵がいたか!

 

「やった!カエサルの一発当たったぜよ!」

 

「賽は投げられた!」

 

炎の音に混じって声がしたが、きっと即座にその場を離れているだろう。装備は……あの様子だとパンツァーファウストか……

 

「クッ!」

 

一瞬の油断だろうか、その時を確実に狙われた。目の前で撃破された事に焦っているのが、心臓の鼓動を通して体を揺らす。

 

「エリカさん……追跡しますか?」

 

「……ねぇ、パンツァーファウストって何本も持ち歩けるものかしら?」

 

「いえ。そこそこ重量ありますし、それはないかと……」

 

「なら車輌の撃破を優先するわ。IV号の後を追いなさい。

各車ともに連携を密に!敵は残り2輌、5対2よ!猟兵に気をつけなさい!数はそんなにいないだろうから、機銃の残弾は考えなくていいわ!」

 

咽頭マイクを掴んで叫んだ。どこだ。猟兵はあと何人いる?

 

 

 

道の角で通りの向こうを伺っていた。特に異変はない。いや。異変はあるが敵ではない。

 

「ねえゆかりん戻らない?あそこにいれば敵来ないみたいだし……」

 

一緒にいる武部殿が不安げな顔で尋ねてくる。

 

「試合自体は全車輌撃破されたら負けですし、ここは黒森峰学園都市のど真ん中。見つかって最後に殺られるだけであります。味方が残っていて少しでも勝ち目がある内に合流しないといけません」

 

路上とその周りを再度確認する。燻る煙の臭いを払いつつ、銃の引き金に指をかけておく。もし居たら引けるのか、それは別の問題だ。

 

「それに敵は偵察を投入しています。こちらが不利なのは火を見るより明らかであります。急がなければ」

 

「て、偵察ってしていいの?」

 

「偵察行為そのものは禁止されておりません。ただ、さっき会った人は大丈夫でしたが、他の偵察の人が武装している可能性があります。黒森峰ならやりかねません。

どうやらここにはいないみたいでありますな。行きましょう」

 

先に道へと飛び出すと、慌てて武部殿も続く。

 

市街地に着いてから不思議に思っていたが、この付近、いや市街地のあちこちに、敷き詰められたコンクリートの板の下から登場したかのような、簡易的ながら塹壕のようなものが張り巡らされている。何かの準備かと思われたが、ちょうどいいので気にせず身を隠しながら移動するのに使った。しかし地上に比べて足場が安定しておらず、後ろの武部殿が時折つまづく。

時折戦車の音がするが、ここからではあまりに逃げ場が少ない。身を潜めて躱す。

近くに爆撃に巻き込まれたのだろうか、足の関節が変な形に曲がった審判の遺体が転がっている。審判の立場を侵す行為が咎められるスポーツなど、寡聞にして知らない。

これが本当に試合なのか、それともほかの何か……自分が好きな戦車を生み出した戦争、というものなのか。この塹壕線が後者である証拠としてのしかかる。

 

「ひいぃ、もうイケメンもお金持ちもいりません。生きてお家に帰してください……」

 

目に涙を浮かべながらついてくる。生きて帰るために死の危険に身を晒す、皮肉な環境に私たちはいる。その比較対象は兎も角。

 

 

 

 

コンビニがあった。今はもう運営能力はない。ただ店内に突っ込んだIII突の75ミリ長砲身が、鼻先だけ覗かせてその先にある交差点を指向している。

 

「そうだ、よーしそのまま出てこい」

 

ティーガーIIの砲身と足元の一部が二枚の鏡を経てエルヴィンの視界に入る。

 

「何を躊躇している。さっさと出て来い。横っ腹にタングステンを撃ち込んでやる」

 

砲隊鏡から額からの汗を止めずに頰に流しつつ、手でそれを動かぬよう握りしめてその時を待つ。

 

「もうちょっとだ……完全に出てくれさえすれば……」

 

しかしその見えた砲身が見える範囲は、急に短くなってしまった。

 

「あ、クソ!下がりやがった」

 

「どうしたんだ?」

 

しかしその下がったあとの車輌の動きは凄まじかった。まず左に45度超信地旋回し、少し進んだ先で今度は右に90度超信地旋回したのだ。足回りの負担は尋常じゃないだろうがそれを耐えきり、そこから角にあった建物に身を擦り付けるようにして側面を守りつつ角を曲がり、やっと右折した。

その機動はまさに見事。敵であるエルヴィンたちも何もできずに見とれているくらいであった。

 

「……チッ!」

 

「エルヴィン、気付かれたのか!」

 

驚くのも無理はない。向こうからこちらは見えてない筈なのだから。だがこちらに砲塔を向け、近づいてきている。なら答えは一つ。

 

「構うもんか、ゼロ距離だ!撃て左衛門佐!」

 

距離は短い。200メートルもあるかないかだ。左衛門佐が引き金を引くと、車輌は反動で大きく下がろうとし、店内から煙が吐き出される。それだけでなくIII突は砲が低位置にあるため、砲撃により地上から土煙が高々と舞い上がる。

 

「当たった!」

 

伝わってくるのは音だけだ。

 

「殺ったか!」

 

「分からん!」

 

敵は弾とともに土煙の向こうに消えた。

 

「もう一発、照準そのまま撃てッ!」

 

「定めなき浮世にて候へば、一発先は知らざる事に候!」

 

左衛門佐はエルヴィンによる装填が確認され次第、即座に先の尖り気味の引き金を引いた。轟音と共に車内に薬莢が排出される。

 

「次ッ!殺るまで何発でもだ!」

 

エルヴィンは75ミリ砲弾を掴み、その後ろを拳で砲尾に押し込む。

 

「3発目!撃ち続けるぞ!」

 

車内の揺れで頭に載せた帽子とゴーグルがずれるが、大した事ではない。次の砲弾を装填する。

 

「4発目!」

 

地面を這うように行く砲弾は土を巻き上げる。エルヴィンは次の5発目の装填に移ろうとする。しかし敵は幾重もの土煙を掻き分け、やっと彼女らの目の前に姿を見せた。

茫然とするしかなかった。今まで何事もなかったかの如く、堂々と彼女ら目指して前進していた。車輌正面には四つの凹みというか擦り傷というか、がついているだけである。何度も砲隊鏡を眺めるが、変わらない。距離は100もない。最早III突が撃破されない理由がなくなった。

 

「やっぱり、キングタイガーはモノが違う」

 

不思議と口角が上がる。しかしその逆説的に至福の時間は長くは残されていなかった。

間も無くティーガー2の砲身がIII突をゼロ距離で狙う。今までの音よりはるかに大きく、低い音が響く。

正面右側に垂直に命中した88ミリを止められる筈がない。寧ろ後ろのガソリンエンジンまで撃ち抜かれたのだろうか、コンビニは一瞬の内に炎に包まれ、III突と共に丸ごと焼き尽くされた。

その煙を吐き出すコンビニ跡前を左折し、ティーガーIIは悠々とその重い車輌を未来へ走らせていった。

 

 

第74回戦車道大会公式記録

 

大洗女子学園犠牲者

 

松本 里子

 

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

 

杉山 清美

 

黒森峰 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

 

 

アパートのある一室で、息の音を聞いた。少し先のドアの向こうだ。そこだけ扉が開いている。背中には機械。そのせいで見えないが、恐らく親衛隊かね。

ふむ、偵察か。流石にかつてのお上はこのまま犠牲がむやみに増えるのを良しとしなかったらしい。が、一方で目立った武装は見当たらない。つまり補助はするが直接戦うのは戦車隊、そう考えているのだろう。この者をどうするか、その答えは一つだ。もう二度と報告させないようにする。

しかしそうしようにも方法がいくつかある。情報を聞き出すか一撃か。銃だって拳銃と自動小銃の二つ。長々と迷う暇はない。一撃で、かつ的確に。となると、やはり拳銃で接近して後頭部から一発、だな。あの時から試合が変わって弾も補充されてるし。

 

ゆっくりと扉に近づく。耳にイヤホンをつけているせいもあり、背後からそっと覗いても気づいている様子はない。親衛隊にしてはえらく不用心だな。もしかして新入りの系統かな?そうだとしてもやらねばならないのは変わらない。

彼女が左を偵察した時を狙う。その時一番私から視野が離れる。

右……真ん中……

 

左っ!

 

荷物を捨て、三歩!振り返ってきた敵を顔を見る間も作らずに、機械ごと背中から押し倒す。重心を肩の上に移し、銃の発射準備。

 

「な……誰……!」

 

警戒してなかった敵が悪い。それとも我々が猟兵を展開していることを知らなかったのだろうか。なら知らないほうが悪い。

しかしいざ銃を突きつけてみると、私の身体を何かが押し留める。連絡されるのは都合が悪い。それは分かっている。仮にされたりしたら、私の命の危機だ。

なぜ撃てぬ。こいつは敵だ。このような服をしているからこそ。

 

「ぐ……お、大洗?れ、連絡を……」

 

首をひねって服の裾の色を見られたようだ。

うなじから前頭葉にかけて一発。銃口を押し付けて引き金を引く。やはり何度も思うが、命と引き換えにしては指への圧力は軽い。

 

 

あの時のような骸の頭が、血の海を成して浮かんでいた。だが見続けられるほど悠長にはしていられない。流石に銃声を鳴らしてしまった以上ここにはいられない。仕方ない、次の候補に場所を移すか。

頭の切り替えは久し振りに恐ろしいほど早くできた。できてしまった。

 

 

こちらの建物には幸いにして偵察は投入されていなかった。ここは戦車が両側と幅をとって走行できる道の一つ。猟兵の存在は外の音から気づかれているはず。と、なるとこのような道を選択するだろう。さらに警戒しやすくするため速度も落ちる。

そしてやはり予想は当たる。音と窓枠の振動がそれを知らせるのだ。窓際で数を数えていた。幸いにして周囲に誰かがいる気配もないので、暫くはこの音だけに集中できる。

 

「70……60……」

 

外から戦車のエンジンが回る音がする。手にはしっかりとパンツァーファウストがある。それも窓枠の外に現れないよう警戒する。

 

「50……40メートル!」

 

その音が自分の右側に壁にほぼ垂直に届いていると判断した。すぐに立ち上がり、立てておいた照準器の穴から確実に狙いを定め、前の車輌に向けて引き金を引いた。

発射された弾は爆炎と鳴動と共に敵の左側面に命中した。炎の音と共にヤークトパンターはみるみる燃え盛る。人が生きているとは思えない。

それを確認すると、急いでその場を去った。攻撃は自分の居場所を教える事と同義だ。それを示すように階段を駆け下りる際、先ほどの場所は砲撃で破壊され、耳元を小さな瓦礫と爆風が駆け抜けた。

 

ヤークトパンター。防衛隊の車輌で唯一の重駆逐戦車。他にも重戦車の類も親衛隊所属である。つまりこの車輌は防衛隊の中で特別な存在。いや、黒森峰の戦車隊にとって。

これに乗っていた人を私は知っている。だが戦車の壁があるだけで、これだけ躊躇いをなくせるのか。

 

 

 

第74回戦車道大会公式記録

 

黒森峰女学園犠牲者

 

直下 理沙

 

大洗 砲撃死 死体損壊が激しく死因は不明 即死

 




日本では戦後すぐに生産力の増強を傾斜生産方式のもと進めるとともに、復興に伴う需要がひと段落した際を見据え、新たな計画を打ち出した。学園艦計画である。
これは先の大戦が国際的孤立が要因にある、との考えも踏まえ、当時は特に海外旅行が貴重であったことから、国際文化交流の窓口としての役割も兼ねられることがあった。これが今日の一部の学園都市にて外国各国文化を持っている理由としてある。
しかし結果的にこれはなされなかった。復興信用金庫によるインフレとその是正のためのGHQによる経済安定九原則、ドッジ=ラインによる不況。そしてなによりそのようなことを実現する経済的余力がなかったのである。
これの実施計画の本格的進行には、朝鮮戦争による特需景気とサンフランシスコ平和条約による日本の独立をまたねばならない。

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