不死の感情・改   作:いのかしら

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Without friends no one would choose to live, though he had all other goods.
(他の如何なるものを手に入れていようと、友がいなければ人は生存を選ばない)

アリストテレス


第1章 ③ 濁流とエンペラー

次の日、武部さんと五十鈴さんの前に見せた必修選択科目希望用紙には香道の欄に丸が付けられていた。2人の様子から戦車道であっても私の戦車道ではないのかもしれない。しかしどうであろうと戦車道の本質は変わらない。それが私の結論だった。

 

「……すみません、私どうしても戦車道をしたくないのです。そのためにこの学校に来ましたから」

 

2人は顔を見合わせ、頷きあった。

 

「誰も反対はしませんよ」

 

「そーそー、もし生徒会の人たちから何かあっても協力するから」

 

そう言って2人が机の上に手を重ねる。温かい。私は会釈することでしか感謝を表せなかった。

昼休みに紙を提出した後、食堂で再び揃って昼食を摂っていた。だが前の様な盛り上がりにはかけている。それの最後の一角をつき崩したのは急に入った放送だった。

 

「2年A組西住みほ、2年A組西住みほ、大至急生徒会室に来い」

 

河嶋さんだ。

急に箸が止まる。

気が重い。

 

「大丈夫ですよ、一緒に行きましょう」

 

「私も出来る限り協力するから!」

 

「はい……」

 

 

 

「これはどういうことだ?」

 

河嶋さんの手にあるのは今朝出した必修選択科目希望用紙だ。

 

「どうしてこうなるかねぇー」

 

会長さんは干し芋を一つ口に入れる。どう見ても人を呼び出した人間の応対方法ではない。というよりその対応が要因としては大きいのだが。

 

「私は貴様に行ったはずだがな。断ることは選択肢として存在しない、と」

 

「どういうことよ!」

 

武部さんが素早く反駁する。

 

「特別入学許可時の書類でそう契約されているのだ」

 

何を言っているのか、と思ったが、棚の書類を見ていた小山さんが一枚の紙を取り出した。武部さん達とともにその書類を見るが、必修選択科目についての話なぞ全く見当たらない。普通1科を選択する、あと私の書いた住所欄、そのような事務的なことしか書いてない。というかそのようなものなら私がサインするはずがない。

 

「どこの部分ですか?」

 

すると小山さんが黄色の蛍光ペンを出し、周りを2重に囲んでいた、装飾だと思われたカタカナの部分に線を引いた。そしてそれを私たちから見て上下逆に向けた。すると線を引いたところは

 

『センシャドウヲリシュウスル』

 

と1文字ずつ角度をずらしながら書いてある。さらに小山さんがもう一箇所線を引いた。

 

『この紙面に書いてあることについて同意の上入学する』

 

その後には西住みほ、と私直筆のサインが書かれていた。

 

「これでわかったか?西住みほ、貴様は戦車道を選択することに貴様の手で同意したのだ。それに我々にはそちらの都合を考慮する余裕はない。西住みほ、貴様には戦車道をやってもらう。西住の名において出来ないとは言わせない」

 

河嶋さんが両手を腰に当て胸を張った。単純だが、確かに有無を言わせぬ手法だ。サインする前に確認しておけば良いと思うが、後の祭りだ。

 

「そんな……」

 

「卑怯ですわ」

 

五十鈴さんがすかさず言う。普段、数日の付き合いだがおそらくそうだろう、とは異なりかなり語気が強い。

 

「そもそも選択科目は何をやろうと自由です。強要する方がおかしいです。それにこれはみほさんを騙そうとしていることがありありと見てとれます。戦車道チームを強くする為に人の道を外れることを行うのは戦車道そのものの意義に背きます。そのような人が主導する戦車道チームで戦いたくはありません。私は香道に選択科目を変更致します」

 

「えっ、五十鈴さん!」

 

「私もそうします。みぽりんを強制的にチームに加えるなら私は戦車道やめます。」

 

2人は力強く言い張る。なんの冗談だ、と思うより先に動揺が襲う。しかし逆に生徒会の3人は動揺するそぶりはない。

 

「そんなこと言っちゃっていいのかなー?そんなこと言ってると3人まとめてこの学校にいられなくしちゃうぞ?」

 

会長さんは干し芋を3枚一気に食べ、肘掛に肘を乗せながら視線をこちらに向けた。露骨な恫喝である。

 

「なっ!」

 

「脅しですか!」

 

「脅しではない。会長はいつも本気だ。それにこちらは強要などしていない。ただ合意した書面通りの内容の実施を要望しているに過ぎない」

 

河嶋さんが私たちに詰め寄る。そうなのだ。それだからたちが悪い。

 

「ねえ、3人とも謝ったほうがいいと思うよ、ね?悪いようにはしないから」

 

今まであまり話さなかった小山さんまでか受け入れるように促す。私はずっと下を向いて考えていた。このまま2人の好意に甘んじてていいのか、と。この学校にいられなくされるということは、強制退学はいくら権限の強いというここの生徒会長でもしないと思うが、自主退学に追い込むなり、とにかく彼女らをここから追い出す手段なら幾らでもある。私一人なら我慢できるが、2人には私の為に苦しむ人にはなって欲しくない。

しかしその為に戦車道をやろうと思うと、過去の記憶のフラッシュバックにより目眩が誘発される。気を抜いたら本当に倒れそうだ。

 

葛藤の間も生徒会と武部さん、五十鈴さん達との口論は続いたが、平行線を辿っている。武部さんと五十鈴さんは恫喝に対しても毅然とした態度を崩さない。何故だ。何故彼女らは私というちっぽけな人間の為に自らの犠牲も顧みず、ティーガーに向かうII号戦車のような立ち位置なのにも関わらず、反論し続けることが出来るのか。

それに私は全てを話したわけじゃない。やりたくないのは事実だが、その理由をしっかり伝えてはいない。その隙間だらけの地盤を足がかりにして、何故ここまで抗える。

 

そういえばここに戦車道があると聞いてしばらく、疑問に思っていることが一つあった。彼女たちは何故こんなに楽しそうに戦車道が出来ると言えるのか、である。

私が知っている戦車道はそんなものではない。少なくとも新しい道が見えるなんて言語道断の世界である。何かあるのか。ここには私の知らない戦車道が、楽しい戦車道があるのか?

しかしかすかに湧いた興味は濁流に飲み込まれる。血と硝煙への拒否が脳内を包む。目の前に現れたのは、それまであった絨毯ではなかった。川、どす黒く渦巻く、対岸があるかも分からぬ大河、それが私の行く手を阻む。

 

私は前のめりになり、口を手で押さえながら少しバランスを崩した。

五十鈴さんと武部さんがすぐに傍から手を差し伸べ、身体を支えようとする。

「ほら、みほだって戦車道をやるか考えたらこんなに具合悪そうじゃない!それでもやらせるって言うの!」

 

「そうですよ!やりたくない人をチームに加えても、チームの士気が悪化するだけで得なんてありません!」

 

2人は必死に私を擁護している。先ほどの昼飯が腹から登って来る。無理だ。私にはやはり戦車道は出来ない。この流れが、あまりに強すぎる。

 

「ええぃ! そもそもなんでお前らが来るんだ! もともとうちら生徒会と西住の話だ! 貴様らには関係ないだろう!」

 

「戦車道に関する要件なら私たちが居ても問題ないじゃないですか!」

 

「それにみほは私たちの友達よ!守る理由が必要なの!」

 

「そうです! 友達ならその危機に手を差し伸べるのは自然なことです! なら河嶋さんは角谷会長や小山副会長が困った際、仕事の関係抜きで助けない、と仰るのですか!」

 

「馬鹿を言うな!西住が学園に来たのは一昨日だ!そんな急速に友情が出来るわけが」

 

「日数がなんだっていうの! そんなの関係ない! みほはやりたくないって言ってるの! だからやらせたくない! そのために手伝いたい! ただそれだけよ!」

 

友情。

 

その言葉を聞いたのはいつぶりだろうか。ああそうだ。ずっと捨てるように言われ続けたものだ。

……確かにここに来て彼女らに助けられた。話しかける者がいなければ、きっと周りの誰からも察知されず暮らすことになる。それだけなら都合がいいかも知れないが、きっと今回の話から助けようとする者もいなかっただろう。

友情、なんと優雅な響きか。しかもそれを向こうが与えたのに、さらにそれを基に私を助けようだと?冗談だろう、何か裏があるのだろう、とは思えない。思おうとしても否定される。現にここで2人は私を庇っているのだから。

ここには友情がある。

彼女らは友情を残しつつ、戦車道を行なっている。

これは明らかな証拠だ。

ここの戦車道は、私の知らない、夢のような現実。それはある。

 

筏を得た。

大河の流れも少し落ち着きを見せた。

川上では2人が土嚢をありったけ川に投げ込んでいるし、この筏も彼女らが作ったものだ。

ここまで行為を受けて動かぬは我が身の恥。

時は今。胃の中から物的証拠が来る感触が治まっているうちに。

私は飛び乗った。蜃気楼に思えていた向こう岸は捉えてある。

濁流は舵の効かぬ筏を容赦なく襲う。

砲声

戦車を穿つ音

呻き声

叫び声

血の匂い

焦げ臭さ

銃声

銃の反動

手に着く嫌な温み

痛み

身体の違和感

嫌悪感

その全てが私に戦車道をさせまいと妨害する。

やめろよ。

ヤメロヨ。

ナンデイキテンダヨ。

オマエダケガナンデ……

思い出したくもない顔が、目の前に現れてはその存在を頭に焼き付けようとしてくる。

必要なのは、私の意志だ。それらに抗い向かおうとする意志だ。

向こう岸から一本のロープが垂れている。

これを掴めば、2人は救われる。いや、私もだろう。

どれくらい経っただろうか。私が渡ったのは黄河か揚子江かと迷ったほどであった。ついに、地面を踏んだ。

足元にまとわりつこうとする濁流の最後の抵抗を払いのけ、私は両足で地面を踏んだ。

地面を何度も踏みつけて、それが揺るぎないことを確認すると、私は口を開いた。

 

「私、戦車道をやります!」

 

驚きの声とともに私の隣にいた2人が私の顔を覗き込む。

そのさらに向こうの角谷会長は、にこやかに何度もうなづいていた。

 

「……言ったね?」

 

「はい。私はここ大洗で新たな戦車の道を見つけたいです」

 

「ほぅ……」

 

「本当にいいの、みほ?」

 

「構いません。むしろ私を庇ってくださったお二人への感謝もありますし、何より貴女がたがいる戦車道なら出来る気がするのです。しかしその代わり私からの条件も呑んで頂きたいのですが、よろしいですか」

 

「そうだろうね。ウチらもタダじゃ西住ちゃんを手に入れられないとは思っていたし。どうだい、この先の交渉はお互いピンでいこうじゃないか」

 

1人で、か。まぁ確かに2人に聞かれない話にもなるかもしれない。

 

「な、なんでそんなことしなきゃいけないのよ!下手な話ふっかけたりするんじゃないでしょうね!」

 

「しないよ。こっちも小山とかーしま下げるからさ」

 

乗るしかないだろう。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

「みほ、いいの?」

 

「はい。私が戦車道をする事には変わりはありませんから」

 

私は出来るだけ良い笑顔を武部さんに見せたはずだ。

 

「みほがそういうなら……」

 

「私たちは引きましょうか」

 

「会長、宜しいのですか?」

 

「いいよ。さぁ、小山とかーしまは2人を……面談室の奥にでも案内してあげて。お茶菓子とかもあげていいから」

 

「はぁ……」

 

4人は一つの塊となって部屋から抜け、私は会長の向こうの校旗と青い海を眺めつつ、話しかけられるのを待った。

 

 

「もう行ったかな……」

 

足跡は遠くに消えた。隣の部屋にも現在人はいない。ただこの小柄な皇帝と脆弱な戦車乗りしかいない。

 

「さて、ここからは本音の話し合いだ。こっちも西住ちゃんについてはある程度把握している。その想定で話して貰って構わないよ。それで、条件は?」

 

「……まずは大洗の戦車道は権力維持のためではない事、それを保証してください」

 

「つまり戦車道を軍備として暴動などの鎮圧に使うな、ってことね。いいよ、そんぐらい」

 

にこやかに干し芋を一枚とって食いちぎる。

 

「……随分あっさりしてらっしゃいますね」

 

「そりゃね。暴動なんかが起きる事態になったら、それはウチら行政の責任だ。それを戦車道で埋め合わせしようなんてタチが悪い責任回避だよ。ウチらは公立だから、ちゃんと憲法に基づいた自由は保証してるしね。それにそんなことそもそも戦車道創設の目的にしてないし。余所への軍事侵攻とか海の上からじゃなんのメリットもないしね。飛行機もないし」

 

「なるほど……」

 

母校の奴らに聞かせてやりたいわ。

 

「次に、今年の夏以降、いや今年大洗に入学した人間のデータを見せてください」

 

向こうが少し顔を歪ませる。

 

「……そりゃキツイね。なんせ個人情報見せろってことでしょ?ウチらにもプライバシーを保護する責任があるからさ。あ、でも入学者はこっちで一応調べているけど、それっぽい人間はいないよ。それで信じて貰えるかい?身の安全は風紀委員会を通じて保障するよ。勿論日々の生活の邪魔にならないようにね」

 

ではクラスの人の名前を先生が教えてくれたのは何だったのか、と思ったが、何れにせよこれが妥協ライン、か。風紀委員の実力は分からないが、仮にも元名門大洗の治安維持部隊。下手なものではあるまい。

 

「……分かりました。あとは一度練習を外から見学させてください。以上です」

 

向こうは今度は呆けた顔をしている。ポーカーフェイスは苦手そうだ。

 

「……それは勿論構わないけど、そんだけかい?もっと聞いてくるものかと思ったけど。例えば戦車道を創設した目的とか」

 

「いえ、洋上の学園艦が戦車道を作ろうとしている時点で、何かしら危機的状況があることは想定できますから」

 

またあからさまに顔が歪んだよ今。

 

「……学園艦の人間全てが君みたいに勘のいい人間じゃなくて助かってるよ。それじゃ、こっちからもある程度戦車道をやる上での要望を伝えておこうかな」

 

「……と仰いますと?」

 

戯けたフリをするが、ここまでして私を戦車道に加えたのだ。相応の願いがあっての事だとは検討がつく。

 

「西住ちゃんにはウチらの参謀をやって欲しい」

 

「参謀、ですか?」

 

隊長とかふっかけられるかと思ったが、まだマシか。

 

「そう。ウチらには戦車に詳しい人はいるけど、公式戦で実際に試合の指揮を取った人間はいないんだわ。ここ以外で高校戦車道を経験した人間はいないってわけ。

今は一応指揮について習っているかーしまがやってるけど、それでマジノと5対5で練習試合やってボロ負けしてるんだよね。それでウチの指揮のレベルや練度については分かると思うけど」

 

「それで私に参謀として作戦を立てて欲しい、と」

 

「話が早くて助かるよ。あとは練習も口出ししていいから」

 

「しかし参謀やるにせよ、まずはチームメイトとの関係が良くなければなりません。母校のように上下関係が固まってないのなら尚更です。時間はかかるかと思いますが?

それに練習は目標とするレベルが分からなければ如何ともしがたいです。私は仲間と仲良く出来る戦車道を求めて加わります。それが崩されない範囲内で、という形になりますが、目標は?」

 

「時間は大会に間に合ってくれれば構わないよ。目標は……」

 

 

 

みほがゆっくりと生徒会室を出て行くと河嶋と小山が入ってきた。

 

「お話は終わりましたか?」

 

「いやぁすまんね」

 

会長は椅子にドサッと音を立てて座る。

 

「どこまで話したんです?」

 

「かなり本質まで。あの子は嘘ついて誤魔化せる人間じゃないよ。今まで幾多の嘘を見破って勝ってきてるんだから」

 

「いいんですか、そこまで言っちゃって。普通の人ならまともな精神でいられませんし、なにより漏れたら不味いのでは?」

 

「大丈夫、西住ちゃんは7か月罵声に耐えた人だよ。とても強い精神力を持ってる。私はそう思う。それにもともとある程度は予想していたみたいだったしね。漏らす気もないでしょ。かーしまもこれでよかったんだよね?」

 

「構いません。西住にとってもこれが良いでしょうし、私達は勝たなければならない。さもないと……」

 

河嶋は両手の拳を力強く握りしめた。

 




エイプリルフールで全編更新するって嘘ついたんで

次は4月7日です
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