不死の感情・改   作:いのかしら

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ドイツ陸軍暗黒の日

エーリヒ・ルーデンドルフ

アミアンの戦いを受けた発言


第6章 ⑨ 敗走

「最後の一輌、IV号発見しました!5番通り52番地のビル陰に潜んでいます!進行方向は南!6番通りに向かう道から挟み撃ちにできます!」

 

話は入ってきた。黒森峰にとってもかけがえのない人だったと思うし、私が指揮する上で支えになる方の一人だった。

 

「……報告に感謝する」

 

しかし悲しむ時間など無い。仮に悲しんでいたとしても、何やってんですか、と笑い飛ばされそうなのもあるが。すぐに観測隊からの報告が入る。大洗はこれ一輌のみ。これさえ潰せば、勝ちだ。

 

「よし、四輌全車で包囲するわ!国末と江賀は5番通りから、小梅は私と合流して6番通りに向かう。IV号を確実に仕留めなさい!」

 

「ヤヴォール!」

 

三輌の車長からのはっきりとした返事を確認し、車輌を進める。そして合流した小梅車に先行させ、6番通りに向かう。

その時私の頭は、一時的にそのIV号で支配された。だからこそ考慮すべき存在が頭から欠けていた。ティーガーIIが悠然と走り、それの後尾がとある路地裏の前を過ぎた時、道の真ん中に飛び出した者らがいた。

 

「ウェーニー(来た)!」

 

彼女らの手には、パンツァーファウストらしくはない何かが握られている。駆け足でティーガーIIの後ろに回り込む。

 

「ウィーディー(見た)!」

 

右腕の動きが若干ぎこちないが、そんな事は気にせず、ただ目標に走り寄っている。

 

「ウィーキー(勝った)ッ‼︎」

 

それを合図に二つの吸着地雷をティーガーIIの背面に重い金属音と共にくっつけ、紐を引く。そしてその勢いのまま走り去ろうとした。

 

「は、早く!早く撃ちなさい!」

 

「は、はい!」

 

通信手が7.92ミリ機銃で二人を狙う。銃弾を食らった彼女らは焼いたゴマの如く跳ね回り、地面に斃れた。

だが判断は遅れていた。すぐ後に小梅のティーガーIIの背後は大きな爆発音と共に吹っ飛ばされた。車輌からは火の手が上がり、黒い煙を登らせる。

 

「……念のためもう少し撃っておきますか?」

 

「轢きなさい。息の根を止めるなら」

 

操縦手にそう指示したところ、流石に嫌悪感があるらしく、若干怯えた目でこちらを見てきた。

 

「しかし、履帯に肉片が挟まると……」

 

「戦車道は人を苦しめるためにあるわけじゃないわ。早めに、そして確実にとどめを刺すのも礼儀よ」

 

「……はっ」

 

車輌は二つの血しぶきの集団を作った上で小梅のティーガーIIの脇を通り、隣り合った状態で一回車輌を止めさせる。

 

「小梅、乗員は無事?」

 

「何とか」

 

戦車の上で炎に消火器を向ける小梅が答える。幸いエンジン部のみの損傷で、車内そのものには影響なさそうだ。

 

「ご苦労だったわ。後は我々に任せて脱出しなさい。この先の行動は任せるわ」

 

「はい。エリカさんたちも健闘を祈ります」

 

走り去った後ろには赤い途切れ途切れの線が一本に纏まってついてきている。その奥、起点には履帯に捻り潰された二人の残忍な死体しか残っていなかった。

私は正しい。

 

 

第74回戦車道大会公式記録

 

大洗女子学園犠牲者

 

鈴木 貴子

 

黒森峰 銃殺 履帯に轢かれた跡あり 死体損壊激しく致命傷は不明 即死

 

野上 武子

 

黒森峰 銃殺 履帯に轢かれた跡あり 死体損壊激しく致命傷は不明 即死

 

 

 

私がそれを見つけた時、IV号は道の片側に身を寄せ、敵が来るのを待っていた。ここに来たのは先ほどの場所にはもういられないということと、敵がこちらに誘き出される可能性が高い、というものだ。

かといってパンツァーファウストがあるわけでもないし、他に直接装甲に風穴を開けてやれる兵器も持ち合わせていない。なら車長の頭でも狙ってやろうか、とささやかな期待を寄せていた。今ある唯一の銃、Stg44の銃身を強めに握り直す。

それにしても……爆撃、砲声、ロケット砲、サンダースとプラウダの参戦、これらが指すのは何か。まだ確証は持てないが、予想はできる。ではその状況下で我々の勝利に必要なのは何か。こちらの残り車輌はあって二輌。場合によってはこの一輌だけ、かもしれぬ。いや、戦力差的にその方が考えやすい。

相手は何輌だ?五輌以下ではある。そうなると他の人の活躍を考えても……三から五輌かな。数の差、質の差は……未だ圧倒的か。やはり猟兵によって敵の数を減らしていくしかない。

 

そして近くの廃墟と化した建物の陰に潜んでいた時、奥から戦車の履帯の音。IV号は動いていない。となると……やはり、パンター。おまけにキューポラから頭を出していない。これじゃ車長を撃てないじゃないか。お前らは西住に則り生真面目に頭を出してりゃ良かったんだが。

そして偵察はやはり仕事をしていたらしい。ギリギリからわざわざ側面を晒さぬよう出てきて、正面を完全にこちらに向けつつ進んできている。

IV号が足元に狙いを定める。放たれた弾は履帯ではなくその少し上の履帯のカバーに当たり、弾かれる。それで前のめりになった敵車輌から撃たれた弾もまた、IV号の足元にめり込んだ。土砂がこちらにも降りかかる。

下がるIV号をパンターは追撃しようとする。そしてその車輌が十字路を超えて更にIV号と私に迫ろうとする。

 

その時、視界の右側から二本の筋がパンター目指して流れた。その内一本がパンターの側面に当たり、黒い煙が砲塔から砲身までまとわりついた。

 

「おっ」

 

顔を出し左に向けると、破壊され中が見える建物の一番上で、愉快げに手を振っている人を視認できる。茶髪ロングである。

 

「沙織さん……」

 

その隣に棒を構えたままの優花里さんを認めたのとほぼ同じくして、IV号はさらに素早く車輌を後退させ始めた。パンターは車輌丸ごと燃え続け、音と煙をあたりに撒き散らしている。

だが動かない。彼女らは私を見つけたらしく、何を言っているのか、どんな表情をしているのかは分からないが、身ぶりを交え何かを伝えようとしている。

しかしそんなことする暇はない。もう既に彼女らの立ち位置はバレているし、そして今まさに撃破した戦車の裏から、ティーガーIが砲塔をそちらに向けたまま接近しているのだ。

このまま彼女たちを失うのは今後の戦略的に損失が大きい。いや、それ以上に私が、私が彼女らを失いたくない。

逃げろ!その場を離れろ!早く……持ち物なんざ捨ててどこかに行け!

今から近づいても間に合わない。せめて逃がそう。我を忘れんばかりに声を届けようとした。しかしそれは燃え盛るパンターの音と先程から増してきた他の場所からの砲撃音に邪魔される。向こうの声が届いてないので当然といえば当然だが、死んでもなお邪魔するかこのやろう!

そして最早逃げる時間もなくなり、間も無くその砲塔のアハトアハトが建物の最上階狙って砲弾を撃ち込んだ。その建物の吹っ飛ばされる様子からは思わず目を逸らした。

後に残るは、崩れる瓦礫の音と煙の増加。そして戦車は隅にいた私の前を気づくことなく通り過ぎていった。

そして次の角を戦車が曲がると、やっと私はその建物から向こう側へと飛び出せた。

 

 

 

「……そう。国末のことは残念だけど、猟兵が狩れたなら良しよ。6番通りの郊外側に回り込みなさい。私たちが勝つわ」

 

「ヤ、ヤボール」

 

残りは二輌。本当に数は減りに減ってしまった。だが相手はあと一輌。これだけだ。これさえ倒せば……終わる。早く……早く終わらせなくては。

 

「あの、逸見曹長……先程からここ以外でも戦闘が勃発しているような音がしているのですが……宜しいのですか?」

 

「今は試合に集中しなさい。話によるとここら辺よね。警戒は緩めないでいなさい。偵察からの続報は?」

 

「今はまだ……」

 

「早くさせなさ……ん?」

 

正面の先で何かが動いた。いや、出てきた。あちこちから黒く上がる煙、破壊されたコンクリートやレンガの建物、その中に確実に混じっていて実に、本当に素晴らしいものがいた。殺れる、そう確信した。

 

「ようやく見つけたわ。最後の一匹よ」

 

待ち侘びたその時に、少し胸が高ぶるのを抑えられない。

 

「では、終わらせましょう」

 

そのティーガーIIのアハトアハトに砲撃を命じた。この試合を終わらせる為。

 

 

 

向かい合ったティーガーII。砲塔はこちら。こちらは停止状態。絶望以外の何を捉えればいいのだろう。絶望の一部を一瞬で払い、とっさに麻子は両方のレバーをそれぞれ逆に力を入れて動かし、時計回りに超信地旋回を開始させた。足回りへの被害など考える暇は無かった。

しかしそれは命中を避けるものでは無かった。ティーガーIIから撃たれた88ミリ砲弾はIV号の砲塔右後部に命中した。麻子は反動で運転機器に額を強く打ち付け、背中にも大きな痛みを感じた。

頭を打ち付けたせいか少しばかり気を失っていたが、間も無く全身を痛みに襲われながらも、何とか運転機器から頭を放す。

 

「ううっ……背中をハンマーでぶん殴られたみたいだ……」

 

何が起きたかは分かっている。痛みが特に強い背中に手を当てると、生暖かい液体が手に着く。戻してみると右手の平全体は完全に、一部の隙間もなく紅に染まっていた。有能なだけに麻子は分かってしまった。

焦げ臭い匂いがする。自分でさえこれなのだ。背後が怖い。

恐る恐る後ろを振り向くと、空が見える。青い。しかし、赤い。

 

「五十鈴……さん……」

 

もう砲手五十鈴華の顔は写真か想像でしか見ることはできない。もう、砲手席に腰掛けたその身体は目も、鼻も、口も、耳も、長い髪も有していない。両手を降ろした手と胴と足だけがそこにはあった。

 

「クッ」

 

涙を堪えつつレバーに力を入れて、再び車輌を前に動かした。幸い、動きからしてエンジンに大きな支障は無いらしい。

逃げなきゃ。とにかく、ここから。私たちは黒森峰には屈しない。西住さんを生かそうとする限り。表情も声もないが、きっと五十鈴さんも同調してくれるだろう。

外では何かが起こっている。エンジン音に混じって続く砲撃の音。何だ。何が起こっている。そして、何ができる?

 

 

 

  「命中!」

 

「よし!ジャッジのコールは!」

 

車内で思わず叫んだ。しかし外から笛の鳴る音はない。IV号には小さいが火の手が上がっている。タダではすんでいないだろう。だったらまだ中で生きているのか?

 

「完全な撃破が必要なようね。もう一度よく狙って、止めを刺しなさい」

 

「大洗IV号、後退していきます!」

 

前を見ると確かにIV号は遠ざかっている。それなりの速度も出ているようだ。

 

「クソッ、動けるの?追いなさい!江賀にも連絡!挟み撃ちにして確実に倒すわよ!」

 

「ヤボール!」

 

しかしその動きは一つの声で制止を迎えることになった。

 

「エリカ隊長!学園より緊急無電です!繋ぎます!」

 

車輌を発進させる前に邪魔が入る。あと一歩のところなのにタイミングが悪すぎる。だが学園からの命令だ。取り敢えず出発を中止し、無線を繋がせる。

 

「こちら逸見です」

 

「こちら狩出だ」

 

「き、教官……どうなさいましたか。もう直ぐ大洗は倒せますが……」

 

少しの間、ヘッドホンは音を伝えてこなかった。そしてやっと聞こえた言葉は、実に感情のない声にのせられていた。

 

「……学園都市フリードリヒ地区にプラウダの大部隊が迫っている。各部隊現在の戦況を省みず、これの防戦に参加せよ」

 

「なっ!」

 

馬鹿な!ここで、だと……

考えも纏まらぬうちから反駁を始める。

 

「お待ちください、教官!大洗は現在中破車輌が一輌だけです。それを撃破すれば試合は終了します!戦闘行為は禁止され、宣戦布告によるものでないならプラウダの侵攻は止まるはずです!宣戦布告されたものなら防衛隊青年大隊が対応できるはず!大洗を撃破する余裕はあります!

いずれにせよこちらの勝利は目前です!あと5分ください。確実に大洗を撃破します!」

 

「早急に来い。そっちには今何輌いるんだ?」

 

「ティーガーI、ティーガーIIがそれぞれ一輌のみです。そちらに一輌だけならまだしも、両方送るなんて出来ません!」

 

先ほどまではすぐに返答があったのに、今度はやけに時間が空いた。

 

「……教官?」

 

「貴様何をやっている‼︎残り二輌だと‼︎我が校の栄光ある戦車隊を壊滅させられただと‼︎今年あれの回復に我々はどれ程の予算をかけたのか、そしてこれまでそれを守るために何人の命が散っていったのか、貴様には分からんのか‼︎」

 

「しかし空爆と猟兵相手では……」

 

「言い訳なんぞ聞きたくない‼︎兎に角、貴様らもこちらに来い‼︎」

 

いつもは落ち着いている教官らしくないほどの罵声が、私の耳と心臓に突き刺さる。

 

「……誠に申し訳ございません」

 

「……すまない、取り乱してしまったな。とにかく、現在SS装甲師団学生大隊、学園都市防衛隊学生大隊を攻め込んできたプラウダに対して送ったが、最早一部を除き壊滅、突破されている。空爆とプラウダのミサイルで結構やられたからな、数が足らん。

学園長の命令で非軍属も使ってはいるが、正直使い物にならん。ただ敵の戦車と歩兵の前に死んでいくだけだ。

それに都市防衛の為のアハトアハト高射砲団も空爆で壊滅状態だ。ルフトバッフェもサンダースの連合航空隊に有明海で縛り付けられている。撤退中の敵爆撃機の追撃すらできん」

 

ルフトバッフェが来れなかったのはそのせいか……あの拝金主義の軍団ふぜいが……

 

「現在は学園に残ったSS歩兵師団の一部が学園と学園官邸周辺で辛うじて防衛しているに過ぎない。士気も下がる一方だ。

その為に君達が防衛に参加するということが必要なのだ。士気を上げ、プラウダに一矢報いる為にも」

 

「しかし学生大隊しか出してないのならば宣戦布告はされてないと愚考します。ならば大洗を撃破すれば、試合は……」

 

「逸見君、確かにプラウダとサンダース、ポンプルは戦車道大会における大洗の同盟としてこの戦いに参加している。しかしそれは名目だ。プラウダ外務局とサンダース校外交流担当課から、降伏に応じない時は試合終了次第宣戦すると通告を受けている。

全く敵ながらよくやってくれるわ。こちらは学生部隊のみなら数で勝る二校には太刀打ちできん。君たちがその状況なら尚更な。

情報によると緑川河口周辺にサンダースの戦車部隊が上陸しているらしい。宇土も……向こうに寝返った。奴らは確実に黒森峰を崩壊させるつもりだ」

 

黒森峰の……崩壊。私の愛する学園の。

その言葉はこの先の私の口をしばらく封じられるほどの重りだった。

 

「試合が終わったら、二校の侵攻に歯止めが効かなくなる。つまり大洗を生かして試合はできるだけ抵抗した上で、プラウダに黒森峰中心部を陥落させた時に終わらせる。ルールに戦闘体制の崩壊を勝利条件とすると決められているからな。

サンダースには空以外参戦させん。それが学園都市の被害を最小にしつつ有利に講和を結ぶ道だ。講和さえなれば、あとはやりようだ。相手が二人もいるしな。会議を躍らせて凌ぐ。

とにかく、これは学園長命令でもある。もう一度言う。各部隊戦況を省みず防戦に参加せよ」

 

返事を聞くこと無く無線は切られた。急に告げられた事実。もう、学園は負けるしかないのか……こんなに離れた場所で、大洗なんて雑魚軍団に梃子摺りに梃子摺った挙句。

私があっという間に大洗を殲滅していれば!あの極寒の戦場でプラウダの停戦なんざ無視して殲滅していれば!いや、そもそも私が、私がもっと強かったら……

椅子の座面を拳で殴り、歯の噛み合う限り全てに力を込める。

 

「……学園長より命令。追撃は中止よ。学園官邸に向かいなさい。江賀にも同様の連絡を。IV号は捨て置きなさい」

 

照準器の向こうからすでにIV号は消えていた。

 




広報部より報告

黒森峰女学園の動向

同校からの連絡によりますと

「全てを賭して最後まで」

「プラウダの猛攻」
において選択したとのことです。
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