不死の感情・改   作:いのかしら

40 / 51
力によって支えられた政権は、その力の反逆を何より恐れる。だが力による支えのない政権は、そもそもが非常に不安定である。

山鹿涼 『日本の学園都市』より


第6章 (11) 主人と娘と

私とカトラスさんはレオポンから走りに走ってブレスラウ地区を過ぎて、森崎橋より上流の橋を隙をついて渡って向こう岸に着いた。あの場に残っていても何もできない。その悔しさは癒えるはずがない。が、生きなければならないのも確かだった。

 

「こ、ここまで来たね」

 

荒れた息を整えながら、同行人に声を掛ける。

 

「……ここからどうするの?」

 

「いや……特に何も」

 

ただ背中を押されるままに飛び出し、自動車部を任されただけだ。

 

「……黒森峰が追ってきているのは確か。早くここからは離れたほうがいい」

 

「そうですね」

 

レオポンから持ってきたトンプソンM1を携え、さらに奥、黒森峰の市街に向かう。幸い東の隅っこの地域ならここからでもさほど遠くないらしい。

 

「武器持ってて大丈夫かな?」

 

「……流石に置いていった……いや、持っていこう」

 

私が持っていた銃に手を乗せて細目を上手に見つめてくる。確かにこの先は敵地。持っておくに越したことはない。

 

 

幸いその不安は全く必要ないものだった。代わりに市街地は非常に不気味だった。

 

「誰も……いないのかな?」

 

「……車もない。人もいない……誰もいなくなった街、だね」

 

文字通り誰もいないのである。よって武器を持ちながら少し歩いていても、誰にも何も言われることはない。

日は登っているから、窓から電気の光が見えないのはわかる。だがそれでいて、あたりに走る車も人すらも見かけないのだ。自分たちが話すのさえはばかられるような異様な雰囲気が支配していた。

 

「ここだけなのかな?」

 

「……さぁ」

 

市街の中から少し外側に出ようとした時、視界の奥、東の方に何か見える。稜線にこそ隠れていたが、そこにあったのは数多くの戦車だった。

 

「自衛隊かな?」

 

「……分からない」

 

とりあえず身を伏せてみる。自衛隊なら包囲網から脱出している時点で大丈夫云々とは聞いたが、やっておくに越したことはない。

しかしよくよく見てみると、色が皆均一で濃緑だ。自衛隊の戦車は春に教官が来た際に一度見たが、迷彩色だったはず。

 

「……何処の?」

 

その戦車の感じをかつて見た事があった。

 

「もしかして……プラウダ?」

 

あの色、そして一部の車輌が大きく砲身を前につき出している。間違いない。あの雪山で見続けていた車輌だ。

 

「……でも、なんでこんな所に……今回の試合、プラウダは参加していないはず……」

 

「まさか、同盟?」

 

あの黒森峰が我々にしてくれた事を、プラウダが我々にしようと考えているのか?

ここで一つの考えが浮かぶ。もしプラウダが我々に味方して同盟しているなら、そこに行けば助けてくれるかもしれない。生き延びるのが先輩たちからの指示だった。その指示を最優先するなら、そうするのが妥当かもしれない。

しかし現在プラウダが我々に味方しているのかも分からないし、更に今他の皆は命を、学園の存続を懸けて戦っている。私だけが悠々と生き残るわけにはいかない。

それだけではない。私が生き残っても、試合に負けて学園が廃校になってはあの場に残った先輩に申し訳ない。だったら、私が出来ることをして大洗を優勝させる手助けをするしかない。

 

「……どうする?」

 

「プラウダが味方かどうか断定できないですし、大洗が優勝しなきゃ意味ないです。ここは市街地に行きましょう」

 

「……分かった」

 

頃合いを見計らって戦車隊に背を向け、市街地に戻るべく西に向かった。その間に先ほど駆けていった丘の上に、多くの茶色の戦車が布陣していた。

 

「……黒森峰」

 

それが何を意味するか、実に容易だ。

 

「先輩方は……負けた……」

 

そう言葉を発した途端、不意に涙がどんどん流れ始めた。

 

「先輩……」

 

「……幸いこの辺りに黒森峰の人はいないみたいだ。少しくらい大丈夫」

 

彼女は肩に手を置いた。実に、温かい。

だがその温かさがさらに涙を生じさせる。地面に膝と頭を落とし、やりようのない慟哭を地面にぶつけ続けた。

だがこうしてばかりもいられない。ある程度流した後は、意地でもって無理やり泣き止んだ。

 

「……もういいのか?」

 

「はい」

 

目元を袖で拭ってただ前を向き、先輩方の願いを叶えるべく進むしかない。

 

 

 

道は真っ直ぐに中心部に向け伸びている。相変わらず通行人はいない。ここを今車で走ったら、とてもスピードが出せそうだ、とか考えつつ街に入る。

しかしカトラスさんがあるものに気づいたのか、建物の隙間に身を寄せるようジェスチャーする。指示されるままにちらりと覗いてみると、その先にいたのは黒い服を着た人達、黒森峰の者だ。手には何か持っている。

一本裏の道に入り、その場所に近づいていく。確認すると、黒森峰のものはマシンガンを手に警戒をしている。彼らが守っている場所には『黒森峰女学園学園都市防衛隊武器庫』と薄れた日本語で書かれている。濃く書かれた点のついたアルファベットは読めない。きっとドイツ語か何かだろう。

 

「……武器庫……だね」

 

「どうやり過ごそうかな……」

 

「……ツチヤさんの先輩がたの願い、叶える気はある?」

 

小さいがやけに低めの、よく耳に通る声で、カトラスさんが話し始めた。

 

「そりゃ……もちろん」

 

「……なら、黒森峰の戦車を潰すのが手っ取り早い。戦車に抵抗するためにも、さらに武器がいる。そして、今すぐにそれを手に入れられるのは、ここ。黒森峰の武器庫ならきっと何かあるはず」

 

「なっ……」

 

「……違う?」

 

武器を……手に入れる?ここで?

 

「い、いや……」

 

「……じゃあ、そのトンプソンで戦車倒せる?」

 

銃を見つめ直す。無理だ。元は機関銃を防ぎながら前進するために作られたのが戦車。こんな自動小銃じゃ弾かれるのがオチ。

 

「……それに、攻撃できても死んだら意味ない。なら、強力な武装で一撃で倒した方がいい」

 

「じゃ、じゃあ、この武器庫を……」

 

「……あの門番たちを倒して手に入れる」

 

倒す……って。

 

「……それが一番早い。他の武器庫が見つかる、または見つかっても警備が緩め、という保証はないし……むしろここでモタモタしている方が見つかるリスクは高い」

 

どうしてだ。どうして人を殺そうって話をしているのに、ここまで平然と話せるんだ。

 

「……今までと変わらない。戦車の大砲か……そのトンプソンと続く対戦車兵器ってだけ」

 

「なんで……なんでそんな簡単に……」

 

「……それに関して答える暇はないね。行くかい?行かないかい?このままじゃジリ貧だけど」

 

どうする。彼女の言っていることは正しい。全くその通りだ。だが……だがここで……

 

「……まさかここの武器を話し合いで貰えるなんて考えちゃいないよね?」

 

いや、私のためじゃない。この戦いは先輩がたの、自動車部の、そして学園のための戦いだ。そのためだ、そのためなのだ……

 

「……分かりました。行きます」

 

「……そう……ツチヤさんが行く?なんなら」

 

「いえ、私が」

 

手に持ったトンプソンを眺める。使い方ならアンツィオ戦の時に偵察の為に持って行ったスズキ先輩から聞いた。マガジンポーチにも四つのバイオプラスチックでできたマガジンが入っている。

だがここにいるということは、この二人は試合に無関係の者たちだ。ここで殺すのは自身の防衛のためではない。自分の優勝したい、学園を残したいという欲により起こす行動だ。

幸いだったのはこの葛藤の間、全くもって武器庫前の二人が私たちの存在に気付かなかったことだろう。

ここで戦って勝てば、学園艦に住む三万人の人が都市を離れて路頭に迷わずに済む。優勝するなら、ここの二人の損はそれに勝る。自動車部も残る。そう自分に言い聞かせて、覚悟を決めた。

 

 

マガジンを込めてあることを確認し、引き金に指をかけ、その二人が此方に姿を現すのを待つ。弾は20発、これで倒せなかったら死ぬしかない。時は来た。見回る二人が一緒にこっちの方に姿を見せた。

 

「……行く?」

 

「はい」

 

息を吐き、トンプソンを構えて建物の裏から飛び出した。二人に走り寄りながら引き金を引く。

乱れる球の一つが一人目に命中、当たったところが幸い首から上で、猛烈に血を吹いて奥側に倒れる。

もう一人がこちらに気づきMP40/Iを向けるが、引き金の指を固定したまま素早く銃を左に向け、腹部と胸部を狙う。彼女も前のめりに倒れたことを確認し、弾切れを示す音を鳴らし続けた状態で、やっと指を引き金から離した。

 

「……終わった、みたいだね」

 

「はぁ……はぁ……」

 

死んだ、らしい。

 

「……じゃ、音もしただろうし、早めに済まそう。二人が死んでるか確認して」

 

「いや……死体をさらに傷つける真似は……」

 

「……生きてて撃たれても知らないよ。それに私が巻き込まれちゃたまらない」

 

またしても真っ当な事を言われてしまった。だが血を垂れ流すこれら二つのものに触れたくはない。弾倉を入れ替えて倒した頭に銃口を向け、一瞬躊躇ったが、彼女の視線があることに気づいて、二人に一発ずつ銃弾を撃ち込んだ。

 

「……私が開ける方法探すから、少し休んでて」

 

「あ……はい」

 

こみあがる吐き気に考える力を奪われて、言われるままに武器庫の脇の壁に背中を預け、腰を下ろした。銃も一度手元から離す。

そのシャッターは閉じている。鍵穴とかはない。シャッターの上の赤いランプの灯った装置などから察するに、遠隔スイッチとかがあるらしい。生憎トンプソンと弾は共用できないようで、私が右脇に朝食を垂れ流す近くで、カトラスさんが不満げに弾の予備を投げ捨てていた。

少しして片方の死体のポケットからボタンのついた機械を見つけ、それを持ってシャッターの前で上に向けてスイッチを押した。するとシャッターは重い音を出しながら、徐々に上へと開いた。

 

「……おー、ビンゴ」

 

「入ってみますか」

 

「……そうだね」

 

かなり力を入れて立ち上がって合流する。薄暗い中に入ると、縦長のケース、整頓された自動小銃など、よく分からないものを含めたくさんのものが並んでいる。

 

「どれがその対戦車兵器、ってやつなんですかね?」

 

「……わかんない。流石にそんな知識ないし」

 

「ないのにここをこじ開けたんですか?」

 

「……いや、こんだけ戦車揃えている学校なら、対策として持ってるはず」

 

「対策って……何のですか?」

 

「……他所からの防衛と……恐らく、戦車道の反乱」

 

「反……乱?」

 

自分が持つ戦車道のイメージからは、なかなか想像がつかない。反旗を翻して何になるというのだろう。

 

「……戦車道が反乱起こしたら、戦車以外で止めるしかない。そうなると……そういうのが必要になるよ。

さ、それより片っ端から箱を開けてみよう。あったら教えてくれ」

 

私の疑問が完全に解消される前に、彼女は手を鳴らして箱の山へと歩みを進めた。

爆発物もあるだろうから、扱いには気をつけつつ箱を開けて、中身を確認してゆく。奥まったところにあったその中の一つのプラスチックケースを開けると、ある物が入っていた。

四角錐型の物の先に紐がついている。底を近くにあった鉄のケースに近づけると、重いドアに鍵が掛かるような音がしてガッチリとくっ付いてしまった。引っ張ってもずらそうとしても外せなくなったので、仕方なくそのままにする。

 

「……何かあったのかい?」

 

「入っていたケースには……Bombeと書いてありますが……ボンベではなさそうですし……爆弾ですかね?」

 

「……磁石が付いてるみたいだね。戦車の車体にも取り付けられるかもしれない」

 

「でも、これで戦車の車体なんて破壊できるのですかね……」

 

「……流石に車体にくっつけるだけの爆弾なんて脅しにしかならないし……なんかしら効果はあると思う。使い方さえ間違ってなければ」

 

「それじゃ、持っていきますか?」

 

「……そうだね。他に簡単に使えそうなものは見当たらないし、のんびりするわけにもいかない……行こうか」

 

 

奥にあったカバンを手に取り、お互い二つずつその爆弾を入れてから、その場を立ち去ろうとした。しかしそのまま立ち去れるほど、私は気丈な人間じゃない。

 

「……早く行こう。ここを爆破するのは面倒そうだし」

 

「少し待ってください」

 

もう先ほどの死体は、血を流し切って外気に触れ続けて冷たくなっている。その二人を倉庫側に寄せると、手をヘソの上で重ね合わせる形で仰向けに並べた。それぞれ結構重かったが、日頃重い部品を持ち歩いていたのが功を奏したようだ。

カトラスさんはただ何も言わずにその様子を眺め、待ってくれていた。

彼女らは、死んだ。試合で生きるか死ぬか、それを賭ける場所にいなかったにもかかわらず。

その二人を前にして手を合わせる。だが心の中でも謝罪の言葉はない。私は……私は間違っていない。彼女らは必要な犠牲だと断言してしまおうとするからだ。

 

「……行こうか」

 

「はい」

 

しばらくして手を下ろすと、背後の声が私の気持ちを途切らせようとしてきた。行為自体はやめたし、カバンを背負い直してその場を去った。だがこの記憶だけは棘のように頭の奥まで貫き通し、切り替えを許さなかった。

 

 

 

今度は境界付近で折り返すことなく、市街の奥へと進んでいく。道中道の隙間に身を潜めながらあてもなく進んでいくが、奥まで行っても人がいない。

 

「本当に……誰もいない」

 

「……避難したのかもしれないね。西住副隊長が市街地を戦場にするって言ってたから」

 

しかし奥に進むと、あるものが増えていた。南北に進む道の一部の地面に敷かれていたであろうコンクリートが剥がされ、そこそこ深めの溝が横たわっているのである。

 

「……何なんだ、この溝は?……排水用にしてはやけに雑な作りだね」

 

カトラスさんが呟くが、返事をするための頭が働かない。安全以外にはあの事しか考えられないのだ。だがしばらくして、やっと次の議題が来た。遠くから音が聞こえるのだ。

 

「これは……エンジン音、ですね」

 

「……戦車が近くにいるかもしれない」

 

「一旦待ちましょうか」

 

この音でやっと棘は抜けた。隙間から少し身を出して辺りを見回すが、道中にそれらしきものはない。

 

「……遠いね」

 

「幸いこの辺りじゃ無いようです」

 

しかもエンジン音といっても戦車とは音が大きく違う。なんの音が考えていたその時、遠くで何発もの爆発音が耳を襲った。

 

「なっ!」

 

「……爆発?どこから……」

 

「こっちみたいです」

 

生憎ここから煙のもとは見えないが、場所をずらして低い建物の上を通して見ると、丘のある南東の方から煙が上がっている。それは何度も何度も繰り返された。

飛行機だ。煙の上で旋回している小さなもの、どこの何かは分からないが、これが煙の原因であり黒森峰の戦車隊を攻撃している、というのは現地に行かなくても検討がつく。

それだけで驚くのは早かった。今度は南西の方から白い筋が、市街地の中心部の方に向けて何本も通っている。幸いこちらを向いてはいないようだ。そしてそれは中心部の地面に向けて吸い込まれていった。

 

「く、黒森峰が……大洗以外から攻撃されてる……」

 

こんな装備が大洗にあるはずがない。あってもこんなところに持ってこれるはずがない。

 

「……そうみたい……だね」

 

こちらに有利となる出来事である、というのは明らかだった。

 

「……まずは様子見だね」

 

 

喜ぶわけにはいかなかった。先程のエンジン音が此方に向けて近づいてきたのだ。爆弾らしきものが街に投下され、煙を何箇所も登らせている。しかも飛行機の群れはこちらに近づいてきている。ここにいれば爆撃に巻き込まれることは容易に想像できた。

 

「……こっちに来てるね」

 

「ど、どうしたら……どこか隠れられる場所は……」

 

周囲を見渡すが、件の溝以外特に隠れられそうなところはない。それに溝とはいえ上はガラ空き。上から降ってくる爆弾には対抗できない。

一方のカトラスさんは近くの家の中を窓の外から見ていた。そしてカバンから先ほどの爆弾の一つを取り出すと、その根元を握って窓を叩き割った。

 

「ちょ……ちょっと、何やってるんですか!人の家ですよ!」

 

「……ここに避難する」

 

「で、でも……」

 

「……たとえ不法侵入でも、爆撃に巻き込まれて死ぬよりマシ……緊急避難、緊急避難」

 

割った窓に手を入れ鍵を開けると、素早く窓を開き、窓枠に足を掛けていた。

 

「……早く。ここは地下室があるから、外の溝よりはまとも」

 

確かにそうだ。さっきから彼女の話に乗っかってばかりだが、それで助かるのならそうするしかない。私も窓から室内に入っていた。

 

 

地下室への木の扉が床にあるのを見つけ、すぐに身を滑り込ませる。中にある階段を降り、階段の途中で段を椅子代わりにして腰を下ろす。まもなく近くにも爆撃が開始されたようで、爆発音だけでなく振動も地下室に伝わってきた。

 

「……やっぱり爆撃みたいだ」

 

それにしても、本当につい最近まで戦争関連の云々なんて、自分にとって紙の向こうの話でしかなかった。だが今、私はそのものではないが、現場にいる。少し安全なところとはいえ。

そしてその安全のために、私は……

だめだ。考えれば考えるほど、変な思考に染まっていきそうだ。

 

「そうだ……カトラスさん、一つ伺ってもいいですか?」

 

「……どうしたんだい?」

 

一つの疑念をぶつけて、時間を潰そう。

 

「武器庫の時とか……今回の侵入の時とか、何でそんなに平然と出来るんですか?」

 

それが正しいのはわかる。だが道徳の壁を思いっきり壊してそれができるかは、また別だろう。

 

「……さぁね。強いて言うなら……環境?」

 

「環境、ですか……そうなると、船底の、でしょうか?」

 

「……まぁ、そうなるね」

 

「私自身そこら辺知識が曖昧なのですが、ただこれをやり過ごすのもなんですし、少し教えてくださいますか?」

 

床、といっても頭の上にあるが、を指し示しながら話を切り出すと、カトラスさんは表情を変えなかったものの、頭を指で掻きながら呟いた。

 

「……あんまり面白くないよ?」

 

「構いません。無言よりは遥かにマシでしょうから」

 

「……違いないね」

 

話を整理するように上を眺めていた。

 

「……それじゃあそうだね……学園艦の底の方、上じゃ大洗のヨハネスブルグと呼んでるって話だけど……ま、桃さんがなんとかしてくださっおかげで今はマシだけど、昔はほんとそのままだったね。ほんと数年前までは」

 

「数年前、までですか」

 

「……そ。甲板とか艦内港湾に直結する出入り口、つまり地上からの物資の供給口をどこの派閥が抑えるか……それの大半を掌握しさえあれば、底をほぼ差配することができる。そしてその供給口を守る、または奪うために、各派閥は資金源を狙い続けたのさ」

 

「派閥なんてものが……あったんですか」

 

「……あった、じゃないな。実は今もある。桃さんの調停のお陰で、当面の衝突は回避されているけどね。

……そして、基本底に収入源はない。そりゃもともと船舶科自体が労働と引き換えに学費を免除されてる人たちの集まりだからね。実家の送金なんてあったとしても大した額じゃない。船舶科の中にゃ勉強と勤務をして、バイトまでしてる奴もいる」

 

「寝る時間あるんですかそれ……」

 

「……そういう奴の中にゃ立って寝る術を習得している奴もいるさ。もっとも……勤務中バレたらタダじゃすまないが。

……ま、それはいいとして、つまり底は金がなくて逆に、いやだからこそ金が欲しく堪らない場所なのさ」

 

「なるほど……」

 

自分も放課後はかなりの時間を自動車部に割いていると思うが、実にそれは幸せだったのかもしれない。

 

「……そして、私の仕事は知ってるか?」

 

「確か……バーの店員さん、でしたっけ?」

 

「……そうだ。そして、ノンアルが基本とはいえ、飲食で利益率の高い飲み物の販売が軸だ。ま、値段はある程度は安いがね。

……で、アルコールとか糖度の高いものは基本そんなに腐ったりするもんじゃない。つまり廃棄分もそんなにない……要するに、私の店はドル箱ってわけだ」

 

彼女の話は分かりやすかった。機械の部品が噛み合うように、実に論理的だった。

 

「あ……だとしたら、もしかして……」

 

「……話が早いのは、こういう時はいいのか知らないけど……まぁ、当たりだろうね。私の店は、金を求める派閥対立の立派な舞台だった」

 

やはり……そして、元々の疑問の解決になる鍵も、きっとここにある。

 

「……一応お銀のいた派閥は底でも主要派閥だったし、地上の出入口をいくつも抑える力もあった……そして私はそこから仕入れて、みかじめ料を納める存在だった。

……だがね、他所がウチを襲うことは時々あった。そして大概はウチの派閥の戦闘時の主力、ムラカミとかがいない時をよく狙ってたね……そうなると派閥の助けが来るまで、基本一人で、いても味方かもわからない客と防衛だ。

……カネだけは盗まれてはいけない。盗めたらまた狙ってくるから……それだけは厳命されてたからね……

空き瓶とかモップとか、まさに手当たり次第さ。敵も数いたからね……割っては戦うの繰り返しさ。考える暇なんてありゃしなかった」

 

かなり壮絶な世界だったのだろう。

 

「……床にはよく破片が散らばっていたよ……一度だけチャカ持ってきた奴もいたし……」

 

「チャカ?」

 

「……拳銃さ。ま、流石に地上に連れていかれたけど」

 

どれだけ世紀末だったんだ?ここまでとは……平穏な甲板からは想像もつかない世界だ。

 

「……私の前に店をやっていた人は、腕を殴られて破片で神経やられて、シェイカー振れなくなって辞めたし……私だってココなんかには傷がある……」

 

彼女は冬服の袖を捲り上げて、肘の近くの傷を見せてくれた。長さは3センチほど、だが周囲にも若干赤みが残っている。

 

「……治療ったってあんなとこじゃ縫い合わせるだけだからね。酒を麻酔がわりに」

 

「お酒を……ですか?」

 

「……そう。度数高めの酒をイッキして、さらに鍋越しに頭を鈍器で叩いて気絶させて、その間に縫う……痛いよ、その時よりあれはあとあと……」

 

「はぁ……」

 

酒、そして麻酔の方法。あまりの想像の範囲外の出来事続きに、気の抜けた返事しか返せなくなっていた。

 

「……さて、だいたいこんなもんかね。こんな世界にいたら、冷酷にやるやり方も覚えるってものさ。

……でも……お銀が……お銀が死んじゃった時は……流石に……」

 

そのまま頭を抱えて前に体を倒した。そのまま嗚咽が混じり始める。きっと……死ぬ事態はそうそうなかったのだろう。流石に労働者でもある彼女らを見捨てるのは惜しいはず。

 

「……そうですか……」

 

「だからこそ」

 

嗚咽を振り払い、いつになくはっきりとした口調で、私が伸ばそうとした腕を止めた。

 

「私は勝ちたい。いや、大洗を勝たせたい。それが……お銀が望んだことだから」

 

その視線は私の方にはない。正面のコンクリートの壁だけを見ている。

 

「……貴女は、勝ちたい?」

 

「生き残るには……勝つしかない、のですかね?」

 

「……そうだね。ここは黒森峰の都市の中だし……こちらが負けたら、どうなるかは分からない」

 

「なら、勝ちます」

 

「……それが聞けてよかった」

 

 

ある程度続いた爆撃が終わってから一分くらい過ぎた後、周りを警戒しながら地下室から顔を出した。家は爆撃によって大きな損害は出なかったらしく、普通に開けたままにしていた窓から外に出る事ができた。

 

「……音はしてたけど、直接はされなかったのかね?」

 

「しかし地下に閉じ込められるよりはいいですよね」

 

お邪魔した家に一礼して外に出ると、外は崩れた建物で溢れ、そこからは赤い火の手が上がり煙を登らせる。戦争ドキュメンタリーでよく見る廃墟となった街のシーンが、眼前に広がっていた。本当に私たちがいた家は幸運を持っていたらしい。

 

「……これって、なんだったっけ?」

 

「たしか……戦車道の試合、だった……気がします」

 

「……でもここは戦場だね」

 

「ですね……」

 

とにかく音の鳴る方へ向けて歩き始めた。ここでの爆撃はもう終わったようだが、中心部からはまだ爆発音が聞こえる。それも外に出てから2分もしない内に収まっていた。

 

「どこでやってるんですかね?」

 

「……南東部の何処かだとは思うけど……とにかく歩き回るしかないね」

 

そうはいっても辺りからの炎の音が、その音探しを妨げる。塹壕を超えたり、塹壕経由で移動したり、警戒しつつも動き続けた。しかしその音は見つからない。

再び建物の隙間に身を寄せる。水を飲もうとしたら、何も持っていないことに気づいた。

 

「ありゃ……」

 

「……まぁ、水無しでも一息つけるさ」

 

「それにしても……見つかりませんね」

 

「……この都市も相当広いんだろうね……いうほど建物も高くないみたいだし、人口もウチより遥かに多いって聞いたよ」

 

「はぇー」

 

今度は辺りから小さく戦車の履帯の鳴らす音がした。これが一方向ならよかったが、それはあちこちから、本当に四方八方から聞こえたのだ。

さらに砲撃が再開されたのか、その音もする。

 

「これじゃ……どこでやってるか分からない……どうしたら……」

 

 

だが待っている間に状況は変わった。一際目立った音が迫ってきていたのだ。

 

場所は中心部の方からだ。

 

「黒森峰……ですかね?」

 

「……他にいないんじゃないかい?」

 

「プラウダじゃなければ、ですが」

 

身を伏せたまま顔を覗かせると向こうにいたのは丘の上に見えたあの車輌に似た車輌が幾つか見える。しかしあの丘の上の車輌より小さいように感じる。

IV号だ。あれは黒森峰だ。もしかしたら黒森峰の試合に出ている部隊への援軍かもしれない。そうでなくとも倒すべきものだ。

手に握られた四角錐型のものに水滴が付く。近づいてくる中で分かったが、黒い服を着た黒森峰の者は西住副隊長がいつもやっているようにキューポラから身を出している。もしかしたら、トンプソンで狙える、かもしれない。それならこの四角錐型の爆弾みたいに近づかなくてもいい。

 

「あれ……狙いますか?」

 

「……狙ってもいいけど、どうする?この爆弾使う?」

 

「先頭の車長を撃てれば隊列は混乱します。勝負は相手が車載機関銃でこちらを撃つまでのわずかな時間ですが」

 

「……本命は選抜隊、かね……やろうか。今度は私が行こう」

 

「えっ」

 

「……さっきやらせて、今回も行かないわけにはいかないだろ。

それに、私の名は『生しらす丼のカトラス』

足がはやいことから付けられた名前さ」

 

気づいたら手からトンプソンは奪い取られていた。

 

「……援軍だったらこっちに利するだろうしね」

 

トンプソンのマガジンを抜き、マガジンポーチから新たなマガジンを取り出して装填する。引き金に指をかけ、戦車をできるだけ引き付けている。

口が渇く。先程の二人を狙う時より鼓動は激しい気がした。私がやろうとしているわけじゃないのに。

30……20……15……。

距離は近づいた。敵はこちらには気づいていない。今なら奇襲が成功するはず。

 

その距離3メートル。迷わず建物の隙間から飛び出していった。銃をキューポラの上の方に向けて連射する。音からして最初の三発ほどはキューポラに当たったようだがその後は当たったらしく、素早く隙間に戻ってきた。敵車輌は機関銃を準備する間も無く、横を通り過ぎていく。

 

「後続がいる。逃げるよ」

 

「は、はい!」

 

言われるままに狭い中を頑張って走って行く。後ろの車輌が機関銃をこちらに向けたようだが、コンクリートの壁2枚挟んだこちらまでは流石に貫通しない。何とかして私たちは隙間を通って隣の通りまで出る事ができた。

成功だ。これで敵の隊列位は崩せただろう。

 

「や、やりましたね」

 

「……逃げるよ。追ってきてる」

 

「えっ……」

 

興奮していたのか、そう言われるまで背後から足音の群れが鳴っていたことには気づかなかった。

 

「……まずいね」

 

「このまま振り切れますかね?」

 

「……土地勘は向こうにあるし、数だってある。これは……足だけだね、頼れるの」

 

「なに、私だって走ることにかけてなら、負ける気はありませんよ?」

 

「……車で、だろう?」

 

「うっ……」

 

「……まぁ、行こう」

 

確かに彼女の足は速かった。脚力も一応の自信はあるが、それをも上回る勢いでカーブと直進を繰り返す。それに続こうと必死でいるうちに、いつの間にか沢山の声は遠くに消えていた。

 

 

「ふぅ……」

 

水はないがまた一息つく。

 

「これから……どうしますかね」

 

「……まだこの爆弾が残っている……どこかで使っちゃったほうがいい……なんならさっき使っても良かったかもね」

 

そうなると他の部隊を探すしかない。結果的に再び黒森峰の選抜隊を探すこととなった。だが戦闘は本当にあちこちで起こっているらしく、音では分かりようがない。時にはプラウダらしき戦車と出くわすこともあった。

そして休憩もとりつつうろつくことしばらく、目当ての車輌を見つけた。

 

「……ティーガーI……」

 

「ですね……」

 

これが選抜隊かは分からない。が……私たちが戦っていた選抜隊にはティーガーIはいた。頭は出しているが、再び同じ手が通じるほど甘くはないだろう。

 

「……やろうか」

 

「はい」

 

話し合うまでもなく、2人同時に行くことが決まっていた。

 

「……機銃が通り過ぎるまで待つよ」

 

「分かってます」

 

先ほどの攻撃で機銃の威力を目の当たりにしている。あれに当たったらもちろん、そのせいで壁が崩れてきてもひとたまりもない。避けようとするのは当然だった。それぞれ一個ずつ握りしめて、その時を息を潜めて待つ。

いや、潜めようと奥に来すぎていた。そして何より……

 

 

 

その道幅は、先ほどより少し広かった。

 

 

 

 

 

カトラスさんが先に飛び出した。私も続いて飛び出していく。目当ての車輌目指して。

しかしその時すでに、顔を上げると車長は自動小銃、自分たちと同じトンプソンの銃口をこちらに向けていた。

そして私だけそれに気づいてしまったのだ。

 

 

先んじていたカトラスさんが蜂の巣にされるのに、時間はかからなかった。

 

 

一瞬だった。一瞬だけ全面開放的な路上で私は固まった。直後に隙間に戻ろうとしたその時を、相手車長は逃してくれなかった。銃弾は左足首、左太腿と右脇腹を狙った。体の三箇所に鈍痛が走り、隙間に飛び込んで倒れこむ。しかし黒森峰側も追撃を諦めたのか、そのまま郊外の方に向かっていった。

意識は保っていた。しかしその意識が痛みを感じさせ苦しめる。左足に力が入らないような状況でなんとか立ち上がり、片足歩きで壁に手をかけながら隙間を逆側に抜けた。出血が激しいのか、意識が薄れていき、地面に倒れこんだ。

 

「流石に……無茶だったか……な……カトラスさん」

 

彼女に対してはこう思うだけが精一杯。這ったまま腰に四角錐型の爆弾を乗せ、一本奥の広い道に出た。通ってきたときは気にも留めなかったが、道にはフォルクスワーゲンが一輌停車していた。

とにかく座る場所を求めて、血の跡を後ろに残しながら近づいた。災害時の車の扱いを心得ているのか、はたまたただ急いで逃げただけなのか、扉が開いている。運転席から何とか右足で椅子まで移動し、背もたれに身を預ける。

 

座って落ち着くと、服に染み付き、今この時も広がってゆく血の跡、痛み、そして先輩方への申し訳なさ。それらのせいからか、顔に涙を浮かんでいた。

左足からの出血は益々増している。とりあえず持っていたタオルで股のところを縛ってみたが、それでもこの出血が続くようではもう命は長くないだろう。つまり先輩からの願いを達することは不可能になってしまったということだ。

 

ならばどうする?私はこの時間、どうすればいい?

 

その時腰の四角錐型の爆弾が脇から顔を出しているのが目に付いた。それと車の引き出しから偶々見つけた車の鍵。

それらを見た時、頭にある計画が浮かんだ。それを実行すると後戻りはできない。しかし左足からの出血を見て、心を決めた。涙なんか引っ込んだ。この残されたわずかな命を懸けて、黒森峰に一矢報いると。

それが大洗の優勝に貢献するかはわからない。しかしそれに近づくと信じた。右足にはかろうじて力が入ることを確認して、鍵を差し込みエンジンを入れる。エンジンは適宜整備されているらしく、かかりがいい。

 

「いい人に持ってもらったね……」

 

アクセルを踏み込む。左足は使わない。ガソリンもそれなりに入っている。道を曲がって戦車が通った道にドリフトをかけながら戻る。

 

「燃えるねぇ〜……」

 

薄れようとする意識を抑えながら、戦闘しているらしい道の先に進んでいく。

 

「死んだら怒られるだろうなぁ……」

 

道が真っ直ぐなお陰でスピードはみるみる上がり、見つけた黒森峰の戦車隊にも接近してしまった。だが前からひっきりなしに砲声がするお陰からか、こちらには気が付いてないようだ。

この通りにいるのは三輌だけらしい。もう距離は50メートルもない。そろそろだ。アクセルを一層強く踏み込み、四角錐型の爆弾の紐を引く。猛スピードで鉄の重そうな戦車たちはこちらに迫ってくる。

 

先輩方、申し訳ないですけど、今からそちらに行きます。

 

開けておいた窓から力を振り絞って片手で爆弾を外に出す。アクセルからは絶対に足が上がらないよう、残された力を振り絞る。

 

 

第74回戦車道大会公式記録

 

大洗女子学園犠牲者

 

加藤 良子

 

黒森峰 銃殺 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死

 

 

土屋 圭

 

黒森峰 死体損壊が激しく致命傷は不明 即死

 




黒森峰女学園

明治期に創設されたプロテスタント団体の熊本バンド。その参加者であった横崎経峰が立ち上げた熊本独語学校がルーツとされる。戦後第一次学園艦計画の中で熊本港を母港とした学園艦の建造が開始され、1959年に学園艦として開校した。その後第一次学園艦移設計画によって、1985年に熊本県嘉島町に移設開校。その後も九州の有力な学園都市として存在している。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。